第8回 「新しい社会階層」はどう言及されたのか―第16回党大会初日の江沢民報告の初歩的分析(2002年11月9日)

 

 昨11月8日から、中国共産党第16回全国代表大会(第16回党大会)が始まった。

昨日は、大会の目玉の1つである江沢民総書記によるこの5年間の中央委員会の活動を総括する報告(江沢民報告)が行われた。ここでの注目点は前回の掲載分でも指摘したが、「三つの代表」がどう扱われるかという点にあった。その基準となるのは、2001年7月1日の江沢民講話(七一講話)である。七一講話は「三つの代表」について最も具体的に言及したものだった。この七一講話については、以前の掲載分でも取り上げたし、また次回掲載分を参考にしてもらいたい。今年2002年5月31日の江沢民講話(五三一講話)も重要だが、これは七一講話に比べトーンダウンしていた(この七一講話と五三一講話の比較は、前回掲載分で紹介した『東亜』に掲載された拙稿が詳しい)。そのため、比較の基準は七一講話がベターだろう。

 

●江沢民報告をメディアはどう伝えたか

本論に入る前に、現時点での資料の収集状況について言及しておきたい。

 昨日の報告終了から、報告の原文が手に入らないかと、いろいろとネットサーフィンしてみた。新華社、人民日報といった大陸のHPには、予想通り報告の全文が公開されることはなかった。これは、最終日まで各代表団が議論をし、それを最終日に大会で採決して、正式の報告になるからである。昨日の江沢民の報告は原案の提示にすぎない。とはいえ、それが各代表団での議論よって、大きく書き変わることはほとんどない。「偽善的な民主」の実践にすぎない。しかし、「正式な報告は最終日の採決を経てから」という建前があるため、中国国内のメディアが原案を全文公開することはない。とは言え、昨日の江沢民の報告は、国内外に生中継されているのだから、見た人は全内容を知っているという矛盾がそこにある。建前は、なんとなく間が抜けている。しかしある中国人に言わせれば、平日の午前9時や10時に、のんきにテレビを見ている人はいないとのこと。そう言われると、建前は堅持されていると言えるのかもしれない。

 香港のメディアのサイトでも全文を公開しているところはない。日本の新聞は昨日(8日付)夕刊で詳細に報道していた。

 中国国内では、新華社が昨日(8日)、江沢民が報告しているのと同時進行で、報告の抜粋を随時流した。しかし、私営企業家ら新しい社会階層に対する評価については、いっさい掲載しなかった。そのため、日本のメディアが報道するまで、私は江沢民が私営企業家ら新しい社会階層に対する評価に言及しなかった、新路線は後退したと思ってしまった。

 9日付『人民日報』は、第1面の党大会の開幕についての一般報道では、昨日の新華社の報道をそのまま使っていたが、第2、3面の江沢民報告の詳細報道では、全文とはいかないが、詳細な内容が掲載されていた。ようやく、私自身安堵した。ということで、以下の私見は、この11月9日付『人民日報』を中心に、必要に応じて、江沢民報告の録画で確認をした。

 

●「新しい社会階層」に対する評価

江沢民報告は全部で10の部分から成っている。第1部分「過去5年間の活動と13年の基本経験」から始まる。そして第2部分で早くも「“三つの代表”重要思想を全面的に貫徹しよう」が登場する。

そこでの「三つの代表」思想そのものの説明は、「七一講話」とほとんど変わりはない。

問題は私営企業家を含めた「新たな社会階層」に対する言及、扱いである。9日付『人民日報』によれば、江沢民報告では「社会変革の中で出現した民営科学技術企業の創業者と技術者、外資系企業に招へいされた管理技術者、個人企業、私営企業家、仲介組織の従業員、自由職業家などの社会階層は全て、中国の特色ある社会主義事業の建設者である」と位置づけられた。以上の新しい社会階層に対する評価は、七一講話とほとんど同じである。

これまで労働者や農民のような社会主義にとっての「味方」と見なされてこなかった「新しい社会階層」を「味方」にするための、伝統的なマルクス主義理論の変更にも江沢民報告は言及している。「単に財産があるか、財産がいくらあるかを、政治上進んでいるか、それとも遅れているかを判断する基準にすることはできない。主に、思想政治状況と現実の表現を見なければならない」として私有財産の有無を価値基準にしないことを明言した。これも七一講話と同じである。

余談だが、『人民日報』によれば、その後「財産がどのように得られたのか、財産をどのように支配し、使用しているかを見なければならない。自らの労働によって中国の特色ある社会主義事業に対し貢献しているかを見なければならない」と続いている。しかし、録画ビデオを見ると、こうした言及は無いようだ。

 

●私営企業家の入党に関する言及はなかったのでは

他方、『人民日報』によれば、江沢民報告は新しい社会階層の共産党への入党を認めることに言及していない。これについて、日本の各紙の8日付夕刊では、「毎日新聞」だけが江沢民報告が「社会各層の先進分子を党に吸収し、全社会における党の影響と結束力を強化する」と言及したと伝えている。しかし、録画ビデオを見ると、江沢民報告は新しい社会階層の入党については言及していないようだ。他社の紙面も、江沢民報告が上記の新しい社会階層を「社会主義事業の建設者」と位置づけたことから、私営企業家の入党を「公認」(日本経済新聞)、「許容」(読売新聞)と解釈しているにすぎない。

この点について、「七一講話」でも「私営企業家の入党を認める」と明言しているわけではないが、「党の綱領と規約を受け入れ、党の路線と綱領のため自覚して奮闘し、長期の試練に耐え、党員としての条件にかなった(筆者注:労働者、農民、知識分子、軍人、幹部以外の)その他方面の優秀な者も党内に入れるべき」と言及している。先ほど江沢民報告は言及していないと述べたが、よく探してみると「絶えず党の体に新たな活力を注入しなければならない」と言及している部分がある。しかし、七一講話に比べると、「新たな活力」が必ずしも新しい社会階層だけを指すとは言えない。

報告の原文を検討しなければ確定できないが、現時点での暫定的な結論から言えば、明確に新しい社会階層の入党について言及されなかったという点では、江沢民報告は「七一講話」からの後退である。この問題が引き続き党内の「敏感問題」なのであることが窺われる。余談だが、「五三一講話」ではやはり言及されていない。ここに、「五三一講話」が江沢民報告に直結していたことが再確認された。

 しかし、このことが私営企業家を含めた新しい社会階層を共産党の支持基盤として吸収しようという動き自体を後退させるものではない。江沢民報告に見られる現象は、第16回党大会での人事をめぐる駆け引きの一環と見た方がいいだろう。すなわち、総書記辞任後も影響力を確保したい江沢民に対する抵抗勢力からの圧力ではないだろうか。今後の党規約の改正、ならびに人事がますます注目される。

関連でもう一つ付け加えれば、「わが党は一貫して中国の労働者階級の前衛隊である」という中国共産党の定義に「と同時に中国人民と中華民族の前衛隊である」という部分が加わったことが『人民日報』では言及されていない。しかし、日本の各紙が明言したと伝えているので、これはたぶん言及されたのだろう(録画ビデオによる確認作業は行っていない)。このことは、やはり定義の変更という「敏感な問題」も絡み、意図的に言及されていないものと思われる。しかし、本質は私営企業家の入党問題と変わらない。