ぼくのかんがえたマギステル・マギ (7)修学旅行に潜む不穏な影
その遭遇はオープンカフェで起こった。
こちらはネギとアスナ、向こうはエヴァンジェリンと茶々丸である。
茶々丸にはスペアボディがあるとかで、決戦の翌日には五体満足でエヴァンジェリンと共に登校しており、今もピンピンしていた。
「行こうか、アスナさん」
相手を無視して行きすぎようとしたネギを、エヴァンジェリンが慌てたように呼び止める。
「ちょっ、ちょっと待て」
「なんだい?」
「その……、話がある。ぼーやは父親の話に興味はないか? 私が知っている情報を教えてやってもいいぞ」
「へー、あんたのお父さんね。私も興味あるわ」
目を輝かせるアスナを見て、エヴァンジェリンは機嫌を損ねてしまう。
「貴様に教えても仕方あるまい。一般人は引っ込んでろ」
しっしっ、と野良犬でも追い払うように手を振った。
「意地悪ねー。わかったわよ」
実際に興味本位にすぎないので、アスナは素直に引き下った。
「僕も一緒に帰るよ」
追いかけようとするネギを、エヴァンジェリンが再び呼び止める。
「お、おい。話があると言っただろう」
「僕にはないよ」
振り向きもせず言い捨てると、アスナを追ってその場を後にする。
「ちっ。ナギの事を教えてやろうと思ったのに……」
修学旅行で京都へ向かうネギにとって、京都でナギが暮らしていた家の存在は非常に有益な情報のはずだった。
立ち去るネギの背中を、呆然と見送る一人の少女。
「マスター。ティッシュです」
「なんだいきなり? ティッシュなど何に使えと言うんだ」
怪訝そうに応じながら、それを受け取る。
チーン。グス。
とりあえず鼻をかんでみた。
一方、追いついてきたネギにアスナが尋ねる。
「お父さんの話は聞かなくていいの?」
「エヴァンジェリンさんの話は信用できませんから」
「でも、お父さんの知り合いなんでしょ?」
「問題はエヴァンジェリンさんの人間性です」
ネギは頑なだった。
「……本音は?」
「一人でエヴァンジェリンさんと一緒にいるなんて怖いじゃないですか! また、血を吸われるかもしれないんですよ!」
そう力説する。
やはり、脅された記憶が拭えていないのだった。
修学旅行が間近に迫り、話があると言われたネギは、学園長室へ呼び出された。
学園長自身は決して望んではいないのだが、この二人が顔をあわせると口論になるのが常である。
今回の論争の種は、関東魔法協会と関西呪術協会の軋轢に関する話だった。
「今年は一人魔法先生がいると言ったら、修学旅行での京都入りに難色を示してきてのう」
「言わなきゃいいのに」
「…………むぅ」
ネギがただの見習いであれば、報告なしでも押し通せたと思うのだが、ネギ・スプリングフィールドというネームバリューは、本人が思っている以上に強力だ。
伏せておいたことが発覚すれば、さらなる火種となりかねない。
学園長としても選択肢はなかったのだ。
「長年続いた向こうとの確執を、そろそろ解消しておきたいんじゃよ。そこで、京都への修学旅行のついでに、親書を関西呪術協会の長へ渡してもらいたい」
「僕は関東魔術協会の存在を今初めて知ったよ」
「そうじゃったかな?」
「関西呪術協会についてもね」
「うむ……」
「どちらにも無関係の僕に特使をやれと? 修学旅行の引率という仕事があるのに?」
「……まずい、かのう?」
何度かあったネギとの対話を思い返し、学園長がおずおずと尋ねてみた。
「寸前まで情報を教えないくせに、思いつきで仕事を振るのはやめもらえないかな。僕の修行は『先生をする事』であって、学園長の雑用係じゃない。そこまで邪魔するつもりなら、お爺ちゃんに頼んで別な学校を紹介してもらうよ」
ネギの思考はそこまで飛んだ。
メルディアナ魔法学校校長の紹介を受けてここを訪れた理由は、麻帆良学園なら便宜を図ってくれるという理由からだ。学園側からの援助を期待しての選択だったのに、学園固有の事情に振り回されるのでは本末転倒である。
『麻帆良学園で』などという制限は存在しないのだから、さっさと別な赴任先を探すのが一番早い。
「この修行が難しいことは、最初の日に伝えたはずじゃろう。二度目のチャンスがないことは覚悟していたはずじゃが?」
「それはお爺ちゃんに言ってくれるかな? 学園の警備が甘くて命を狙われたとか、関東魔法協会の仕事まで押しつけられたとか、僕は事実をありのままに伝えておくから。学園長の主張が正当だと認められるようなら、僕が課題をこなせなかったという結論に落ち着くかもね」
