93回 20111月の胡錦濤訪米(2011626日)

 

201117日、118日から21日まで胡錦濤国家主席の米国訪問が正式に発表された。胡錦濤の最高指導者としての晴れ舞台だ。胡錦濤のレイムダック化を先延ばしするためにも、なんとしても成功させなければならない外遊だった。13日、楊潔チ外相が先遣隊として米国入りするなど準備が進められた。

 

●ゲーツ米国防相の訪中

2010年の米国の台湾への武器売却決定以降途絶えていた米中の高級軍事交流が再開され、1912日、ゲーツ米国防長官が中国を訪問した。二国間関係の深化の程度からいえば、最高レベルにあたる軍事交流の再開は胡錦濤訪米成功を確信させるものだった。

110日、中国軍首脳と相次いで会見した。習近平中央軍事委員会副主席は会見で、「相互信任、互いに力を合わせて難関を切り抜け、手を携えて協力し、絶えず増加するグローバルな挑戦に共同で対応し、発展とチャンスを共同で分かち合い」と述べ、米中軍事交流の意義を確認した。他方「両軍関係の発展は安定信頼の政治的基礎を構築、維持すべきであり、これは相互に主権、安全、発展の利益を尊重することである」と述べ、アジアでの主権問題への米国の介入に対し釘を刺した。

徐才厚中央軍事委副主席は、米中軍事交流の原則として、次の3点を挙げた。(1)お互いの核心的利益と重大な関心事に尊重、配慮し、対立や敏感な問題を適切に処理し、両軍関係の発展に影響する重大な障害を次第に排除する、(2)両軍に戦略的相互信頼を育成、増進し、理解を増進し、誤解を減らし、相手事情を厳しく刺激しない、(3)双方の共同利益を強化、拡大し、実質的な協力をさらに強化し、非伝統的な安全領域に重点を置き、協力を強化する。核心的利益の相互尊重を第1に挙げた。

梁光烈国防部長は、具体的な2011年上半期の軍事交流を確認した。このうち、陳炳徳総参謀長の訪米、国防工作協議、海上軍事安全協議工作グループ会議の開催などで合意した。

この件の報道ぶりは、具体的で、交流再開、交流深化を内外に宣伝していた。しかし、中国側は、アジアにおける主権問題への米国の介入に釘を刺し、核心的利益の相互尊重を主張することを忘れていない。交流深化に宣伝の重点を置きつつも、米国とのあいだには米国のアジアへの介入が現在の最大の問題であることを、キチンと伝えている。

 

●先手を打つ中国

10日、中国がステルス機の試験飛行を行ったことが伝えられた。これに中国訪問中のゲーツが食いついた。11日の胡錦濤との会見で、「自分の訪中にぶつけた試験飛行なら不愉快」と非難した。これに対し胡錦濤は、「自分は知らなかった。しかし、(軍幹部に確認して)元々の計画通り」と答えたと伝えられた。

私は、ゲーツ・胡錦濤会談にぶつけたのだろうと思う。その意図は、中国が米国に不意打ちを食わせて、自らの軍事力を示そうとしたのか、それとも軍部が胡錦濤を困らせようとしたのか。12日付『人民日報』に、ペンネーム国紀平の「米中関係の歴史的チャンスを自信に満ちて迎えよう」と題する長い文章が掲載された。胡錦濤訪米に向けた文章だが、米国に対する上から目線のタイトルだ。胡錦濤訪米関連の報道、文章はおおむね上から目線の傾向がある。だから、ステルス試験飛行はダメ押しの感もある。

それにしても、本当に胡錦濤は試験飛行を知らなかったのだろうか。こんな大事なことを知らなかったのだとすれば、軍のトップとしていかがなものかと心配してしまう。

13日付『人民日報』の23面に、清華大学当代国際関係研究院副院長劉江永の「歴史から見た釣魚島の主権帰属」と題する長い文章を掲載している。文章は、4つの部分からなる。(1)明清時期の歴史記載、(2)古代琉球王国と日本の文献記載、(3)日本の釣魚島の搾取前後の史実と国際法の解釈、(4)中国側がかつて釣魚島の日本への帰属を承認したいという論法は成立しない。その内容は、尖閣諸島の主権が中国にあることを歴史的に説明しようというもので、従来の中国の主張を繰り返しているに過ぎない。問題は、内容ではなく、なぜこの時期に掲載したかということ。これは、日本に対するものではなく、ステルスと同様に胡錦濤訪米を前にした米国向けのメッセージではないだろうか。20107月以来アジアの海洋主権問題に関与を強めている米国に対し、あらためて尖閣諸島の中国の主権を主張し、胡錦濤訪米時の争点にするなとのメッセージかと思うのだ。

