第18回 胡錦濤、外交デビュー:日中首脳会談とエビアン・サミット(2003年6月3日)


 胡錦濤が総書記就任以来最初の外遊が始まった。今回は、ロシアで行われた日中首脳会談の会談内容を整理し、少し私の見方を紹介し、フランス・エビアンで開かれたG8サミットへの胡錦濤の参加の意味を考えてみたい。


●『人民日報』に見る日中首脳会談

今回の日中首脳会談は、エビアン・サミットという機会を利用した新指導者胡錦濤と小泉首相との顔見せの意味が大きかった。

小泉首相との会談での胡錦濤の発言を『人民日報』は次のように伝えた。


「新世紀の中日関係の発展では、中日友好の歴史と経験・教訓を銘記し、苦労して得た中日友好の成果を大切にしなければならない。歴史を鑑(戒め)とし、未来に向かい、『中日共同声明』、『中日平和友好条約』、『中日共同宣言』の原則と精神を固く守り、双方の利益の接点を絶えず広げるとともに、相手の関心事を重視し、適切に処理すべきであり、とりわけ歴史問題と台湾問題を慎重に処理する必要がある。中日両国の指導者は戦略的見地と長期的な視点から両国関係を取り扱い、処理し、関係発展の大きな方向をしっかりおさえ、歴史的チャンスを逃さず、長期的安定的な善隣友好と互恵協力関係をさらに発展させるべきである」(『人民日報』
2003年6月1日)


 ここから読みとれることは、第1に「中日友好の成果を大切にしなければならない」と述べており、日中関係重視の姿勢である。

第2に「双方の利益の接点を絶えず広げる」と述べ、日中関係を決定する要素として国益を位置づけている。これは前回の連載でも言及した日中関係の相対化を目指しているのかもしれない。

第3に、しかし「歴史を鑑(戒め)とし、未来に向かい」という決まり文句を述べ、さらに「歴史問題と台湾問題を慎重に処理する必要がある」と述べ、歴史問題に対しても言及した。これは、日本に対しての発言であると同時に、国内に向けて「ちゃんと歴史問題にも触れたぞ」というアピールでもある。


●日中首脳会談の内容

 中国の公式報道では、具体的な会談内容はよくわからない。次に日本の新聞をもとに、会談内容を整理しておこう。

 【歴史問題】

「一時期、不幸な過去がったが、善隣友好が主流だ」(日経)

 ⇒友好重視の姿勢を表している

 【北朝鮮問題】

 ・拉致問題:「対話を通じ、適切に問題が解決されることを支持する」(日経)

 ⇒中国側が拉致問題に対し、公式に言及したのは初めてだろう。しかしこれで、中国が北朝鮮に拉致問題解決に尽力してくれると思ったら大間違いだ。「対話を通じ」という点がカギであって、日米が北朝鮮に対し経済制裁などの「圧力」をかけての解決は望まないことを表明しているにすぎない。

 ・多国間協議:「課題は協議を継続させることだ。日韓が参加したいという希望は十分理解する」(日経)、「会議の形式はオープンにした方がいい」(朝日)

 ⇒中国は基本的に米朝二国間協議を支持しており、多国間の枠組みは米朝二国間協議を行うための環境作りにすぎない。日韓の参加はその範囲内のことである。

 【相互訪問】

 ・実現に向け互いに努力する

 ⇒言葉どおり、両者とも積極的と見る。ネックはSARS問題で、これが一段落着いてから実現するだろう。

 【新幹線問題】

 「リニア方式か、レール方式かを議論している最中だ。結論が出たら、日本との協力を検討したい」(朝日)

 ⇒まだわからない。

 【SARS問題】

「日本政府と人民が中国の新型肺炎(重症急性呼吸器症候群=SARS)とのたたかいを支援したことに感謝した」(人民)

