102回 2011年7月の『人民日報』(2011116日)

 

20110701】個人所得税法の控除額引き上げは世論の勝利

 中国共産党創立90周年の日を迎えた。予告通り、今日の紙面は90ページ立て。「ニュース」は最初の4ページだけで、残りの86ページは特集と広告だ。

 

 全人代常務委員会第21回会議が閉幕した。注目の個人所得税法修正案は可決された。修正案は、この間の審議で修正され、控除額が3500元に引き上げられた。前回の会議の修正案では2000元だったが、今回の修正案は当初3000元に引き上げられた。しかし、メディアは、この修正案に対し、約24万件に上ったパブリックコメントの8割が控除額を低すぎるとしている世論を反映していないとして、批判する論評や声を伝えていた。その結果が、さらなる500元の引き上げとなった。これは世論の勝利だ。

 

 温家宝が、北京・上海間の高速鉄道開通式に出席し、あいさつした。両区間は最速4時間48分でつながる。おもしろかったのは、メディアの関心度である。上海・東方テレビの夕方のニュースは、冒頭からほとんどを高速鉄道ネタが独占した。他方、北京テレビの18:30からのメインニュースは、最後の話題として短く伝えたに過ぎなかった。この温度差がおもしろかった。

 

20110701-2中国共産党創立90周年

『人民日報』に関連社説が掲載された。そのタイトルは「永遠に人民のために奮闘する」というタイトルだ。共産党の決意を読み取ることができる。是非「私欲」のためではなく、「人民」のために奮闘してもらいたいものだ。

 

記念式典のテレビ生中継は、午前8時半に番組がスタートしたが、式典そのものは、午前10時からだった。その間1時間半は90年の歴史回顧、中央党校の専門家の解説などで、この1時間半を見れば、それまでの長い期間展開されたいろんな番組など見なくてもよかったのではないかと思った。

 大会で、一番興味を持ったのは、習近平の優秀党員の表彰決定の宣誓。こんなに長く習近平のナマ声を聞いたのは初めてだ。抑揚をつけて話す胡錦濤に比べ、習近平の話し方は気負いもなく、落ち着いて聞こえた。話す内容や時間が全く違うので、簡単に比較はできないが。私にとっては習近平のナマ声を聞くことができたことが大きな収穫だった。

 そして、多くの老幹部の顔を見ることができ、元気な姿を確認できた。

 

2011070290周年祝賀大会開催

1日に開かれた中国共産党創立90周年祝賀大会のことをしっかり伝えた。胡錦濤の重要講話、習近平の優秀党員の表彰決定の宣誓のこと、海外の反響などでほぼ終わり。

 胡錦濤の演説は、ちょっと長いので、すぐに読む気がしない。小冊子が出て文字が大きくなってから読むことにしよう。正直、もういいや、って感じ。

 せっかくの90周年、それなりに注目をしてきたが、いざ迎えてみるとこの程度の印象だ。

 

20110703】胡錦濤、習近平そろい踏み写真が印象的

 90周年の余韻醒めやらずで、胡錦濤の講話を学習しようと呼びかけている。胡錦濤講話も「偉大な事業を推進する綱領的文献」らしい。

 

 早速、全国先進基層党組織・優秀共産党員工作者代表建党90周年座談会というのが開かれて、胡錦濤が出席者とあいさつし、習近平が座談会に出席し、指示をした。紙面には、出席者と握手する胡錦濤とその後をついて行く習近平の写真が掲載された。現任と後継の最高指導者のそろい踏み写真で、90周年は昨日まで、今日からは新しい共産党、という象徴的な写真のように見える。

 

20110704】豚肉価格の高騰

 物価上昇問題、金融引き締め政策に関する記事が並んだ。

 王岐山が河北省石家庄市を視察し、小型企業金融サービス座談会を開き、小型企業の資金調達難などの状況を調査した。金融引き締め政策の影響を知りたかったのだろう。

 豚肉価格の高騰について、62026日の1週間で豚肉の卸売価格が前週比で4.5%上昇し、現在の豚肉の卸売価格が1キロ25元、前年比で68%上昇した豚肉価格の高騰について伝えた。

 物価上昇については、5月のCPIが前年同期比で5.5%上昇したことを受け、専門家の分析を紹介している。

 

 上海紙『東方早報』などがずっと豚肉価格の高騰について報道していたので見慣れていたが、『人民日報』では久しぶりのような気がする。

 豚肉は生活に直結する食品なので、その高騰の影響は大きい。今回の高騰は、生産資料や物流のコスト高の影響とともに、周期的に起きる価格変動に豚の生産家が嫌気をさして生産を控え、生産量自体が減少していることが原因だとする分析を『東方早報』は伝えている。

 

20110705】「左派」の論文

論評が比較的多く掲載された。

  陳策「中国の平和への誠意を尊重してほしい」:軍の透明化を進めている

  益多「チベットの平和解放とダライ・ラマ14世集団の命運」

  汪文斌「和諧世界思想:中国外交理論の新たな境地」:汪は中国国際問題研究所特約研究員

  頂俊波「立派に建設するよう努力する農村金融」:頂は農業銀行党組書記兼董事長

  陳錦華「中国模式と中国制度」

  李維群「統一戦線工作の創新を推し進めよう」:李は中央統一戦線工作部副部長

 

 どれも意味がありそうだが、ここでは陳錦華の「中国模式と中国制度」を見ておく。陳錦華は元国家経済体制改革委員会主任、国家計画委員会主任を経て、全国政協副主席の後、引退した長老。「中国模式(モデル)」が世の中で注目されているが、経済発展の側面ばかりが取り上げられているが、そうじゃないだろう。「中国模式の核心は中国の制度である」と主張する。中国の制度について、具体的に以下のようなことを述べている。

 (1)マルクス主義の基本原理を堅持し、実事求是の思想路線、科学的分析と中国の国情の正確な理解を堅持する

 (2)中国共産党の領導核心作用

 (3)思想解放、実是求是、時代とともに進むことを堅持し、絶えず社会の活力と人民の先取りの精神をかき立てる

 (4)中国の国情に符合した民主法制建設をゆっくりと推進し、中国共産党の領導、人民が主人公であること、法治国家の有機的統一を堅持し、人民代表大会制度、中国共産党の指導する多党合作と政治協商制度を堅持し、民族区域自治制度、基層群衆自治制度を堅持し、整備する

 (5)平和、発展、合作の理念を堅持し、独立自主の平和外交政策を励行し、平和発展の道を歩むことを堅持する

 (6)憲法に基づき、国家の近代化目標を制定する

 

 「中国模式」というので詳しく読んでみたが、内容的には「マルクス主義」「共産党の指導」を過度に強調するなどいわゆる「左派」系の主張だ。

 党大会の1年前くらいになると、左派の発言が増えてくる。自分たちの主張を広め、政治的影響力を高めようという勢力だ。陳錦華論文の掲載もそうした延長線上にある。胡錦濤の7.1講話の後、長老に左派の主張をさせた文章を掲載していることは、7.1講話を批判する意図があるのかもしれない。

 

20110706-1】「左」派の論調

 71日の胡錦濤の重要講話の学習を指示する評論員文章が2日から連載されている。その第4回「政治本来の面目を長く保ち、時代の前列を歩もう」が今日掲載された。今日の文章は、マルクス主義政党の先進性を維持、発展させることを強調した部分について解説する。その中で、マルクス主義政党の先進性を維持、発展させる4つの根本点を確認している。

