『タイガー劇場(剣豪編)』
「それでは、タイガー道場を始める! 準備はよいか、弟子一号!」
「押忍! いつでもこいっす、師しょー!」
道場にいる大河とイリヤが、なぜか気勢を上げている。
大河の剣道着はいいとして、隣に並ぶイリヤはなぜかブルマ姿だった。
「一体、なんの騒ぎなんだ、藤ねえ?」
見かけた士郎が尋ねてみる。
「よくぞ聞いてくれた。この未熟者が佐々木小次郎を知らぬというので、今から説明をするところなのだー!」
「のだー!」
「小次郎……?」
気がつくと、道場内には、静かに佇む侍の姿があった。
それどころか、7人のサーヴァントが勢揃いしている。
「どうなっているんだ?」
士郎の疑問に答えたのは、見物していた凛である。
「藤村先生に強引に集められたのよ」
「……なんでアサシンがここにいられるんだ?」
「キャスターの魔術みたいね。短時間だけなら、依り代を変えることができるらしいわよ」
「変えるって言っても、何に……」
小次郎のすぐ傍に、子供くらいの大きさで、長い年月を雨風にさらされた石造りの何かがあった……。
「…………」
士郎は深く追求するのをやめた。
士郎の戸惑いを余所に、藤ねえの講義が始められる。
「むかしむかし、宮本村に武蔵(たけぞう)という男がいた」
その言葉に合わせて、道場の中央にアーチャーが進み出た。どうやら武蔵役を仰せつかったようだ。ご丁寧にも、武蔵の愛刀である藤原兼重まで携えている。
「ふーん。その男が成長して、佐々木小次郎になるのね?」
「違うっ!」
すぱーん!
イリヤの頭を大河の竹刀が叩いた。その名を妖刀・虎竹刀という。
「彼の者こそ、日本一の剣豪と言われ、二刀流を編み出した宮本武蔵その人なのだー」
「名前にヒネリがないっす、師しょー」
「慕ってくる幼なじみのお通をも振り払い、武蔵は剣の修行に明け暮れるのだった」
すがりついたキャスターがアーチャーにフラれている。
イリヤが腕を組んで感想を漏らす。
「硬派はいいけど、虚しくないわけ? 演じているアーチャーまで泣いてるよ」
「きっと、自分の女っ気のない人生と重ね合わせて、共感してるのよ。士郎にはそんな人生を歩まないで欲しいと、わたしは切に願うぞ」
イリヤが微妙な表情を見せて、話題を変える。
「……しかし、口では拒みつつも、幼なじみとイチャイチャするのが男の夢じゃないの?」
「極めて限定された若者の意見を一般論にするな、弟子一号!」
と叱責しつつも、大河の表情が緩む。
「……しかーし、武蔵自身も結局、お通と結婚しているから、真実と言えなくもないのだ。日本男児には遺伝子レベルで幼なじみ属性が組み込まれているに違いない。めざせ、タイガールート!」
「プロット段階から、ないってば」
「…………」
「村を出た武蔵は、京の吉岡道場へ殴り込む。相手をするのは、吉岡伝七郎」
「■■■■■■■■――!」
バーサーカーが登場し、アーチャーの手にした刀に倒れた。
「続いて戦うは、槍で有名な宝蔵院胤舜」
ランサーがやってきて、やっぱり斬られて退場する。
「お次は、鎖鎌の宍戸梅軒」
ライダーの出番となり、やはりあっさりと倒される。
「そして、最大の強敵が立ちはだかる――」
今度はセイバーが進み出たが、手ぶらのままだ。不可視の剣すら持っていない。
「あれ? セイバーはなんの役だ?」
士郎の疑問に答えるように、大河の説明が始まる。
「数百年もの間無敗を誇る、陸奥圓明流の使い手――その名を陸奥八雲」
「ちょっと、待てーっ! デタラメを教えるんじゃない!」
「むー。どうせ、諸説入り乱れているんだから、このぐらいいいじゃないのよー!」
「完全な創作を一緒にするな、バカ虎ー!」
「虎って言うなー!」
「いよいよ、運命の舟島にて、佐々木小次郎との最後の決闘が始まる」
「えーっ!? ここまで全てが前フリ!? 長すぎっす、師しょー!」
ゆらりと歩み出たのは、ようやく出番の来たアサシンだった。
「ほらほら、アサシンも不機嫌そうだよ」
「む……。柳に風と受け流すアサシンらしからぬ、気配……」
イリヤの指摘に、大河もうなずく。
「しかし、物語的には、実にタイムリー! 武蔵は、小次郎との対決にわざと遅刻して、高度な心理戦を挑んだのだったー!」
「姑息! 日本一を名乗るには、セコすぎるっす」
「まあ、これも創作らしいし、いいんじゃない?」
「あんまり待たせて小次郎の不戦勝にはならなかったの?」
「うむ。おそらく、そのころの日本人は非常におおらかだったものと思われる」
「それですます気?」
「その通り!」
イリヤのつっこみを軽く流して、説明を続ける。
「物干し竿と呼ばれる小次郎の長刀に対し、武蔵が手にしたのは舟の櫂を削った長大な木刀だった――」
アーチャーがバーサーカーの斧剣を投影した。
……大河の目の前で。
「それは、まずいだろう……」
士郎は内心ヒヤリとしたが……。
「いつ見ても、アーチャーの手品は豪快ねー。まるで魔法みたい♪」
「そこは、魔術みたいって言うのが正しいのよ、タイガ」
肝心の本人は手品と思いこんでいるようだった。
「いざ決闘、というときに、武蔵が例のセリフを口にする」
「小次郎、敗れたリ! 勝つつもりであれば、なぜ鞘を捨てる!?」
実際に演じるあたり、アーチャーもノリノリなのかもしれない。
「つまり、勝った後、刀を鞘にしまうつもりがないのか、ってことらしいわね」
大河が必要もなさそうな解説を入れる。
「いいがかりっす。どうも、剣豪にあるまじき所業が多いっすよ、師しょー」
「まあ、無敗なんてものは、正道だけでは成し遂げられないものなのよ」
「でも、小次郎も不満みたいだけど?」
ぎんっ!
