第21回 胡錦濤、軍事工作に積極関与(2003年7月13日)

 

 

●「軍事変革」って何?

 

 5月23日に開かれた中央政治局の集団学習会では「世界の新たな軍事変革に対応し、国防と軍隊現代化建設について」というテーマで、軍事科学院科研指導部の銭海皓研究員と外交軍事研究部の傳立群研究員が講演した。

 中央政治局の会議で軍事問題が議題に上がることがよくあるのかどうかは、私には分からない。私が知る限りでは、議題によく上がるのは、経済問題や政治問題である。仮に軍事問題が議題になることがよくあることだとしても、そのことが公開されることはまずないだろう。それ故に「なんでだろう」と無視することができないのである。

この時期、軍事問題がテーマになった理由の1つは、イラク戦争が終了し、世界の軍事情勢と米国の軍事力・戦略を分析するためだったと考えられる。

また、昨年11月の第16回党大会、今年3月の全人代において、江沢民・中央軍事委員会主席が「中国が軍事変革を実施する決心を表明」しており、本格的な軍事改革の動きがすでにあるため、この学習会はその一環でもあると考えられる。この学習会を主催したのは胡錦濤自身であり、胡錦濤が軍の改革に積極的に関与しようとしていることは間違いなさそうだ。今回は、軍事改革をめぐる胡錦濤の動きに注目してみたい。

 

●熊光楷・人民解放軍副総参謀長の講演

 

本論に入る前に、「軍事変革」について、少し確認しておきたい。しかし、私は軍事問題を専門にしているわけではないので、私自身が必要とする理解のレベルで、人民解放軍副総参謀長である熊光楷が今年4月中旬に開かれた「中国科学家人文フォーラム」で行った「新たな軍事変革について」と題する講演を見ておきたい。熊光楷は軍の最高指導層におり、有力軍幹部である。その彼が軍事変革についてまとまった内容の演説を行ったもので、「軍事変革」を理解する上では参考になるだろう。なお、この演説は中央党校の内部出版物の『学習時報』第185期に掲載された(サイト「多維新聞網」2003年6月4日付けに転載)。

 

1.世界の新軍事変革の基本状況

 1980年代後半、1990年代初めから、世界的に「新軍事変革」が進められている。

(1)背景:@冷戦終結後、二極構造に変わる新たな構造が形成されず、また局部戦争が依然発生している、A情報技術を中心とするハイテクが発展し、軍事に大きな影響を与えている

(2)新軍事変革の特徴:@武器装備の性能高度化(智能化)、A編成の精鋭化、B指揮制御の自動化、C作戦空間の多元化、拡大、D作戦様式の体系化(陸海空の共同作戦)

(3)世界に見られる軍事の新たな趨勢:@質の向上、数量削減、A軍兵の種類の違いを調整、Bロケットや電子戦などハイテク技術部隊の発展

 

2.イラク戦争から見た世界の新軍事変革の動向

(1)武器装備の性能高度化

(2)軍隊の編成、体制の精鋭化

(3)作戦様式の体系化

総括:イラク戦争は米軍の新軍事変革の成果の広範な検証である。情報技術を主導とする世界の新軍事変革の大趨勢の一方で、人の作用を否定してはならない。片面的、絶対的な認識は避けなければならない。

 

3.中国の特色ある軍事変革を積極的に推進しよう

(1)200211月第16回党大会報告における江沢民の言及:

―「わが軍は世界の軍事変革の趨勢に適応し、科学技術の強軍戦略を実施し、質の建設を強化し、軍事理論を創新、発展させなければならない。機械化、情報化建設の2つの重い歴史任務を完成し、わが軍の現代化の飛躍的な発展を実現するよう努力する」

(2)2003年3月全人代人民解放軍代表団討論会における江沢民の言及

―@情報化は新軍事変革の本質であり、核心である、A中国の特色ある軍事変革を積極的に推進しなければならない、B機械化、情報化建設の2つの歴史任務を完成させなければならない、C軍事理論の先導作用を発揮させることを重視する、D高い素質をもった新しいタイプの軍事人材を養成することが中国の特色ある軍事変革を推進する重要な保証である