  (1)思想解放、実事求是、時代とともに進むことを堅持し、終始党が開拓、前進するという精神的動力を維持する

  (2)人民のために、人民に依拠するということを堅持し、誠心誠意人民のために利益を謀り、終始党と人民群衆の極めて親密な関係を維持する

  (3)縁故に関係なく才能や能力のみを見て任用し。人材を広く採用することを堅持し、終始党の満ちあふれた活力を維持する

  (4)党が党を管理し、厳格に党を治めることを堅持し、終始党の組織の健全性を維持する

 

 重要講話の後は評論員文章、といういつものパターンなので、これまで取り上げなかった。しかし、今日の文章は1面のど真ん中に掲載されていたので、何事かと思い取り上げた。しかし、内容は大したものではない。

 共産党創立90周年関連なのでしようがないが、「マルクス主義政党」を掲げるあたり、「左」派系の論調だ。

 

20110706-2】国務院指導者が経済情勢視察を展開中

 温家宝が遼寧省を視察した。その際、遼寧、江蘇、浙江、広東4省経済情勢座談会を開催した。この席で温家宝は次のように述べた。

「今年に入ってからの経済運行は全体的に良好で、経済成長は政策刺激から自主成長に転換し、マクロコントロールの見通しの方向に向かって発展している。しかし、経済発展が直面する国内外の環境は非常に複雑で、不安定で、不確定な要素が少なくない。手にした成績を正確に認識し、発展に有利な条件や積極的な要素を見て、経済工作を立派に行う自信をしっかり定めなければならない。また頭脳明晰を維持し、危機意識を強め、冷静に観察し、各種の困難やリスクに対する準備を立派に行い、経済発展のすばらしい勢いを強固にし、努力して今年の経済社会発展目標を実現しなければならない」と述べた。

 

 上半期の経済情勢を総括し、下半期の経済工作を指示するための国務院、党中央政治局会議の開催を控え、温家宝、李克強、王岐山の国務院の経済担当指導者が地方視察を行っている。

 温家宝は遼寧省、李克強は安徽省、王岐山は河北省だが、温家宝の視察がおもしろい。なぜならば、遼寧省で「遼寧、江蘇、浙江、広東4省経済情勢座談会」が開催されているからだ。座談会の情報は上記発言しか掲載されていない。詳細は時機に分かるだろう。

 経済情勢を分析する上で、指導者が注目しているのは沿海地区であり、内陸部の話、四川省や重慶市すら出てこない。中国の経済発展を沿海部がけん引している状況は何ら変わっていないことを表している。

 

20110707】金利引き上げの理由

 76日夜、人民銀行が77日から預金・貸出基準金利を0.25ポイント引き上げると発表した。これにより、1年もの預金金利が3.5%に、貸出金利が6.56%になる。

 今回の金利引き上げは、@インフレ見通しの管理、Aマイナス金利の状態を修正し、B中小企業の融資難を解消することに有利になるという。御用エコノミストの巴曙松(国務院発展研究中心金融研究所副所長)は、「市場では6月のCPIの上昇率がかなり高くなると予想されており、金利引き上げはインフレ見通しの管理に有利で、インフレ抑制が現在のマクロ政策の第一の目標であることの信号を発した」とコメントした。

 金利引き上げの効果についての説明を見ておくことにする。

【マイナス金利の修正】

 20102月以来、CPIが上昇し、マイナス金利状況になっている。そのため、銀行への預金をやめて、資金が市中に流れ、その結果さらなるインフレを呼んでいることから、銀行に資金を呼び戻すための措置。

【官方金利と市場金利の差の縮小】

 預金準備率を引き上げていることから、銀行が資金不足になって、融資にあてる資金の価格(つまり価値)が上昇しているので、貸出金利を引き上げて、実態に合わせた。

【中小企業の融資難の解消】

 どんな状況でも、資金が大企業と中小企業の間で均等ではない。預金準備率の引き上げで限られた融資規模の場合、融資は大企業に流れる。そのため、金利引き上げで大企業の利息負担が増えることで大企業の資金需要を抑制する。そこから一部の融資を絞り出して、中小企業への融資供給を拡大し、融資圧力を軽減する。

【なぜ6月ではなく、7月に金利を引き上げたのか】

 4半期ごとのGDPの伸びが下降している状況下では、6月の物価上昇の状況をはっきりと確認した上で、人民銀行がキチンと対応していることを示す必要があった。そして6月分の統計発表の前に金利を引き上げることで、7月分のインフレ圧力も依然として強いことを説明しようとした。

 

 周小川人民銀行行長が、引き上げる気がないのに「金利引き上げの余地は大きい」とか言うのはなぜか。どんなメッセージを伝えようとしているのか。経済素人にはなかなか分からない。最近そんなことに興味をもっていて、今回の金利引き上げについても、詳しく見てみた。

 

 江沢民死去したのではないかとの報道が流れた。この日の夜の「新聞聯播」で公式報道があるかと思ったがなかった。

 

20110708】「中国道路」と「中国特色社会主義政治建設」

 この日も江沢民死去の公式報道はなかった。

 

 連載中の胡錦濤7.1講話学習指示の文章の第6回目「改革・開放を深化させる中で、中国の道を立派に歩もう」が掲載された。今、「中国模式(モデル)」というのが注目されているが、「中国道路(中国の道)」というのも、中国の独自性、特殊性を強調するという点では相通じるものがあるので、この文章にも注目した。

 まず、「中国道路」を、「中国の国情に適合し、中国の進歩を導く近代化の道」であると定義している。

 そして、いかに「中国の道」を立派に歩むのか。次の4点を挙げている。

 (1)経済建設という中心をしっかり引きつけることを動揺させず、科学的発展の道をしっかりと歩む

 (2)社会主義民主政治建設の推進に大いに力を入れ、中国の特色を持つ社会主義政治発展の道をしっかりと歩む

 (3)社会主義文化の大発展と大繁栄の推進に大いに力を入れ、社会主義先進文化をしっかり発展させる

 (4)民生の保障と改善に大いに力を入れ、社会主義和諧社会建設をしっかり推進する

この文章からもいくつか思うことがある。第1に、「経済建設という中心」というケ小平の言葉と胡錦濤が提唱する「科学的発展」をセットにして、「ケ小平の威を借る胡錦濤」ということを感じる。第2に、胡錦濤政権が掲げた「和諧社会建設」が4番目と低い。それよりも、経済建設や左傾化した思想統一を意味する「社会主義文化」の発展の方が上位にある。

 

 これに呼応するかのように、「中国特色社会主義政治建設、国情に立脚し、新たな道を切り開こう」と題する記者の記事が掲載されている。ここでは、「中国の特色ある社会主義政治建設」とは党内民主を指す。

「『公推直選』という方法が党内民主の発展の1つの縮図である」というように、党内民主の新たな姿が出てきている。

 −選挙について、差額選挙導入から、第17回党大会以来、差額予備選挙を通じて、中央委員、中央候補委員、中央規律検査委委員を選出するようになった。

  −党代表大会代表について、任期制から常任制へと進んだ

  −党の透明化について、中央党校の外国人記者への開放から中共中央の部門のスポークスマンの集団「顔見せ」へと進んだ

 人民群衆の改革発展の変化に対する体験のうち、最もはっきりした、最たるものは発言権である。

 黄宗良(中国国際共産主義運動史学会副会長)は、「党と群衆が良性な相互影響を構築するには、党内民主建設をしっかりと強化し、そこから党の指導を強化、改善しなければならない」と党内民主の意義を語っている。

