第20回 胡錦濤演説をどう解釈するか(2003年7月2日)

 7月1日は中国共産党の創立記念日であり、今年は82周年を迎えた。今年の7月1日、北京では「三つの代表」重要思想理論研討会(シンポジウム)が開かれ、胡錦濤総書記が重要講話を行った。

 香港のマスコミ、一部日本のマスコミは開催前からこの胡錦濤演説に関心を示し、政治改革について大胆な提案をするのではないかとか、江沢民と胡錦濤との確執の表面化など報じられた。

 結局、フタを開けてみれば、下馬評に上がったような画期的な提案は含まれていなかった。第19回でも触れたが、「三つの代表」重要思想の学習指令が出ており、この研討会のタイトルを考えれば、政治改革だの民主化だのといった話が出てくることはあり得ない。当然「三つの代表」の話になることは分かり切っていたことである。

 そう言ってしまうとこの胡錦濤演説には何の意味もないかのようだが、そうではないだろう。この演説は、胡錦濤が総書記になって初めて自分の考えを示す機会となったという点で、注目しなければならない。去年の第16回党大会や今年3月の全人代は、前任者が引いたレールに乗っていただけだが、今回は違う。特に「三つの代表」重要思想に対し、どのような考え方をもっているのか、政治の方向性についてどう考えているのか。胡錦濤の考えを知る上で絶好の機会となったのではないか。その意味では、政治改革や民主化など毛頭ないということがよくわかった。

 以下、演説の内容から、これまでに見られなかったように思われる点を列挙し、私の見方を紹介しよう。

 

 

全党に「三つの代表」重要思想の学習貫徹の新たな高潮を起こすことの意義

―小康社会を全面的に建設するという壮大な目標を実現するには、「三つの代表」重要思想の学習貫徹を絶えず深く引き込まなければならない

 

(コメント1)「三つの代表」重要思想の学習指令は、経済建設を進めることと関わっている

 

 

一、「三つの代表」重要思想は、マルクス主義、毛沢東思想、ケ小平理論と通じたものであり時代とともに進む科学体系であり、マルクス主義の中国における発展の最新成果である

 

(1)「三つの代表」重要思想とマルクス主義との関係

@「三つの代表」重要思想は、マルクス主義の世界観と方法論を堅持し、それらを創造性をもって運用し、現在の世界と中国の実際を分析する

―「三つの代表」が備える基本点は、マルクス主義経典の作家が全て論述している。しかし、先進的生産力と先進的文化を発展させ、最も広範な人民の根本利益を実現させることを党の先進性を堅持させることとを一致させ、党の性質と目的の高さを高め、党の指導思想の高度を高め、1つの完全な体系を構成する。これが、現代の中国共産党人の弁証唯物主義と歴史唯物主義に対する創造性をもった運用と発展である。

 

(コメント2)「創造性」という言葉がキーワードになっている。マルクス主義との整合性を唱えながら、他方「三つの代表」重要思想が「創造的な運用・発展」によってマルクス主義とは離れていることを認めている。

 

A「三つの代表」重要思想は、共産主義を樹立するという遠大な理想と固い信念を強調する。同時に、共産主義は社会主義社会が十分発展し、高度に発展するという基礎があって、初めて実現可能であり、共産主義を実現することは非常に長い歴史過程であり、わが国は現在、そして長期にわたり社会主義初級段階という実際に立脚しなければならない党の原段階の基本綱領を地道に実現するためにたゆまぬ努力をすることを強調する。わが国の社会主義初級段階では、わが党の執政党としての根本任務は、生産力を発展させることであり、発展はわが党の執政興国の第一の重要な仕事である。発展は経済建設を中心とし、経済政治文化と協調した発展であり、人と支援の調和を促進した持続可能な発展である。

 

(コメント3)現在の共産党の目標が明確にされている。最も重視しなければならない目標は、共産主義の実現ではなく、経済発展である。

 

