第68回 安倍総理の政権公約の内容分析と日中関係への影響(2006年10月7日)
明日10月8日、安倍首相が中国を訪問し、胡錦濤国家主席、呉邦国全人代常務委員長、温家宝首相と会談を行う。日中首脳の相互訪問は5年ぶりであり、安倍政権下での日中関係がスタートする。
11月のAPEC首脳会議での日中首脳会談が最初のコンタクトかなあと思ったが、こんなに早い首脳会談の開催は予想外で驚いている。私は常々首脳会談をやっても諸問題の解決には何ら影響はないと言ってきた。その考え方に変わりはないが、首脳会談をやらないよりもやった方がいいに決まっているわけだから、今回開催に至ったことはよかったと思っている。
日本の新聞各紙が今回の首脳会談までの経緯をそれぞれに紹介しているのを読むと、共通して言えることは首相就任前のかなり早い時期から事務方が動いて、首脳会談開催の準備を行ってきたということだ。それがうまく実現した背景には、中国側の日中関係改善に対する安倍氏への期待が大きいことがあるだろう。
しかし安倍首相を小泉前首相よりも組み易し、と中国側が考えているとするならばそれは早計だろう。私は中国にとっては小泉前首相よりも安倍首相の方が手強いのではないかと思う。小泉前首相の場合は発言がはっきりしていて中国側も態度を決めやすかったはずだ。しかし安倍首相については靖国一つとっても態度を明らかにしておらず、中国もどう対応すべきか安倍首相を観察し、分析して対応を決めなければならない。その意味では、小泉首相時代はお互いを探り合う外交が展開されていなかった。しかし安倍首相の下では様々なルートを通じて、様々なテクニックを駆使して、日本に対する対応を考えなければならない。日本側にしても中国に対し策を施して、国益を追求しなければならない。その意味では日中間の外交が真の「外交」になるのではないかと思う。
今回は、9月1日に安倍首相が発表した政権公約「美しい国 日本」について、日中関係に関連する外交、安全保障に関する記述を中心に、安倍首相の考え方をまとめて、分析してみた。そこからは中国にとって今後やっかいになると思われるものがいろいろ盛り込まれていることが分かった。中国にとって安倍首相が決して組み易い相手ではないと私が判断する根拠である。最後に中国に対する安倍首相への対応も考えてみた。なお、以下の分析は公約発表直後に行ったものである。
●内容分析
(1)政権の基本的方向性
@文化・伝統・自然・歴史を大切にする国
・憲法の制定
・開かれた保守主義
A自由と規律の国
Bイノベーションで新たな成長と繁栄の道を歩む国
C世界に信頼され、尊敬され、愛されるリーダーシップのあるオープンな国
・日本の強さを生かした積極的貢献
(2)具体的政策
@政治のリーダーシップの確立
・首相官邸主導体制を確立
A自由と規律でオープンな経済社会
・アジア成長を取り込む経済戦略
B健全で安心できる社会の実現
・教育改革
C主張する外交で「強い日本、頼れる日本」
・「世界とアジアのための日米同盟」の強化、日米双方が「ともに汗をかく」体制の確立
・開かれたアジアにおける強固な連帯確立、中国、韓国など近隣諸国との信頼関係の強化
・北朝鮮問題の解決
・米、EU、オーストラリア、インドなど価値観を共有する国々との戦略対話の推進
・グローバル経済統合の推進力となる
・世界における責任ある役割を果たす国になる
・官邸における外交・安全保障の司令塔機能の再編、強化
D党改革・新たな時代の責任政党のビジョン
E「戦後レジーム」から、新たな船出を
・新たな憲法の制定
・国連常任理事国入りを目指す
●安倍政権の対中外交方針
(1)相対的な関係強化
・「中国、韓国など近隣諸国との信頼関係の強化」として関係強化を表明し、「日中、日韓関係は極めて重要であり、首脳会談を復活させるためお互い努力しなければならない」として首脳会談への関心を示している。これに対する日本のメディアは、「安倍色」として歓迎し積極的な評価をするもの、従来の主張を展開しながら新たな方針を提示しているとの評価、そして限定的あいまいとする評価に分かれた。
・安倍氏は小泉政権の対中外交方針から転換する可能性を示した。しかし、小泉政権との違いは絶対的なものではなく(つまり親中、中国寄り、中国べったりになるということではない)、相対的なものにすぎないだろうというのが私の見方である。その理由は、第1に日中関係の現状を関係悪化とは考えてない点であり、小泉政権の対中外交方針を否定していないから。第2に自らが総理になった後の靖国神社参拝には触れなかったことは小泉首相とは異なるが、「行くか行かないかは外国から指図されるものであってはならない。それで首脳会談ができる、できないというのは間違っている」と発言し、小泉首相と考え方は似ているから。
(2)関係強化の障害となる要素
・【日米同盟の強化】これにより日米が中国への対抗姿勢を強めることにつながる可能性がある。
・【憲法改正】中短期的には改正はないが、憲法改正を掲げた背景には9条の見直しや集団的自衛権行使の明文化を想定しているため、日本の防衛力(国防力)の強化が中国の対日脅威論につながる可能性がある。しかも安倍氏は集団的自衛権行使についての憲法解釈の変更をすでに示唆している。
・【官邸主導の強化】これにより外務省、とりわけその中の親中派と言われるチャイナスクールの対中政策決定への影響力はますます小さくなる可能性がある。
・【価値観を共有する国との外交強化】これによりASEAN、オーストラリア、インドなど(韓国も含まれるだろう)と関係を強化し、中国包囲網を形成する可能性がある。また価値観を共有する台湾との関係強化の可能性もある。
・【国連常任理事国入りを目指す】これに対しては中国が反対するだろうし、途上国の支持をめぐり日本と中国の外交競争が激しくなる可能性がある。
(3)中国側への提言
・関係強化の姿勢が相対的なものとはいえ、小泉政権の対中外交方針との違いを出そうとする安倍氏の方針は歓迎すべきである。
・安倍氏は政治問題化、外交問題化を避けるため自らの靖国神社参拝については今後も公言しないだろう。公言しない安倍氏に対する靖国神社参拝に釘を刺すような中国側の発言は無意味であり、日本国民の対中感情を悪化させるだけである。そのため中国側は靖国神社に関する発言をすべきではない。
・今後日本が国際社会でリーダーシップをとる動きが強まるだろう。こうした動きに対し中国は寛容になるべきだ。そのことが日本の中国に対する信頼を高めることにつながり、結果的に日米同盟を弱めることになる。