 陳紅太(中国社会科学院政治学研究所研究員)は、「新たな発展の需要に基づき、制度創新を進めることで、中国の政治建設を経済社会と人の全面的な発展の需要にさらに符合させ、資本主義国家の制度化と法律化の程度に比べ、さらに高く優越した民主を創造する。これが、中国が実現しなければならない民主政治の近代化である」と党内民主の今後を語っている。

 

 党と群衆との関係の再構築が課題ということだ。そして、人民群衆の発言権を重視しなければならないという。しかし、それは、「政治改革」ではない。「政治建設」だ。変化に合わせて党の指導を強化するような政治制度を構築しなければならない。それが党内民主だという。まあ、期待するものではない。

 いずれも、胡錦濤が守りに入ったというか、安全牌を選んでいるなぁという感じだ。そのためには自分が掲げた政治スローガンの「科学的発展」や「和諧社会」も目立たないようにしている。

 

20110711】村幹部も出稼ぎ

 鄭風田「中国式村官”がいかに苦境を突破するか」と題する文章が掲載されている。鄭は中国人民大学農業与農村発展学院副院長。村幹部がいかに大変な状況に置かれているかを説明している。

 1.苦境

 (1)任務が多く、プレッシャーが大きい−やることが多い割には、権力が制限され、しかし無制限に責任を課せられているので、成果が出せず、村民と上級指導者の不満を受けやすい

 (2)待遇が低い−中西部では出稼ぎ農民よりも年収が少なく、河南省には出稼ぎする幹部が7割を超える農村がある

 (3)昇進余地が小さい−村官は、公務員ではなく、いわゆる行政上の「党政幹部」ではない

 (4)活用可能な資源が少ないが、発展への圧力は大きい−全国の9割以上の村で集団収入(村独自の収入)が極めて低く、そのため何もできないので、村幹部に対する群衆の信任感が欠けている

 2.強化する点

 (1)村官の職責を確実に定義する−管理型からサービス型への転換

 (2)村官の研修を強化し、待遇を引き上げ、昇進余地を提供する−農村、社区の優秀な末端幹部の中から公務員への採用を増やす

 (3)農村優遇のプロジェクト項目を強化し、農村支持の力を強化する−国家財政からの転移を増やす

 (4)監督管理を強化する−村の集団収入の管理、使用、土地の請負、土地の収用などから得た資金の監督を強化する

 

 中国の村幹部がいかに大変かということはずっと言われていることだが、この文章は状況をうまくまとめているので取り上げた。特に出稼ぎ農民よりも収入が少なく、幹部の7割が出稼ぎするところもあるというのは大変驚きである。以前、中国人の学者からもこうした話を聞いたことがある。村幹部不在で村行政は成立していないという。

 この文章は、状況はうまく説明しているが、なぜこうなったのかという説明はない。まず確認しなければならないのは、村は行政単位ではない。郷や鎮が最も下級の行政単位である。そのため、村幹部は公務員ではない。こうした行政制度が問題の1つだろう。もう1つは村民委員会幹部を農村が直接選挙で選ぶという「基層選挙」制度である。中国的民主の象徴のように言われる基層選挙だが、これを導入したことで、村幹部が「サラリーマン幹部」になってしまったのではないか。特に中国の場合、村幹部は昔から良きにせよ悪しきにせよ農民に干渉し、農民に近い存在だった。しかし、1980年代後半からの選挙の導入で、成果ばかりを追求し、農民を軽視するようになってしまったのではないだろうか。もちろん、村幹部は農村の経済発展を期待されているのだが、村に対する愛着が希薄になっていないだろうか。中国の農村では、選挙などで選ばず、土着の幹部が合っているような気がする。そのため、こんな苦境に陥っているのは、改革・開放以後の村に対する国の政策の結果ではないかという印象を持った。すべてが中途半端な感がある。あくまでも印象論だが。そうでなければ、鄭が提案するように、村幹部に対する制度を整えるべきで、村幹部のサラリーマン化を徹底すべきだろう。まあ、これでは村の発展のための村幹部は出てこないし、なり手がいなくなってしまう。村をどう統治するか、共産党は小手先ではダメだ。

 

20110712】汪洋を批判する論評が掲載

 陳kun「官員問責にはさらに大胆な「正視」が必要」と題する、広東省トップの汪洋を批判した文章を取り上げる。

 最近、広州市社会治安総合治理委が広東省新塘鎮での6.11事件を総括し、関係者が処分されたことに対し、この文章はダメ出ししている。その内容は以下の通り。

 広州市社会治安総合治理委が各級党委、政府、部門に対し、この事件で露呈した問題を正視するよう指示した。そして増城市党委と市政府が問責メカニズムをスタートさせ、官員6人の問責と11人の犯罪容疑で検挙した。しかし広東省内のメディアは「麦某の新塘鎮党委副書記の職を解任、法に基づき新塘鎮鎮長の職を解任した」「大敦村党支部書記の呉某、村民委員会主任の廬某に党内の厳重警告処分を通知した」と問責された官員の名前を「某」としか伝えていない。「政府情報公開条例」に基づけば、なぜ公表しないのか。

 しばらく前、広東省党委員会書記の汪洋はネットユーザーとのオンライン交流で、全省の各レベルの党組織と政府は「さらに強い批判と監督を受け入れる受容力をもたなければならない」と強調した。

 「新塘事件」の教訓を総括したとき、広州市指導者は、(事件の発生は)現在一部の地域や部門の社会管理の創新意識が弱く、複雑な問題を解決する方法が少ないことと大きな関係があると述べた。

 しかし問題解決は非常に簡単である。「群衆はなぜ罵り散らすことができないのか」という「書記の問い」に、迅速にネットユーザーの力を得ることができた(おそらく、前述の汪洋のオンライン交流でそうしたやりとりがあって、ネットユーザーからいろんな意見を得ることができたのだろう−佐々木註)。体裁の悪い回答をせず、「某」という名の官員を実名で批評することが、政府の努力と誠意の展開や、幹部と群衆の間の関係を埋め合わすことに有利になると信じる。当然、「某」という文字をなくし、これまで頼ってきた文字の技巧を絶つことが、理念の進歩である。

 

 この文章は痛烈な汪洋批判である。昨日13日の『東方早報』で同様の内容の「社論」が載っていた。しかし、『人民日報』で、汚職犯罪などで本人が起訴された場合を除いて、このような中央政治局委員に対する名指しの批判文章を見た記憶がない。

 増城市新塘鎮の幹部の名前などはすぐ分かることで、何を今さら「某」などと隠す必要があるのか。この措置は増城市当局の判断だろう。まずこの期に及んでも鎮幹部、村幹部を守ろうとする増城市当局には今後も期待できない。

