第76回 第17回党大会の胡錦濤報告の分析(2007年10月20日)

 

さて、胡錦濤報告と5年前の第16回党大会の江沢民報告の大項目を並べたものが次の表である。

 

【大項目の第16回党大会の報告との対応】

16回党大会

17回党大会

1.過去5年間の活動と13年の基本経験

1.過去5年間の活動

 

2.改革・開放の偉大な歴史的経過

2.「三つの代表」重要思想を全面的に貫徹しよう

3.科学発展観をさらに実現、貫徹しよう

3.小康社会の全面的建設という奮闘目標

4.小康社会の全面的建設という奮闘目標の新たな要求を実現しよう

4.経済建設と経済体制改革

5.国民経済の立派に、速い発展を促進しよう

5.政治建設と政治体制改革

6.社会主義民主政治のたゆまぬ発展を堅持しよう

6.文化建設と文化体制改革

7.社会主義文化の大きな発展、大きな反映を進めよう

 

8.民生の改善を重点とする社会建設の推進を加速させよう

7.国防軍隊建設

9.国防軍隊現代化建設の新たな局面を切り開こう

8.「一国二制度」と祖国の完全統一の実現

10.「一国二制度」の実践と祖国平和統一の大業を進めよう

9.国際情勢と対外工作

11.平和発展の道を終始進もう

10.党建設の強化と改善

12.改革創新精神で党建設の新たな工程を全面的に進めよう

 

内容が類似したものを区分してみたが、大体対応している。しかし、胡錦濤報告で新たに加えられた項目が2つある。1つは「2.改革・開放の偉大な歴史的経過」で、改革・開放29年間を総括した内容である。もう1つは「民生の改善を重点とする社会建設の推進を加速させよう」である。前者は全くのオリジナル項目で、後者は江沢民報告で第4項目に含まれていたものだが、胡錦濤報告で独立した項目である。この付け加えられた2つの項目が胡錦濤報告の特徴を象徴している。次に胡錦濤報告の特徴を挙げておく。

 

●改革・開放と科学発展観

1の特徴は、「科学発展観」を前面に押し出そうとしている点だ。それは何を意味するのだろうか。科学発展観については第3項目で詳しく語られている。江沢民報告でも第2項目で「三つの代表」重要思想について詳しく語られているため構成は似ているのだが、両者の決定的な違いを感じるのは胡錦濤報告の第2項目で29年間の改革・開放が回顧されている点だ。

なぜ改革・開放を回顧しているのだろうか。来年2008年が改革・開放30周年でキリがいいので、1年繰り上げて第17回党大会で総括したことも考えられる。またここ数年、改革・開放に対する評価をめぐり、「新左派」と呼ばれる改革・開放を批判し、計画経済期、毛沢東時代への回帰する主張するグループと、さらなる改革・開放を求め、一党支配体制すら批判するケースもあるグループとの学術論争が大きな注目を集め、これが学術レベルにとどまらず思ったよりも政治的に影響を与えているため、胡錦濤政権の公式見解として改革・開放を称賛する必要があったことも考えられる。

しかし私が注目するのは、改革・開放が「中国の特色ある社会主義」をスタートさせた点を評価していることだ。そして胡錦濤政権が作り出した科学発展観もこの中国の特色ある社会主義の流れの中にあると位置づけている。しかし、わざわざ1つの項目を割いてまで改革・開放を取り上げなければならなかったことには大きな違和感が残る。つまり、科学発展観を何とか毛沢東思想、ケ小平理論、「三つの代表」重要思想と並べることにはムリがあるのを胡錦濤が何とかしてその位置に持っていくために、改革・開放という流れの一部分として科学発展観を位置づけたのではないかと思うのである。

「三つの代表」重要思想を毛沢東思想、ケ小平理論との発展型と位置づけていることは江沢民報告にも見られるが、胡錦濤報告ほど過去との関連に言及していない点で異なる。

 

●党章改正と科学発展観

17回党大会では党章改正が予定されているが、その内容はまだ明らかにされていない。改正の話を聞き、一瞬科学発展観が毛沢東思想、ケ小平理論、「三つの代表」重要思想と並んで党の指導思想になるのかと思ったのだが、どうもそのようには思われない。まず党章では、毛沢東思想、ケ小平理論、「三つの代表」重要思想は党の「行動指南」とされている。つまり科学発展観は行動指南に位置づけられるかということだ。胡錦濤報告では、ケ小平理論と「三つの代表」重要思想は「指導」、「重要思想」と言われている。これに対し、科学発展観は「指導方針」「戦略思想」と言われている。私には両者が異なる位置づけをされているように思われる。もちろん、まだ党章改正が行われていないので、科学発展観を前二者と同等に言及することができないのかもしれないが、科学発展観には共産党の「イデオロギー」、指導思想としての重みはない。それでも三者を中国の特色ある社会主義理論体系の「科学理論体系」と位置づけることで科学発展観を並列にしたいという胡錦濤の思いが伝わる。その点では、再三次のように表現されている「ケ小平理論、『三つの代表』重要思想によって指導し、科学発展観を掘り下げて貫徹、実現する」。これはまさにケ小平理論、『三つの代表』重要思想と科学発展観は並列関係にはなく、科学発展観は党の「行動指南」には値しないことを示しているように思われる。その点では、党章改正では科学発展観や社会和諧が盛り込まれるだろうが「行動指南」としてではなく、「総綱」部分には現政権の行動方針を示す部分があるのでそうしたパートで触れられる程度ではないか。それでも党章の中にその言葉が入ることの意義は大きい。