(3)はっきり認識すべき4つのポイント

―@大いに活動する余地のある重要な戦略のチャンスの時期、A世界の新軍事変革の趨勢、B現代化水準が現代化戦争の要求に適応していないというわが軍が現在抱える主要矛盾、C機械化、情報化建設の2つの歴史任務

(4)今後とるべき3つの方針

―@国防建設と経済建設の協調発展の方針の遵守、A情報化が機械化を実現し、情報化が機械化をもたらし、機械化が情報化を促進し、機械化、情報化建設の複合式発展を実現し、最終的に機械化、情報化の2つの重い任務を完成させる、B軍民結合を堅持し、ハイテク条件下で人民戦争の伝統的優勢を重視する

 

●『人民日報』掲載:「世界で新軍事変革の高潮がわき起こっている」

 

もう1つ、『人民日報』(6月19日)に掲載された論文「世界で新軍事変革の高潮がわき起こっている」の内容をまとめておこう。

 

1.「新軍事変革」をもたらした2つの要因

(1)国際安全情勢の変化:世界大戦の可能性はなくなったが、局部戦争が続いている

(2)情報技術を中心とするハイテクの発展

 

2.具体的にどんな変革が起こっているのか

(1)ハイテクを利用した兵器

(2)陸軍の縮小、ネットワークを利用した部隊編成

(3)陸海空三軍の統合した司令部、統合指揮官

(4)情報戦、ネット戦

(5)新たな軍事理論の登場

 

●「軍事変革」は江沢民時代の継続

 

 私は軍事問題の専門家ではないが、以上2本の論文を見れば、「軍事変革」の内容が何となく、何か改革をしようとしているということを理解できる。ハイテクの発展に人民解放軍も真剣に対応していかなければ、世界、特に米国の軍事力に対抗することはできないという差し迫った課題を抱え、それに対応していくための軍事改革であることが理解できるだろう。香港紙の報道をまとめた『産経新聞』(6月16日)は、改革案として、@向こう2年以内の50万人削減、A中国本土を7つの管轄区に分ける現行の七大軍区制の抜本的な改編、B地上作戦の基幹となる21の集団軍のうち8前後の集団軍を削減する、C戦略ミサイル部隊(第二砲兵)のうち、台湾への武力行使に必要な中短距離弾道ミサイルの運用を機能的に行う部隊編成などが挙げられるという。これ以上の専門的な分析は、中国軍事専門家の論考を参考にしていただきたい。

 ここで確認しておきたいことは、この軍事変革は、江沢民時代にすでに提起されていたということだ。『南方周末』(6月12日)に掲載された「中国が軍事変革を推進する」という記事によれば、軍事専門家・沈偉光は、江沢民が1993年に制定した「新時期の戦略方針」の中で、軍事戦略思想の基礎を「ハイテク発展下での局部戦争にうち勝つこと」に転換させ、200012月には「情報化建設の強化」を提起した。そして昨年11月の第16回党大会で初めて「軍事変革」という言葉を使った。中央軍事委主席に留任する以上、何らかの「政績」(業績)が必要だった。「軍事変革」という名の下で軍事改革を打ち出したのも「胡錦濤にはできない、江沢民だからできた」という評価を得るためだったというのが、「軍事変革」の登場の背景にあったのだろう。確かに、胡錦濤には無理な話だろう。それだけの軍の信頼は今の胡錦濤にはない。

このことから、胡錦濤が5月23日に中央政治局の集団学習会で、世界の軍事変革を議題としたことは、胡錦濤自身が江沢民をさしおいて、新たな軍事戦略を打ち出そうといったものではなく、江沢民時代に提起された軍事改革を支持して、それを継続しようという意思の表れと言える。江沢民はまだ中央軍事委員会主席であるから、少なくとも軍、軍事工作においては、江沢民に最終決定権があり、胡錦濤よりも江沢民の方が権力は上だ。そのため、軍事戦略の継続は当然だと言われればそれまでだが、江沢民のいない中央政治局の集団学習会で胡錦濤が軍事変革を議題にしたことは、胡錦濤に何らかの意図があると見るのが自然だろう。

中央政治局の集団学習会で胡錦濤は、軍兵力50万人削減や陸海空三軍統合指揮系統設置の方針を指示したと言われている(『中央日報』[韓国]日本語サイト2003年6月5日)。

 

●潜水艦事故引責人事

 