 それでは、そうした増城市の措置を、事前に広州市当局、広東省当局がコントロールできなかったのか。それがこの文章の問いかけだろう。それは、直接的事前にチェックできなかったことへの批判である。そして、日頃から汪洋が強調していたことを増城市当局が真剣に受け止めず、理解していなかったことへの批判でもある。それ以上に地方当局に浸透させることができていないという汪洋への批判でもある。

 農村でよくある事件ということで一連の広東省の暴動事件で汪洋が批判されるのは筋違いかなあと思っていたが、このロジックだと汪洋の指導力に疑問、ということになるで、汪洋批判を理解できなくもない。

 広東省での一連の暴動を上海の地方紙が執拗に取り上げたことを、私はある意味権力闘争で、上海市当局の間接的な薄煕来支持と見ていた。今回『人民日報』でこんな風に取り上げられてしまい、汪洋のメンツは丸つぶれだ。ここにはどんな背景があるのだろうか。

 

20110713】温家宝の経済情勢認識

 温家宝主催の経済情勢座談会が411日にかけて4回開かれた。座談会は、4日に遼寧、江蘇、浙江、広東4省の政府責任者、10日に山西、河南、四川、陜西4省の政府責任者が出席したものがすでに報道されている。そのほか、企業界の責任者と経済専門家が出席したものが開かれた。

 座談会は、主要な矛盾は物価上昇圧力が依然として比較的大きいこと、中小企業の融資難、一部地方の電力需給ギャップが深刻なこと、一部企業の生産経営に困難が出現していることとの現状認を示した。

 そして、特に「物価の総水準の安定をマクロコントロールの第1の任務とし、マクロコントロールの基本方針を堅持することは変わらない。同時に、情勢の変化に基づき、政策の即応性、柔軟性、展望性を高め、マクロコントロールの力度、テンポ、重点をしっかりと理解し、経済の安定した比較的速い発展、経済構造の調整、インフレ見通しの管理の三者の関係を立派に処理し、物価上昇幅を引き下げなければならず、経済成長に大きな波動を出現させてはならない」と強調した。

 今後の重点として、次の4点を挙げる。

 (1)物価の総水準の基本的安定を維持すること

(2)不動産市場のコントロール政策をしっかりと実現すること

(3)農業、穀物生産を緩めることなくしっかりつかむこと

(4)構造調整と省エネ・排出削減の総監工作をしっかり行うこと

 

インフレにどう対処するかが現在の最重要課題で、明日14日に上半期の経済統計が発表され、まもなく国務院が下半期の経済政策の方針を発表する。そのための準備作業が続けられており、この座談会も重要なステップだ。ここで示された認識、方針が下半期の方針の基調になる。

物価の安定が第1の任務であり、そのため金融引き締め政策を堅持することが示されている。他方、過度の引き締めは輸出企業を中心とした中小企業の経営にも影響するため、柔軟な政策も採ることが示されている。

今の状況を2008年と比べると、今回の温家宝主催(国務院主催)の座談会のこと、開催とほぼ同時に報道されていることから、政権内にマクロ経済政策をめぐる大きな意見対立はなさそうだ。2008年の時は胡錦濤と温家宝の間に大きな意見対立があったので、温家宝主催の座談会は、その後の中央政治局会議の開催報道の後に報道されるという逆転現象が起きた。そのため、現状は、サブプライム問題の影響があった2008年に比べると深刻ではないということだろう。

 

その他、広東省増城市人民法院が711日に、6.11大敦村事件で5件の関連刑事事件の6人の被告に対し判決を下したことが小さく伝えられた。

 

20110713】広東省で孤立する汪洋

 12日の広東省党委員会第9回全体会議で、汪洋書記が「社会建設を強化し社会管理を創新し、幸福広東を建設するために新たな貢献をしよう」と題する報告を行った。

 これを伝える「人民網」(人民日報のウェブサイト)がリードとして使っている汪洋の発言がおもしろい。

 「運動式反腐敗はやらない、しかし反腐敗には警鐘を長く鳴らさなければならない」。「運動式」を実践する薄煕来へのあてつけのようでおもしろい発言だ。

 このリードをクリックすると、13日付の広東省の党機関紙『南方日報』からの転載記事だった。しかし、奇妙なことに、記事にはこの発言は掲載されていない。「人民網」は記事にはなかったが実際に発言したことを確認したのでこの発言をリードに使ったということになる。

 汪洋「節」は続く。「金を使って社会建設をやらないと、金儲けの経済建設も難しい」。何を言われても、広東省はガンガンやるぞという意思表示だ。それが、これまで中国の経済発展をけん引してきた広東省の意地にも思える。しかし、一連の農村での暴動報道でイメージが悪くなっているので、それに配慮してか、会議全体でも民生問題を重視することは繰り返し強調している。

 他方、広東省指導部内でも、成長か再配分かについては、意見が一致していないのかもしれない。13日付『南方日報』によれば、分科会で肖志恒副省長が「現在われわれが考慮すべきはどのようにパイを大きくするかだけでなく、どのようにこれを配分するのがいいか、公平で合理的な分配を考慮しなければならない」として、再配分を重視する見解を示している。他方、汪洋は分科会で「とりわけ民生問題を重視しなければならないことを強調するが、しかしパイを大きくし、依然として経済建設を中心としなければならない。つまりパイを分けることが重点工作ではなく、パイを作ることが重点である」と述べている。両者の立場は明らかに異なる。興味深いのは、この汪洋発言を『南方日報』は掲載していない。広東省のもう1つの大きな新聞社『羊城晩報』系の新聞『新快報』に掲載されている。

 「運動式反腐敗」の発言も、「パイの再分配よりも拡大」発言も、省のトップの発言である。しかし『南方日報』が掲載していないのは奇妙だ。省の党機関紙としては、掲載を避けたい内容なのだろう。それは、権力闘争は汪洋個人がやっていることで省としては拘わりたくない、そして暴動騒ぎがあったばかりの状況では「パイの再分配」が優先でしょう、という、汪洋以外の省指導者の偽らざる気持ちが反映されているのではないか。
 どうも広東省内でも汪洋は孤立しているのかもしれない。積極的に自己アピールをする、ある意味暴走気味な点では、薄煕来も汪洋も同じだが、それに部下がついてくるかどうかという点で、現時点では大きな差がついているといえるかもしれない。

 

20110714】下半期の経済運営に自信

 国家統計局が2011年上半期の経済統計を発表した。第二四半期のGDP伸び率が9.5%で、第1四半期に比べ0.2ポイント下がったことが注目された。

 『人民日報』では、1面にデータを掲載したが、20111-6月期のデータだけで、四半期ごとのデータはない。この他、2面に「経済発展のスピードが落ちるリスクは小さく、中国経済の動力は依然として強固」というリードの記者の分析記事を掲載している。

 記者の分析記事は、昨日14日の国家統計局の記者会見での発言を支持する楽観的な内容だ。

−「一部の経済指標は落ち込んだが、現在の中国経済の全体的な運行状況は良好で、経済成長は引き続き前期の政策刺激による速すぎる成長から自主的な成長に秩序をもって転換している」

GDP伸び率は、昨年第3四半期から9.5%〜10%の間で基本的に安定している

−固定資産投資の伸び率は、去年下半期から25%前後で安定している

CPIについては、非食品価格指数の上昇幅が縮小したことが非常に積極的な変化である。6月の非食品7項目の価格指数のうち、3項目が下降、3項目が上昇、1項目が変化なしだった。

