『シロネギまほら』(75)7年後、そして……

 

 

 

 ネギ・スプリングフィールドは、一年以上にも及ぶ魔帆良での試験を終え、正式な魔法使いになった。

 それは、3−Aの生徒たちが中等部を卒業した日でもある。

 彼女らが中等部を巣立った後、校舎に残るのは学園長や魔法先生や後輩にあたる魔法生徒。それに用務員の衛宮士郎だ。

 ネギ達がこの地を去って、7年が経過した──。

 

 

 

 魔帆良学園中等部屋上の中空に、稲光の様に魔力が煌めいた。

 次元の隙間がこじ開けられ、一人の少女が産み落とされる。

 中等部の制服を身につけた少女は、器用にバランスを取って屋上に降り立った。

「お久しぶりですね、アスナさん」

 笑顔で迎えたのは、ネギ・スプリングフィールド。

『お帰りアスナー♪』

 かつてのクラスメイト達が、溜め込んだ思いをぶつけるように、歓喜を爆発させる。

 ネギの発案した『魔法世界ムンドゥス・マギクス』維持計画だったが、後に重大な問題が発覚した。

造物主の掟コード・オブ・ザ・ライフメイカー』による魔法世界の魔力調整は、ネギの操作を受け付けず、アスナにしか実現できない手法だったのだ。

 それを知ったアスナは、自ら調整役を引き受け、中等部の卒業式前に封印処理を受ける事となった。

 100年の封印は、アスナの人格を摩耗するおそれがあるため、封印を定期的に解除することで弊害を抑えることになった。最終的な調整終了まで200年かかると試算されたが、関係者の誰もがアスナの人格保護を優先した。