二人の獲物が真っ向から激突した。
「どういうつもりだ?」
手にした斧剣で押し合いながら、アーチャーが尋ねる。
「どういうつもりもなかろう。私の説明だというのに、延々、武蔵の活躍を聞かされては、腹も立とうというもの。あげくは、一撃で倒されるなど、納得しかねる」
やられ役として、創作された身としては、いろいろと鬱憤がたまっていたらしい。
「せめて、この場ぐらいは、勝敗を逆転させてもらおうか……」
「……本気のようだな?」
「無論――」
二人を中心として緊張感が満ち始める。
「…………」
「…………」
無言で対峙する二人が、同時に動いた。
「秘剣――燕返し!」
「ナインライブズブレイドワークス(射殺す百頭)――!」
道場内で、人知を越えた対決が始まってしまった。
大河たちは危険な道場から庭へと逃げ出していた。
「対決の後、舟島は、敗れた小次郎が創設した厳流の名をつけられたわけ」
「ふーん。じゃあ、小次郎って、武蔵の引き立て役だったわけね」
「歯に衣着せることを覚えろブルマっ娘ー!」
すぱん!
虎竹刀がイリヤをはたく。
「こうして、武蔵は60戦以上を無敗のまま決闘をやめ、二天一流を編み出したわけ」
「……肝心の二刀流を使ってなかったぞ」
士郎がつっこむ。
「決闘で二刀流を使った記録はないのよ」
「じゃあ、アーチャーがやる理由ないじゃないか」
なぜか不満そうに士郎がつぶやいた。
「その後、武蔵は、天草四郎に魔界転生させられ、柳生十兵衛と戦うことになるのよ」
「デタラメを教えるんじゃない!」
「さらには、クロノアイズの一員となって、歴史を守るの。タイキvsグリーナム戦では出番がほとんどなかったけどねー♪」
「そんな、マイナーなネタ、誰にもわからないって!」
大河の説明に、士郎が立て続けにつっこむ。
「……と、こういうわけだ。わかったか、弟子一号?」
「押忍! これで、小次郎を知らない、全国のお兄ちゃんも安心ね」
「この、ばかちんがーっ! 小次郎を知らぬ日本人などおらぬ!」
「えーっ!? 断言っすかーっ?」
「無論! 首相の名を知らずとも、小次郎の名は知っているものだ! むしろ、クー・フーリンなぞ、知らぬ! メディアとは何者かー!?」
「師しょー、ぶっちゃけすぎっす。作者の無知を宣伝しても、百害あって一利なしではないでしょうかー?」
「うむ。その言は正しい。だが、もう一つだけ言わせてもらおう。メデューサの髪は蛇だろ普通ーっ!」
「……それを言うなら、アーサー王が女というのも問題ではないでしょうかー?」
むー、と考え込むが、大河は答えを得た。
「許す! ひげ面で胸毛ぼーぼーのセイバーなんぞ見たくもない! そんなルックスでは、人気投票一位なんて、夢のまた夢!」
「まあねー。セイバーが男で喜ぶ人なんて、特殊な嗜好の持ち主だけだわ」
イリヤが、うんうん、とうなずく。
「これまでの説明で、佐々木小次郎について理解を深められたものと思う。これにて、今回のタイガー道場は終了とする」
「押忍!」
「私は、『"K"night』本編ではあまり出番がないので、こういう機会を持てて非常に嬉しい! 弟子一号、次回もよろしく頼む!」
イリヤが横を向いて、ふっ、と冷たく笑う。
「次回があればね」
「…………」
注:史実と違う点も多々ありますので、鵜呑みにしないでください。