−今後の物価安定にとって有利な条件:(1)夏の収穫が増収、(2)絶大多数の工業製品の供給が需要を上回っている、(3)6月分の国際市場での大口商品の価格が下降している、(4)上半期の中立な金融政策の効果、(5)後れて現れる(価格上昇)要素が下半期には縮小する

『人民日報』の扱いは、官庁エコノミストらの分析記事もなく、極めて低調だ。そして、下半期に向けて非常に楽観的な見解を示している。海外メディアの伝え方とはずいぶん違う。明日あたりから官庁エコノミストらの分析記事が載るだろう。彼らも楽観的なのだろうか。

 

20110715】豚肉と不動産の価格上昇には警戒

 国家統計局がいくら下半期の経済運営に自信を示したとしても、実態はそうではない。12日、国務院常務会議が開かれ、不動産市場の情勢を分析し、コントロール工作の継続強化を指示した。

 現在の問題は「一部の都市で住宅価格の上昇圧力が依然として比較的大きいのに、コントロールの力の入れ具合をある程度緩めている都市がある。保障性の安心居住プロジェクト建設の進展がバラバラで、着工率の比較的低い地方もあり、社会資金を保障性住宅建設への投入措置も整備されていない、プロジェクトの質、配分管理などでさらに強化が必要」と説明された。

 そして、(1)地方政府の不動産市場のコントロールの強化、(2)今年の1000万件の保障性住宅建設を11月末までに着工させること、(3)住宅価格の上昇が速すぎる23線都市で必要な購入制限措置をとること、(4)保障性住宅、普通商品住宅用の用地を確保すること、(5)賃貸住宅の家賃の速すぎる上昇を抑制するよう監督管理を強化することが指示された。

 この問題については、王「膠着状況は打ち破られていない、コントロールは緩和されない」という関連文章も掲載された。

 

12日の国務院常務会議では、養豚の持続的で健全な発展を促進する政策措置も決定していたことが、昨日14日の『人民日報』ですでに報道されていた。豚肉価格の上昇と不動産価格の上昇への危機感が、同じ12日の国務院常務会議で議論されたにも関われず、その報道を2日に分け、それぞれの重要性を強調するよう演出していることに現れている。

今日15日も上半期の経済指標に関する官庁エコノミストらの解説記事などは掲載されていない。この2日間は、豚肉と不動産の価格上昇の問題に集中しようとしたのかもしれない。官庁エコノミストらの話を見たいわけではないが、大事な経済指標の発表だっただけにもう少し反応があってもいいと思うのと、いつもなら出てくるのに出てこないことに違和感があるからというだけ。そこに政治的な意図を読み取ろうとは思っていない。

 

20110717】米中関係の悪化は必至

 外交部副部長が、16日にオバマ米大統領がダライ・ラマ14世と会見したことに対し、駐中国米国大使代理に「厳正な交渉」を申し出た。そして、温憲「隠そうとすればするほど露呈する干渉行動」と題する米国を批判する評論を掲載した。

 オバマ米大統領がダライ・ラマ14世と会見することが、米中関係にとって、本当にどれだけのマイナスの影響を与えるかは、慎重に吟味しなければならない。会見することも、それに抗議することも、両国の自国へのアピールという側面が強いと思われるからだ。しかし、南シナ海情勢をめぐって、アメリカとの関係が悪化しており、まもなく開かれるASEAN・中国外相会議、ARF外相会議、東アジアサミット外相で、米中の外相どうしが直接対決する状況では、この会見は米国側の火に油を注ぐ行動とみなされるだろう。タイミングが悪い。米中関係が悪化した中での一連の会議で、対立はさらにエスカレートすることは必至だろう。

 中国の海洋権益拡大行動に対し、当事国のフィリピンやベトナムは自国の権益を守るために、中国に対し必至の抵抗を見せている。それに米国も加わり、中国に対抗するラインを築こうとしている。そんな重要な時期、機会に、日本の政治家に自らの権益を守るために、これらの国といっしょになって、中国に対抗しようという姿勢が見られないのは極めて残念だ。日本の外相は一連の会議に参加はするようだが、日本の政局がこれだけ不安定な中でできることは極めて限られている。そしてそんな政権の外相に、周辺国が何を期待するだろうか。

 この問題のキープレイヤーの一国であるはずの日本が不在なのだから、中国にとっては、負担が小さくて済む。中国がそもそも日本をキープレイヤーであると認識しているかどうかは、別に議論しなければならないのだが。海洋権益をめぐる問題で、中国が多国間協議を回避したがっているのに、日本がみすみす中国から譲歩を勝ち取るチャンスを放棄しているに等しい状況にあることがかなしい。

 

20110718】習近平のチベット視察の意義

 習近平が、チベット平和解放60周年記念行事に出席するため、チベット自治区ラサに到着した。

 

 チベットが「平和解放」されたのは523日である。その時点で記念行事をやらずに、2カ月後になったのはなぜだろうか。

 そのことはさておき、次期最高指導者がチベットに入ることは政治的に大きな意味がある。チベットへの関心を示すこと、そして式典後のチベット自治区内を視察し体力があることを示すことなど。

 

20110719】チベットで習近平がアピール

 今日19日、チベット平和解放60周年記念大会が開かれるようだ。1面トップに社説「さらに豊かで穏やかな新しいチベットを建設しよう」が掲載されている。

記念式典に出席する中央代表団を率いる習近平の動向も大きく報じられている。チベット平和解放60周年成果展を参観した。また、チベット大学を視察し学生らと交流した。さらに、宗教界著名愛国人士のPa巴拉・格列煬とチベット領導幹部の熱地を訪問した。

 そのPa巴拉・格列煬の「チベット各民族人民は新しい歴史の証拠を獲得した」と題する文章も掲載されている。

 

 習近平のチベットでの活動は、リアルタイムで伝えられている。これは今回に限ったことではない。以前新疆で同様の式典があり、曾慶紅率いる中央代表団についても、活動状況が随時報じられた。その時曾慶紅は新疆ウイグル自治区内を視察した。習近平もチベット自治区内を視察するのだろう。

 習近平の動向は紙面よりも映像の方がおもしろい。上記の活動は、昨夜18日夜の「新聞聯播」で報じられた。習近平がチベット大学を視察し、学生に語りかけた部分はナマ声で伝えられた。私は演説ではない習近平のナマ声を初めて聞いたが、おそらく珍しいことだ。胡錦濤に比べると抑揚に欠け、まだ慣れていない感じがする。しかし、チベット大学を視察した意味は大きい。これからの共産党のチベット統治を担うチベット族エリートの卵が多数いるわけだから、彼らと接することで次期最高指導者としての習近平を印象づける意図があるのだろう。

 またPa巴拉・格列煬と熱地というチベット族の幹部を訪問したことも、次期最高指導者として重要だ。Paは全国政協副主席兼チベット自治区政協主席であり、熱は前チベット自治区人代主任だ。自分が最高指導者になっても、チベット族幹部に強い関心をもつし、チベット族を大事にするというメッセージを発し、支持を求めたのだ。Pa巴拉・格列煬は「宗教界著名愛国人士」と紹介されており、チベット教界のエライ人なのだろう。その人が全国政協副主席でもあり、チベット自治区政協主席でもある。政治と宗教を一致させる共産党の少数民族統治の人事面での方策がここにも見られる。

