第30回 2003年12月の『人民日報』(2004年1月8日)

 

 2003年12月は中央経済工作会議があり、経済問題に関心を持ちました。特に経済過熱の問題です。

 この月もやはり江沢民の動向が気になりました。というのも登場回数が比較的多かったから目に付きました。

 論調めいたものにも注目してみました。おもしろくない、意味がないと見られがちな『人民日報』ですが、探せば興味深い記事があるものです。

 アジ研のベストセラー?『アジア動向年報』の執筆を担当しているため、毎日中国の動向について日誌をつけているのですが、そのついでに2003年8月から掲示板を利用して「今日の『人民日報』」なるものを始めてみました。『年報』の執筆にもそのまま使えるので一石二鳥ですので、今年も続けてみたいと思います。

 その分、単独の文章が書けないのがストレスなのですが、時間を見つけてまとまったものも掲載していきたいと思います。

 

20031201

(1)経済特区授権立法聯席会議第1回会議開催

中国にある4つの経済特区、すなわち深セン、珠海、アモイ、海南島には、全人代から立法権が与えられています。その4つの経済特区の関係者と全人代関係者らが出席した連合会議が開かれました。

 会議は「各経済特区は、・・・それぞれの実際から出発し、経済特区の立法権を運用し、各自の発展の中で直面する突出した問題、特に発展を阻害する体制的な障害を解決し、整備された社会主義市場経済と活力を備え、さらに開放した経済体系を打ち立てるために、『手本となる』作用を発揮しなければならない」という認識を示しました。

 経済特区に対する認識は、現在の胡錦濤政権の政策スタンスを見る上でのメルクマールになるかもしれないと思っています。それは、経済特区というのは現在の中国の最大の課題である地域格差問題のうちの最も発展した地域にあたります。これまでも議論になることがありましたが、今後も経済特区に優遇権を与え、さらなる経済発展を促し、経済格差を拡大させるのか、それとも優遇権を多少なりとも抑制し、内陸地域の経済発展を促すのか、象徴的な意味があるように思われます。

 この会議からは、経済特区の立法権を積極的に利用し、「手本になる」べきだという方向性を打ち出しているわけですから、前者の立場を象徴しているように見えます。

 

(2)「来年のマクロ経済政策は安定を保持すべきだ」と題する論文を掲載

中央経済工作会議の結果をサポートする論文です。執筆者は財政部科研所の賈康研究員です。

 現在の経済状況を過熱状態にあると警告する見方に対し、現在の経済発展をけん引する投資を抑制するべきではないという見解です。

 

20031203

(1)全国発展・改革工作会議で、盲目的な投資抑制7項目を発表

中央経済工作会議を受け、最初の部門別工作会議である全国発展・改革工作会議がひらかれました。

 温家宝総理は「経済社会発展の中の突出した問題を解決し、経済の乱高下を防止する」とコメントし、経済安定を指示しました。

 馬凱国家発展改革委員会主任は、今年の主要任務10項目を提起し、また来年から盲目的投資を抑えるための7つの措置を実施するよう指示しました。

 この7つの措置を発表したことは、マクロ経済部門として経済過熱を警戒していることが伺われます。

 

(2)論文「台湾企業の大陸投資は台湾経済の空洞化を招くか」を掲載

台湾企業の大陸投資が拡大することにより、台湾経済が空洞化するのではないか、という意見がよく聞かれますので、それへの中国側の反論です。

 中国側は、今年の台湾から大陸への輸出が拡大していることをあげ、空洞化の心配はないとしています。

 なぜこのような論文が出てみたか。やはり政治がらみで、台湾の総統選挙を控え、台湾経済空洞化論をかき立てることで台湾独立支持派が活気づこうとしているので、それを阻止するために、安心論を出しているようです。

 ここ数日、カイロ宣言60周年ということで、関連記事が掲載されています。カイロ宣言は、日本に対し占領した東北地区(旧満州)や台湾などの中国返還などを要求したものです。そのため、台湾との統一を正当化するための宣伝のために関連記事を掲載しているわけです。 

 

20031204

(1)負担削減は「政積」である

あまり長くない文章です。河北省のある県で実施された農村税・費用改革によって、それまで農民1人あたりの税金や費用の負担が60〜8元だったのが、昨年19元、今年17元削減し、全国でもかなり低い負担になったということです。

 確かに財政にとって痛手は大きいのですが、農業現代化にとって、農村社会の安定にとって、農民の非農業分野への就職を可能にし、税収アップにとってプラスに作用します。

 そのため、地元指導者にとっても税金や費用の負担を重くするよりも、軽くする方が、財政収入アップにつながり、政治的な業績にプラスに働くのです。

 このような啓蒙をしています。農村幹部はこのロジックを理解できるでしょうか?