 今日は、その封印から解放される最初の日である。

「うわー、みんな成長したわねー」

 人柱として7年間封じられたアスナひとりが、当時の制服を身につけている。容姿も実年齢も同様だ。

「なんで、あんただけ成長してないのよ?」

「ちゃんと成長してるじゃないですか」

 反論するネギ。

「あの頃と変わってないじゃない」

「これは年齢詐称薬を使っていない、本当に成長した姿なんです!」

 明言されてようやくアスナも気づいた。クラスメイト達と違って、成長したネギの姿に違和感を覚えなかったのはそれが理由だった。

「7年のお勤めごくろうさん♪」

 からかう裕奈を皮切りに、皆が代わる代わるアスナに話しかけていく。

 楽しそうな7年間の思い出話を聞かされ、笑って応じつつ、アスナの胸にはわずかな寂しさがよぎる。

「ところで気になってたんだけどさ……、あの人だれ?」

「やっぱわからへんかな〜」

 アスナの疑問に、このかが苦笑を浮かべる。

「気づいてなかったの? あんたのよく知ってる人じゃない」

 ニヤニヤ笑いで、朝倉は事態を見守っている。

「……どっかで見た気もするんだけど」

「そんなだから、あんたはバカレッドって呼ばれるのよ」

 当の本人から呆れたように指摘されて、アスナも反射的に声を張り上げた。

「そんな昔の話持ち出さないでよ! あんたが名乗れば済む話でしょ!」

「神楽坂アスナ! 7年後のあんた自身よ!」

「……えーっ!? この人、あたしだったのー!?」

 素っ頓狂な声を上げ、アスナは全身で驚きを表現する。彼女にとっては今日一番の驚きであった。

「なんで驚くんだよ。最初から航時機で戻る予定だったろうが」

 呆れた口調でつっこむ千雨。であればこそ、封印期間の延長という選択肢も生まれたのだ。

「アスナさんは200年の仕事をやり遂げ、無事に過去へ戻ったんです。そして、私達と同じ時間を過ごしました」

 親友の成し遂げた仕事を、刹那は我がことのように誇らしげに語った。

「賞賛はいくらでも受け付けるヨ」

 超が口を挟む。途中の歴史が改変されたはずなのに、改変歴史上の超もまた時間を遡ったらしい。どういう理屈によるものか、彼女はネギ達と交流した記憶も共有していた。

 そして、士郎経由で、航時機を残していたった当人でもある。

「本当はねー。このアスナだけじゃなく、私たちもアスナと会わない方がいいって話も出てたんだよねー」

「なんでよ!?」

 朝倉の言葉にアスナが噛みついた。

「私達の『将来』を知ったアスナが過去に戻っちゃうと、過去の私達が未来の情報を知っちゃうわけでしょ? それはいろいろとマズイじゃない」

「あ……、じゃあどうすんのよ? もう聞いちゃったわよ、あたし」

「だそうだぞ、神楽坂。ちなみに、近衛が誰と結婚したか覚えてるか?」

 千雨が皮肉気に、大人アスナへ問いかける。

「……刹那さん? なわけないし、『魔法世界』で王子様と出会って……あれ?」

「これだよ。まるで当てにならない」

「そんな古い話なんて憶えてるわけないでしょ! 一体、何年前の事だと思ってんのよ! あんた達だけじゃなくて、子供とか孫なんかとも会ってるんだから、ごっちゃになって思い出せるわけないでしょ!」

「とまあ、こんな感じだから、隠す意味がないって結論になった」

 肩をすくめた千雨が、小馬鹿にしたようにため息をつく。

「やっぱ、バカレッドだわ。あんたら」

 ハルナの言葉に、アスナ達が声を揃えて怒鳴りつけた。

『バカレッドって言うなーっ!』

 実際は、封印処理中の記憶が摩耗したというのが原因らしい。

「そこまでにしてくださいみなさん。本来なら、自我の喪失すら心配された状況ですし、むしろ、その程度ですんで良かったと思わないと」

 ネギが皆をなだめる。

 ちなみに、7年前にアスナを封印した直後、封印を終えたアスナが帰還している。封印途中のアスナは知るはずもないが、封印を終えた彼女は、中等部の卒業式にも参加し、クラスメイト達と同じ7年を過ごしているのだ。

「それで、ネギはお父さんと会えたわけ?」

「いいえ。それは全面的に後回しにしました」

 ネギはふっきれた表情で笑っていた。

「お父さんはいずれ見つけ出すつもりですけど、今の僕には優先すべき事がありますから」

 自分で発案し、アスナを人柱にまでして、全世界規模で行われる計画だ。手を抜いたり、怠けたりする余裕などない。

 技術開発に、国際協調に、現場指導に、ネギは東奔西走して大活躍しているのだ。

「もしかして、ネギはまだ誰ともつきあってないわけ?」

「あ、あハハハハ……」

「……え? なによ、その反応」

 引きつった表情のネギはもとより、元クラスメイト達がニヤニヤと意味ありげに笑っている。

「なによー、その顔!? 私にも教えなさいよー!」

 真相を知らぬのは子供アスナのみ。その状況を理解する一同が、わかりやすくからかっている。

「まったくもう。……士郎さんは背が伸びたわねー。年齢詐称薬を使った姿そのままじゃない」

「当然、そうなるだろうな」

「そういえば、ネギを助けた人って、誰だったの?」

 自然とその連想に行き着いた。

 またしても、皆が苦笑を浮かべる事になる。

「今度はなによ?」

 自分だけが蚊帳の外に置かれ、アスナが頬をふくらませた。

「だいたい事情はわかりました。幼い頃の僕を救ってくれたのは、成長した僕自身と士郎さんだったんです」

「……どういうこと?」

 もともと察しが悪く、頭も悪いアスナのために、ネギが噛み砕いて説明する。

 石化というのはそもそも、回復可能な状態異常に過ぎない。襲撃の目的を考えれば、皆殺しにした方がはるかに簡単だった。それを考えると、殺さない方便としての石化という可能性が浮上する。

「そこで、襲撃を行った敵と、石化を行った敵は、別だと考えました」

「え……? 殺そうとして襲撃した人とは別に、わざわざ石化した人がいるわけ?」

「はい。魔力による石化というのは、言ってしまえば、プログラムを暗号化するようなものです。暗号キーがわかれば解除も可能です。解除ができたことから逆算して、犯人も特定できました」