 こんな時に、新疆ウイグル自治区和田市で、公安派出所が爆破される事件が起き、それを中国のメディアも報じている。共産党にとって、少数民族統治は大きな課題である。

 

20110720ASEANの強硬姿勢をけん制

 チベット平和解放60周年記念大会が開かれ、習近平が重要講話を行った。『人民日報』もこれに合わせ、チベット関連の記事が多い。

 

 昨日19日からインドネシアのバリ島でASEAN外相会議が始まった。焦点は南シナ海問題だ。紙面は会議を大きく伝えている。中国に対抗しようという動きと冷静さを求める動きをともに伝えている。

 鐘声「よい環境がなければ、南シナ海問題を解決することはできない」と題する関連文章が掲載されている。主な主張は以下の通り。

−「南シナ海問題をめぐっては別の大国の影がある。これがアメリカである」
  −「われわれは二国間問題を多国間の場面に広げることに賛成しない・・・われわれは問題を拡大化、複雑化したくないという主張を堅持する」

−「会議の前に、ASEAN各国は『拘束力のある南シナ海行動規範』の策定に精一杯推進している。メディアを通じて『アメリカや日本などの協力の下、この問題を解決したい』と言い放っている。・・・いわゆる『拘束力のある』『行動規範』の真意はどこにあるのだろうか?中国を拘束するのと同時に、自らの手足を自由にすることになるのか?」

 鐘声の文章のタイトルにある「よい環境」というのは、「中国にとって都合のよい環境」ということなのだが、どんな環境かと言えば、アメリカが介入しないこと、そして多国間交渉をしないことだ。中国の主張をよくまとめた文章だと思う。

 昨年2010年のこの一連のASEANでの会議では、クリントン米国務長官が南シナ海問題へのアメリカの介入を宣言し、楊潔外交部長が激昂したと言われている。しかし、アメリカの介入を許したことで、楊潔の外交部長としての能力を疑問視する声が高まったとも言われている。来年の党大会での楊潔の身の振り方にも拘わる。今年の会議で楊潔はどのような対応を見せるのだろうか。

 

20110721】カメルーン、やるじゃん

習近平は引き続きチベット自治区にとどまり、対口支援チベット工作座談会で講話、チベット自治区党委員会と政府の活動報告を聴取、チベット宗教界愛国人士を訪問、チベット自治区指導部メンバー、退職老幹部らと会見など精力的に活動をしており、それが伝えられている。

また、国務院常務会議で土地管理の重点工作の強化が指示され、全国の不動産価格の上昇幅が前月比で縮小したとの統計が発表されたことから、関連の記者の特集記事が2本掲載されている。

そんな中で、目につく広告が9面に掲載された。それは、大統領の写真とカメルーンの地図、そしてメッセージの入った「中国・カメルーンの協力友誼がいつまでも続くことを願う」という広告である。ページの下半分を占めるカラー広告は非常にインパクトがある。今、カメルーンの大統領が中国を訪問中であり、そのタイミングに合わせたものである。これも立派な外交だ。

日本もこういうアピールができないものか。菅政権も今はそれどころではないし、そもそもそんなセンスもありそうにないので、期待できない。それにしても、カメルーン、やるじゃん。

 

20110722】収入分配問題に権力闘争のにおい

 習近平は飛行機に乗って、移動し、チベット自治区内を視察している。次期最高指導者としては、大切な視察になるだろう。

 任理軒「収入分配問題を科学的に認識し、解決しよう」と題する長い文章が掲載された。「任理軒」というのは『人民日報』理論宣伝部のペンネーム。収入格差問題についての、『人民日報』の主張である。最近この手の中国の抱える問題についての記事を素通りしてきたので、これを少しキチンと読んでみた。

 民生の保障と改善の根本、経済転換の実現の基礎、「中所得国の罠」を乗り越えるカギが収入分配にあるという認識のもと、どうするか。

(1)公平で効率的な関係を正確に処理しよう:一時的な収入分配結果が公平というだけではなく、貧富を均等にするという簡単なことではなく、収入分配のメカニズムが公平で、過程が公平である必要がある。これには、経済社会体制改革をさらに深化させ、人々が公平に社会経済生活に参加できるようにしなければならない。

(2)市場調整と政府調整の2つの手段を協調して運用させる:最初の分配格差が、市場競争、優勝沙汰の結果ではない(例:行政的独占による業種間の収入格差、二元構造問題による都市・農村間の収入格差、観念と体制問題による地域間の収入格差、労働力の流動がスムーズでないことによる社会メンバー間の収入格差など)。最初の分配領域で、政府が積極的に介入する。

(3)収入分配調整と経済構造調整を統一的に推進する:@労働報酬の最初の分配の比重を高める。最低賃金制度、賃金の正常は増加メカニズム、従業員賃金集団協商制度の構築。産業構造の高度化を実現し、企業の賃金引き上げ余地を高める。A住民の収入増加の国民収入に占める比重を高める。公共サービス支出の増加、基本的公共サービスの均等化、社会保障制度の整備。国有資本の収益をさらに民生の保障、改善に使用する。経済構造調整を進める。

 

収入格差問題に対する中国の認識について、ある程度網羅的に説明されている。しかし、理念的な説明にとどまっている。理論宣伝部の文章なのでこれが限界だろう。具体的にどうするかは、個々に見る必要がある。

文章は、経済社会体制改革の必要性を主張するが、ここに挙げられた改革はほとんど政治改革であり、市場か政府かのイデオロギーの問題だ。どうやら、この文章は単なる収入格差問題に関する主張ではなさそうだ。極めて政治的な主張で、収入分配政策に名を借りて、誰かが誰かを、ある部門がある部門を批判しようという性格の文章のようだ。

20110723】今年下半期の経済運営方針を確定

 今年下半期の経済運営の方針を確定する中央政治局会議が開かれた。

 下半期の工作重点として「物価の総水準の安定をマクロコントロールの第一の任務とすることを堅持する」ことが最初に挙げられた。

また「各地区、各部門は思想と行動を中央の情勢分析判断と工作の全体的な配置に統一し、政策の実現に全力を挙げ、協調協力を立派に行い、たえず創新を開拓し、工作の実効性を求める」よう指示した。

これに先立ち、党中央が党外人士座談会を開催し、経済情勢について意見交換した。胡錦濤が重要講話を行い、胡錦濤の経済工作への意見として6点挙げた。そのうち注目したのは、(5)チベット、新疆、内モンゴルなどの民族地区と発展が後れている地区に対する支持の力度を拡大する、(6)改革・開放を引き続き深化させ、体制メカニズムの創新を通じて経済発展における深い矛盾を解決し、経済構造調整と経済発展方式の転換を推進する。

温家宝は、「経済の安定した比較的速い発展を維持すること、経済構造を調整すること、インフレ見通しを管理することの三者関係をうまく処理し、物価の総水準を安定させることをさらに重視し、あらゆる措置を講じて、物価の速すぎる上昇の勢いを抑える」よう指示した。

 

党中央の今年下半期の経済運営については、これまですでに言われてきていることから変化はない。

党中央政治局会議の報道は通常あまりおもしろくない。なぜならば、会議としての認識しか示されていないからだ。ただし今回の会議報道では、最後のところで、地方と部門に対し、中央の政策に従えと指示をしていることは注目に値する。それだけ、地方や部門が中央の政策に反し、勝手にやっているということの裏返しだ。

