『運命の扉』

※:「うる星やつら」31巻の運命製造管理局ネタです。

 

 

 以前、平行世界からの波を観測するペンダントを作ろうとして、完膚無きまでに失敗してのけた遠坂凛――彼女は良く言えばへこたれない、悪く言えば懲りない性格をしている。

 あろうことか彼女は、第二魔法そのものに挑戦し、そして……到達してしまった。

 

 

「見せてあげるわ。これがわたしの研究成果よ」

 衛宮邸の庭にででんと設置されたのは古ぼけたドアである。

「これがどうしたんだ?」

「そうですね。その説明がなければ理解できません」

 士郎とセイバーに促されて、凛が説明した。

「大師父であるキシュア・ゼルレッチの果たした奇跡は平行世界への移動。それを私はこのドアで成し遂げたのよ!」

「へー。凄いな」

「それは大した物です」

「…………」

 非常に淡泊な反応に、遠坂が唖然となる。

「第二魔法だって言ってるのがわかんないのっ!? もうっちょっと驚きなさいよ! なんだってこう、魔術の知識に欠ける人間ばかりなのよ!」

 遠坂の嘆きはある意味、もっともだった。

 科学で再現できない奇跡。この世に5つしか現存していない魔法のひとつを凛が実現したのだ。魔術師にとっては驚天動地――時計塔にでも知られたら封印されてもおかしくない。

 ところが、あいにくセイバーも士郎も魔術師とは言いがたい。人のために戦い続けるであろう魔術使いと、使い魔として限界することを望んだ騎士王である。

「もしかして、この扉をくぐるだけで他の世界へ行けるのか?」

「……そうよ。どうせ詳しい原理を説明してもわかんないだろうし、それでいいわ。名付けてパラレルドアよ」

「そのネーミングはどうかと思うが……」

 

 

 朝日が昇る。

 止んでいた風が立ち始める。

 永遠とも思える黄金。

 その中で、

「最後に、一つだけ伝えないと」

 強く、意志のこもった声で彼女は言った。

「……ああ、どんな?」

 精一杯の強がりで、いつも通りに聞こえるように聞き返す。

 セイバーの身体が揺れる。

「……貴方達は一体?」

「へ?」

 セイバーの目線を追った士郎は、そこに信じられないものを見た。

 こちらを凝視している遠坂と、もう一人の自分と、もう一人のセイバー。

「悪かったわね。いいところで。こっちのことは気にせず、続けていいわよ」

「そ、そうそう。そうしてくれ」

「はい。是非ともその続きをお願いします」

 三人にすすめられて、ふたりが改めて見つめ合う。

「…………」

「…………」

「できるわけがありません!」

「できるわけないだろ!」

 ふたりが真っ赤になって怒鳴りつけた。

「今の私には時間が残されていないのです。立ち去らないというならば、実力をもって排除します」

 セイバーはこれまでにないほどの殺気を見せて、黄金の剣を振りかぶっていた。

 のぞき見していた三人は慌てて扉の向こう側へ逃げ去っていく。

 その場に再び静寂が訪れた。

「こほん。では、改めて――」

 風が吹いた。

 朝日で眩んでいた目をわずかに閉じて、開く。

「――――」

 視野に広がるのは、ただ一面の荒野だけ。

 駆け抜けた風と共に、騎士の姿は消えていた。

 消える時は、きっとこうじゃないかと思って……。

「……なんて、思うかーっ!」

 

 

 三人は別な世界を訪れていた。

「なんか、士郎といい雰囲気だったわねセイバー?」

「それは向こうの世界の私ではありませんか。私に言われても困ります」

「そうだぞ、遠坂。セイバーを責めるのは理不尽だ」

「わかってるけど、納得できないのよ。第一、一番悪いのは士郎じゃないの」

「なんでさ?」

 

 

 同年代の友人と遊んでいた子供が、一人の少女に駆け寄っていた。

「お母さん!」

「また仮面ライダーごっこをして遊んでいたのですか?」

「うん」

「こんなところばかり、父親に似て……。帰りますよ、剣士郎」

 そこへ、髪の長い女性が通りかかる。

「家庭が円満そうでいいですね、セイバーさん。幸せそうで羨ましいです」

 くすくすとその女性が含み笑いを漏らす。

「さ、桜はまだ結婚しないのですか?」

「結婚っ!?」

 背後に黒いクラゲを浮かび上がらせ、桜は怒濤のハイテンションをかました。

「私は一生結婚しません! 残りの人生、あなたたち夫婦をおびやかすために生きるんですから!」

 

 

 子連れのセイバーだけでなく、塀の陰から覗いていたセイバーまであたふたしている。

「あれってつまり、士郎とセイバーの間にできた子供ってこと?」

 凛が殺気を込めた視線をギロッと向けると、当の二人はそのことにも気づかずもじもじしている。

「そこっ! 二人して赤くなるな!」

 指摘されたふたりが慌てて首を振って否定する。二人揃ったその態度が余計に凛の癇に障る。

「は、話は変わりますが、桜が黒かったですね」

「ずいぶん、強引に話題を変えるじゃない。……まあ、確かに桜は報われてないしね。士郎がわたしやセイバーと結ばれる世界はあったけど……桜が幸せになれる世界ってあるのかしら?」

