『のび太の雛見沢事件簿解』(12)お疲れさま会

 

 

 

 のび太とドラえもんの送別会としてバーベキューパーティーが開かれることとなった。

 会場は、のび太たちが泊まっていた例の空き地である。

 参加者は全部で7人だった。主賓であるのび太とドラえもん。部活メンバーの魅音、レナ、沙都子、梨花。スポンサーの入江。

 悟史は休息を取るため眠りに落ち、詩音はその看病として診療所に残っている。

「今日は監督のおごりだからね。みんなでじゃんじゃん食べよう!」

 魅音の音頭で皆が乾杯する。当然、紙コップの中身はジュースである。ワインでもなければ、ワインもどきでもない。

「ありがとう、先生」

 スポンサーである入江にのび太とドラえもんが例を言う。

「お礼を言うのはこちらの方です。滅菌作戦の阻止と、特効薬の制作。この村は君たちに二度も救われました。こんな程度じゃとても足りませんよ」

「そうなのです。ボクはようやく生き続ける未来を手に入れたのです。感謝感謝なのです」

「私はのび太さん達のおかげで、にーにーにも会えましたわ」

「みんなの治療が早く終わるといいね」

 はて……。のび太が怪訝そうな表情を浮かべた。

「いま気がついたけど、もしかしてぼくも病気にかかっているのかな?」

 ようやくその可能性に思い至ったようだ。

「あるかもね」

 無表情のままドラえもんが頷いてみせる。

「落ち着いてる場合じゃないだろ! 早く治してよ」

「薬は全部先生に渡したちゃったから、もう残ってないよ。今度補充する時まで待つんだね」

「それじゃあ、それまで治らないの!?」

 そう叫んで騒いでいるのは、のび太ひとりである。

 笑いながら声をかけたのは、魅音と梨花だった。

「のび太だったら、感染してても気にする必要ないからねぇ」

「ボクもそう思うのです」

「酷いよ! 僕がどうなってもかまわないの!?」

 悔し泣きするのび太を見て、レナが魅音の言葉を補足する。

「のび太くん。魅ぃちゃんがそんな風に言うのは、のび太くんの命を軽く見ているからじゃないよ。発症するっていうのは、誰も信じられず疑心暗鬼に陥ることが原因でしょ? でも、のび太くんは人を信じられる。たとえ雛見沢症候群にかかっていても、のび太くんなら発症しないって信じてるんだよ」

「え……?」

「魅ぃちゃんはのび太くんのことを凄くほめてるの。レナも同意見かな。のび太くんは雛見沢症候群なんかに負けたりしない。人を信じることができるってことは、勉強ができたり、スポーツが上手なことより、もっともっと素敵なことじゃないかな?」

