第13回 全国人民代表大会を見る−その1(2003年3月14日)


●連載中断の言い訳

 この連載も昨年11月以来、途絶えてしまった。第16回党大会の総括をしなければならなかったがそのままになっている。そうこうしているうちに、年が明け、そして全国人民代表大会が始まってしまい、それもまもなく終わろうとしている。

 連載が途絶えた理由は、第16回党大会の総括が私の中でできないことにある。共産党はどこへ向かうのか、胡錦濤新体制をどう評価したらいいのか、江沢民の影響力は依然温存されているのか。どの命題に対してもなかなか私なりの考えがまとまり切れていない。

 第16回党大会を受けて、共産党はどこへ向かうのか。これについては、2002年12月『朝日新聞』日曜版Beに小稿を書いた。共産党は「労働者・農民政党」から「国民政党」に向かうのか、それとも「『資本家』政党」に向かうのかという命題を立て、後者に向かうだろうと書いた。新聞という媒体の性格上、やや極端に表現しなければならなかったが、基本的な見方は示している。「国民政党」か、「『資本家』政党」かという対立軸は、貧困支援、失業者支援、内陸支援といった「弱者救済」を重視するか、それとも経営状況の良い企業を優遇、民営企業を優遇、沿海地域を優遇といった「強者優遇」を重視するかという政策上の対立軸と対応している。江沢民は「三つの代表」重要思想を党の行動方針とすることで、後者を選ぶことができる条件を作って、総書記の職を辞した。それでは、胡錦濤はどちらを選ぶのか。それが今後の中国政治を見ていく上でのポイントになると見ている。この見方を披露したいくつかの研究会では、「弱者救済」と「強者優遇」は両立するのではないかという意見もいただいた。この点については稿を変えてもう少し深く掘り下げて考えてみたい。

 また第16回党大会では江沢民から胡錦濤への権力委譲が限定的なものとなったため、胡錦濤はしばらく身動きはとれないのではないかと思われた。しかし、この3カ月ぐらいの胡錦濤の仕事ぶりには予想以上に活発であるという印象をもっており、多少驚いている。反面、曾慶紅については私自身の中では評価がどんどん落ちている。その点についても後日考えを述べてみたい。

 この連載が途絶えていた別の理由は、年度末が近づき、仕事のとりまとめが忙しくなり、この連載のための文章を書く時間がとれなかったという現実的な理由と、年度末の仕事よりもこの連載を優先することができないという道義的理由からである。全国人民代表大会(全人代)は3月5日からすでに始まっている。ようやく私の年度末の仕事も落ち着いたので、今回は全人代について、整理してみたい。


●全人代の注目

 今回の全人代は期間が長い割には、目玉のない、正直おもしろくない会議だと思う。重要議題は国家、国務院関連の人事なのだが、これは第16回党大会で決まった共産党の指導幹部の人事からおおよそ予測ができるものなので、第16回党大会当時にお祭り気分で予測に熱中したほどに、今回は舞い上がろうという気になれない。

すでに★賈慶林(党内序列4位)が【全国政治協商会議全国委員会主席】に選出されている。【全国人民代表大会常務委員会常務委員長】(国会議長に相当)は★呉邦国が確実、また【国家主席】(国家元首)も★胡錦濤、【総理】も★温家宝で確実、さらに【国家軍事委員会主席】も★江沢民で確実である。これらの人事については常識的に考えて、疑問を挟む余地はない。

【副総理】も★黄菊、★李長春、★回良玉、★呉儀の4人は決まりだろう。私は副総理が現在の4人からさらに2人くらい増える可能性もあると見ているが、さてどうだろうか?例えば、党中央政治局委員で、すでに任期が5年以上ものあいだ地方の党委員会書記に就いている★王楽泉(新彊ウイグル自治区)や★張立昌(天津市)は、どう処遇されるのだろうか。いつまでも地方のトップというわけにはいかない。国務委員あたりで落ち着くのか。

 唯一私が不確定だと見ているのは、★曾慶紅が【国家副主席】に就くかどうかである。曾慶紅も中央書記処書記と中央党校校長を兼職しているが、江沢民の後ろ盾をいつまでもアテにできないので、国家副主席ぐらいもう1つメジャーな地位が欲しいところだろう。