党外人士座談会の報道の方がおもしろい。なぜならば、胡錦濤、温家宝、それぞれの発言が掲載されているからだ。

胡錦濤の発言では、民族自治区の名称をわざわざ挙げているのが目についた。最近、内モンゴルと新疆で騒ぎが起きているし、チベットは平和解放60周年を迎えたばかりなので、民族自治区に配慮したのだろう。それだけ、民族問題に危機感をもっているということだ。

 胡錦濤は、経済構造調整のことを、6つの重点のうちの6番目に言及した。他方、温家宝の経済構造調整への言及は、発言報道の最初に掲載されている。20087月の党外人士座談会ほど明確に胡錦濤と温家宝の違いが見られるわけではない。しかし、金融引き締め政策が展開されている中、今後の経済運営の争点について、短期的な中小企業の経営困難の解決に重点を置くか、中長期的な構造調整に重点を置くかという点で、胡錦濤と温家宝のスタンスの違いが見られるといえるのかもしれない。それともこの程度では違いを確認できないだろうか。

 

 習近平はチベット自治区第2の都市シガツェ地区を訪問し、チベット仏教ゲルク派寺院の1つであるタシルンボ寺を参観した。非常に戦略的に視察地を選んでいることが伺われる。

 

20110724】マルクス、エンゲルスを語る

 723日に発生した高速鉄道列車事故について、昨夜23日午後11時からの上海・東方衛星テレビのニュースで、上海の同済大学の専門家を交え特集が組まれた。女性アナが専門家に事故原因についていろいろ質問をしていた。「なぜ前の車輌が止まって、後ろの車輌が止まらなかったのか」という、ごくごくみんなが不思議に思っている質問を投げかけていた。しかし専門家の回答がどうもあいまいで、それに女性アナがイライラしているようで、かなり感情的に早口になって、納得いかない様子で特集は終わった。中国人もかなり不満タラタラなことがわかる。

孟建柱公安部長が2023日に寧夏回族自治区を調研した。まだ騒動の起きていない民族自治区を視察し、警戒を強めるよう予防線をはったということだ。新疆ウイグル自治区和田市での「テロ事件」も含め、民族問題に党中央がかなりピリピリしていることがうかがわれる。

マルクスとエンゲルスの『共産党宣言』(抜粋)の学習の手引きの一部が掲載されている。これは、中央組織部と中央宣伝部、中央翻訳局が編集した『マルクス主義経典著作選編(学習幹部読本)』と『マルクス主義経典著作選編学習導読』が刊行されたことにちなむもので、その中にマルクスとエンゲルスの「共産党宣言」(抜粋)とエンゲルス「カール・マルクスの葬儀」と、それらの学習の手引きが掲載されているのだろう。その学習の手引きの部分を連続で掲載するという企画で、今日は前者について、大きなスペースを使って掲載した。

 

マルクスだの、エンゲルスだの、共産党宣言だのと、共産主義理論の原点に関する本の中味がそのまま掲載されたことには違和感がある。これは単に本刊行の宣伝目的ではなく、「左」寄りの主張を掲載したものといえる。権力闘争は見えないが、知識人の世界ではイデオロギー論争が展開されており、マスコミもそれに巻き込まれているようだ。

 

20110726】新しい地方幹部選出は能力重視か

 7.23高鉄事故を分析した昨夜25日の中央テレビ新聞チャンネルの「新聞1+1」はなかなかおもしろかった。有名なキャスター「白岩松」が冷静にこの事故の原因について分析していたが、当局がいろんなことをまだ明らかにしていないと、原因究明の遅れと情報公開の不十分さについて、視聴者にも分かるように批判していた。

 

 事故の細かい話には触れないが、中央宣伝部が情報統制を行っていると日本のメディアも伝えている。しかし、中国の一部メディアはそれに反して当局批判をしている。党中央内に、中央宣伝部に近い勢力とは別に、メディアによる鉄道部批判を黙認する勢力があるのではないかと思わせる。このブログでも時々指摘してきたが、私は鉄道部の問題を権力闘争と見ている。そのため、この事故も権力闘争の観点から見ているのだが、鉄道部批判は行きすぎると、国務院全体や共産党中央への批判に転嫁しかねない。それは自分たちに跳ね返るということである。

 

「交代時期をしっかりつかみ、党政正職の配置を強めよう」という記事が掲載されている。昨日25日、地区レベル(市地州盟)について文件が出たことで、県党委書記、郷鎮党委書記も含め、地方の指導者の交代に関する3つの文件が出そろったことによる関連記事だ。

18回党大会に向けた地方幹部の交代が進められており、地区級市レベル、県レベル、郷鎮レベルの党と政府の正職が最も重要であり、才徳兼備を堅持し,徳を登用の優先すべき基準とし、民主公開競争で登用を競う方針を堅持することなど、決して目新しくない人事方針が確認される。

河北省邯鄲市では35才以下の郷鎮の党や政府の正職者が全体の20%を超えること、原則として各県の1名以上は女性の郷鎮党委書記とすることなどを規定するなど、いろんな規定を出して活性化を試みている各地の例が数多く列挙されている。選出方法についても、選挙の実施、事前の組織的考察、複数候補者からの選出などが挙げられる。

 

地方トップの交代が進められ、こんなに替わりましたという宣伝記事だが、中味は大したことがない。地方でいろんな問題が起きている今は、選ばれた指導者に能力があるのかどうかが重要だ。どんな人が選ばれているかってことはどうでもいいことだ。

 

20110727】マルクス、エンゲルスを語ることのコスト

衣俊卿「古典の精華を濃縮させ、学習型政党建設を進めよう」と題する文章が掲載されている。衣は中央編訳局局長。先に紹介したマルクス、エンゲルスの著作学習手引き書を刊行した意義を紹介している。その特徴は、(1)豊富なマルクス主義の古典の文献、(2)広範な党幹部の理論学習の多様な需要を満足させる、(3)党員幹部の思想理論水準の向上を助ける、という。

 

今の党員幹部が知りたいことは、どうやったら経済発展できるか、私腹を肥やせるかということで、マルクス主義の古典を学習することなどナンセンス、時間のムダだと思っている。それでも、こんなにまじめに学習手引き書を刊行して、その意義を説明している。これだけ無意味なことを大きく宣伝する背景には政治的意義があると考えるべきだろう。もちろん一党支配を正当化するための形式でもある。しかし紙資源のムダ、こんな記事、文章を書く時間のムダ、もっと伝えるべきことがあるだろうと思うから紙面のムダ、といつもながら一党支配を守るためにはコストがかかりすぎる。

今、もっと伝えなければならないことは、例えば7.23高鉄事故のことだ。しかし、今日の『人民日報』は、亡くなった人の名簿が確定し、発表されたことと、死亡保障金額が確定したことを小さく伝えるだけになってしまった。

 

 20116月末時点の広東省東莞市の民営企業の倒産件数は正常だと伝えている。最近、金融引き締め政策により「東莞で倒産ブーム」という噂が流れているため、それを打ち消すのが目的の記事。