「誰だったの?」

「フェイトです」

「ちょっと、待ってよ! だって年齢だってあわないんじゃないの? それにフェイトは違うって言ってたでしょ?」

「犯人は、過去のフェイトではなく、未来のフェイトだったんです」

 ネギが事の真相、そして、今後の予定を告げる。

 襲撃が計画されたのは事実で、これを放置していたら惨劇は確実に起きる。

 そこで、ネギ達は過去へ戻り、襲撃班を撃退する。それも、村内ではなく、もっと安全で被害の少ない形にする。

 村を襲ったのは、真犯人ではなく、村の襲撃を偽装する者達だ。

 それを観劇するのは、唯一の生存者たる幼いネギのみ。騙すのは簡単だ。

「石化を解いた当人達から聞いた真相も、同じ物でした。彼等はこの偽装計画の全容を知り、納得した上で石化を受け入れたんです」

「……ごめん。よくわかんない」

「あの事件のせいで僕は『偉大なる魔法使いマギステル・マギ』を目指しました。そういう意味では、なかったことにできないんです。村人達を救いつつ、歴史への影響を抑えるために、僕たちはあの事件を起こしに行きます」

 ロンドンにある魔力だまりを使って、航時機を使用する。これは、各国上層部や『紅き翼アラルブラ』などにも承諾を得ての行動だ。

「これから行く予定なんですけど、アスナさんも行きますか?」

「……みんなは行くんだよね?」

 アスナが周囲を見渡すと、皆が頷いている。

「行くに決まってるでしょ!」

「だと思いました」

 だからこそ、実行日を今日この日にしたのだ。

「よーし、ロンドンに行くわよー! 士郎さんも遠坂さんに会えるの楽しみでしょ?」

 気勢を上げたハルナが問いかける。

「……まあ、否定はしない」

『うわー、ノロケられたー♪』

 口々に囃し立てる姦しい女性陣。

「遠坂さんって?」

 唯一面識のないアスナが首をひねる。

 答えたのは情報通の朝倉だ。

「ほら、士郎さんに恋人がいるって言ってたでしょ。……ああ、士郎さんが異世界から来たって話も知らなかったっけ?」

「異世界!?」

 双方の魔術理論を学んだ凛は、その差異と共通点を理解し、並行世界の移動を成し遂げた。自在とはほど遠く、『あちら』と『こちら』を往復するのが限界である。

 現在、『こちら』の英国に独自の魔術協会を立ち上げて、オリジナルの魔法理論を講義している。

「まーた、遠坂さんは高音さんとケンカしてるんじゃない?」

 何度も見た光景を朝倉が思い描く。

「高音さんって、あの良く脱げる人?」

「そうそう。MM側に勤務してて、英国との窓口をしてるんだって。目的はなんなのかなー♪」

 ハルナから意味ありげに視線を向けられ、士郎が答える。

「遠坂だろ。意地を張り合ってばかりだけど、なんだかんだで、いいケンカ友達みたいだしな。『あっち』の世界にいるライバルも似たような人間らしいから、遠坂もあれで楽しそうだぞ」

 高音にしてみれば屈辱だろうが、凛の対応には多分に同情が含まれているという。

「……ホント、衛宮さんってわかってないよねー」

 呆れ混じりでハルナが肩を落とす。

 

 

 

 3−Aの生徒達を含め、一行はウェールズのあの時へ向かう。

 ネギが『偉大なる魔法使い』を目指す、歴史の分岐点へと。

 それこそが、全ての始まりの時。

 ──『00:00:00』

 

 

  おわり

 

 

 
あとがき:
というわけで完結となりました。
多くの方が察していたでしょうけど、子供ネギを救ったのは、未来から来た面々です。盛大な茶番という真相で したが、ネタバレせずに終わるよりも明かしておくべきだと考えました。
次からは『ぼくのかんがえたマギステル・マギ』のダイジェスト更新を行います。
あとがき: