第14回 全国人民代表大会を見る―その2(人事)(2003年3月18日)


 3月17日で、国家、国務院関連の人事が出揃った。以下に整理しておこう。(カッコ)は副総理、国務院の仕事分担を私が予想したものである。

○国家主席:胡錦濤

○国家副主席:曾慶紅

○国家中央軍事委員会主席:江沢民

○同委副主席:胡錦濤、郭伯雄、曹剛川

○国務院総理:温家宝

○同副総理:黄菊(常務)、呉儀(対外貿易)、曾培炎(経済)、回良玉(農業)

○同国務委員(副総理級):周永康(社会治安)、曹剛川(軍事)、唐家セン(外交)、華建敏(秘書長、経済)、陳至立(教育)


●胡錦濤の外交能力

胡錦濤の国家主席就任は順当である。国家主席は国家元首にあたり、外交上の役割が大きい。昨年の党大会以降も、イラク問題への対応で、その前面に立って米国やフランスなど国連安全保障理事国の首脳と電話会談を行い、連携をとってきたのは、国家主席の江沢民だった。それは、江沢民だったからなのか、それとも国家主席だったからなのかは区別しにくい。イラク問題も山場を迎えようとしている明日以降、安保理首脳と連絡を取るのは、胡錦濤なのか、それとも依然江沢民なのか、注目してみたい。

江沢民が出てくるようならば、依然として外交面の権力は江沢民が持っていることを意味し、胡錦濤の権力委譲はやはり限定的だといえる。胡錦濤が出てくれば、外交面の権力は彼に委譲されたことを意味する。後者の場合、胡錦濤の外交能力はいかがなものだろうか。総書記就任を前に、米国をはじめ、欧州、東南アジアなどを外遊した胡錦濤だが、それは表敬的な色合いが強く、そこから外交能力を判断することは難しい。現在のイラク問題に対し中国の原則的立場は、国連の枠組み内での査察継続と平和的解決の2点であるが、明日以降の戦争を前にした首脳外交で胡錦濤がうまく立ち回ることができるのかどうか。なかなか難しいのではないか。胡錦濤は過渡期があれば地位相応に対応していけるだろうが、急を要するこの時期、ぶっつけ本番での胡錦濤の外交能力には疑問が残る。


●曾慶紅に対する評価は低い

国家副主席に曾慶紅が就いた。これも彼に外交能力があるから、またはすでに外交の実権を握っているからというには、それを裏付ける証拠がなさすぎる。やはり、この人事も江沢民のなせる技であった。この点で江沢民はいまだに影響力を保持していると言える。曾慶紅にしても、国家主席にもなれず、中央軍事委員会メンバーにも選ばれなかったことを考えると、国家副主席くらいになっておかなければ、政治力を維持できない。まして、これから後ろ盾の江沢民の影響力は低下の一方である。政治的な自立のためにも国家副主席はどうしても欲しかった地位である。

最近思うのだが、曾慶紅が党内でどのくらい力があるのか疑問だ。二段階昇進も異例で、かつ党内序列第5位も出来すぎであり、それだけで胡錦濤のライバルというには幾分役者不足の感があるのは私だけだろうか。曾慶紅は年齢も63才である。5年後の次期党大会の時は68才であり、普通に考えればそこで引退である。だからこそ、5年後の延命のためにも国家副主席は必要だったのである。これがあるとないとでは、5年後の扱われ方が違ってくる。これに対し、胡錦濤は5年後まだ65才。この5年間に政治的失脚がなければ、次期党大会でも総書記に留任である。つまり、曾慶紅に総書記の芽はない。曾慶紅は中央組織部長として、彼に近い者を地方や中央の幹部に多数登用しているだろうが、彼らは政策論争での援護射撃になっても、権力闘争での援護射撃にはならない。もちろん、胡錦濤の政治的失脚が全く「ない」とは言えないが、今の状況ではその可能性は極めて低い。


●順当な軍人事

国家中央軍事委員会については、第16回党大会で決まった党中央軍事委員会のメンバーと同じである。これも予想できたものだった。国家中央軍事委員会主席を江沢民が辞任するという事前のウワサも聞かれたが、軍に2つの指導部が出現することなどどう考えてもあり得ない。もしそうならば、第16回党大会の段階で江沢民は党中央軍事委員会主席を辞任しているはずである。


