第89回 2010年10月の『人民日報』(2011年2月18日)
【20101026】
●反日デモで初の論評を掲載
16日から断続的に発生している反日デモに対し、外交部のコメント掲載以外の初めての論評となる郭馨「依法理性表達愛国熱情」を掲載した。特に注目したのは、次の文言である。
「法に基づいて、理性的に愛国の情熱を表現できなければ、正常な社会秩序は維持されず、経済社会の安定した速い発展を保証することはできない。また広範な人民大衆の分に案じてそれぞれの業を楽しむことに不利である。法に基づく理性的な愛国の情熱を表現することを堅持すること、とくにわれわれの愛国の情熱を仕事を立派に行う積極性に転化し、わが国が得ることが容易ではない調和、安定の局面を立派に維持して、初めて発展のチャンスと発展を勝ち取る契機をつかみ、わが国の祖国をさらにすばらしく建設することができる」
基本的に「一部の国民が、近ごろの日本側の誤った言行に対し憤りを表すことも理解できるが、法律に則って、理性的に愛国の情熱を表現すべきだと私たちは主張しており、非理性的で法律に反する行為には賛成できない。国民たちが愛国の情熱を仕事に対する熱意に転化し、改革・発展・安定といった大局を維持することを信じている」という外交部の見解をベースにしている。
しかし、論評は日中関係そのものではなく、社会の安定の重要性を論じることに重点を置いている。それだけ、23日以降も各地で反日デモが発生していることに当局が警戒感をもっているということだろう。
日本メディアの報道によれば、デモ参加者が「腐敗反対」や「多党制推進」など、共産党への批判を唱え始めたということなので、当局が警戒を示しているのは当然だろう。一連のデモが、1985年8月の中曽根首相靖国神社公式参拝に反対し発生した学生デモが共産党批判にエスカレートしたのとよく似ていることを思い出した。このとき同時期に開催中の中央代表会議で胡耀邦が批判され、翌1986年末の学生デモ、そして胡耀邦解任へと進んでいく。
今回のデモ、そしてその前の尖閣事件で思うことは、事件が起きたとき共産党内に、かつてのケ小平のように解決の筋道をつける決断のできるリーダーがいないということだ。きっと、どうしようか、みんなに聞いてみよう、いやああでもない、こうでもない、といった決断できないでいる、責任を取りたくない、他の人に決断を譲り合う、そうした内情があるのではないか。そう思えてならない。
共産党批判まで出てきたことが国内外に伝えられると、当局も、今後のデモは認めないという強い統制の態度を見せないといけない。そして、上海万博が終わったあたりで、胡錦濤あたりがビシッと安定重視の演説なりをして、収束させなければならないだろう。これは温家宝ではダメで、胡錦濤でなければならない。胡錦濤にそれができるだろうか。
【20101027】
●限定的な政治体制改革をあらためて確認
1面に鄭青原「正確な政治の方向に沿って、積極的に穏当に政治体制改革を推進しよう」と題する文章が掲載された。関心をもったのは次の点。
(1)なぜ、このような文章を掲載したのか
30年あまりの改革・開放で経済発展は目を見張る成果を収めたが、政治体制改革は非常に後れているという一部の西側の学者の見方は客観的な規律に背き、客観的な事実に合致しない
(2)改革・開放30年間の改革の変遷例
@党の指導体制を徐々に規範化し、制度化したことにより、党内民主をもって人民民主をもたらす実践に至った
A大なたを振って機構改革を推進したことにより、社会主義市場経済に適応する行政管理体制を完備した
B指導幹部の終身制の廃止により、国家公務員制度の構築に至った
C基層民衆自治の実施により、徐々に都市と農村の人口比率に応じて人民代表大会代表を選出し、公民の秩序ある政治参加を拡大した
D権力の運用に対する監督と制約の強化により、腐敗への懲罰と予防システムの構築と完備に至った
(3)正確な政治の方向を堅持し、積極的で穏当な政治体制改革を進めるために断固堅持すること
@党の指導
A社会主義制度
B中国の特色をもつ社会主義政治発展の道(←→西側の政治体制モデルを真似たり、多党制による政権党が次々変わったりすることや三権分立を行わない)
