第43回 予想外だった江沢民の中央軍事委主席辞任(2004年9月20日)

 

 9月16日から開かれていた中国共産党第16期中央委員会第4回全体会議が19日、終了した。驚きは、江沢民が中央軍事委員会主席を辞任したことだ。会議が開かれる前に何人かの方に、江沢民がこの会議で辞任するかどうかについて意見を求められた。会議前にこの問題が大きくクローズアップされたのは、9月6日付の『ニューヨーク・タイムズ』紙が辞任の記事を掲載したことを日本のマスコミが大きく報道したことによる。私は回答としてその可能性をきっぱり否定した。今となっては、「はずれ」てしまったわけだ。これまでにも何度かはずしてきたが、そのたびに「人事というのはふたを開けてみなければわからない」と人事予測の難しさを痛感してきた。今回もまたこの言葉が身に染みている。

 それでは、今回なぜ江沢民の中央軍事委主席辞任はないと予測したのだろうか。まず検証していきたい。

 

●軍の活動と台湾問題への影響力と軍の支持

 今回の予測の最大の根拠は、公式報道に基づく今年に入ってからの江沢民の行動にある。

 第1は、軍関連の活動では、江沢民が中心であり、胡錦濤の出る幕はなしという状況にあったことである。8月30日の全軍通用装備「成」建制「成」系統形成作戦能「力」和保障能「力」建設(両成両力)総括会が開かれた。この会議は、江沢民の国防・軍隊建設思想を指導とし、新時期の軍事戦略方針を「統攬」とし、経験を総括し、先進を表彰し、情勢を分析し、任務を配置し、全軍部隊を動員し、努力して「両成両力」建設を新たな段階に推進することが目的であった。この会議で江沢民は、1998年の総装備部設立以後の武器装備発展を評価し、さらなる軍の現代化、軍事変革の推進を強調したが、それは江沢民自身の功績を称えたことに映った。

 第2は、台湾問題で、江沢民が積極的に発言していた点である。特に今年の場合、台湾総統選挙があり、台湾についての発言が多かった。その中で、注目したのは、7月に中国を訪問した米国のライス大統領補佐官と会談した際の発言である。江沢民は、米国の台湾への武器売却に対し不満を表明した。台湾総統選挙後の台湾を巡る米中間の争点の1つは米国の台湾への武器輸出であった。これに対し胡錦濤ほか中国側との会談で武器輸出について言及したことは報道されていない。ここから対台湾政策への江沢民の影響力がまだまだ大きいと推測した。

 第3に、軍幹部が最近まで江沢民支持を繰り返し表明していた点である。直近では郭伯雄中央軍事委副主席が9月12日、新疆、甘粛駐留部隊を調査研究した際、江沢民の国防・軍隊建設思想に言及し、「いかなる時も党中央と中央軍事委、江主席の指揮に耳を傾ける」と述べている。郭伯雄は5月の陜西省駐留部隊の調査研究の際にも同様の発言を行っている。また今回中央軍事委副主席に昇格した徐才厚も軍の会議でたびたび江沢民に言及している。ここから、軍幹部が、現在軍が行っている軍事変革の支柱である江沢民の国防・軍隊建設思想を支持し、江沢民を支持していることが伺えた。

以上のようなことを根拠に、江沢民自身が軍と台湾問題でも依然として胡錦濤に影響力を行使していること、そして軍自体が江沢民を支持していることから、今回の4中全会で江沢民が中央軍事委主任を辞任することはあり得ないと考えたのである。

 

●4中全会コミュニケ

 4中全会で討議されたことはコミュニケとして発表された。その内容がは以下の通りである。

(1)3中全会以来の中央政治局の活動を肯定

(2)当面の情勢と任務を分析し、党の執政能力建設強化に関する若干の重大問題を研究

―「党の執政能力建設強化は中国の社会主義事業の盛衰成敗と関係し、中華民族の前途の命運と関係し、党の生死存亡と国家の長期的安定に関係する」と取り組みへの強い決意を明らかにした。

(3)党の執政の歴史を回顧

―公のための立党、民衆のための執政、科学的、民主的、法による執政を強調

 このうち党の執政能力建設強化に時間が割かれたわけだが、その重点は

(4)「三つの代表」重要思想の堅持

(5)今後の方策

@経済工作の指導システム、方式の確立:市場経済運用能力の向上、科学発展観の堅持など

A党の指導方式の確立:法による統治、民主、権力監督システムの整備、

B各方面の利益関係の協調、大衆工作の強化、改善

 この他、国防建設と経済建設の協調発展の堅持、香港マカオ問題と台湾問題について言及された

(6)江沢民の功績

@党中央指導部第三世代としての功績:発展と安定を保持

A中央軍事委主席としての功績:国防と軍隊の近代化=「江沢民の国防・軍隊建設思想の構築」

B「三つの代表」重要思想提起の功績:「小康社会建設の根本指針」

(7)胡錦濤の中央軍事委主席就任

―党の軍隊に対する絶対指導を堅持するという根本的な原則と制度に有利、軍隊の革命化、近代化、正規化建設の強化に有利

(8)「全党同志はさらに、胡錦濤同志を総書記とする党中央の周囲に緊密に団結する」

 

