第54回 新聞メディアにおける日中関係に関する専門家の見解(2005年7月21日)

 

 日中関係に関する連載の2回目として、20054月から6月にかけての新聞メディアにおける日中関係に関する専門家の見解を整理し、その特徴をまとめてみたい。

 

 

●『人民日報』に掲載された専門家の文章

 反日デモ収束に対する中国当局の見方を考察するための1つの方法として、420日以降の『人民日報』に連載された実名入りの専門家の見解をまず取り上げる。反日デモを収束させることを指示する目的で行われた李肇星外相の日中関係に関する情勢報告会が行われた419日の翌日から中国のメディアは関連報道を開始した。掲載されたのは以下の通りである。

 

421日 呉敬l(国務院発展研究中心研究員)

21日 呉建民(中国外交学院院長)

22日 楊潔勉(上海国際問題研究所所長)

24日 閻学通(清華大学国際問題研究所所長)

25日 高洪 (中国社会科学院日本研究所政治研究室主任)

25日 劉江永(清華大学国際問題研究所副所長)

26日 楊伯江(中国現代国際関係研究院日本研究所所長)

27日 金煕徳(中国社会科学院日本研究所対外関係研究室研究員)

27日 沈驥如(中国社会科学院世界経済与政治研究所研究員)

 

この連載は彼ら以外の人物も登場したが、日中関係、もしくは国際関係に関係した以上の9名に限定した。彼らの文章の内容は以下の通りである。

 

【呉敬l】

・国を愛し、日本の右翼に反対する最も有効な方法は、@国家の生産力発展、A国力の増強、B人民の生活水準の向上の3つの目標を実現するよう努力することである。

・日本の右翼勢力に対し義憤の感情を表してもいいが、一部が行った行動ではわれわれの目標を最も有効に実現できない。

・その動機は何であれ、中国と友好でありたい人はみんなわれわれの友人である。堂々たる大国の国民として、われわれは少数の日本の右翼分子を理由に、もともと友人となるべき日本人を排斥してはならない。それは全く賢明ではない。

・日中間の経済交流は両国関係に影響を与えている。このような影響が日中関係改善の動力になるべきである

 

【呉建民】

・反日を愛国と同等とすることは見識が極端で、狭い。

・日本の右翼と日本人民を区別しなければ、われわれ自身の巨大な利益に傷害を与える。

・過激な行動は愛国を語るものでもない、それは中国の法律に違反し、国際法に違反する。外交的大使館や団体(使団)は国際法の保護を受けるものである。われわれの大使館が海外でガラスを割られれば、その国の人をどんな風に見るだろう?

 

【閻学通】

・少なくない若者が、日本政府が右翼教科書を審査し採択したこと、釣魚島と東シナ海で故意に摩擦を作り出したこと、小泉が靖国神社を参拝することに強烈な不満を表明した。

・私は過激な方法での愛国主義の表明に同意しない。

・日中関係に出現した問題は日本政府によるもので、日本人民ではない。

・経済関係と政治関係に相関関係はない。

・今回の問題の根源と核心的責任は日本政府にあり、日本政府が積極的な態度で日中歴史問題に対することを希望する

 

【高洪】

・日本政府は歴史問題と台湾問題で自らの承諾に違反し、歴史を改ざんした教科書を審査採択し、強硬外交路線の下で隣国に一連の対抗姿勢をとり、中国とアジア国家人民の感情を著しく傷つけた。

 

劉江永

・カギは日本の指導者が何を語るかではなく、何をするかにある。

・日本を信用できない理由:@小泉首相の在任中に靖国神社を参拝しないことを表明しないから、A日米2+2の共同戦略目標に台湾問題を盛り込んだから、B東シナ海の係争地区で民間企業に試掘権を認めたから。

 

楊伯江

・日本の政府側の一部の人の誤った言行が中国人民の感情をひどく傷つけ、両国の大局も損なった。

・冷戦集結から10数年が過ぎ、日本の社会・政治構造に大きな変化が生じ、多元化、両極化の傾向が現れている。

・歴史と台湾問題を適切に処理することが日中関係の「重要基礎」であり、原則問題である。

・日中関係に困難な局面が現れ、複雑なったのは、日本の外交戦略の内在的矛盾が主要根源であり、小泉内閣の誤ったアジア政策が導火線の作用を担っている。

 

