19回 なぜ、今「三つの代表」なのか(2003年6月25日)

 

4月28日の中央政治局会議で、全党に「三つの代表」重要思想の学習を貫徹させる新たな高潮を起こす工作に関する研究が行われた。それ以降、「三つの代表」重要思想がクローズアップするようになり、全党挙げて学習が行われるに至っている。この学習は、胡錦濤が主導で行っているものであり、江沢民が行っているものではない。なぜ、今「三つの代表」なのか。

 

●中共中央の通知(六一五通知)

 

6月15日に中共中央が「全党に『三つの代表』重要思想の学習を貫徹させる新たな高潮を起こすことに関する通知」という重要な通知を出した。この通知は6月23日になって『人民日報』に初めて掲載された。これは「三つの代表」重要思想の学習を指示、命令する文書である

通知は次の5つの部分からなる。

 

(1)      全党に『三つの代表』重要思想の学習を貫徹させる新たな高潮を起こすことの重大な意義を十分認識しよう

(2)      『三つの代表』重要思想の基本精神を深く学ぼう

(3)      『三つの代表』重要思想の学習を貫徹し、実際の問題の解決に力を入れなければならない

(4)      重点区分の階層を突出させることに注意を払わなければならない

(5)      組織指導をしっかり強化させよう

 

このうち(1)と(2)は、これまで幾度となく行われた「三つ代表」重要思想の説明で出てきたことであり、新鮮味はない。

(3)は、今回の学習の重点が、理論と実践を結びつける、すなわち「三つの代表」重要思想と実際の問題の解決を結びつけるよう指示しており、これまで見られなかったのではないか。

(4)は、学習の進め方を指示したもので、そのカギは「指導機関と指導幹部」、特に県・処級以上の指導幹部に置かれているとしている。その学習内容は、第16回党大会の報告、党規約、江沢民の一連の重要著作とし、補助資料として後述する『綱要』を挙げる。

(5)は、組織的に学習を行うよう指示しているが、決して重要な点ではない。

 この「六一五通知」は、「三つの代表」重要思想の学習を組織的に行うように指示をしているが、学習を行う背景はよくわからない。

6月23日の『人民日報』の関連社説には次のように書いてある。学習は「中央が確定したSARS予防・治療を緩めない、経済建設という中心は揺るぎない、という2つの重点をさらに進めることを体現する」。つまり、「三つの代表」重要思想の学習は、@SARS予防・治療とA経済建設の促進という5月7日に打ち出した「2本足」路線を進めることと等しい。

しかし、SARSの勢いがとどまらない4月28日の段階で、SARS予防・治療とSARSの影響を受け、停滞した経済活動を回復させることの意思統一を図るために「三つの代表」重要思想の学習について研究を行うには、時期的に早すぎるように思われる。その後1ヶ月半経った6月に入って、学習の新たな目的として加わったのかもしれない。それならば、4月28日の段階では別の目的があったものと推測できる。

 

●「三つの代表」重要思想を理解していない一部指導幹部

 

 「六一五通知」の出る5日前の6月10日に「『三個代表』重要思想学習綱要」なるものを印刷配布することに関する中共中央の通知(「綱要通知」)が出された。この「綱要」は一般にも販売されているようで、一週間で300万部が売れたそうだ。

「綱要通知」は、全党に『三つの代表』重要思想の学習を貫徹させる新たな高潮を起こす際、「三つの代表」重要思想の理解に役立たせるために、この「綱要」を補助教材として使うよう指示するものであった。

他方、この学習を広く普及させる元締めになる中央宣伝部の部長・劉雲山の『人民日報』(2003年6月12日)に掲載された論文が私は気になった。そこには次のようないくつもの「役立つ」が登場している。

 

「『綱要』は人々の深い理解に役立つ」

「『綱要』は人々の正しい把握に役立つ」

「『綱要』はわれわれのさらなる思想統一に役立つ」

「『綱要』は人々の「三つの代表」重要思想に対するさらなる深い認識に役立つ」

「『綱要』は人々のマルクス主義の時代に沿った理論の品質の深い把握に役立つ」

 

このことからわかることは、「三つの代表」の理解に役立たせるために「綱要」は作られたのだ。ということは裏返して言えば、「三つの代表」は現在理解されていない、ということではないか。

このことを踏まえると、「六一五通知」で指示された「三つの代表」重要思想の学習は、「三つの代表」重要思想を理解していない指導幹部に対し、学習させようという意図があると考えられる。