「……すまんかった」
ネギの主張はもっともなので、学園長はすぐさま白旗を掲げた。
父親のナギを直接知っているだけに、学園長はネギの成長に期待して、多くの難題を課そうと考えていた。
実際に指摘を受けてしまったら、ゴリ押しできるような行動ではない。
「できれば、関西呪術協会に顔を出してもらいたかったんじゃが……」
「くどいよ」
相変わらずネギの態度は失礼なものだったが、学園長はたしなめようとしなかった。
エヴァンジェリンの一件で怒鳴り込んできたときに、怒っていたはずのネギから丁寧な口調が飛び出した。その時に、皮肉げな態度がポーズに過ぎないとわかったからだ。
必死に背伸びして大人を装っていると考えれば、むしろ微笑ましく思えてくる。
「なにがおかしいのさ?」
「いや、なんでもないぞい」
ことさら深刻ぶった表情を装って、学園長が言葉を続ける。
「それでは仕方がない。親書は他の人間に頼むとしよう」
時間は跳んで、早くも修学旅行の当日が訪れた。
車内に乗り込んだ生徒達の喧噪に、ため息をついたネギに一人の女生徒が話しかける。
「6班は私が班長だったのですが、相川さよさんとエヴァンジェリンさんが欠席し、三名になりました。どうすればいいでしょうか?」
桜咲刹那と、その後ろに立っているザジと茶々丸が6班のメンバーである。
「他の班に分散するほどのこともないし、それなら、僕がずっと同行するよ。僕は空いているしね」
「しかし……」
「なにか、まずいのかな?」
「……いいえ」
含むところのありそうな彼女の態度に、ネギは不可解なものを感じた。
東京駅で乗り換えを終えた後も、刹那はたびたび車両を離れ、ネギに不審さを植え付けていく。
「なあ、兄貴。さっきのカエル騒ぎの後、あの女がいた場所見てきたが、こんなもんを見つけたぜ」
肩に乗ってきたカモが、紙切れをくわえている。
鳥の形に切り抜かれた紙を2つに切断したものらしい。
「これは?」
「日本の使い魔魔法『式神』じゃねぇかと思う。あの女、学園長が言っていた関西呪術協会の人間じゃねぇか?」
「そう言えば……」
ネギが出席簿を取り出して開くと、カモが我が意を得たりと指摘する。
「ほら見ろ、兄貴。京都ってちゃんと書いてあるじゃねぇか!」
「……そうかな?」
「そうは思わないのかよ?」
「関西呪術協会ともめてるのは関東魔法協会そのものだよ。いくらなんでも、危険だとわかっている人物に入学許可は出さないだろうし、僕にも事前に説明をしておくんじゃないかな? この『京都神鳴流』っていう書き込みもタカミチのものなんだから」
「言われてみりゃ、確かにな……。呪術協会に対しては、まず学園側が神経を尖らせているはずだ。潜り込む方が難しいか……」
彼らの危惧をよそに、京都で最初に訪れた清水寺でいささかアクシデントにも見舞われたが、初日はおおむね平和に終了した。
そして、二日目。
生徒達は朝から幽霊の噂話で持ちきりであった。
カートを押した女性がホテルの外を一晩中うろうろしていたという多くの目撃情報があり、「きっと幽霊に違いない」との結論になったためだ。
それはさておき、生徒達は訪れた奈良公園で自由時間を満喫することになる。
奈良の大仏を見物したり、鹿にせんべいを上げたりと、ネギはそれなりに楽しい時間を過ごしていたのだが……。
「あれ? 刹那さんは?」
「先ほどどちらかへ向かわれました」
茶々丸の言葉を肯定してザジが頷く。
「どうして、何も言わずに姿を消すんだ?」
ネギが不機嫌そうにつぶやいた。
騒いだりはしないものの、団体行動に従わないあたり、刹那は問題児と言ってもいいだろう。ついでに言えば、成績も今ひとつだ。
彼女はザジや茶々丸と仲が良さそうにも見えず、言葉は悪いが、余り者同士で組まされたというのが真相のようだ。
ザジがついと右腕を持ち上げて、ある方向を指さした。
「え?」
「…………」
「もしかして、桜咲さんがそちらにいるのでしょうか?」
茶々丸の推測に頷きを返すザジ。
「それなら、刹那さんのところまで案内してくれるかな」
3人の足は大人よりも速く、園内を走る彼らを行き交う人々が振り向いた。
彼等は数分もかからずに、こそこそと茂み越しに誰かを見つめている刹那を発見した。
「何をしているんだ?」
ネギ達も建物の陰から首を突き出して、遠巻きに刹那の様子を観察する。