【金煕徳】

・日本があの中国侵略の歴史を正確に認識し、対処するかどうかが、中日関係が健全に発展するかどうかの基本前提。

・日本の首相が靖国神社を参拝することが、中日政治関係改善の最大の障害になっている。

・近年、中日「政冷」が「経熱」に対し温度を下げる効果を見せ始めている。

・われわれは終始平和発展の道をしっかり揺れることなく進み、独立自主の平和外交政策を堅持し、高い見地に立って将来を見通し中日関係で出現する各種問題を理性的に処理して初めて、望むべく良好な周辺環境を作ることができる。

 

【沈驥如】

・中国人民を怒らせた要因:日本の右翼勢力の台頭、日本政府が歴史問題を含めた一連の問題で誤った態度と方法をとったこと。

・日本製品ボイコットで被害を受けるのは、日本だけでなく、中国を含む分業に参加する国家企業も。

・日本企業は反中的ではない。

 

●分析

 『人民日報』に掲載された専門家の見解からいくつかのことを読み取ってみたい。

最初に反日デモを含めた日中関係を悪化させたのは「誰か」ということだが、少数の右翼分子、右翼、日本政府、政府側の一部の人、小泉内閣、日本の首相といった人たちを挙げている。日本国民全体ではなく、日本政府、右翼分子といった一部に責任を押しつけることで、孤立させ、圧力をかけていくのは毛沢東時代からの伝統的な手法であり、最近では台湾の陳水扁に対する手法と似ている。

次に反日デモが起きた原因だが、大きく分けて、(1)歴史認識、(2)領海問題、(3)台湾問題の3つが挙げられている。歴史認識では、小泉首相が靖国神社を参拝することを3名が挙げ、日本政府が右翼教科書を審査し採択したことを2名が挙げる。領海問題では、日本政府が釣魚島と東シナ海で故意に摩擦を作り出したこと、東シナ海のガス田開発で日本政府が民間企業に試掘権を認めたことを各1名が挙げる。台湾問題では、日米共同戦略目標に台湾問題が盛り込まれたことを2名が挙げる。

次にここ数年日中関係が悪い原因が、日本の社会・政治構造の変化に伴う多元化、両極化の傾向と小泉内閣の誤ったアジア政策を挙げる。

最後に関係改善の方法だが、日本政府が歴史問題と台湾問題を適切に処理することを挙げる。

9人の専門家はデモそのものの問題については、呉敬lと呉建民の2名だけで、ほとんどの専門家が反日デモを含めた日中関係の悪化の原因として、日本政府、小泉首相の歴史認識にあり、関係改善には日本側の歴史問題への適切な対応を求めるという当局の方針に沿った日本批判を展開している。しかし、彼らのうち誰1人として日本の国連安全保障理事国入りのことに触れていないことは注目に値する。

 

●『人民日報』以外の新聞メディアに登場した専門家の見解

次に『人民日報』以外の活字メディア、具体的には香港の共産党系新聞『大公報』『文匯報』、国内の当局系サイトなどである。ここには『人民日報』にも登場した専門家もいる。両メディアの比較もおもしろい。所属の後に掲載メディアと日付を記した。なお、個々で紹介するものは、私が見たものだけである。

 

【胡継平】(中国現代国際関係研究院日本研究所副所長)(『産経新聞』315日)

・主に日本国家を代表する首相、外相、官房長官の3人の参拝を問題にしている。参拝問題は対日外交カードではない。ボールは日本側コートにある。

・歴史の事実は回避すべきではない。侵略された側の感情もある。だが、中国も反日感情の行き過ぎと極端なナショナリズムには注意を払い、バランスを求めていくだろう。

 

【廖中英】(南開大学国際関係研究所所長)(『大公報』45日)

・原因は右翼が歴史を歪曲していること

・署名活動は民意の表出で、政府の決定に対する重要な参考要素である。

 

【姚文禮】(中国社会科学院日本研究所対外関係研究室主任)(『文匯報』46日)

・日本が国連常任理事国になるために処理すべき問題:@歴史問題で深い反省と清算をおこない、隣国の普遍的な理解を得ていないこと、A国連を尊重せず、アメリカと同じ行動をとっていること。

・歴史問題ではっきりした認識と清算をし、周辺国に明確に説明をすべき。

 

【晋林波】(中国国際問題研究所亜太研究室主任)(『大公報』47日)

・歴史教科書問題で、日本では中間派が右翼分子に同調している。

・署名が多ければ多いほど国際社会に対する圧力は強い。

・民間世論は、政府の意志や政府の行為に転化しないし、国際社会に対する影響にも限界がある。

 

