第23回 福田官房長官訪中をどう伝えたか(2003年8月12日)

 

 8月9日から福田官房長官が中国を訪問した。その際、胡錦濤国家主席、呉邦国全人代委員長、温家宝総理とそれぞれ会見、会談した。

 現在の日中関係に関するホットイシューの1つは、中国の対日政策が変化しているのかどうかという点にある。そのきかっけとなった馬立誠論文についてはすでに過去の連載で触れてきた。しかし、『戦略与管理』誌に掲載された馬立誠論文、そして中国人民大学時殷弘の論文に代表される「対日政策の新思考」が、中国指導部の意思を反映したものか、または中国指導部に影響を与えているのか、いまだ判断は難しい。しかし、今回の福田官房長官の訪中に関する中国側の報道を検討することで、1つの方向性を確認することができるように思われる。それは、確かに江沢民時代とは異なる対日姿勢が打ち出されてきているということだ。

そこで、今回は福田官房長官の訪中を『人民日報』はどう伝えたか、変化という視点から検証しておこう。

 

●胡錦濤との会見

 

「条約締結25周年を契機に、中日双方の各界関係者が共通認識を拡大し、相互信頼を増進し、平和・発展、友好・協力のテーマを視野に入れ、両国間の各分野、各方面の交流・協力を着実に推進し、ともに新世紀の中日友好事業の新局面を切り開くことを心から期待する」

 

⇒ポイントは、「共通認識の拡大」「相互信頼の増進」「新局面を切り開く」。歴史問題については「歴史と経験・教訓を復習し」と述べたことにとどめている。靖国神社問題については触れていない。日中関係が新しい段階を迎えていることに主眼が置かれている。

 

●呉邦国との会見

 

「中国政府と人民は日本との友好協力関係の発展を大変重視している。中日両国はアジアの主要国家として、長期的視野や高い戦略性を持ちつつ中日関係を進展させ、両国関係の大局をしっかり把握し、相互理解の推進に努め、共同の利益を拡大させなければならない」

 

⇒ポイントは、「長期的視野や高い戦略性を持ちつつ」「共同の利益を拡大」。歴史問題については、「歴史を鑑とし、未来に向かい」という決まり文句に言及したことのみ伝えられた。国益という点から対日政策を見ようということに主眼が置かれている。

 

●温家宝との会談

 

「両国の政治信頼、経済協力、国民の友好のさらなる強化は、双方の根本利益に合致する」「そのためには歴史を鑑(かがみ)として未来に向かい、戦略的角度から二国間関係をとらえ、とりわけ歴史問題、台湾問題といった関連の問題を適切に処理し、絶えず互恵協力を強化し、両国関係の健全な発展を推進しなければならない」

 

⇒ポイントは、「戦略的角度から二国間関係をとらえ」。上記2人よりも歴史問題に触れており、伝統的思考と新しい思考のバランスをとった発言。

 

●総括

 

 以上、見てきたように、全体として、歴史問題への言及が少なく、新段階の日中関係、国益としての日中関係という馬・時らが提唱する新思考に近い論調という印象を強く受ける。そこから、胡錦濤政権の対日方向性が変化を指向していることを裏付ける結果となった。

 

●李肇星外交部長と小泉首相との会談

 

 時を同じくして、8月10日から李肇星外交部長も来日し、小泉首相や川口外相らと会談している。これらを『人民日報』はどう伝えたか。ついでに見ておきたい。

 

「日本政府、特に首相自身が平和憲法の堅持、平和発展の道を歩む決意を繰り返し述べていることを中国は評価する。小泉首相は(200110月の)訪中時に、日中が再び戦わないことを盧溝橋で明確に表明している」「歴史は重荷ではなく、知恵と力の源泉となるべきだ。それでこそ未来志向で両国関係の健全な発展を推進することができる」

 

⇒日本、そして小泉首相自身の平和主義を高く評価している点がポイントだ。小泉首相を持ち上げた発言で、もうこれ以上面倒を起こさないでくれていう「ホメ殺し」のようにも聞こえる。しかし、小泉首相を評価したり、また「歴史は重荷ではない」「未来志向」も、これまでとは異なる新たな姿勢を表明している。

 

●李肇星外交部長の日本記者クラブでの講演

 

 この講演で、靖国神社問題について中国側の見解を3点にまとめて言及したことが大きく伝えられた。

 

(1)現在の国際関係における最大原則は、各国間の平等な応対、平和共存、戦争反対、互恵協力の強化、共同発展だ。戦後の日本が平和憲法を堅持し、平和発展の道を歩んできたことをわれわれが高く評価する理由はここにある。

 

(2)今の人々が戦争当時の責任を負うよう求めてはこなかった。われわれは、平和発展の堅持を望む多くの日本国民の願いを称賛する。日本の一般国民による戦死した親族への追悼は完全に理解できる。

 

(3)過去の不幸な歴史を忘れないことは、まさに友情を重視し、両国民の伝統と今日の互恵協力を強化するためだ

 

⇒この言及を大きく扱ったのは、新思考とのバランスをとるためと思われる。しかしその内容は、江沢民時代のような小泉首相の靖国神社参拝を一方的に非難するのではなく、中国なりに論理的説明しようというものである。日本の平和主義を高く評価し、戦没者に対する日本人の追悼を認めている点はこれまで見られなかったのではないか。そして日中関係の強化のために歴史を忘れないことが大切だという説明も、日本側を刺激したくないが、中国国内も刺激しないための現政権としては精一杯の論理的説明と言える。それは、全体のトーンが対決姿勢になっていない、だから日本に「これ以上面倒をかけないでくれ」という悲痛な叫びのようにも聞こえる。

 

●楊振亜(元駐日大使)の論文

 

 また、8月12日付『人民日報』には、元駐日大使の楊振亜の日中平和友好条約調印25周年を回顧する論文が掲載された。その内容も新思考を意識したもののように感じられた。

 

(1)  相互の理解と信任を絶えず増進させる必要がある

 

(2)  経済協力をさらに強化し、共同利益を拡大しよう

 

(3)  地域協力を許可することが、東アジアの発展、安定、繁栄を促進させるために、積極的な作用を発揮する。・・・日本はこの地域の唯一の先進国であり、現在は不景気だが、経済実力は巨大である

 

(4)  国際的、地域的の業務では密接に交渉し、協調しよう。・・・日本が経済大国をなった後、国際業務でさらに大きな影響力を発揮するために政治大国の実現を追求してきたことを、十分理解できる。日本の指導者はこれまで、日本は平和国家であり、決して軍事大国にならないことを表明してきた。われわれは実際行動で承諾を実現し、平和発展の道を進むことを希望する

 

随所に、新思考に近い考え方がちりばめられた論文である。

 

●どうやら変化はホンモノのようだ

 

胡錦濤政権は対日政策について、変化を志向しようとしていることは、どうやら間違いなさそうだ。しかしその変化がスムーズに行くかどうかは別問題だ。伝統的な対日政策に利益を見いだしている人もまだまだ多いだろうし、また胡錦濤への対抗勢力が対日政策をカードにしてくることも十分考えられる。しかし、変化を志向しようとする胡錦涛政権の姿勢は支持したいと思うし、今後の成り行きを注目したい。

他方、変化が日本にとっていいことなのかどうかも、日本側も国益という観点からよく吟味しなければならない。中国側からホメ殺しにも似た日本に対する理解の姿勢を示された日本側は、逆に足かせをはめられたという面もある。特に政治家は慎重な行動や発言を余儀なくされることになる。しかし、そのことがいいのか悪いのかは、よく吟味する必要があるだろう。