 

話は逸れたが、科学発展観に関する言及が多い点が胡錦濤報告の特徴の一つである。しかしそこでは、科学発展観がケ小平理論、『三つの代表』重要思想のような党の指導思想、イデオロギー的な性格を持つものではなく、胡錦濤政権の施政方針のキャッチフレーズにしか聞こえない。そして党の「行動指南」レベルへの位置づけを急いでいるように感じられる。

 

●民衆重視の具現化

2の特徴は、この5年間提唱してきた民衆重視の方針が至る所で具現化されている点だ。民生事業について一項目充てられたことは象徴的である。後述するように、人民の権利、基層民主が取り上げられていることも民衆重視の反映である。この点は江沢民報告よりも鮮明になっている。

 

●脱江沢民はなったか

 第17回党大会の焦点は、胡錦濤が脱江沢民を達成できるかという点にあると思っている。人事は発表後に分析することとして、胡錦濤報告を見る限り、その努力の跡は見られる。科学発展観を「三つの代表」重要思想と同じステイタスに持っていこうとしているわけだし、また民衆重視の姿勢を胡錦濤報告の随所に示し、江沢民報告との違いを明確にしようとした。

 後者については、ある程度成功しており、人民の支持を得ることができるだろう。今後は胡錦濤報告に示された民衆重視の諸政策を実行していくという大きな課題を背負うことになる。

前者についてはどうだろうか。胡錦濤の思い通りには表現できていないのではないかと感じる。脱江沢民がうまくいっていないことに対する焦りを感じる。人事をふまえて後日詳細に私の見方を紹介する。とりあえず考えられることは、党章の改正で科学発展観が「行動指南」に数えられるのは難しく、言葉が盛り込まれるという程度ではないか。

 

●各項目の注目点

 ここからは各項目について、興味深い点を挙げておく。特に私が関心のある項目については、江沢民報告の小項目と対応させてみた。

 

「1.過去5年間の活動」は、特徴はない。

 

「2.改革・開放の偉大な歴史的経過」、なぜここまで「改革・開放」というタームにこだわっているのか。

 

「3.科学発展観をさらに実現、貫徹しよう」は、科学的発展観を説明するもの。

 

「4.小康社会の全面的建設という奮闘目標の新たな要求を実現しよう」では、「発展協調性を強化し、経済の立派に、速い(原語で「又好又快」)発展を実現するよう努力しよう」と、経済発展について速さよりも質に重点を置くことが再確認されている。また第16回党大会で掲げられた「GDP2020年に2000年の4倍にする」という目標が「1人あたりGDP2020年に2000年の4倍にする」と変更されている。人口増加を考慮すれば、GDP4倍以上でなければならないわけで、総額目標が高くなったことを意味する。それでも「1人あたり」にこだわったのは人を重視していることを実感させる意味があるのだろうか。

 

「5.国民経済の立派に、速い発展を促進しよう」では、科学技術重視は江沢民報告と変わらないが自主創新能力の向上として第1項目に挙げられた。第2項目の経済発展方式の転換では転換内容が具体的に示されている。第3項目の農村問題も江沢民報告とほとんど変わらないが、農民所得の増加問題が取り上げられた。第4項目ではエネルギー資源の節約と生態環境保護について独立した項目で取り上げられた。第5項目の地域協調発展では江沢民報告での西部偏重から全地域がほぼ均等に網羅されバランスがとられた。

 

「6.社会主義民主政治のたゆまぬ発展を堅持しよう」では、小項目について第16回党大会と比べてみる。

 

16回党大会

17回党大会

(1)社会主義民主制度を堅持し、完全なものにする

(1)人民民主を拡大し、人民が主人公であることを保障する

(2)基層民主を発展させ、人民がさらに多くの切実な民主権利を享有することを保障

(2)社会主義法制建設を強化する

(3)法に依り国を治めることを基本方針とすることを全面的に実現し、社会主義法治国家の建設を加速させる

(3)党の指導方式と執政方式を改革し、完全なものにする

 

