『はるかにとおいところから』

 

 

 ここは英霊の座。伝説に伝わる勇者達が集うところ──。

 

 

「貴女は行かないのかしら、アルトリア?」

 メディアに声をかけられて、その少女が振り向いた。

「なんの話です?」

「まだ、聖杯を諦めたわけじゃないでしょう? みんな、ホールに集まってるわよ」

「もう? ……早すぎませんか? 前回より十年しか経っていないというのに」

「前回は聖杯の完成間近に破壊されてしまったでしょ? それで魔力が大量に残っていたらしいわ」

 メディアの説明に、アルトリアの表情がわずかに曇った。

「そうですか……」

 

 

 アルトリアとメディアがやってくると、すでにそこは英霊達でにぎわっていた。

 掲げられている垂れ幕には、こう書かれている。

『第五回 聖杯戦争出場権福引き所』

 

 

「しかし……、どうしたというのです? この人だかりは」

 呆気にとられているアルトリアの傍らに、青い槍兵が並んだ。

「決まってるじゃねーか。ギルガメッシュだよ」

「……意味がわかりませんが?」

「”あの”わがままなギルガメッシュが10年も残りたがるくらいだぜ。きっと天国みたいな時代なんだろうよ」

 クー・フーリンの言葉に、アルトリアは首をひねる。

「たしかに、あの街に飢餓や疫病の恐れはありませんが、楽園と言うほどではありませんよ」

「そういや、お前は前回も出場したんだったな」

「ええ。……残念ながら聖杯を手に入れることはできませんでしたが」

「おっ! 見ろよ、アイツ」

 驚きの声をあげたクー・フーリンに促されて、他の二人も視線を向ける。

 ちょうど、巨躯の男が福引きを回すところだった。

「まさか、彼まで?」

「まずいわね……。聖杯が遠くなってしまうわ」

「俺はその方が嬉しいけどな。ぜひ、真剣勝負を挑みたいもんだ」

 三人だけではなく、その場に居合わせた全員が視線を向けている。

 彼こそは、英霊の中でも名高いヘラクレスであった。

 

 

 がらがらがら、ころん!

「バーサーカーが出ました〜!」

 その声と同時に、ヘラクレスの身体が消える。

 通常の時間軸へと召喚されていったのだ。

 

 

「…………」

 その場を奇妙な沈黙が支配していた。

「また、微妙だな〜。おい」

 クー・フーリンが率直な感想を口にする。

「そうね。あれだけ多くの宝具をもつ英霊は珍しいというのに、まさに宝の持ち腐れだわ。能力全般は強化されるんでしょうけど……」

「これでは、彼の剣技は封じられたも同然です」

「運の悪い奴もいるもんだな〜」

 クー・フーリンのつぶやきを耳にして、メディアがふと思い出した。

「運が悪いと言えば、第三回でもあったわね……。アベンジャーとしてアンリ・マユが召喚されていたわ」

『うわぁ……』

 アルトリアとクー・フーリンが頭を抱えた。

 なんの宝具も持たないただの青年。あれほど無力な英霊は珍しい。

「よりにもよって、彼ですか?」

「運がないにもほどがあるだろぉ」

 

 

「よっしゃ、俺も一発引き当ててくるかな」

 そう告げて、クー・フーリンが福引きに向かう。

「頑張ってください」

「アルトリア。向こうで戦うことになっても手は抜くんじゃねーぞ」

「その心配は無用です。どうせ、現界時にはここでのことは覚えていませんから」

「さぁて、是非とも、プロポーション抜群のいい女に召喚されたいもんだね」

「失礼よ、クー・フーリン。アルトリアの前で」

「……メディア。貴女の方が失礼です」

 

 

 がらがらがら、ころん!

「ランサーが出ました〜!」

 ガッツポーズを見せたクー・フーリンが姿を消した。

 

 

「では、私も引いてみようかしら」

「メディアの望みとはなんです?」

「そうね……。愛するに値する男性がいいわね。名声など求めたりせず、私の全てを受け止めてくれるような……」

「そうですか。では、素敵な人に巡り会えることを祈るとしましょう」

 

 

 がらがらがら、ころん!