 そんな三人が訪れた次の世界――。

 

 

 満開の桜の木々を見つめる四人の姿があった。

 ライダー、桜、凛、士郎の四人である。

「桜、幸せ?」

「――――はい」

 姉の問いに、満面の笑顔で答えた。

 ところが、尋ねたはずの凛は不思議そうな顔で桜を見返している。

「今の声はわたしじゃないわよ」

「でしたら、誰が……?」

 桜の目がどこか見覚えのある3人の後ろ姿を見つけた。

 彼らは扉をくぐるなり、どこかへ消え去った。

 

 

「いったい、どういう経緯を辿ればあの面子が残るのかしらね?」

「あれはつまり、私がライダーに敗れた世界なのでしょうか? 納得がいきません!」

 セイバーが憤然となる。そのうえ、ライダーが現界して士郎達と親しいとは……。

「パラレルワールドなんだから、どんな可能性だってありえるわよ。もしかすると、イリヤルートとかタイガールートもあるんじゃない?」

 だが、平行世界の可能性は彼女の予想を遙かに超えていた。

 

 

 ワカメをかぶったような髪型の青年がいた。おそらくは成長した間桐慎二である。

 彼は連れの女性と一緒に、なぜか人力車に乗っていた。

 慎二が人力車を引いていた車夫に声をかける。

「深山町にくるのも久しぶりだなあ、衛宮」

「はい。旦那様」

 ――衛宮士郎が愕然となる。

「凛。お前も懐かしいだろう?」

「そうね。あなた」

 ――遠坂凛が愕然となる。

 黄金の鎧を着た男が、一人の女性を追いかけている。

「オールドミスのセイバー、好きだあああっ!」

「えーい、うっとうしい!」

 ――セイバーが愕然となる。

 

 

「別の世界へ行くわよ!」

 遠坂の言葉に反対する人間はいない。

 しかし、見つかったのはまたしても人力車。

「さっきと同じじゃないか!」

「よく見てください!」

 セイバーの指さした先――。

「ほら、士郎の肌が黒くなっています」

「間違い探ししてんじゃないわよ! 次よ、次!」

 

 

 三人が踏んだ大地は赤い荒野であった。

「なんだよ、ここ?」

「……あー、わたしは見覚えあるかも。どっかにアーチャーがいるんじゃない? 手分けして探しましょう」

 最初に当人を見つけたのは士郎である。アーチャー――成長した士郎の後ろ姿はどこか呆然としていた。

 忍び寄った士郎の耳に、彼のつぶやきが聞こえてきた。

「……遠坂のバカ。正義の味方を目指したくらいでいなくなるなんて。そりゃあ、世界中を回るために、遠坂の宝石を全部売り払って、だましてバイトさせて、飯も食わせなかったけど……」

「逃げられて当たり前だ、アホー!」

 士郎はバーサーカーの斧剣を投影して、大人の自分に叩きおろした。

「……それにしたって、遠坂も遠坂だ。俺が正義の味方を目指していることを、承知してくれてたんじゃなかったのか? それなのに、遠坂のアホ〜っ!」

「だれが、アホよ?」

 いつのまにか、士郎の背後で凛が仁王立ちしていた。凄まじい殺気を迸らせながら。

「アンタがそんなだから、わたしたちは幸せになれないのよ!」

 凛の連射するガンドに士郎が逃げまどった。

 その追跡劇は扉をくぐった先の異世界にまで及ぶが、士郎が凛を相手に逃げ切れるはずなどないのだった。

 

 

 元の世界へ戻るなり、凛は扉の下に枯れ木を集めて火をつけてしまった。

「あんな世界に用はないわ! こんな扉さっさと燃やしてやるんだから!」

 よっぽど覗いて回った世界がお気に召さなかったらしい。

「まあ、遠坂がそう言うなら仕方がないな」

 士郎が残念そうにつぶやく。

「最後に訪れたのはどんな世界だったのですか? 遅れて入った私達に見物する余裕はありませんでしたが」

 セイバーに尋ねられて、士郎が軽く答えた。

「言峰教会で俺と遠坂の結婚式をやってた」

 ぴきっ!

 遠坂の身体が硬直する。

「それを早くいいなさいよっ!」

 燃えている扉を開けようとする凛を、士郎とセイバーが慌てて取り押さえる。

「やめろって、火傷するぞ」

「士郎の言う通りです。落ち着いてください!」

「離してってば! せめて一目だけでも〜」

 凛の懇願する声が響き渡った。

 

 

 数日後――。

「それで……、また扉を作るために工房へ籠もっているのか?」

「ええ。ですが、うまくいっていません。前回の扉が完成したのは、偶然の産物にすぎなかったようです」

「自分の手で扉を燃やしたくせに、どうしてそんなにこだわってるんだ?」

 士郎の言葉を聞き、セイバーが呆れた視線を返した。

「いまさらシロウに言っても無駄でしょう」

「どういう意味だよ?」

「シロウもシロウですが、凛も凛です。他の世界を覗きに行くよりも先に、この世界でするべきことがあるでしょうに」

 凛がその答えに到達するまで、まだしばらくはかかりそうだ。

 

 

 おわり。