 

(4)愛国的統一戦線を強大にし、あらゆる団結可能な力を団結させる

(4)政策決定メカニズムを改革し、完全なものにする

 

(5)行政管理体制改革を深化させる

(5)行政管理体制改革を加速させ、サービス型政府を建設する

(6)司法体制改革を推し進める

 

(7)幹部に関する人事制度の改革を深化させる

 

(8)権力に対する制約と監督を強化する

(6)制約と監督のメカニズムを完備し、人民が与えた権力が終始人民のための利益を謀るために使用されることを保証する

(9)社会の安定を維持する

 

 

社会安定についての項目がなくなっている。集団抗議行動の多発状況に変化はないはずで、ちょっと不可解だ。また政策決定の科学化、民主化の項目は第1項目に吸収された。他方基層民主と愛国的統一戦線が独立した項目になり、より人民に近い基層の民主の重視を示し、また共産党の支持基盤の安定、拡大のカギを握る愛国的統一戦線の重視を示した点は注目される。

1項目では「人民の知る権利・参加権・表出権・監督権」といった個人の権利が入った。独立した基層民主の項目では、「村民自治」「居民自治」の聞き慣れたタームが消え「基層大衆自治システム」という聞き慣れないタームが登場した。前両者をひとまとめにしたと見られ、自治について都市と農村の区別をなくそうとしているのだろうか。それは制度の統一を意味するのだろうか。行政管理体制改革についてはコスト削減よりもサービス充実を強調している。

 

「7.社会主義文化の大きな発展、大きな反映を進めよう」は省略。

 

「8.民生の改善を重点とする社会建設の推進を加速させよう」は、江沢民報告では経済項目に入っていた民生事業について、胡錦濤報告は独立した項目を置き、胡錦濤政権の民生事業重視の姿勢を示した点が注目である。その結果、具体的な内容が盛り込まれている。

 

「9.国防軍隊現代化建設の新たな局面を切り開こう」「10.「一国二制度」の実践と祖国平和統一の大業を進めよう」「11.平和発展の道を終始進もう」は省略。

 

12.改革創新精神で党建設の新たな工程を全面的に進めよう」でも、小項目について第16回党大会と比べてみる。

 

テーマ

16回党大会

17回党大会

理論武装

「三つの代表」重要思想を掘り下げて学習、貫徹し、全党のマルクス主義の理論水準を高める

中国の特色ある社会主義の理論体系を掘り下げて学習、貫徹し、マルクス主義の中国化の最新成果を使って全党を武装する

指導グループの資質向上

党の執政能力建設を強化し、党の指導レベルと執政レベルを高める

党の執政能力建設を引き続き強化し、資質の高い指導陣を作り上げる

党の統一・団結の強化

民主集中制を堅持し、健全にし、党の活力と統一・団結の増強に力を入れる

党内民主建設を積極的に推し進め、党の統一・団結を増強する

幹部の資質向上

資質の高い指導幹部陣を作り上げ、活気に満ちた、発奮する、有為な指導層を作り上げる

幹部に関する人事制度改革を掘り下げ、高い資質の幹部陣と人材陣を作り上げる

基層の党建設の強化

基層の党の建設活動を確実に推し進め、党の階級的基盤を増強し、党の大衆的基盤を広げる

先進性教育活動の成果を全面的に強固、発展させ、基層の党の建設を強化する

腐敗反対

党の作風の建設を強化、改善し、腐敗反対闘争を掘り下げて展開する

党の作風をしっかり改善し、腐敗反対・清廉さ提唱の建設を強化する

 

小項目のテーマは変わらない。項目タイトルは多少異なるが、内容もさほど変わらない印象だ。その中で、胡錦濤報告に特徴的なのは「党内民主建設」が前面に押し出され、内容が多岐にわたって盛り込まれている。一部江沢民報告でも見られるが、地方の重要な問題と任用の決定における重要幹部票決制、中央政治局の中央委への、地方常務委の全体会議への定期報告と監督制度、基層民主の多様化(基層組織の指導集団の選出方法で公開推薦、直接選挙)などは新たに加えられた。また「党内民主の拡大が人民民主をもたらす、党内和諧の増進が社会和諧を促進する」として「党内民主」と「社会和諧」が連動していることに言及しているが、少し強引な感もある。

江沢民報告で「新しい社会階層」が党の支持層として吸収対象とされたことが注目されたが、胡錦濤報告では「基層の党建設の強化」の項目で新しい社会階層の組織化に言及されたことは注目される。

腐敗反対では、「断固として腐敗を懲罰し、有効に予防することは、人心の向背と党の生死存亡と関係する」して危機感をさらに強めており、特に予防を強調している点が注目される。しかし、具体的な施策については新鮮味がなく、共産党自体が行き詰まっていることを露呈している。