 

(2)山東省のトップ張高麗党委員会書記の「立党は公のために、執政は人民のために、を執政の実践の中で着実なものにする」と題する論文を掲載

これは胡錦濤に忠誠を誓う論文とみていいでしょう。

 すでに、海南、天津、湖南、安徽、寧夏、浙江、山西といった省レベルのトップが忠誠を誓っています。とうとう経済大省の1つ山東省が登場といった感じです。

 

20031208

(1)全国宣伝思想工作会議開催。胡錦濤が重要講話

この手の会議はあんまりおもしろくないものです。記事を読んでも何を言っているのかさっぱり、同じところをぐるぐる回っている感じがします。そんな中でも何かを見いださなければ、何か理由があってこの会議が開かれているわけですから。

 胡錦濤の重要講話は、@宣伝思想工作が極めて重要だ、A「三つの代表」重要思想によって宣伝思想工作を統率する、B党の宣伝思想工作に対する指導を強化、改善する、の3つの部分から成っています。

 やっぱり内容はないのですが、強いてあげれば、次の点が目新しいのでしょうか。「大衆に近づき、実際と関わり、生活に深く立ち入ることを堅持し、宣伝思想工作の時代感を強化し、的確性、実行性、主動性を強化する」といったように、これまでの宣伝思想工作とはことなる、現実的な対応を求めているように思われます。

 

(2)著名なエコノミストによる中央経済工作会議を受けた経済分析

国家統計局副局長の邱暁華:今年の経済成長は8.5%と困難な状況下で高い成長率を上げている。しかし、農民収入が伸びないこと、就業圧力が高いことなどの問題は以前解決されていない

 国家発展改革委員会総合改革司の範恒山司長:これまでのような農業を軽視したり、GDP成長率など数字ばかり気にして、開発区を乱立するなど幹部の政治的業績に対する考え方を転換し、弱い部分、たとえば農村インフラの整備、公共医療衛生システムの整備などに重点を置くべきだ。来年の重点は、農業、西部大開発・東北振興、教育、盲目的投資の抑制・環境保全、国内・国外の市場の利用

 国務院発展研究センターマクロ部の廬中原部長:マクロ経済政策の大きな変更は必要ない。積極財政政策で社会の協調的発展、社会安定のための投資に重点、安定した貨幣政策、内需拡大の重点を投資から消費へ。

 

20031209

(1)温家宝が米国を訪問、米中経済貿易関係発展5原則を発表

温家宝の米国訪問が始まりました。現状として、米中関係は基本的に良好です。911事件以後、反テロで両国は一致しており、米国は中国の支持を必要としています。また、北朝鮮の核問題でも、米国は中国の仲介機能に期待しており、中国もその機能を利用して大国としての存在感をアピールしています。総じて両国関係は良好です。

 しかし、経済貿易関係では、個別の問題が山積しています。特に米国の対中貿易赤字超過は政治問題化しています。ダンピングを巡る報復合戦、人民元切り上げ要求など、米国の大統領選挙の時期を迎え、沈静化するのは難しいかもしれません。そこで、温家宝が提起したのが、この5原則です。

 5原則とは簡単に言えば、@相互に利益を得る、A関係発展を第1とする、B二国間の協調システム作用を発揮する、C平等に交渉する、D経済貿易問題を政治化しない

 

(2)寧波市海曙区で全59の居民委員会の主任が住民の直接選挙で選ばれた。これは国内初のこと

 

20031210

(1)訪米中の馬凱国家発展改革委員会主任が記者会見

人民元レートは米中貿易不均衡の原因ではない

 中国はすでに米国の対中輸出拡大のための4つの建議を提起している。米国の機械電気製品、とりわけハイテク製品の輸出増加を希望している

 以上のように馬凱主任は述べています。中国がかなり経済貿易関係、とりわけ貿易不均衡問題を重視しているということです。

 