【楊剣】(上海市社会科学院世界経済与政治研究院辧公室主任)(多維411日)

・日本と中国、韓国との関係悪化は東アジア共同体構想に影響なし

 

【時殷弘】(中国人民大学)(多維412日)

・日本の対中妥協がなくなった。

 

【林暁光】(中央党校党史研究室研究員)(『産経新聞』415日)

・日本は文書により明確な謝罪の意を示すべき。

 

【匿名】(中国社会科学院研究員)(『大公報』419日)

・民衆の意見が政策過程に大きな影響を及ぼす現在、民衆による過激な反日デモは、政府に対し、国内安定を考慮し、国家利益を考慮しない政策決定を促すことになる。

 

【楊棟梁】(南開大学日本研究所所長)(『大公報』419日)

・日本製品不買運動は、我が国の経済建設に影響し、国際イメージを損なう。

・日本企業と中国との結びつきが大きいので、日本だけでなく中国自身もダメージを受ける。

 

【関希】(中国社会科学院研究員)(多維419日)

・領海問題の解決4原則

@話し合いを原則とし、公平で、共に利益になる。

A簡単なこと(領海)を先に、難しいこと(尖閣諸島の領有権)を後に

B官民が共に行動する。

C両国外務省が統一の領海基本ラインから相違を縮小し、最終的に海上を区分する。

 

【金煕徳】(中国社会科学院日本研究所対外関係研究室研究員)(『文匯報』420日)

・経済の相互依存、民間交流が日中関係の重要な促進要素

・日中関係に影響する4つの要素

@米中関係:日本の政治、軍事は米国の影響、統制下にあるので米中関係の安定は日中関係の緊張を和らげる

A台湾海峡、朝鮮半島情勢:

B日中間の領域、海洋権益:実質性のある交渉のスタートと平和解決のための有効なシステム構築

C東アジア地域の協力

 

【楊伯江】(中国現代国際関係研究所東北アジア研究室主任)(『文匯報』420日)

・歴史問題をいかに正確に認識しうまく処理するかが重点

・日本は中国の発展を助け、利用すべきで、抑制すべきでない=チャンスであり、脅威ではない

 

【姚文禮】(中国社会科学院日本研究所対外関係研究室主任)(『文匯報』420日)

・日中関係改善のカギは日本の努力にかかっている

・日中交流の障害

@歴史問題

A台湾問題

B双方の現実の利益をめぐる争い

・東シナ海の大陸棚確定とガス田採掘問題:日本が協力しない、交渉しない。日本の中間線による確定は中国にとって不公平で受けいれられない。

 

【宮力】(中央党校国際戦略研究所副所長)(『大公報』421日)

・アジア諸国の経済連携の強化は、日中関係を含めた域内の緊張関係の緩和に重要な戦略的意義を備えている。

 

【王健】(中国社会科学院世界史研究所副研究員)(『大公報』425日)

・中国は歴史問題で絶対に譲歩できない強硬な立場を表明

・台湾問題で@米から離れる、A挑発、鼓舞しない、B中台双方と経貿領域で正常に発展する

・高層対話の重要性

 

【晋林波】(中国国際問題研究所亜太研究室主任)(新華網426日)

1990年代中後期になって、日本は次第に経済大国から政治大国に転化し、多数の国民は日本が国際上さらに大きな作用を発揮することを支持している。国際社会も日本が地域事務、国際事務にさらに参与することを期待している。

 

【周永生】(外交学院日本問題専門家)(新華網426日)

・日中関係改善のカギは日本側が誠意を十分に見せるかどうか、実際の行動で日中関係を進めていくかどうかにかかっている。

 

【王屏】(中国社会科学院日本研究所副研究員)(人民網426日)

・日本政府の対中外交の変化:「理想主義」(共存共栄)から「現実主義」(戦略敵、対抗⇒拡張、脅威)へ

・日本は中国の立場や主張を無視する

・中国側も反省すべし。少数の右派政治家と日本人民は異なる。ある時期の日本政府の誤った対中政策によって日本人民と仲違いしてはならない。日本人の対中観の誤りだけでなく、中国自身の対日観の誤りを検討しなければならない。日本研究の硬化、イデオロギー化を認める。