C秩序をもって漸進的に、着実に進めること(←→現実から離れ、段階を超越し、意味のないスローガンを掲げない)
温家宝総理が深センで「政治体制改革の推進」に言及したことで国内での政治体制改革への期待が高まり、さらに劉暁波がノーベル平和賞を受賞したことで海外での中国の政治体制改革に関心が高まったため、現在の中国共産党の政治体制改革に対する見解をまとめて発表したのだろう。
30年あまりのあいだに、改革が進んだことを強調している。これについて、私も否定はしないし、ゼロからこれだけ進んだということは評価しなければならないだろう。しかし、この成果に満足していない中国国民もいるわけで、この成果を冷静に分析しなければならない。その時の分析基準をいわゆる「普遍的価値」に求めるのか、「中国の国情」に求めるのか。それによって評価は分かれる。私は「普遍的価値」が存在すると思うので、党の指導という枠組みにおける政治体制改革に対する評価は辛い。
この文章は、結局、今後も「党の指導」を一番にあげて、政治体制改革を進めると宣言している。つまり、共産党のスタンスは全く変わっていない。政治体制改革を期待させる文章ではなく、期待できない文章だということを確認しておきたい
【20101028】
●政治改革に関する記事が多いのは胡錦濤政権の危機感か
17期5中全会で採択された「第12次五カ年計画の制定に関する党中央の建議」の全文が掲載された。新鮮味がない。それは、胡錦濤政権が抱えている問題が変わらないので、必然的に格差対策、民生重視になっているからだろう。
政治改革に関係する記事も目白押しだった。
(1)王雪飛「西側政治モデルは複製できないものだ」と題する評論。これは2面の「国際論壇」に掲載されたもので、10月25日付『環球時報』14面からの転載。その内容は、西側の一部の勢力が仕掛けるのは、多党制や三権分立を主な内容とするいわゆる「憲政改革」計画であり、西側の民主、自由、人権を押しつける。というもの。
(2)昨日(27日付)の郭青原の政治体制改革の文章に対するネット(網友)での反応を紹介。これは4面に掲載され、郭の文章を支持。
(3)北京市中国特色社会主義理論体系研究中心「マルクス主義の中国化の推進と中国問題の解答」と題する文章。これは理論面に掲載。
(4)李平「個人の言論・出版の自由は人民の利益を侵すことはできない」と題する文章。これも理論面に掲載。「人民の利益を至上とし、個人の利益は人民の利益に服従しなければならない」「いかなる人も言論や作品を発表するとき、ただ自身の感じたことを考慮したり、ただ個人の利益を顧みることはできず、けっして他人の利益や人民の利益を妨害したり、あるいは侵したりすることはできない」「国家が法に基づいて公民の言論や出版の自由を保障し、関連の違法行為を処罰するのは、すべて最も広範な人民の利益を保持するためである」「大量の事実から明らかなように、敵対勢力が1つの国家、1つの政権を破壊するには、いつも人々の思想を混乱させることから入る。そのため、個人が言論・出版の「自由を行使する際は、同様に改革、発展、安定を維持するという大局に有利かどうか、人民の利益の保持に有利かどうか考えなければならない」
(1)と(2)は、昨日の郭青原の文章に関連する掲載。(3)は通常の各地方の官製シンクタンクの連載だが、掲載日は意図的かもしれない。(4)は、劉暁波狙い。とにかく、当局の解釈が存分に披露された文章がそろった。
個人の利益は人民の利益を侵してはならないと憲法にも書いてあるからということを根拠にしているが、その人民の利益の判断権、裁量権は共産党にあることを忘れてはならない。
内容もさることながら、なぜ連日、政治改革絡みの文章を掲載するのか。そこには胡錦濤政権の焦りのようなものを感じる。その焦りは、海外の圧力によるものもあるし、国内の圧力によるものもあるだろう。劉暁波のノーベル平和賞受賞で勢いづく反体制知識人がいる。改革を進めるつもりはないのだろうが、胡錦濤政権にとっては、こうした雑音は思いの外、大きな圧力になっているのかもしれない。
中央電視台の夜のメインニュース『新聞聯播』で、第6回全国人口センサスの実施にあたり、責任者の李克強副総理が、センサスの意義と積極的な参加を直接国民に訴えるテレビ演説が流れた。少し緊張気味だったが、手振り身振りを加え、堂々と訴えた。トップでない指導者のテレビ演説を私が見たのは、1999年にベオグラードの中国大使館がアメリカ軍に爆撃された時の胡錦濤国家副主席(当時)による演説以来だ。