B「三つの代表」重要思想は、プロレタリア階級政党は人民に根を置かなければならないことに関するマルクス主義の政治立場を堅持し、人民大衆の実践の中から養分を吸収することを重要視する。そして、われわれがマルクス主義の大衆観点を堅持し、不断に最も広範な人民の根本利益を実現するために、新たな理論要求を提出した。

―このような重要な理論観点は、わが党の歴史的地位と執政の条件の発展、変化に適応し、わが国の人民の利益要求と社会構造の発展、変化に適応し、われわれの新たな時代の条件下で、マルクス主義の政治立場をさらに立派に堅持するために全面要求を提出した。

 

(コメント4)最も広範な人民の根本利益を要求に応えることが共産党の役割である

 

C「三つの代表」重要思想は、マルクス主義の基本原則を堅持し、本や概念、抽象的原則から出発したのではなく、全て実際から出発しており、実践、創造の新鮮な経験を深く総括し、理論にまで押し上げ、マルクス主義の発展を進める中で、優れた成果をもってマルクス主義を堅持した。

 

 

(コメント5)全体として、「三つの代表」重要思想がどういうものなのかを説明している。基本的にこれまでの説明が繰り返されているだけだ。しかし、あえて違いを指摘すれば、マルクス主義から離れた新しい理論であって、現実的なものだということを、明確にしているように感じられる。

 

 

●二.「三つの代表」重要思想は、新たな世紀、新たな段階に全党・全国人民が前人の事業を受け継ぎ将来の発展に道を開き、時代とともに進み、全面的に小康社会を建設するという壮大な目標を実現する根本指針である

 

 「3つの代表」重要思想を学習貫徹する根本目的は、人民大衆が中国の特色ある社会主義事業を前進させるようにうまく導くよう全党を推し進めることである

 

(1)  小康社会実現のために長期的に直面する3つの課題

@    国際情勢の発展、変化:多極化、グローバル化、ハイテク化の中で、総合国力を高め、主導権を握る

A    社会矛盾への対処:物質文明が満たされた後の政治文明、精神文明との協調

B    新たな状況、新たな問題への対応:社会主義市場経済下での党の指導力の強化

 

(2)  対応策

@    発展を第一の重要な仕事とする

A    新たな社会階層を掌握する

B    世界の多極化と国際関係の民主化

C    党の階級基礎を強固にし、党の大衆基礎を拡大する

 

(コメント6)胡錦濤が取り組まなければならない課題が列挙されている

 

 

●三.「三つの代表」重要思想の本質は、「公のために党を立つ」、「民のために執政を行う」ことであり、「三つの代表」重要思想の学習貫徹は最も広範な人民の根本利益を根本的な出発点とし、着地点とすべきである

 

(1)  「三つの代表」重要思想の学習貫徹の評価基準

@各級の党委員会と政府は、大衆から大衆までの工作路線を堅持し、大衆の声に耳を傾け、大衆の望みを反映し、大衆の知恵を結集し、政策決定の科学化、民主化を推進し、発展の構想を新たに生みだし、われわれの方針と政策によって人民大衆の利益をさらに立派に体現し、先進的生産力と先進的文化によってさらに早く、立派に発展させ、絶えず人民大衆に本当の利益を与えなければならない。

A指導幹部は、基層に入り、大衆に入り、特に最も困難な地方に行き、大衆の意見が多く出ている地方に行き、工作の進んでいない地方に行き、そこの幹部や大衆といっしょになって心配事を排し難題を解決し、矛盾を解決し、工作局面を打開する。各級幹部は、自覚的に監督を受け入れ、絶対大衆から離れてはならず、計画もなく何もせず楽してはならず、権力で私欲を謀ってはいけない。

B特に下崗労働者、農村貧困人口、都市貧困住民など生活に困難な大衆が直面する実際問題に対し、深い親しみをもって解決を助け、中央の貧困解決のための各種政策、措置を至る所で実行に移さなければならない。

 