 レナの浮かべた笑顔が、本心からの言葉だと裏付けていた。

 補足するなら、のび太は悩みすら持続しそうにないため、深刻な疑心暗鬼に陥りそうにないというのも理由の一つだ。わざわざ指摘する人間はいなかったが。

「そういうこと! のび太なら大丈夫。おじさんが保証するって」

 魅音がそう言って、のび太の背中をばんばんと叩いた。

「そうだっ! 二人は我が部活の名誉会員にしてあげよう。だから、来年の綿流しも一緒に騒ごうよ」

 そのアイデアに部活メンバーが喝采をあげる。

「いまから楽しみだね、魅ぃちゃん」

「お祭りの日でなくてもかまいませんわ。気が向いたらいつでもいらしてくださいまし」

「ボクたちみんなで歓迎するのですよ」

 四人とも心からのび太とドラえもんの来訪を期待している。

「もちろん!」

「絶対に!」

 のび太とドラえもんはみんなの手を強く握り返す。

「そういえば、富竹さんから連絡がありましたよ。証拠を押さえられたので、無事に野村を拘束できたそうです」

「富竹さんもお手柄だね。これで雛見沢が狙われる可能性も減るんじゃない?」

 魅音が満足げに頷いた。

「そうですね。二度とこんな事態が起きないように、『東京』ももっと一枚岩として結束しなければ」

 入江は告げなかったが、今回の事件にはもう少し裏面の事情もあった。

『東京』内部の派閥問題だけではすまず、野村は他国から多額の資金を受け取っており、『東京』内での権力を狙ったのも、その国へ便宜を図るためだった。

 本来は愛国を謳って組織された『東京』にとって、今回の事件は二重の意味で失態と言えた。

 軍事研究が暴露された時の危険性や、他国に対する警戒と組織内の意思統一等、『東京』としても幾つかの問題点が浮き彫りにされている。

 これがきっかけとなって組織が改善されればいいのだが……。入江研究所という末端組織の職長であっても、そう願わずにはいられなかった。

「あれ、何か聞こえない?」

 かすかに聞こえた声に、のび太が耳をそばだてる。

 言い出したのび太以外はみな怪訝そうな表情を浮かべていた。

 その不思議な声は同じ言葉を繰り返しているようだった。

「……ありがとう。ありがとう。ありがとう?」

 のび太は聞き取れた言葉をそのまま口にした。誰がどういう意図で発しているのか、まるで理解できない。

 きょとんとするのび太に、梨花が説明した。

「それはオヤシロ様がお礼を言っている声なのです。のび太のおかげで、祟りのぬれぎぬが晴れて喜んでいるのです」

 そう告げて、梨花が楽しそうに微笑んだ。

「オヤシロ様って、神社の守り神の?」

「そうなのですよ」

「……オバケーっ!」

 一声叫ぶと、のび太は一目散に逃げ出していた。

 取り残された部活メンバーが唖然とする。

「やっぱり怖がりは治らなかったか」

 ドラえもんひとりだけが、妙に醒めた目でのび太の後ろ姿を見送っていた。

 ――あぅあぅあぅ……。

 梨花にしか聞こえないオヤシロ様の声が、恩人に逃げられてうろたえている。

「怖がらせた羽入が悪いのよ」

 梨花が情けなさそうにつぶやいていた。

 

 

 

 楽しいひととき。

 だが、この場に一人欠けていることを、梨花だけが知っている。友人たちは彼の不在に気づくことすらできない。

 自分たちを奮い立たせ、運命を切り開くはずの、もう一人の大切な仲間。全てがうまくいったこの世界に、彼だけが欠けていた。

 自分が死ぬこともなく、村には犠牲者が出ず、沙都子はお魎の許しを得られ、悟史まで戻ってきた。唯一の問題は、自分の心にある寂しさだけだった。

 そのとき、梨花は道ばたに停車している車を見かけた。それは、この村を走った事がないはずの車であり、梨花にだけは見覚えのある車だった。

 自分でも気づかぬうちに、彼女は車へ駆け寄っていた。

 運転席にいた男性が、梨花に気づいて窓ガラスを開ける。

「どうして……ここにいるのですか?」

 おずおずと、大切な確認をするように、梨花が尋ねる。

「前にこの村へ来た時に、このあたりを歩いたことがあってね。今日はドライブに来たんだ」

 助手席には妻らしき女性と、後部座席には一人の少年が乗っている。

「ここはいい場所なのです」

「そうだね。この前もキレイだと感じたけど、人が楽しんで騒いでいると随分印象が変わるなぁ」

 そういって自然な笑みをこぼした。

「今日は東京から来た友達とバーベキューなのです」

「新しく引っ越してきた人かい?」

「お祭り目当ての旅行者なのです。だけど、観光客も新しい住人もボクたちは同じように歓迎しますです」

「この村は新しく来た人間を受け入れてくれるのかな」

「もちろんなのです。ここの土地だって、新しい住人を迎えるために売り出されているのですよ」

「そうか……。こんな場所に住めたら素敵だろうね」

「せっかくだから、パーティーに参加するといいのですよ。みんな快く迎えてくれるはずなのです」

 そう口にして誘ってみる。

 後ろに座っている少年が名乗った時、彼等はどれだけ驚いてくれるだろうか?

 それを考えると、梨花は頬が緩むのを止められそうもない。

 この村に新しい風が吹くのは、そう遠い未来の事ではなさそうだった。

 

 

 
おわり

 

 

 
あとがき:のび太に羽入の声が届いたのは、それだけ感謝の念が強かったと受け止めてください。さすがに、発症はありませんから(笑)。作品全体については裏事情で詳しく書きたいと思います。


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