李克強のテレビ演説は、なかなか格好良かった。おそらく習近平のテレビ演説はないだろう。これを見た国民はどう思ったのだろうか。
なぜ李克強がテレビ演説を行ったのか。李克強がいうとおり、確かに人口センサスは中国にとって重要な調査だが、わざわざテレビ演説をすることか。そこには何か意図を感じる。習近平に対し劣勢にある李克強の巻き返し? 胡錦濤のテコ入れ? 非常に政治的なテレビ演説であると思われる。
【20101029】
●全人代常務委員会第17回会議、「村民委員会(村民委)組織法」と「代表法」の改正案を可決
村民委組織法改正のポイントは以下のとおり
(1)農村の社会情勢発展への対応:@村民委メンバーの選挙と罷免の手順の完備、選挙委と有権者登録の内容の充実、A民主的な議事制度の明確化と村民会議制度、民主管理と民主監督の制度の完備。
(2)村幹部の監督と正確な権力行使の確保のための条項を増やす:@村務公開に関する具体的な規定、A村民委メンバーの厳格な任期と離任時の会計検査に関する規定、B村務監督機構の職責、メンバーなどに関する具体的な規定、C村民委メンバーに対する罷免、評議に関する規定
選挙法改正案のポイント
(1)人民代表大会(人代)代表の有権者への活動報告について:@直接選挙による代表は、有権者の質問を受け、監督を受ける。A間接選挙による代表は、座談会などを通じて意見を聴取し、主動的に監督を受ける。B罷免について、2度許可を受けず本会議を欠席すれば、代表資格を取り上げる。
(2)人代が集団で行使する監督権と代表の個人活動を区分するために、人代代表と個人の職業の兼業について、代表の身分を利用して個人の利益を追求しない。
どちらも政治制度に関する重要な法律改正だ。村民委組織法の改正は、村民委の過剰な権限を制限しようとするもの。代表法の改正は、人代代表に名誉職ではなく、キチンと職責を全うさせようというもの。どちらも現在の機能不全の深刻さを露呈している改正といえる。とりわけ、有権者の監督というのは、どのくらい強制力を持つものなのだろうか。
【20101030】
●薄煕来、李克強のアピール
宣伝イデオロギー部門を主管する李長春中央政治局常務委員が、25〜28日に重慶市で開催された第1回中華紅歌会に祝賀を送っていたとの記事が掲載され。
中華紅歌会では、全国31の省レベル地域と、香港特別行政区、台湾、シンガポールから63組3000人あまりが参加し、革命歌をめぐるさまざまな催しが実施された。
この歌会が重慶で行われていることには納得がいく。昨年来、革命歌をはやらせるなど、積極的に共産党の革命への回帰を強調してきた薄煕来がトップの場所だからだ。先に歌会ありきで薄煕来が招致したのか、それとも薄煕来がそもそも歌会を企画したのか。いずれにせよ、今も薄煕来が革命回帰を強調していることが分かった。
文化部との共催であり、宣伝イデオロギー部門担当の李長春を引っ張り出したことで、この歌会は『人民日報』の1面で報道された。薄煕来の計算通りとなり、2012年秋の第18回党大会に向けた大きなアピールとなった。このことから、薄煕来は李長春の後の宣伝イデオロギー部門担当として党中央政治局常務委員に昇格することを狙っているのかもしれない。革命回帰の薄煕来が宣伝イデオロギー部門担当になると、ちょっと恐ろしい。
もう1つ、先の17期5中全会で採択された文件「第12次5カ年計画の建議」の起草組の副組長が李克強であることが分かった。そして李克強が西安での一部地区の十二五計画綱要(草案)編制工作座談会で講話したことも報道された。組長は温家宝だが、李克強も副組長として、第12次5カ年計画の策定を仕切っていることが分かった。
李克強は経済が分かっているのかという問いかけがよく見られる。李克強にとって、5カ年計画の起草に携わることは大きな実績になる。これで、李克強は経済分野にも大きく関わっていることが明らかになり、第18回党大会を経て、国務院総理に就いてもおかしくない。
薄煕来にせよ、李克強にせよ、第18回党大会でのポストが注目されているため、必死にアピールしている。