(コメント7)大衆重視、人民尊重の姿勢を強調している。その大衆の利益は、弱者救済であるという考え方だ。

もう1つは、地方の党・政府組織、指導幹部に対し、何をやらなければならないのか、つまり大衆重視、弱者救済の工作を進めるよう指示を出している。

 

 

●四.マルクス主義の態度を用いて「三つの代表」重要思想を立派に学習貫徹することを堅持し、「三つの代表」重要思想を用いて新たな実践を指導し、実践の中でマルクス主義を引き続き発展させるよう努力しよう

 

(1)理論武装と実践指導の2つの方面から新たな成果を上げるための3つの結合

@    理論学習と実践指導

A    客観世界の改造と主観世界の改造

―現在、一部の党員幹部は、思想が空虚で、意志が衰退し、拝金主義、享楽主義、極端な個人主義の誘惑を食い止めることができない。一部地方・部門には、深刻な形式主義、官僚主義の作風とインチキをして人をだましたり、派手に無駄遣いをする行為や各種の消極的な腐敗現象が存在する。

B    理論運用と理論発展

―自覚をもって思想認識を、時代に合わない観念や方法、体制の束縛から解放し、マルクス主義に対する誤りと教条的な理解から開放し、主観主義と形而上学的な束縛から解放し、絶えず発見し、創造し、前進しなければならない。

 

 

胡錦濤演説に何を見いだすことができるのか

 

相変わらずこの手の演説はおもしろくない。その中であえて何かを見いだそうとすれば、「三つの代表」重要思想に対するこれまでに見られなかったような解釈や見方を胡錦濤が提起しているかどうかという点に尽きる。

基本的に、胡錦濤は「三つの代表」重要思想を支持しており、それに沿った政策を行おうとしている。それは、この演説を読めばわかるし、また第16回党大会で江沢民報告や党規約に「三つの代表」重要思想が盛り込まれたということは、その時の最高指導層にいた胡錦濤もその過程に関与していたからだ。

この演説で胡錦濤はまず、マルクス主義の中に「三つの代表」重要思想をどう位置づけるかについて見解を明らかにした。これはマルクス主義を標榜する中国共産党のトップである以上、当然やらなければならない作業だった。たとえそれが江沢民のこれまでの講話と同じ内容であるとしても。

その中で、胡錦濤は少し冒険をしたように思える。それは、(コメント2)と(コメント5)でも指摘したように、マルクス主義と「三つの代表」重要思想は違うことを明言したことである。これは江沢民とは絶対的に異なる立場である。もちろん、胡錦濤はマルクス主義を否定したわけではない。しかし、胡錦濤曰く、「三つの代表」重要思想はマルクス主義の「創造的な運用・発展」であると。この意味は深い気がする。

ちなみに、『人民日報』の関連社説(2003年7月2日)はこの点について全く触れていない。それは、「創造的な運用・発展」という言葉にさほど意味がないからなのか、それとも「敏感な」言葉だから言及しなかったのか。

もう1つの特徴は、大衆重視、人民尊重の姿勢を明確にした点だ。これは江沢民も言っていたことだが、江沢民に比べ相対的に強調している。それは、弱者救済を政策の軸にすることも明らかにした(コメント7)。

その他、「三つの代表」重要思想の学習命令は、経済建設を重視することと指導幹部の引き締め、中央への忠誠を確認することが目的だろうということも指摘しておきたい。胡錦濤は演説では、「理論と実践の結合」と言う。しかし、私の解釈では、指導幹部もよくわからないようだし、もうそろそろ「三つの代表」重要思想の理論的な論争はやめて、実践すなわち経済建設に力を入れよう、という宣言にすら聞こえた。

このような見方をすれば、江沢民派と胡錦濤の対立の図式は見られない。この点は第19回の連載でも言及している。

 

こうした大演説が出たことで、しばらくはつまらない学習キャンペーンが吹き荒れるのだろう。ちょうど北戴河会議もあるが、「三つの代表」重要思想の扱い方については、最高指導層の間でコンセンサスはとれている。政治的には安定しており、争点はなさそうだ。