刹那の様子も怪しいが、三人揃って似たような行動をとるこちらも、端から見れば十分に怪しかった。
「……あれは、このかさん?」
刹那はこのか達に気取られないよう、ずっと彼女をつけ回していたのだ。
そんな刹那をネギ達もつけ回した。
「あの行動見たろ? ありゃ、何か企んでるに違いねぇ!」
宿に戻ってくるなり、カモが再び主張する。
「でも……、昨日も言った通り、学園長達だって知っているはずなんだ」
「関東魔法協会が桜咲刹那を認めていても、仲間だとは限らねぇぜ」
「騙されてるってこと?」
「可能性はいくらでも考えられるだろ。相手に信用されるまでずっと正体を隠し通す、忍者で言う『草』ってやつとかな。他にも、脅迫されて仕方なくとか、何かの理由で心変わりしたってこともある」
「そうだとしても、このかさんは魔法について知らされてないんだし、何が目的なんだろう?」
「魔法を知らされてねぇんじゃ、本人から聞き出すのは無理だしなぁ。学園長への脅しなら、すでに行動しててもおかしくないわけだ。……機会を待っていたというなら、こいつはやっぱり、拉致するのが目的じゃねぇのか? 地元の京都なら隠れ家もあるだろうし」
その指摘にネギが唇を噛む。
「一応、学園長にも確認を取ってみよう。なにか事情があるなら教えてくれると思う」
携帯電話で問いかけてみたものの、徐々にネギの口調が激しくなり、結局納得を得ることはできずに終わった。
「なんて言ってたんスか?」
「話にならないよ! 心配いらないの一点張りなんだ。刹那さんはこのかさんの護衛だってさ」
「護衛!? それはありえねぇよ、兄貴! 護衛だってのを隠してるのはまだしも、肝心のこのかねえさんから離れてたら、護衛としての役目を果たせやしねぇ!」
「うん。僕もそう思う。それなのに、まるで聞こうとしないんだ」
「学園長はなに考えてやがんだ?」
「もしかすると……、全部、知っているのかも」
「どういう意味っスか?」
「孫娘が危険にさらされてるんだから、心配しなきゃおかしいはずだよ。それなのに、刹那さんをまったく警戒しようとしない。もしかしたら、刹那さんが何をするか全て知っていて、それでも、手を出さない理由があるのかも……」
「そいつはおかしいだろ。このかねえさんをさらわれて、一番困るのは自分じゃねぇか。このかねえさんは関東魔法協会にとっては全くの無関係なんだからよ」
「……だから、なのかもしれない」
「ん、そいつは一体……?」
「学園長は関西呪術協会と和解したいと言ってたんだ。向こうの信用を得るために、このかさんを人質として差し出すのが和解の条件なのかも……。これなら関東魔法協会にとって不都合はないよ。学園長一人が我慢すればいいわけだから」
「政治的取引ってやつか……。肉親の情よりも組織を取ったわけだ」
「今になってようやくわかったよ。僕に親書を預けようとしたのは、僕をこのかさんから引き離すための策略だったんだ……」
「ってことは……」
今度、表情を曇らせたのはカモの方だ。
「どうしたの?」
「親書をアニキに預けるという時点で腑に落ちなかったんだけどよ。つまり、このかねーさんは拉致される計画だったから、協会の人間を使えなかったんじゃねぇか? 護衛役に負傷者でも出たら、それこそ、新しい遺恨が生まれることになるしな」
「そうかっ! だから、いろいろと理由をつけて、部外者の僕に仕事を押しつけようとしたんだ」
もともと、『失敗させるのが目的』だったのなら、幾つもの疑問に答えが出る。……と、ネギは考えた。
「どうする気だい、兄貴?」
ネギの顔を覗き込んで、カモがため息をついた。
「……聞くだけ野暮ってやつか」
「うん! 何も知らないこのかさんを犠牲にするなんて許せないよ!」
「敵の本拠地近くにまで踏み込んで、麻帆良学園からの援護も期待できない。それでもやるってのかい?」
「やるよ。父さんだったら、利用されようとしている女の子を見過ごしたりなんてしない。『マギステル・マギ』を目指す僕が、逃げるわけにはいかないんだ」
杖を握りしめたネギが、瞳の奥に決意の火を灯す。
「僕がここに居合わせたのは、きっとそういう運命だったんだよ」
小さな魔法使いは、ひとりの少女を守るために、桜咲刹那という強敵に挑むことを決めたのだった。
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