17日付『人民日報』にも、「米国は中国との経貿合作の中で巨大な利益を得ている」と題する文章が掲載された。興味深いのは、クリントン国務長官やガイトナー財務長官、議会関係者など米国の対中国政策決定に大きく関わる人たちの関連発言がメディアで紹介されている点だ。もちろん中国にとって都合のいい部分しか取り上げていないのだが、報道していることに意義がある。

 

●米紙の胡錦濤への書面インタビュー

18日付『人民日報』1面には、『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙と『ワシントン・ポスト』紙が胡錦濤に出した書面による質問への回答が掲載された。

これがけっこう長いのだが、3つの部分に注目した。

(1)国際金融システムの弊害について

―国際金融機構が途上国の世界経済金融における地位の変化を十分に反映していない。代表性や執行力をさらに強化する必要がある。

―国際金融システム改革を引き続き推進し、国際金融秩序の公平で、控制で、包容力を有し、秩序を有する発展の方向に進めなければならない

米ドルの影響力と人民元の国際化について

―現在の国際通貨システムは歴史的に形成されたもので、・・・米ドルの流動性は合理的に安定を維持しなければならない。

―一国の通貨が国際的に広範に受け入れられるには長期的なプロセスが必要である。もし人民元の国際化の実現を求めるならば、かなり長い歴史プロセスを必要とする。

(2)政治体制改革について

―経済・社会の発展に沿って深化させ、人民の政治参加と積極性との適応性を高める。

―社会主義政治制度自体の完備と発展を推進する。

―中国の国情から出発して人民民主を拡大し、社会主義法治国家を建設し、国家の各種工作の法治化を実現し、公民の合法的権益を保障し、社会主義民主政治の制度化、規範化、手続き化を進める。各層、各領域で公民の秩序ある政治参加を拡大する。

(3)中国の平和発展の道と中国とアジア太平洋国家との関係

―いかなる国も自身の主権、領土の完備と発展の利益を維持しなければならない

この米紙への回答を見て、胡錦濤の対米スタンスについて、2つの見方ができそうだ。1つは、米中関係はいろいろ対立もあるが、重要だから仲良くしよう。もう1つは、米中関係は重要だが、中国として譲れないことは主張していく。

19日付『人民日報』には、鐘声「米中協力の推進がさらに堅実な足取りで歩みだす」と題するコラムが掲載された。ポイントは、米中関係はこれまで一貫して、「協力」(合作)がメインだった。異なるところも多いが、もっとも必要なことは戦略の相互信頼。発展に必要なことは、(1)「ゼロサム」的な思考を放棄し、相互利益、win win、共同発展を堅持する、(2)相手の革新的利益を尊重する、(3)両国の利益統合点(利益匯合点)を拡大する。

首脳会談では、エネルギー分野での協力も重要課題になると言われているが、それに関連してワシントンで第2回米中クリーンエネルギー実務合作戦略フォーラムが開かれている。これには、胡錦濤政権の外交政策の宣伝マンの1人である鄭必堅元中央党校副校長が出席し、「新たな重要な方向は『利益統合点』と『利益共同体』の構築に努力することである」と述べた。

胡錦濤が米国に出発したことを伝えた当日の紙面に出たのが「利益統合点」という言葉だ。今回の胡錦濤訪米のキーワードになるかもしれない。米中の利益が一致していることを強調しようとする言葉で、「地益共同体」も同じだ。こんなキーワードが出るということ自体、米中の対立を覆い隠そうとすることでもある。

以上の胡錦濤訪米の準備で分かることは、米国の政治家や高官たちが対中政策についてきちんと公の場でまとまった発言をしているということである。そして、それを中国の政治家もメディアも注目していて、報道し、反論するなど対応をしている。こうやって両国が政治レベルでキャッチボールをしていることは見逃せない。

日中間の首脳の相互訪問の時に、中国のメディアでそうした盛り上げがないわけではない。確かに中国の紙面でも日本側のコメントをいろいろ掲載する。しかし、ほとんどが政策決定に関わらない人や団体で、重要度は高くないものばかりで、首脳訪問にほとんど役に立たない。この辺りでも中国の米国に対する重視度を知ることができる。