5月2日には、山東省沖で人民解放軍の通常型潜水艦361号事故が発生し、乗組員70名全員が死亡したことが公表された。厳格な秘密主義を貫く軍の不祥事が公表されることは異例のことである。

これに関連し、6月12日、中央軍事委の命令で、中共中央が「批准」して、石雲生・海軍司令員、楊懐慶・海軍政治委員が交代した。もちろん彼らを「解任」したとは言っていないが、中国系香港紙『文匯報』はこの人事を潜水艦事故の引責であるとの主旨の記事を掲載している。また翌13日には潜水艦の所属関連部署の高官の人事も行われた。これら人事が『人民日報』に掲載されたことも異例のことである。

この一連の人事を胡錦濤が行ったかどうかはわからない。しかし、事故事実と引責人事の公表は、胡錦濤が総書記、国家主席になってからの新体制の下で起きている事象である。1989年のチベットでの戒厳令布告といい、今回のSARSでの衛生部長と北京市長の解任といい、胡錦濤の危機的状況下での決断力には目を見張るものがある。今回の潜水艦事故の処理、公表も胡錦濤が関わっていたと見るのが自然だろう。

もちろん、事故そのものは4月28日と言われており、公表までに4日間かかっていることをどう考えるか。一般的にそんなものかと考えるか、軍の抵抗があったから遅くなったと考えるかは議論の余地があるだろう。しかし、ここでは胡錦濤体制になって、軍の不祥事に対し中央が事故事実の公表と関連幹部の引責解任、公表という厳しい措置をとったことを指摘しておきたい。

 

●軍退職幹部再就職工作

 

6月19日に開かれた全国軍隊退職幹部再就職工作テレビ電話会議では、胡錦濤が退職幹部の軍在籍期間中の活躍を讃え、地方工作への再就職をしっかりやるように重要指示を行ったことが伝えられている。

2003年の軍・武警退職幹部は4.2万人あまりで、そのうち地方工作への計画再就職は2.9万人あまりで、自主選択は1.3万人あまりと言われている。年齢的に早めに退職する軍人にとって再就職は死活問題である。そうした意味を持つ再就職工作に重要指示を与えた胡錦濤のねらいは、軍の退職幹部の支持を獲得することにある。

 

●次期中央軍事委主席ポストへの準備

このように、胡錦濤の軍の工作への関与が今年の5月以降目立って増えてきている。この動きは、胡錦濤が明らかに中央軍事委主席ポストをねらって行っているものである。もちろん、人員削減を伴う軍事改革や事故の公表に対しては、軍内の反発があるだろう。

例えば、軍事改革により陸軍の力が相対的に低下することで陸軍の反発は容易に予想できる。しかし、中央軍事委主席であり、軍事改革を提起した江沢民を直接批判することが難しいため、スケープゴートとして胡錦濤に批判の矛先が向くことは十分予想される。このことは、次期中央軍事委主席ポストをねらう胡錦濤にとってはいいことではないだろう。

しかし、軍事改革は既定路線であり、現実的な対応であるとはすでに指摘したとおりだ。また潜水艦事故が公表されたことは、そのことを支持するグループが軍内にも存在するということでもある。これによって昇格した海軍幹部たちは、この人事に感謝し、それを主導した中央指導者を支持しようと思うだろう。その指導者が江沢民か胡錦濤かは定かでないが、胡錦濤だと認識されていたとしたら、海軍を胡錦濤が掌握したということになるだろう。また、引責解任は軍幹部に対し胡錦濤はやるときはやるという見せしめにもなっただろう。胡錦濤は自らの権力基盤確立に潜水艦事故をうまく利用したということになる。

胡錦濤は、現中央軍事委主席である江沢民に表だって揺さぶりをかけようという気はなく、江沢民が打ち出した路線を継承していこうという謙虚な立場にいると考えた方がいいだろう。しかし、ここ数ヶ月見られる胡錦濤の軍への関与は、いつ中央軍事委主席になってもいいように、今のうちから軍内部に支持層を広げておこうという意図があるのだろう。それは結果的に江沢民に退陣を迫る圧力にもなるだろう。だからこそ、これから行われていく軍事改革には積極的に絡んで、実績を積まなければならないと胡錦濤は考えているものと思われる。胡錦濤自身も必死なのである。