・共同の歴史対話を通じて、「歴史認識」についての共通認識を模索する。

・中国が経済大国になり、日本が政治大国になることは必然的な発展の趨勢である。両国民は自らの心理状態と相互評価の価値基準を適切に調整しなければならない。

 

【晋林波】(中国国際問題研究所亜太室主任)(多維59日)

・歴史共同研究の実施では、短期的な解決は無理。しかし敏感な問題の対話チャンネルになりうることを評価。

・東シナ海ガス田開発問題:解決のカギは国境確定問題の解決。短期間での合意の可能性は大きくない。

・日中関係が底にあるという現在の評価は根拠がない。5月8日の外相会談で反日デモへの謝罪問題で一致を見なかったことは悪化の可能性あり。

 

【晋林波】(中国国際問題研究所亜太室主任)(『大公報』525日)

・呉儀ドタキャンの原因:歴史事実を顧みるふりをする日本の態度にある。

・「緊急公務」は両国関係改善の余地を残したかった配慮からだが、日本がしつこくその原因を追及したため。

・小泉首相は靖国神社参拝を取りやめたくない、中国は原則問題で譲歩できない。両国は両国関係をさらに悪化させる代償を負って、それぞれの立場を守り、両国が真っ向から対決する矛盾を見せている。有効な措置で解決できなければ、摩擦と衝突はさらに続く。

 

【王緝思】(中国社会科学院アメリカ研究所所長)(『大公報』61日)

・日米中三カ国関係から日中関係を見る

・日中が連合して米に対抗しない理由:イデオロギー、社会制度などの要素が影響。

・日米同盟、日本の米国に対する緊密な追随が日中間のチャンネルが十分でない原因。

 

【王湘穂】(著名軍事戦略専家)(『大公報』61日)

・日本の対中戦略に戦略性の転換が進められ、政治大国化の志向を表明している。

・日本の右翼や政治家の計画の上に進められていることで、偶然ではない。

 

【姚文禮】(中国社会科学院日本研究所対外関係研究室主任)(中国新聞社62日)

・日本外交の3つの誤り:@日米同盟を強固にすれば万事がうまくいく、Aアジア諸国を軽蔑する、B歴史を正視することに損のイメージがある。

・「政冷経熱」は変えられない。しかし「政冷」が「経熱」を冷ます可能性を否定できない。

 

【王湘穂】(著名軍事戦略専家)(『大公報』64日)

・日中両国はすでに戦略的摩擦期に入っている。現在の問題の核心は政治大国となった日本が中国の急速な台頭を受け入れがたいこと。日中両国の争いには地政学的な要素がある。

・現在の緊張関係を偶発事件や個々の政治家や右翼分子の作り出した結果にしない。中国政府と中国国民は戦略的思考をもって戦略問題を処理し、日本の軍国主義思潮に対処しなければならない。

 

●分析

『人民日報』に掲載された専門家の見解は、中国の公式見解に近いものだったため、ある意味深みがない。他方、その他のメディアに掲載された専門家の見解は公式見解ではわからない、当局の見解を代弁しているのかもしれないし、当局が対日政策を決定する際に参考にしている意見なのかもしれない。だからこそ整理しておく価値があると思う。

彼らの見解の中心は日本に対する見方である。日本が経済大国から政治大国を志向しているという見方が示されている。それに伴い、日本政府の対中外交が共存共栄から対抗へと変化し、日中関係は戦略的摩擦期に入っているというものである。同時に、日本の外交政策は日米同盟の枠を超えられない点に苛立ちを感じているようにも思えた。

日中関係改善の方策についても言及しており、そのカギは日本側にあり、歴史問題を正確に認識し、実際の行動で処理することを求める。具体的に日本が文書により明確な謝罪の意を示すべきという提案もあった。

より理性的な対応として、アジア諸国の経済連携の強化は、日中関係を含めた域内の緊張関係の緩和に重要な戦略的意義を備えている。また中国が経済大国になり、日本が政治大国になることは必然的な発展の趨勢である。両国民は自らの心理状態と相互評価の価値基準を適切に調整しなければならない。

興味深かったのは、世論の影響についての見方である。3月末から行われた日本の安全保障理事国入り反対の署名活動を民意の表出として、政府の決定に対する重要な参考要素であり、国際社会に対する圧力になると指摘する。他方、民衆による過激な反日デモは、政府に対し、国内安定を考慮し、国家利益を考慮しない政策決定を促すことになる。こうした他方民間世論は、政府の意志や政府の行為に転化しないし、国際社会に対する影響にも限界がある。