胡錦濤訪米の数日前、復旦大学で、米中関係の専門の先生が胡錦濤訪米について講演した。視察予定を11つ分析して、それらが持つ意味を解説した。そして、米国がどのようなスタンスで胡錦濤を迎え入れるのか、「スーパーパワー国家の指導者としてか、それとも世界二強の指導者としてか」、つまりナンバーワンはどっちか、米国は守るのか、それとも中国に譲るのかという点に注目するという。なかなか興味深い見解で、まさに今の中国の勢いを反映している。学生たちの質問も、米国に対して強気なモノばかりだった。こうした社会全体の雰囲気を受けて胡錦濤は米国を訪問した。

 

●いざ訪米スタート

118日から胡錦濤の米国訪問が始まった。120日付『人民日報』の1面の真ん中に、歓迎式典とオバマ米大統領との会談の写真が掲載され、予想通りの紙面構成となった。

オバマ米大統領との会談で、胡錦濤が米中関係発展のための5項目の建議を提起した。特に注目は1番目の「小異を残して大同につき、平等で相互信頼の政治関係を発展させる」。ここで胡錦濤は「米中両国の歴史文化、社会制度、発展水準は異なるので、多くの相違が存在することは正常なことである。しかし客観的で理性的に相手を見て、相手の社会制度と発展の道に対する選択を尊重し、相手の主権、領土保全、発展の利益を尊重してこそ、米中関係は正常な軌道を逸脱することはない。」と述べた。

台湾問題についても、次のように述べた。「台湾問題は中国の主権、領土保全に関わる、中国の核心的利益に関わり、米中関係のもっとも微妙な問題である。・・・われわれの両岸関係の平和的発展を進める努力が米国側のさらに明確な支持を得られることを希望する」。

会談の報道では人民元為替問題や民主化については触れられていないが、会談後に発表された聯合声明で、言及されている。

「人権問題では重要な相違が存在する・・・中国側はいかなる国家の内政に干渉すべきではないことを強調した。米中は、各国各国民にはみな自ら発展の道を選択する権利があり、各国はそれぞれが選択した発展モデルを相互に尊重すべきであることを強調した」

「中国は引き続き、人民元レート形成メカニズム改革推進を堅持し、人民元レートの柔軟性を高め、経済発展方式を転換させる」

いつもながら中国国内の報道では、米国に言うべきことはキチンと言ったぞという中国国内向けアピールが重視されている。「小異を残して大同につく」と言いながらも、小異を残したことが目につく。領土問題への介入にもクギを刺し、そもそもの米中関係悪化の原因となった台湾問題でもビシッと言った。また人民元問題も切り上げ自体を約束することはできないので、メカニズム改革の推進で手を打つ形となった。

胡錦濤は、オバマ大統領に対し「譲歩しなかったぞ」という中国国内向けにアピールできただろうか。

 

●訪米後の論評

121日の『人民日報』に、鐘声「米中パートナーシップの新たな章のスタート」というタイトルの論評が掲載された。「新たな」というのが何を指すのか、に注目して読んでみた。

・両国首脳は今後の米中関係を発展させる重点方向と両国の合作を深化させる重点領域を形成し、重要な共通認識の達した。

・米中両国は、大発展、大変革、大調整の時代の潮流に順応し、二国間関係の新たな歴史的選択をおこなった。米中両国はすでに異なる政治制度、歴史文化、経済の発展水準の国家発展の積極的な協力関係の模範となっている。それが、胡錦濤が提起した5項目の建議である。

・多くの問題で米中は各自の原則的な立場を有している。矛盾と対立を回避せず、同時に良好な政治の念願、建設的、合作性、相互利益に基づく態度を希望し、戦略的相互信頼を努力して養成し、深化させるプロセスで、協調的な対話を強化し、実務合作を展開することを表明した。

中国と米国の相違点、対立は多く、また大きい。しかしそれらを避けることなく、協力関係を発展させようという両国関係の今後を確認したという論評だ。しかし、相違点、対立がことさらに強調されているのが今回の胡錦濤訪米の報道で、対立と協調が共存する不安定な米中関係を隠さない、それだけ中国の強い立場が印象づけられているような気がする。