●国務院(総理、副総理、国務委員)人事も順当

 温家宝の総理就任も順当だった。朱鎔基と違い、強権を発して、ぐんぐん引っ張っていくタイプではなさそうだ。過去「六・四天安門事件」をはさんで、胡耀邦、趙紫陽、江沢民と三代の総書記に秘書(中央辧公庁主任)として仕えたことは、仕事の能力もさることながら、人間関係をうまく作っていく能力に長けていることをうかがわせる。人民の前への彼のメジャーデビューは、1998年夏の長江などの大洪水の時である。温家宝は現地に赴き、陣頭指揮を執ったのだが、その様子はテレビを通じて全国に流され、仕事へのひたむきな姿が人々の心を打ち、温家宝は一躍次期総理候補としてクローズアップされるようになった。江沢民、李鵬、朱鎔基といったいい意味でも悪い意味でも個性的な指導者とは違い、静かな面もちの胡錦濤や温家宝は安定感があって、人々にとって新鮮に感じられるかもしれない。

国務院総理の最近の仕事は経済分野が占める割合が大きくなっているように思われる。そのため温家宝にも、農業、金融分野でも活躍が期待されている。しかし、彼が経済分野に強いかどうかは今のところ未知数である。その意味では、朱鎔基と違い、いろんな意見を調整して政策をまとめ上げていくようなスタイルになるのかもしれない。そうなると、彼を補佐する政治家や経済閣僚、経済官僚の役割が俄然重要になってくる。

温家宝の下で、一緒に仕事をするのが副総理と国務委員である。党中央政治局委員から経済がわかると見られる呉儀、曾培炎、回良玉が副総理に就き、さらに国務委員に華建敏が加わった。

曾培炎は、電子工業部副部長、そして国家発展計画委員会主任を歴任したが、注目したいのは1992年から現在まで党中央の経済部門を取り仕切る中央財経指導グループの副秘書長を努め、江沢民体制下の経済運営に関わってきた。

華建敏も上海市出身で、上海市の計画委員会主任や副市長を歴任し、1992年以降の上海市の高度経済成長に大きく貢献した。そして、1996年から中央財経指導グループに入り、現在まで同グループの副秘書長を努め、やはり江沢民体制下の経済運営に関わってきた。国務院秘書長ということは温家宝の秘書役ということである。

と言うことで、温家宝内閣はしばらくの間はこれまでの経済政策路線の継続していくものと見られる。今回の全人代での曾培炎報告でも「積極的な財政政策と手堅い通貨政策による高度経済成長」という江沢民路線の継承が示された。しかし、この路線が、経済格差是正、失業者の再就職といった弱者救済政策とどう折り合っていくのか、温家宝内閣の経済政策の課題である。温家宝自体が農業に通じていると見られ、また回良玉も農業に強いことで副総理に抜擢されたと見られている。また、曾培炎は国務院西部開発指導グループの辧公室主任という実務部門の取りまとめ役を歴任している。高度経済成長と弱者救済とのバランスをどのようにとっていくのかも注目だ。


●かわいそうな羅幹

私が、副首相枠が拡大するのではないかと当初より予想したのは、党中央政治局常務委員が7名から9名に増加し、彼らの兼職が足りないのではないかと思ったからだ。結果的には、羅幹と李長春の2名が「兼職なし」となっている。他方で、党中央書記処書記と公安部長の周永康が国務委員も兼任し、また中央政治局委員でもないのに江沢民に近いといわれる陳至立も国務委員に選ばれている。もちろん陳至立のようなケースはこれまでにもあるが、「兼職なし」者がいるわけなので、違和感を感じる。これは、李鵬に近く、党内序列も屈辱的な9位となった羅幹への当てつけとしかいいようがない。李長春はまだ59才なので、次の党大会で序列もアップして、たぶんいい地位がもらえるだろうから今回は我慢できるだろう。しかし羅幹はこれが最後だ。羅幹がかわいそうだと思う反面、江沢民の影響力はさすがなものだと思う。