第67回 小泉首相の靖国参拝と中国の対応(2006年8月15日)

 

小泉首相が815日終戦記念日の今日靖国神社を参拝した。

中国では、新華社が参拝から10分ほどで事実関係を配信したそうだ。また外交部は参拝から1時間程度で「声明」を発表した。この速い対応は、すでに815日の参拝は織り込み済みで早い時期からその対応の準備をしていたことが分かる。北京時間午前8時からの中央テレビのニュースもトップでこの出来事を取り上げ、10分あまりの中でこれまでの参拝の経緯を伝えるビデオを流すなどこの日に向けて準備していたようだ。

小泉首相の終戦記念日の靖国神社参拝は中国にとっては最悪のシナリオだった。しかしこれまでのところ過剰な反応はしていない。外交部声明は前段で小泉首相の靖国参拝を名指しで「国際社会、アジア諸国、日本人民の関心と反対を無視し」、「小泉首相がずっと歴史問題で中国人民の感情を傷つけたことで、国際社会の信頼を失い、日本人民の信頼も失った」と非難しながらも、後段で日中関係の改善を期待するメッセージを発している。恐らくこの後、昨年10月の靖国神社参拝時のような「外交部長声明」を出すまでには至らないだろう。

私がこうした楽観的な見方をする理由は簡単だ。胡錦濤政権が日本との関係改善、発展の方針を示しているからだ。特に今年3月の全人代における温家宝首相の記者会見での発言、4月の友好7団体との会見での胡錦濤国家主席の発言に現れており持っていることを示しており、その流れは今も続いている。先日、安倍官房長官の靖国神社参拝が発覚した際も、85日付『人民日報』紙上には外交部スポークスマンのコメントの記事の横に、言論NGO主催の日中シンポで安倍官房長官が日中関係重視の姿勢を示した記事を配置していた。それは胡錦濤政権がポスト小泉への期待、次期首相の下で仕切り直しをして対日関係の改善を図りたいと考えているからだ。そのため今日の小泉首相の靖国参拝に対しても強い非難を避けているのである。だからこれ以上に厳しい反応はないだろうと思う。

しかし、中国側がなぜ対日関係の改善を考えているのか、私はよく分からない。「日中関係は『政冷経熱』状態だから改善しなければならない」と私も言うことがある。しかしそれはごまかしで、現在日中関係のどこが悪いのか具体的な説明を避けているだけで、実はよく分からないからだ。首脳の相互訪問が途絶えていることや首脳会談が途絶えていることが関係悪化の具体例としてよく取り挙げられるが、それは違うだろう。首脳会談をしないよりもした方が、首脳同士が相互訪問をしないよりもした方がいいとは思う。しかし別にしなくても日中関係はこの程度にはうまくいっているわけで、別の言い方をすればしたからといって関係がよくなるわけでもない。日中関係の悪化がどこに現れているのか実はよく考えてみなければならない。

中国側が対日関係改善の方針を打ち出しているのは、恐らく昨年4月の中国国内での反日デモの発生が影響しており、国内の社会的安定を脅かすきっかけとなる民衆の反日感情の高まりを抑えるためだろう。この政治的理由が大きいと思う。今日の小泉首相の靖国参拝に対しても、反日活動団体やメディアに反日活動を抑制するよう当局の圧力があったことはほぼ間違いないだろう。

ポスト小泉政権下で日中関係の改善が進むことを期待しているし、恐らく改善されるだろう。次期総裁が小泉首相を反面教師にしないわけないだろうからだ。しかしそのためには、まずは日本の各界が総裁選において靖国問題を争点にしないこと、つまり無責任に「首相になったら靖国に参拝するのかどうか」といったような態度表明を求めるようなことをしないことが必要だろう。立場を明らかにしない方がうまくいくこともあるし、利口である。靖国問題は総裁選の争点ではないと思う。争点はもっと他にある。そして靖国問題、歴史問題は次期政権下で日本国民によって日本のために議論されるべきもので、たった1カ月ぐらいの総裁選の期間で議論され、それで終わりでは困る問題である。