(2)四川省が自転車ナンバーの取り消しを実施

中国で生活をされた方はご存知でしょうが、自転車を購入すると、ナンバー取得のために自転車税を払わなければなりません。四川省では1回8元だそうです。それが今回廃止されたのです。これは画期的なことだと思います。

 四川省公安庁交通管理局副局長ははっきり次のことを認めています。ナンバー制度は自転車使用を管理するためだったが、効果はない。大衆の負担軽減の一環であると。

 一年に400万台の自転車が増えると3200万言の収入になるわけですから、政府、公安部門にとって廃止は痛いところですが、現実的な対応ができるようになってきたのだということで、私は画期的な改革だと思います。

 

20031211

(1)胡錦濤ら党指導者、江沢民らが北京市人民代表選挙で投票

昨夜の中央電視台『新聞聯播』のトップニュースで流れましたが、この選挙の意義について胡錦濤がナマ声で語りました。その後、江沢民もナマ声でやはり選挙の意義について語りました。江沢民が存在感を示したと私は見ました。余談ですが、江沢民は少し太ったかもしれません。

 もう1つテレビを見て驚いたのは、胡錦濤ら党指導者が投票した中南海選挙区ですが、指導者以外にもものすごい数の人が投票しました。中国の選挙区は日本と違い、職場単位ですが、中南海ではこんなにもたくさんの人が働いているのかということがよくわかりました。

 

(2)温家宝総理がブッシュ大統領と会談

⇒@台湾問題ではブッシュ大統領が「1つの中国の政策堅持し、3つの共同コミュニケの遵守し、台湾独立に反対するという政策に変化はない。最近台湾から台湾の現状を変えようという試みが伝えられているが、人々を不安にさせており、米国は賛成しない。われわれは一方的な台湾の現状を変えようという試みのやり方には反対する」と述べました

 A北朝鮮核問題も議題にあがりました

 B米中経済貿易問題では、温家宝総理が発展5原則(今日の『人民日報』-20031209を参照)を繰り返しました。しかし、この5原則のうち、原則Aには米国の対中輸出制限を緩和すること、原則Cには何かすればすぐ制限を設けたり、制裁しないことが含まれていることがわかりました。これは、アメリカに対し、注文をつけているわけで、単に貿易不均衡是正するために米国側の輸出を増やせと言っているのではなく、ハイテク製品を出せと要求していることを意味しています。中国はしたたかだなあと感じました。

 

20031213

(1)江沢民と胡錦濤が全軍党建設座談会代表と会見

またまた江沢民登場。これは軍の行事ですから胡錦濤の出る幕はなしです。記事も江沢民の発言だけでした。

 この会議自体、軍の政治工作上、重要な会議でしたが、特記すべき内容は報じられていません。

 軍においては、まだまだ江沢民健在といえるのではないでしょうか。

 

20031223

(1)中共中央の憲法修正の内容に関する建議が公表

ようやく公表されました。私が注目した修正点は以下の通りです。

 @「3つの代表」重要思想が加わる

 A愛国統一戦線に「社会主義事業の建設者」が加わる(つまり、労働者と区別されるいわゆる「新しい社会階層」を加えた)

 B「非公有制経済の発展」の支持を加える

 C「公民の合法的な私有財産権は侵されない」が加わる、国は公民の私有の「相続権」を保護するから「財産権と相続権」を保護する、に修正

 D全人代の職権として、省・自治区・直轄市の「戒厳」の決定を「緊急状態」の決定、に修正

 E国務院の職権として、省・自治区・直轄市の範囲内の一部地域「戒厳」の決定を「緊急状態」の決定、に修正

 追加、修正のほとんどは現実の状況、第16回党大会の路線に沿ったものです。その中で特に、「私有財産権の保護が明確に記載されたことと、戒厳令の決定が緊急状態の決定になったことです。

 後者については、私の感想では、「緊急状態」の方が「戒厳」よりも軽いと思いますので、これまでよりも低い危険度でも中央が地方に対し事実上の「戒厳令」を敷く権限を憲法が保障したとうことが言えそうです。

 

20031225

(1)国務院常務会議で、中央経済工作会議について研究、現在の経済の課題を列挙

課題@:固定資産投資の抑制、盲目的投資、低効率な産業の拡張の抑制

 課題A:ボトルネックになっている電力供給不足などエネルギー問題の解決

 課題B:食糧の生産と流通の強化

 課題C:旧正月のための食糧供給の確保

 課題D:生活困難者に対するケア

 特に課題@Aを重視しています。

 