「キャスターが出ました〜!」

 

 

「貴女は参加しないのですか?」

 視界に入ったひとりの美女が、近づいてくる。

 メドゥーサである。

「もしかして、貴女も参加するのですか?」

「ええ」

「どのような願いがあるのですか?」

 その質問に答えず、メドゥーサはアルトリアの前に立った。

 じっと、アルトリアを見下ろす。

「背の低い貴女が羨ましいです」

「ぐっ……! どういう嫌味ですか、それは?」

 低く抑えたその声は悔しさに震えている。

 はっきり言って、メドゥーサは女性達から嫉妬の視線を向けられている。神すらもまどわした美しさなのだから、当然だろう。

 その彼女が自分を羨むことなどあるわけがない。

 だが、メドゥーサはきつい視線を平然と受け流した。

「これは私の本心です。なんとしても聖杯を手に入れて、小さく、可愛くなりたいのです」

 

 

 がらがらがら、ころん!

「ライダーが出ました〜!」

 

 

「……くぅ。なんと贅沢な人ですかっ! あれだけ素晴らしい肢体を持ちながら、まだ満足していないとはっ!」

 幼い容姿や、太い腕や、小さい胸に悲しんでいる人間もいるというのに!

 こうなったら、自分も聖杯に願って、すらりとした長身とダイナマイトボディを……。

 そこまで考えて、はたと我に返った。

 いけない。いけない。

 自分には聖杯に望むべき大切な目的があるのだから。

「やはり来たのか。いい加減、聖杯など諦めたらどうなんだ?」

 その声を聞いたアルトリアは、不愉快そうに顔をしかめた。

「余計なお世話です。貴方には関係のないことでしょう。放っておいてください」

「…………」

 冷たい視線を向けられて、彼はいつものように肩をすくめた。

 アルトリアの視線は相手のむこう――片隅にうずくまる黒い影を捉えた。

「ハサン……? なぜ、彼はいじけているのですか?」

 黒いマントを羽織って両足を抱え込んでいるハサン。似たような姿を持つ一団は、遠目で見ると黒いゴミ袋が並んでいるように見える。

「なにかの手違いがあったらしい。今回の当たりくじは6個だけで、アサシンの玉が入ってないそうだ」

「では、今回はハサンの出番はないのですね」

「そのようだな」

「ですが……、そうなると、今度の戦いは6人だけで行うのでしょうか?」

「そうはならんだろう。やたらと運のいい偽りのサーヴァントでも補充されているのではないか?」

「…………」

 アルトリアはじっと相手の顔を見つめ、その名を口にした。

「エミヤ・シロウ」

「なんだね?」

「貴方にはどこか予言者めいたところがある。一体何者なのか、そろそろ正体を教えてもらえませんか?」

「私は守護者のひとりにすぎん。気にしないでくれ」

「もしかして……、衛宮切嗣の縁者ですか?」

「……そんな偶然などあるわけなかろう」

「でしたら、納得のいく説明をしてください」

「おっと。そろそろ次の当たりがきそうだな」

「待ちなさい。シロウ」

 呼びかけるアルトリアをその場に残し、彼は福引きに挑戦する。

 

 

 がらがらがら、ころん!

「アーチャーが出ました〜!」

 姿を消したエミヤ・シロウを憮然と見送る。

「く……。なんと運のいい」

 まさか、現世に逃げ込むとは……。

 

 

 いよいよ、残りはセイバーのみ。

 今回を逃すと、次回まで待たなければなくなる。

 だが、アルトリアはあまり心配していない。

 自分が引くべき運命にあるなら、きっと引き当てるだろう。

 遠い昔を思い出す。

 次代の王を決める選定の剣を引き抜こうとしていたあの時。

 あの時の自分もまた、なんの迷いも感じてはいなかったと思う。

 そう。あの時は、まだ……。

 セイバーは目前にある福引きを静かに回していた。

 

 

 がらがらがら、ころん!

「セイバーが出ました〜!」

 

 

 彼女は時空を越えて現代に召喚されていく。

「この私を引き当てたのです。おそらく、思慮深く優秀な魔術師に違いありません」

 そうつぶやいた後、アルトリアはある事実に気がついた。

 そうではない。

 それでは駄目なのだ。

 前回の聖杯戦争で自分はそれを思い知らされたはずだ。

 大胆にして繊細。魔術師として、また、戦士として優秀だった、前回のマスター。

 だが、彼は最後の最後で自分を裏切った。

 マスターに求めるものは――。

 たとえ、能力が低くとも、愚直なほどに節を曲げず、最後まで信じられる人物。

「そんな相手を、私はパートナーに望みます」

 願わくば、剣を捧げるにふさわしい相手であらんことを──。

 

 

「―――問おう。貴方が、私のマスターか」

 

 

注:書き上げた後に、セイバーが英霊の座にいないことに気づきました。他にも、本体が召喚されたり、時間の経過が同じだったり、いろいろと原作の設定と齟齬がありますが、……まあ、いいや。