第44回 党員権利保障条例改正の意味(2004年11月9日)

 

今回は「中国共産党党員権利保障条例」(以下、条例)を取り上げたい。この条例は、1995年1月に公布された「党員権利保障条例(試行)」(以下、試行)が改正されたもので、共産党員のさまざまな権利を保障することを規定したものだ。

条例は、

@総則

A党員権利(党員の権利にどんなものがあるか)

B保障措置(党員の権利を各党組織がどうやって保障するか)

C責任追及(各党組織が党員の権利を保障できなかったときに追及される責任について)

Dその他

からなる。

条例全文は20041024日に新華社によって配信されたが、9月22日に中共中央によってすでに党員に印刷配布され、学習するよう指示が出ていた。公表までのこの1ヶ月のタイムラグ自体には意味はないだろう。

 

●新たに加えられた部分

 条例全文が掲載された1025日付『人民日報』に関連社論が掲載されたことから、この条例が党にとって重要な法規だということが伺われる。そこで、条例と試行を比較してどこが改正されたのか調べてみた。

 改正は大きく分けて2つある。1つは試行で規定されていたものをさらに詳しく説明した部分と条項が統合されたり分割された部分、もう1つは新たに加えられたり削除された部分である。

重要なのは後者の部分である。なぜ加えられたのかを探ることで、胡錦濤政権が政治改革についてどう考えているのかを知る手がかりになるのではないかと思われるからである。一般大衆の権利を保障することは中国の政治改革の1つのテーマである。一般大衆と同一ではないが、党の中では最末端に位置され一般大衆に近い党員の権利をどのように保障するかを政治改革の一環とここでは見たい(もちろん、党員は一般大衆とは異なりエリートであるから、一般大衆の権利保障とは異なるということもできるが、ここではこの立場をとらない)。

以下、新たに加えられた部分を抜き出し、その意味を見ておく。

 

(1)A第7条(A〜Cは上記の条例の構成)

「(党員は党の政策と理論の問題を討論する過程で、党中央との高度な一致を保持し、)党の基本理論、基本路線、基本綱領、基本経験に背く観点や意見を公開発表してはならない」

【意味】党中央と異なる見解の公表を禁止

 

(2)A第12

「党員は、中央の決定と相反する意見を公開発表してはならない」

【意味】党中央と異なる見解の公表を禁止

 

(3)A第13

「党員は、自分が提出した申請、訴え、告訴に対し責任ある回答をするよう関係党組織に要求する権利を持つ」

【意味】党員に対する党組織の責任

 

(4)B第18

「党の地方組織、基層組織は真剣に党員を組織し、当該地域、当該部門、当該単位が党の政策を貫徹して実現することに関連する問題に対し討論を進めなければならない」

【意味】党員の意見の尊重

 

「党組織はさまざまな異なる意見を真剣に耳を傾けなければならない。異なる意見を持つ党員に対し、本人は党の決議と政策をしっかり執行するだけで、蔑視もしくは追及してはならない。誤った意見を持つ党員に対しては援助、教育をしなければならない」

【意味】党員の意見の尊重

 

(5)B第20

「重要問題の決定は表決をしなければならない」

【意味】多数決による決定

 

「多数の党員が異なる意見を持つ、あるいは重大な不一致があることに対しては、しばらく決定を遅らせ、さらに調査研究を進め、意見を交換し、次回の会議に持ち越し表決する」

【意味】党員の意見の尊重

 

「党の委員会およびその組織部門、党の規律検査委員会は下級の党組織の表決に対する監督検査を進め、規定に沿わずに表決を進めることに対しては修正しなければならない」

【意味】上級組織による下級組織の表決に対する監督強化

 

(6)25

「規律執行の過失もしくは誤審事件の責任追及制を構築する。規律執行過程で規律違反行為やその他の過失があれば、批評し修正する。内容が深刻なものは関係者の責任を追及する」

【意味】組織の責任

 

(7)B第27

「企業、農村、街道、社区などの党の基層組織は流動党員の民主権利を維持し、その正常な行使を保障する」

【意味】党員の多様化への対応、弱い立場にある党員の保護

 

(8)B第28

「本当に実際に困難党員に対し、その人が属する基層組織あるいは上級党組織は党員間の相互扶助を適度に援助し奨励し、党員が権利を正常に行使するために条件を作り出す」

【意味】弱い立場にある党員の保護

 

(9)C第29

「党の各級組織は、党員の権利保障面での方針、政策、党内法規を厳格に執行し・・・」

【意味】党の各級組織の職責と責任の明確化

 