 ⇒SARS支援への感謝


●胡錦濤の態度をどう見るか

 江沢民に比べ、日中関係を重視する姿勢を強く表した。200210月のメキシコでの日中首脳会談で江沢民の歴史問題に対し次のように語っている。


「日本軍国主義が中国を侵略し、中国人民に大きな災難を与えた痛ましい歴史もある。そこで私は『歴史を鑑とし、未来に向かう』ことを提起した。歴史問題に対する認識は
13億人民の感情にかかわることであり、日本側特に日本政府の指導者が、中日両国の子々孫々の友好のために、この問題に正しく対処し、関連問題を適切に処理するよう希望する」(『人民日報』20021029日)


 確かに、はっきり言及しており、しかもこの発言を『人民日報』がここまで掲載していた。日本の新聞によれば、靖国参拝に対しても「首相が靖国神社に行かれない方がいい」とまで言及した。

それに比べると、胡錦濤の発言は大変抑制されており、日中関係に対する江沢民との違いを意識的に強調したように思われる。それは、江沢民の影響力を弱体化するためという国内政治の要因も多少なりともあるが、貿易、投資面での日本との関係は中国の経済発展にとって欠かせないものであるという認識が新体制の中には強くあるのだろう。そうした要因が歴史問題を含めた対日政策の変化をもたらしていると思われる。

余談だが、日中関係に影響力があると見られる曾慶紅の姿が見えない。政治的影響力もそうだが、日中関係でもキーパーソンなのかどうか、私は疑わしいと思っている。

重要なことは中国の対日関係重視の姿勢が今後どのような具体的な形で表れてくるかだ。今回の日中関係重視は、SARSへの協力感謝のリップサービスかもしれない。北朝鮮問題も中国の原則的な姿勢を越えたものではなく、この問題解決で中国が日本に期待をかけているとは思えないからだ。また、歴史問題も言うべき最低ラインのことはしっかり言っているし、また対日重視路線は胡錦濤新体制に始まったことではなく、2000年からすでに見られることだ(前回連載を参照)。だからこそ、今後の具体的な行動が重要である。今しばらく中国側の出方を見なければ判断がつかない。


●胡錦濤のエビアン・サミット参加の意味

発展途上国と自らを位置づける中国にとって、先進国首脳会議、いわゆるG8サミットは、「西側のブルジョアクラブ」として、批判の対象であり、2000年の沖縄サミットへの招待もこれを理由に断ったのである。そのサミットに、今回胡錦濤が参加したことをどう考えたらいいだろうか。

まず、確認しておかなければならないのは、胡錦濤は「G8」へのオブザーバー参加ではなく、「G8」の中で開かれた「G8と途上国との対話」会議である。この会議には、アルジェリア、メキシコ、インドなど新興国・途上国の首脳12人が招かれ、胡錦濤もその1人として招かれたのである。そのため、真の意味で「G8」に参加したのではない。もし、G8に参加するとなると、これまでの外交方針を転換することになる。胡錦濤も、「G8と途上国との対話」会議だったので、参加が可能だったのだろう。新指導者胡錦濤としては、外交デビューの場として、先進国首脳がずらっと集まった中に参加できたことは、ラッキーだったし、コスト的にも安上がりだったと言える。

胡錦濤は会議の演説で、次の4つの提案を行った。@効果的措置による世界経済成長の促進、A平和共存の提唱による世界の多様性の維持、B多国間協力の強化による新しい国際経済秩序の構築、C支援強化による南北協力の実質内容の充実。

この提案は2つの意味がある。1つは、中国が世界全体の経済成長が中国の発展にとっても有利であり、そのために多国間協力が必要であると考えるようになったことである。具体的に国際金融体制を挙げているのは、1997年のアジア金融危機からの教訓だろう。2つめは、米国の一極主義に対する反発で、国際的枠組みが米国への対抗勢力になると考えている。

その意味では、G8のメンバーのなるための外交方針の転換について、今後十分あり得る。方針なんて言葉遊びで、実は持たないものだ。発展途上国の代表としてG8に参加して、発展途上国の利益を代弁するという建前を掲げれば、参加は可能になる。会議に同席した唐家センは「現在世論も変化し、中国のG7に対する根本的立場も変わっている。今後ロシアのように、G7に新メンバーとして参加することもあり得る。これは今後の問題であり、研究した後、われわれの態度を決定する」と述べ(『明報』2003年6月2日)、参加にまんざらでもないのかもしれない。