興味深いのは、米中両国の相違、対立の原因として、「歴史文化」をあげていることで、実に違和感を覚える。これまで歴史文化をあげてきたのかを確認しなければならないが、歴史文化をあげられると、相違や対立を解消することはできない。

他方で、中国国内では、胡錦濤訪米に関連して、アメリカで展開する孔子学院、中国語教育へのコミット、つまりソフトパワー外交の展開が大きく報道されている。歴史文化の相違は、中国の歴史文化の浸透で圧倒しようという姿勢は実は恐ろしい。

他方、菅首相の外交方針演説も報道されているが、ベタ記事の扱いだ。胡錦濤訪米の最中でタイミングも悪いが、根本的に日本の存在感が小さいということだ。かなしい。

 

●胡錦濤は本当に「過去の遺物」とバカにしたのか

さて、前述した118日付『人民日報』に掲載された『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙と『ワシントン・タイムズ』紙に掲載された胡錦濤の書面回答記事について、特に取り上げておきたい。

この回答で胡錦濤が現在の国際通貨システムを「過去の遺物」と言ったと日本のメディアが取り上げた。この記事を見て、訪米を直前に控えた胡錦濤が本当に米国を小バカにするような発言をしていただろうかと疑ったのだ。そこで、原文を確認してみた。

『ワシントン・ポスト』紙は「the product of the past」という英語なっていた。これは「時代遅れのもの」みたいな意味で、確かに「過去の遺物」という日本語訳は妥当だ。

他方、『人民日報』では、この部分が「歴史形成的」という中国語になっている。これを私には「過去の遺物」というニュアンスがあるとは思えなかった(前述の下線太字を参照)。知り合いの中国人に確認したら、文字通り「歴史的に形成されたもの」という意味だという。私もそう思った。もう少し回答を読み進むとそれを確信する。それは「人民元の国際化には相当長い時間がかかる」と言っている。そのことを踏まえると、「歴史形成的」は、現在の米ドルを中心とする国際通貨システムも、長い時間かけて形成されたものだということを言っているにすぎない。

これについて120日付『環球時報』が、「小さな翻訳の誤りが大きな世論の誤解を引き起こした」と題する隗静という「米国滞在の有名なメディア人」の小さなコラムを掲載した。隗静はこれを「翻訳の誤り」だとコメントした。「歴史形成的」を「the product of the past」と英訳することは間違いのようだ。しかし、これを「翻訳の誤り」で片付けていいのだろうか。

どうやら胡錦濤が中国語で回答したものを外交部が英訳して英字紙側に送付し、英字紙側がそのまま掲載したようだ。そうなると、翻訳に関わった中国の外交官の問題ということになる。翻訳に関わった外交官の英語の能力の問題だったのだろうか。日中間でもしばしば共同で発表する政治文書の文言の翻訳で大もめしてきた。そのため胡錦濤の書面回答という最高レベルの文書の翻訳を外交部がミスすることはとうてい考えられない。

ということは、外交部、もしくは翻訳に関わった外交官が意図的に「the product of the past」としたのではないだろうか。そんなうがった見方をしているので、これほどまでに私はこの「翻訳ミス」にこだわっている。なぜ意図的だったか。それは、機先を制すことで胡錦濤に有利になるようにと思ってやったのか。逆に胡錦濤に不利になるようにと思ったのか。むしろ、昨年来、米国にしてやられている外交部が米国に対し強気の態度を示すためにやったのではないかと思っている。

 最後にもう1つ、不自然な報道を紹介しておこう。胡錦濤の米国訪問は121日に終了し、その後すぐに『人民日報』には、楊潔チ外交部長の総括(23日)、21日の胡錦濤の米国青年らとの交流ルポ(同)、国紀平「米中パートナーシップの歴史的チャンスを大切にしよう」と題する長文の論評文章(25日)が掲載された。さらに、胡錦濤訪米の総括記事(26日)胡錦濤訪米紀実「米中両国人民の友誼のために、世界の平和と発展のために」(同)、記者「中国民衆は米中パートナーシップに期待している」(27日)が掲載された。

確かに極めて重要な外遊だったが、いつもの外遊に比べ総括が多すぎる。通常ならば、外交部長の総括だけだが、重要だから国紀平文章もよしとしよう。しかし、26日の総括は重複しており必要ない。これについては、報道をめぐる外交部と中央宣伝部の縄張り争いだと解説してくれた友人がいた。ならば納得がいく。