『ケダモノ事情』
キャスターが衛宮邸にやってきた。
なにやら相談ごとがあるようで……。
「で? どんな相談なの?」
さっそく口火を切ったのは、凛である。凛自身もこの家の客だが、彼女が主導権を握ることはいつものことだ。
「実は……、マスターの話なのよ」
「……それで?」
「私は何度もマスターと身体を重ねているわ。ベッドでの彼は、とても激しいんだけれど、どうしても彼の本心が分からなくて……。彼は本当に私に好意を持ってくれているのかしら? もしかすると、私の身体が目当てなのかも……」
そこまで口にして、皆をにらむ。
「ちょっと、聞いてるの、貴方たち?」
その場には、話を聞いて突っ伏した士郎、凛、桜、セイバーの姿があった。
「なんなのよ、それは!? わたしたちに相談するような内容じゃないでしょうっ!」
がーっ、と凛が吼える。
「そうだ。藤ねえにでも話せ。藤ねえに」
士郎も慌てて告げる。
大人の女性に分類されるはずの藤ねえではあるが、恋愛相談には一番ふさわしくないかも、と思いながら……。
「最初に相談したわよ」
あっさりと答える。
「以前、電話で相談したしたけど、相手にしてもらえなかったわ」
「い、いつのまに……」
キャスターの言葉に、士郎も驚いている。
「それで、どうすればいいと思う?」
キャスターは真剣な目を凛に向けた。
「そ、それは……」
顔を真っ赤にして言葉に詰まる。
クール&ビューティーといった印象の強い凛だが、浮いた話は一つもない。真っ赤になってうろたえている凛を、男性経験もないんだろうなぁ、などと思いつつ士郎が眺めている。
すると、不意に彼女と目があった。
「……?」
凛は士郎に向けて、笑顔を浮かべた。
「ここは、男の意見を聞こうじゃない。士郎はどう思うわけ?」
「くっ……、汚いぞ、遠坂」
「なにが? わたしはただ、キャスターの力になってあげたいだけよ」
髪をかき上げながら、そう答える。
さらには、にんまりと笑って、
「あら? ひょっとして、答えられないのかしら?」
その口調、その表情。
どうせ女性経験がないんでしょ、と言ったも同然で、さすがの士郎も聞き流すことができなかった。
「その……。行為が激しいってことは、やはり、想いがこもっているからじゃないかな?」
顔を真っ赤にしながらも、そう答えた。
「なにを勝手なこといってるのよ! 相手のことも考えないで激しいだけなんて、許せないわ!」
凛が力説する。
「いえ……。私は激しいのが嫌なわけでは……」
キャスターが否定するが、凛はどうしてもその点にこだわった。
「いーい、士郎? そんなのは男の横暴よ」
「俺はただ、話を聞いた感想として……」
「いーえっ! アンタはきっと、ケダモノなのよ。きっと無茶するに違いないわ」
なぜか断言する。
どうして、そんなに言い切れるんだ? そうは思うものの、迫力に押されてしまい、士郎は反論できない。
「でも、先輩の言葉にも一理あると思います。……それに、わたしは、激しい方がいいんじゃないかなって……」
顔を真っ赤にしながら、桜がフォローする。……いや、フォローと言えるのか?
「アンタにはわかんないんだから黙ってなさい」
「むっ……、姉さんの方こそわかっていないと思います」
ふたりは自分が正しいとばかりに、にらみ合う。
間に挟まれて士郎はうろたえることしかできない。
困った士郎は、頬を染めて成り行きを眺めていたセイバーに視線を向ける。
意見を求められたと考えたらしく、セイバーが口を開いた。
「問題は行為そのものではないでしょう。……大切なのは、その相手への想いと、その相手をどれだけ信じられるか、なのではありませんか?」
「そ、そうだよな。さすが、セイバーはいいこと言うな」
うんうん、と士郎が頷いた。
凛と桜が口論をやめて、士郎をにらみつける。
セイバーはさらに言葉を続けた。
「私は、シロウならば信じられます」
セイバーの瞳が、士郎の顔を映し出す。
「え……?」
セイバーに見つめられて、士郎の身体が硬直した。
怪しげな気配を感じ取り、凛と桜が慌てて告げる。
「わたしだってそうよっ!」
「わたしも信じてますっ!」
3人の少女に追い詰められた士郎は、身動きもできず脂汗を流している。
結局、キャスターは助言を得ることができなかった。
しかし――。
初々しい彼女達を見ていて、それこそが、一番大事なものに思えた。
彼女は柔らかな微笑を浮かべ、楽しげに柳洞寺へ帰っていった。