 部長クラスの人事も大体見えてきた。私が不確定だと思っているのは【外交部長】で、現職の★唐家センの留任や、現副部長の★李肇星、党の中央対外連絡部長の★戴乗国などの名前が挙がっている。いくつかの理由から私は李肇星だと思っているが、今のところ不確定だ。

 以上の人事も後1日、2日で確定する。


●道半ばの朱鎔基改革

全人代初日に朱鎔基が行った政府活動報告だが、今日ようやく全文を眺めた。前半部分では、朱鎔基内閣期のこの5年間の総括をしている。ここでは成果ばかりが列挙されるため、あまりおもしろくない。

その中で興味深いのはやり残した課題を列挙しているところである。以下がその項目である。

@    国内の有効需要の不足と供給構造が市場ニーズの変化に順応していないこと

A    農民と一部の都市部住民の所得収入の伸びが鈍化し、失業者数が増大し、一部大衆の生活が依然としてかなり困難なものになっていること

B    収入の分配関係がいまだに合理化されていないこと

C    国有企業改革の任務がなおかなり重いこと

D    市場経済秩序が一層の整頓と規範化を必要としていること

E    労働安全に関わる重大事故が時折発生していること

F    一部地方の社会治安状況がよくないこと

G    一部地域では生態環境が悪化していること

H    一部の公務員が大衆から遊離し、形式主義、官僚主義の作風や虚偽・欺瞞、贅沢・浪費の行為がかなり深刻で、一部の腐敗現象が依然として際立っていること

多くの問題が先送りされたことは否めまい。特に、朱鎔基が1998年3月に熱狂的な支持を受けて総理に就任した時に掲げた「三大改革」、すなわち国有企業改革、金融体制改革、行政体制改革については、道途中という無念さが報告から伝わる部分もある。そして、朱鎔基政権の後半、最重要課題として浮上してきたのは農業、農村、農民にいわゆる「三農」問題の解決であり、これも次期政権の課題として引き継がれることになった。結果的に、江沢民体制期、そして朱鎔基内閣期の政策は、「弱者救済」についての政策よりはむしろ「弱者切り捨て」で、企業改革にも見られるように強い企業、経営状態のいい企業をより強くするための政策が優先されて行われたのではないかという印象を持っている。


●「温家宝内閣」の課題

 政府活動報告は、朱鎔基後の新内閣が取り組むべき課題を示している。

(1)引き続き内需を拡大し、経済の安定と比較的速いテンポの成長を達成する

―今年の経済成長率の所期目標を7%前後と定めた

―引き続き積極的な財政政策と手堅い通貨政策を実施し、消費需要と投資需要の経済成長に対する二重の牽引力を維持しなければならない

―特に低所得層の収入を増やし、人民大衆の生活レベルの向上に努めなければならない

―今年は1400億元の長期建設国債を発行する予定である

(2)農業および農村経済の全面的な発展を促進する

―農業および農村経済を発展させることおよび農民の収入を増やすことを経済活動における重点の中の重点とする

(3)産業構造の調整および西部大開発を積極的に推進する

(4)経済体制の改革を深化させ、対外開放を拡大する

(5)就業の機会を増やし、社会保障の仕事に力を入れる

―各級政府は就業環境を改善することおよび就職口を増やすことを重要な職責としなければならない

(6)科学・教育による国の振興戦略と持続可能な発展戦略を真剣に実施する

(7)社会主義の民主法制の整備と精神文明の建設を強化する

(8)着実に政府部門自身の建設を強化する

さらに政府部門みずからの建設、特に政府部門の作風づくりを強化することは極めて重要である

 「三つの代表」重要思想だの、党建設だのといったことは全人代という性格上扱われることはないが、上記の課題は基本的に第16回党大会の江沢民報告で示された課題の域を超えるものではない。政権安定の絶対条件である高い経済成長を維持することが第一の課題に置かれている。今の共産党にとって、農業問題や失業問題の解決といった「弱者救済」が急務とされながらも、その前提となる高い経済成長は絶対に維持されなければならない。このバランスが先に述べた「弱者救済」か「強者優遇」かという政策の対立軸とつながってくる。「弱者救済」では経済成長率7%は達成されないのである。

 もう1つは農業問題や西部大開発など内陸問題などが課題の前半に挙げられている。これについて、胡錦濤体制の「弱者救済」重視と見る向きもある。これについては稿を変えて論じるが、私は今の段階でそう言いきるのは早計だと考える。あくまでも体制スタート時のリップサービスにすぎないのではないかという面も否定できない。