これに関連してシンガポールの新聞『聯合早報』(2003年6月19日)に中共中央党史研究室の元副主任の石仲泉のインタビュー記事が掲載された。石仲泉は「一部の幹部の『三つの代表』に対する疑惑は、第16回党大会が開かれたことでもまだ完全には解決していない。さらに一部の幹部は『三つの代表』を党の指導思想とすることに対し十分理解していない。これらの問題は反復学習と深い理解を通じて解決する必要がある」と指摘する。

 

●指導幹部は、何を理解していないのか

 

 ここで問題となってくるのは、指導幹部が「理解していない」とは、何を意味するかという点である。これにはいくつかの解釈が成り立つ。

(1)「三つの代表」重要思想を単に理解していないということ。

(2)4月以降のSARS騒ぎの中で、中央を軽視、無視した地方保護主義や地方幹部の政績主義、縦割り行政などの問題点が一層明らかになった。それは、地方の指導幹部が中央の政策や意図を理解していないということである。そのため、中央は地方の指導幹部を統制しなければならない。それは中央の政策や意向を理解することである。中央の政策、意向はすなわち「三つ代表」重要思想ということである。

(3)石仲泉の指摘は少し違う。「三つの代表」重要思想に対する第16回党大会以前からの「疑惑」とは、私営企業家の入党問題を含めた「三つの代表」重要思想の支持派と批判派の対立を指しており、いまだに「三つの代表」重要思想を支持しない、理解しない批判派の指導幹部が存在するということである。

当然、この3つの「理解していない」は意味が異なる。

(1)の場合は、言葉どおりであり、説明の必要はない。しかし、「理解していない」ことが取り上げられるには、それが何らかの弊害をもたらしているからであり、それは(2)と(3)ということになる。

(2)の場合、@単にSARSの終結に伴う新たな政策への意思統一の側面、またはA中央・地方関係における中央の統制能力強化の側面、またはB胡錦濤に忠誠を誓わせるという権力争いの側面をもっている。

「三つの代表」は、江沢民の専売特許のように思われるが、第16回党大会で党規約に書き込まれたものであり、当然その過程には胡錦濤も関わっていたのだから、(3)の場合、権力争いの側面よりも、C党の在り方に関わる路線の問題である。

 

●なぜ、今「三つの代表」なのか。

 

学習を行う理由を1つに特定することは難しい。4月28日の中央政治局会議で「三つの代表」重要思想の学習が研究された背景には、SARSの情報の隠ぺいで衛生部長と北京市長が解任されたなどの時期を考慮すると、Aがあったのではないか。そして、@は、SARS問題が終息に向かい始めた6月中旬というタイミングで出てきたものだろうということはすでに述べたとおりだ。

BやCについては、皆無とは言えないが、可能性は低いのではないか。なぜならば、主要な理由になるとすれば、3月末とか、4月初めといったもっと早い時期に研究が始まってもよかったと思われるからだ。それとも、SARSの影響で早く取りかかれず、延期されて4月28日になったという解釈もできなくはないが・・・。

学習を行う理由としては、(2)か(3)で説明するのが、もっともらしくていいだろう。しかし、単純な(1)も理由としては捨てがたい。少なくとも指導幹部の多くが「三つの代表」重要思想そのものを理解できていないというのは、ホントのところではないだろうか。つまり内容が「難しすぎる」のだ。抽象的な理論には指導幹部、特に地方の指導幹部は興味がない。彼らの関心は、金儲けである。

 

●理論と実践の結合のムリ

 

「六一五通知」は「理論と実践の結合」を挙げたが、「三つの代表」重要思想とSARS予防・治療と経済建設という具体的な課題との接点を見つけだすのはなかなか難しい。そもそも実にムリのある学習である。結局「意味がない」、「時間の浪費」と多くの指導幹部にそっぽを向かれるのだろう。

中央主導で現実の課題である経済建設を進めるために、単に経済建設に重点を置くと言えばいいのに、わざわざ「三つの代表」重要思想の学習という政治動員を通じて、指導幹部の意思統一を図らなければならないのだとしたら、それは、「三講(3つの重視)」学習や「三つの代表」重要思想学習を行ってきた前任者江沢民と何ら変わらない。胡錦濤の弱さを表しているだけかもしれない。権威の確立していない故に胡錦濤はまだまだ苦しい立場に置かれているということが言える。