(10)C第30

「党の各級規律検査機関は、同級の党委員会と上級の規律検査委員会の指導の下、・・・党員の権利保障面に関する検挙、告訴を受理し、党員の権利侵犯面での事件を検査、処理し・・・」

【意味】党の各級規律検査機関の職責と責任の明確化

 

(11)C第31

「党の組織、宣伝などの工作部門は、・・・職責の範囲内で党員の権利保障面の重要問題を研究解決し、・・・・」

【意味】党の組織、宣伝などの工作部門の職責と責任の明確化

 

(12)C第32

「党の各級指導幹部は、・・・党員の権利保障面の実際の問題を処理し、解決することを重視し、・・・」

【意味】党の各級指導幹部の職責と責任の明確化

 

●党員の権利行使の緩和か、それとも制限か

 何が加わったのか。大体3点ぐらいにまとめられる。第1は、党員の意見表出の権利がより具体化されている点である。第2に、他方党員の意見の公表を禁じている点である。第3に、党組織の職責が具体化されている点である。

 ここで争点になるのは恐らく、この条例が党員の権利行使を緩めようとしているのか、それとも締め付けようとしているのか、という点だろう。もちろん両方だとかバランスをとってだとか言うのは簡単なのだが、胡錦濤政権の政治改革の方向性を見極めるためにはある程度白黒つけた方が良さそうだ。

 政治改革が進展することを期待し、政治改革の一環として胡錦濤が唱える政治文明改革や党内民主があるという観点からすれば、この条例は党員の権利が拡大し、その行使が容易になることを規定したものと評価したい。そのために党の組織は党員の権利行使を保障するために活動すべきだと、それを妨げないように上が下を監督すべきで、それができなければ責任を追及するなどと条例が規定しているのである。

既出の社論はこの条例が「党員の知る権利、参加権、選択権、監督権などの民主的な権利について具体的に規定し、党員に党内事務を理解させ、参加させる」ものと指摘している。また党の序列第7位の呉官正中央政治局常務委員もこの条例が「さらに広範な党員が党内事務に参加する政治的情熱を呼び起こし、党内生活を健全なものにし、党内民主を促進する」と述べており、党員の党内政治への参加を奨励している(『人民日報』20041026日)。社論や呉官正演説は政治改革との関連性を直接指摘するものではないが、党内民主の拡大との関連性を大きく指摘し、そのトーンは党員の権利保障を拡大したというプラス面を強調する。

 他方で、この条例は党員が意見表出を公開発表する権利を完全に否定している。そして、責任追及で党員の権利保障に関わる党組織が、試行に比べ細かく明記され、各級の党組織、中央規律委員会のほかに、組織部、宣伝部まで列挙され、それぞれの職責が規定されている。それは、党員の権利行使が人事と関わっており、またメディアとも関わっていることを明確にしたもので、権利を行使する党員にとって、また党員の権利行使を支えるメディアに対しても大きなプレッシャーになることを表している。そう考えると、権利を具体化、拡大しながらも、その行使は必ずしも自由ではないということを条例は明文化していると言える。条例に第4条「権利と義務の統一を堅持する」という条項がある。権利には義務を伴うものである。条例は、権利よりも義務に重点が置かれているように思われる。

 

●改革の第一歩は難しい

なぜこの時期に改正が行われたのか。社論によれば、「国際国内の情勢に大きな変化が発生し、党の建設が多くの新たな状況、新たな課題に直面している」ため、党員の権利を保障するための具体的な制度を構築し、規範を加えること、そして権利行使の手順を整備し、義務を厳格に履行した上で権利を行使するという権利と義務を両立させることが「非常に重要で、切迫したもの」だったからである。これは党員の権利行使が少ないから拡大し、党運営に役立てたいというプラス思考よりも、むしろすでに見られる無秩序な権利行使が助長されることへの懸念というマイナス思考によるものである。党批判の言論がメディアやサイトに比較的自由に掲載されたり、職権を悪用した汚職事件が多発したりと党員の勝手気ままな行動への歯止めが「重要で、切迫したもの」なのだろう。そのため、改正は規範化して制限を加えようという意図の方が強いように思われる。

こうしたマイナス思考からは残念ながら政治改革の進展は期待できない。9月に全権を握った胡錦濤の斬新な改革の第一歩が期待されるが、まだその一端を見ることはできない。政権基盤確立の現段階では、さらなる改革を進めることよりは不安定要素を押さえ込むことを選択するものだ。胡錦濤政権が改革に踏み切るのはなかなか難しいのが現状だろう。条例もそれを表しているのかもしれない。