(2)2003年の東アジアとの協力について回顧

この1年間で協力がいかに進んだかを説明し、東アジアFTA締結は後戻りできない趨勢であるとの考えを示しています。

 しかし、EUや米大陸と異なり、東アジアFTA構想はまだ初期段階であり、各国の違いがはっきりしており、状況が複雑なため、今後まだまだ時間がかかり、ゆっくりと進展して行くだろうとの見方を示しています。

 

20031227

(1)毛沢東生誕110周年記念の各種行事開催。江沢民も出席。

まず、音楽会には江沢民が出席。『人民日報』には江沢民の写真入りで掲載されました。

 他方、胡錦濤は座談会に出席し、重要講話を行ないました。その内容は、自分がやっていることと毛沢東がやってきたことの連続性を強調する内容になっています。ですから、胡錦濤自身は具体的な毛沢東に対する評価は何一つしていません。毛沢東110周年記念も、現政権が自己正当化するために利用しているというわけです。

 このように政治的な意味合いの濃い行事ですから、江沢民が大きく取り上げられていることは、彼がまだまだ党内で影響力を持っていることを示していると言えそうです。

 

(2)労働・社会保障部長が1年間の就業工作を回顧

今年の失業率が、当初予測4.5%を下回り、4.3%に抑えられたとしています。しかし、実際には昨年末の4%を上回ったわけですから、失業問題が深刻な状況にあることになんら変わりはありません。

 来年は、新規就業希望の人口が900万人、レイオフが500万人と、今年に比べそれぞれ100万人増えることから、失業率は4.7%に上昇すると予測しています。そのため、第3次産業の拡大、都市部の就業者の4分の3を受け入れている非公有経済分野の拡大、再就職希望者の職業訓練の拡大が失業緩和のカギを握ると述べています。

 これまでの政策と代わり映えしませんから、来年も失業緩和は難しいといえます。

 

(3)ガス爆発事故は大変なことになっています。

ここ数年大型の炭鉱事故が多発しており、当局も「安全生産工作」を重視してきましたが、なかなか効果が現れないということです。これからも、こうした事故は減ることはないでしょう。

 こうした事故は、地方政府の業績、成果重視の傾向が、結局は安全条件のそろっていない生産をやめることはできないという政治の問題で、人為的な事故なのです。

 中央当局は最近、幹部の「政績観」、つまり政治的業績を変えていく必要があることを強調しています。つまり、数字ではない、質だということです。ただ、現実にまだ質で評価されていないので、幹部、特に能力の低い地方政府の幹部は自らの政績を上げるために、数字の水増しをおこなうなど旧態依然のやり方をとっているのです。早く、質で幹部の評価を行なうことを定着させることが、実はこうした事故を減らす早道なのかも知れません。

 

20031228

(1)呉邦国が全人代常務委員会で重要講話を行い、党中央の憲法修正工作を真剣に学習し、憲法修正を立派に行なうよう指示

来年3月の全人代での憲法改正に向かい、作業も大詰めを迎えようとしているようです。

 

20031231

(1)外交部が、日本政府の台湾問題についてコメントを称賛

これは、日台関係の窓口機関の交流協会台北事務所の内田勝久所長が29日に、台湾総統府の邱義仁(チウ・イーレン)秘書長に対し、最近の陳水扁(チェン・ショイピエン)総統の住民投票実施や新憲法制定などの発言は「中台関係をいたずらに緊張させる」として、台湾海峡と地域の平和と安定のために慎重な対処を求める日本政府の立場を伝えた(『朝日新聞』20031230)ことに対する中国側の対応です。『人民日報』の記事には以上のような詳細な内容はありません。

 中国にとっては、日本政府が中台関係で珍しく中国に近い見解を示したので「称賛」するのは当然です。

 しかし、日本政府はこの問題について、台湾当局に「慎重な態度」を求めなければならなかったのでしょうか?私には理解できません。

 陳水扁政権の最近の一連の動きが来年3月の総統選挙対策であることを考えれば、少なくとも選挙後でも遅くないはず。私個人は選挙後でも内政干渉で見解を示すべきではない、まして台湾当局に言うことではないと思っています。今年最後に日本政府の不可解な行動を目の当たりにした気がします。