●なぜ江沢民は辞任したか

 江沢民は平党員になった。ケ小平のような平党員になっても最終決定を仰ぐという秘密決議が行われたとは考えられない。事実上の政界からの引退と言えるだろう。しかし、それは9月1日付けの江沢民の中央政治局への辞任願いの手紙に見られるような「美しい」引退劇だったとはとうてい考えられない。この手紙に記されたような2002年の第16回党大会前に引退を申し出ていたとはにわかに信じがたい。堪忍した人間が最後に世間に好印象を与えようとしたものと思われる。

それにしても江沢民の中央軍事委主席の辞任は私の予想よりもはるかに早かった。2007年の第17回党大会がいいタイミングではないかと考えてきた。その時期までは軍事委主席の地位にいられるだけの胡錦濤への影響力と軍の支持が江沢民にはあると見ていた。しかし、今回の結果から、江沢民の影響力など所詮その程度だったのか、また軍の江沢民への支持は所詮その程度だったのか。それを読み切れなかったのは、単に私の微力か、それともやはり政治の内幕は外からはうかがい知れないということなのか。

ただ、江沢民の影響力が大きくなかった、軍の支持が大きくなかったとは今でも納得できないでいる。また胡錦濤にとっての江沢民の存在感がよくつかみ切れていない。確かに一般論として江沢民から中央軍事委主席の地位を移譲してもらい、万全の体制を作りたいとは常日頃から胡錦濤は思っていただろうが、なぜこの時期胡錦濤は江沢民を追いつめたのか。なぜこの時期に江沢民が辞任したかは、様々な憶測はすでにメディアで紹介されているが、私にとっては当面謎である。

江沢民の側近中の側近と見られている曾慶紅が中央軍事委副主席に就けなかったのは、江沢民の影響力の強弱というよりも、むしろ大した実績がないのに曾慶紅が第16回党大会で序列第5位に位置されたこと自体が出来過ぎで、それこそ江沢民の影響力のおかげであって、さらに中央軍事委副主席など江沢民の影響力の有無に関わらずもってのほかと総スカンを食らったと見る方が自然ではないか。また、徐才厚も私が見てきた限りでは江沢民支持の立場にあったように思われるため、江沢民の最後の意向が通ったということができるのかもしれない。

 

●胡錦濤は三権を掌握

胡錦濤が中央軍事委主席に就任したことで、党、国家、軍の三権を掌握した。4中全会で胡錦濤は大変美しい交代劇を演出した。江沢民の手紙は見事だった。あまりの美しさがいろんなことを勘繰らせることにはなるのだが。しかしこれで真の胡錦濤時代が到来したと言えるだろう。それではこれで胡錦濤政権は安泰となるのだろうか。党中央の権力闘争についてはかなり安定すると思われる。これで大きな「敵」はいなくなった。政策的な諸課題に専念できる体制は整ったと言えるだろう。

政治権力の問題での今後の課題は、1つはマクロ調整の過程で露呈した地方との不安定な関係にどう対処するかである。マクロ調整に対する地方の抵抗は大きい。これから来年にかけて新規の5カ年規劃の作成に入るが、その際の利害調整はなかなか難しいのではないだろうか。

もう1つの課題は軍の掌握である。これまで江沢民が一手に率いてきた軍である。胡錦濤にはこれまで軍活動での実績は皆無に等しいと見ている。今後軍の信頼を得ることに力を入れなければならない。しかし、これは一苦労であろう。江沢民もそうだったように、簡単にはいかない。確かに軍自体も改革を通じて、軍幹部の中にも合理的なものの考え方をする人も増えているだろうし、職業軍人の政治への関わり方も以前とは変わってきているだろうから、新しい軍事委主席を迎える体制も以前とは変わってきているかもしれない。しかし、胡錦濤が軍にすんなり受け入れられるかどうかは今の私にはよくわからない。また昨今の軍上層部の人事変動が胡錦濤の主席就任とどのようにリンクしているのかもわからない。とにかく、胡錦濤にとっては真の軍の掌握が急がれるだろう。