 山西省の人民代表大会代表の選挙が終了し、その状況が紹介されている。人民代表大会代表選挙については、中国国外のメディアで取り上げられた(党などの組織の推薦のない、10人以上の推薦で立候補できる)「独立候補者」なるものが、当選したかなどの説明もなければ、報道もない。それは、党にとっては組織推薦以外の候補者の当選は歓迎するものではないということを表している。一党支配のもとで行われる選挙がどういう意味を持っているかということを考えれば、中国の選挙に幻想や期待をいだいてはいけない。

 

20110728】命の重さと空母建造

 国務院常務会議が開かれ、7.23高鉄事故に関連し、交通、炭鉱、建築施工、危険化学品などの業種領域を重点とし、全面的に安全生産を強化する断固とした措置をとることを決定した。会議では、次のことが指示された。

−「調査処理工作は公開、透明でなければならない。結果は社会に公布し、人民群衆に誠心誠意責任を負い説明をしなければならない。引き続き全力で負傷者を救助治療し、負傷による死亡、負傷による障害を全力で減らさなければならない。被害者の人数と身分を確定し、賠償、遺族救済工作を適切に行わなければならない」

−「建設と発展は断固として科学的、安全、持続可能の理念を樹立し、安全を第一に置かなければならない。科学的発展の道を堅持し、人を基本とすることを堅持し、速度と質と効益の関係を立派に処理し、命はこの上ないものという理念を生産、経営、管理のすべての過程で実現し、安全生産の正しい思想路線を断固守らなければならない」

「発展をはかるには安全を第一に置かなければならない」と題する関連の評論員の文章も掲載された。文章は次のように主張する。
  −「悲痛な事実は重ねてわれわれに警鐘を鳴らしている。人の命はこの上ないものであり、安全生産は片時もゆるがせにすることはできない」
  −「中国は発展を必要としている。しかし血を帯びたGDPはいらない」

7.23高鉄事故に関連する国務院常務会議がようやく開かれ、最近多発しているさまざまな事故への対応が指示された。それらは個別的なものではなく、理念的な指示である。事故発生に対しては、情報公開と被害者への対応に重点が置くこと、そして日常的に命を大切にすることが指示されている。

 

どちらも非常に重要な指示であるが、当たり前と言えば当たり前のこと。何を今さらと思うのだが、それだけ中国ではこうしたことが軽視されているという現状を反映している。しかし、「言うは易く行うは難し」で、この事件をきっかけに中国、そして中国国民は変わることができるのだろうか。

そんなことを考えていると、やっぱり変われないよな、と思わされるのが、今日の1面。この国務院常務会議の記事と評論員文章の下に、空母建造を正式に「宣布」した国防部スポークスマンの記者会見の記事と空母の写真が大きく掲載されている。こんな時に他方で国力を誇示しようというのは、あまりに世の中の雰囲気に鈍感すぎないだろうか。「人の命はこの上ないもの」という政府のメッセージがウソっぽく聞こえてしまう。それともやっぱり7.23高鉄事故なんて、今の中国にとっては小さな出来事にすぎないのだろうか。

 

20110729】温家宝の記者会見で一区切りつくか

 温家宝が7.23高鉄事故のあった浙江省温州市に入り、負傷者と遺族を慰問した。そして事故現場を視察し、献花、そして異例の事故現場での記者会見を行った。記者会見の内容は公表された。中央テレビの「新聞聯播」は内容抜粋だったが、中央テレビのニュースチャンネルのニュースや、上海、浙江のテレビのニュースは温家宝のナマ声で紹介し、内容もほぼ全部伝えていた。この会見は、紙で読むよりも、映像を見ながらナマ声で聞いた方がいい。

 『人民日報』は温家宝の次の発言を強調した。

「発展と建設は人民のためである。政府の最大の責任は生命安全である」

−「事故の調査処理の全過程は公開、透明化し、社会と群衆の監督を受け入れなければならない」

「教訓をくみ取り、中国の高速鉄道を真の安全なものにしなければならない」

このほか、私が注目した発言をいくつか拾い、私の感想を記す(「⇒」のマークの部分)。

 (1)「私は病気で、11日間ベッドの上にいて、今日医者がなんとかようやく私が行くことを認めてくれた。これが今回の事故の発生から6日経ってようやく私がやってきた理由である」

 総理が自らの病気の様子を公表したことは異例だ。申し訳ないと思ったのか、それとも言い訳か、判断がつかない。しかし、私の記録によれば、ここ数週間、温家宝は11日間、まったく仕事をせずに休んでいたわけではない。例えば、事故後の724日、日本の国貿促訪中団、河野洋平と会見している。このときも一睡もせず、事故対応しているというような発言をしたようだ。なんとなく、言い訳に聞こえる。

 (2)「社会や群衆の中に事故原因、事故措置工作に対する多くの疑問がある。われわれは真剣に耳を傾け、厳粛に群衆の意見に対応し、群衆に責任のある説明をしなければならない」

 事故原因と事故後の政府の対応への社会の厳しい声は十分伝わっていることが分かる。

(3)「中国の高速鉄道技術の輸出、その他のハイテク製品の輸出の信頼度は、口で言うことにあるのではなく、実践の中にある」

(4)「ここ数年の高速鉄道事業には大きな発展がある。しかし今回の事故がわれわれに注意を促したことは、高速鉄道建設の安全問題をさらに重視し、速度、質、効率、安全の統一を実現し、安全を第一に置かなければならないことだ」

  中国の高速鉄道に対する信頼がないことを直接的ではないが、間接的に認めたと言える。そして信頼回復には安全が第一との考えを示した。

(5)(この事故が天災か人災かとの質問に対し)「現在厳粛で真剣な調査を進めており、調査結果があなたの質問への回答になるだろう」

事故原因について、明確な回答は避けた。

(6)(事故現場の処理についてあまりに早過ぎはしないかと多くの公衆が疑問視しているとの質問に対し)「事故後の処置の最大の原則は人命救助であると思う」

(7)「一途の望みがあるならば、最大限の努力を尽くさなければならない。鉄道部門や関係方面がこの点(人命を救う−佐々木注)をやっているかどうかについては、群衆に実事求是の回答をしなければならない」

 鉄道部の事故後の処理の不手際が人々の批判の焦点の1つで、質問の主旨もこの点なのだが、これには答えていない。人命救助が第一は当たり前のことなので、この発言が人命救助の点での鉄道部の対応を批判しているのかどうかは判断しかねる。ニュアンスがよく分からない。ただし、鉄道部を突き放した発言のようには聞こえる。その点では、批判的なのかもしれない。

 

温家宝が事故現場に入り、負傷者、遺族を慰問するパフォーマンスを展開することで、群衆の厳しい鉄道部批判をおさめ、一区切りつけたいと思ったのだろう。このパフォーマンスが功を奏すかどうかは、しばらく様子を見なければならない。

胡錦濤や温家宝の中には、今回の事故に端を発した人々の鉄道部批判が、国務院、党中央批判にエスカレートするかもしれないという危機感があるだろう。この難局を乗り越えるには、温家宝自らが明確に鉄道部批判をするしかない。この記者会見はその絶好のチャンスだったのだが、中途半端な記者会見となってしまったという印象だ。タイミングを逃すと本当に国務院、党中央批判までエスカレートするかもしれない。鉄道部の問題は体制の問題なのだから。

 1つ気になっているのは、事故調査グループが会議を開き、メンバー表が公表されたが、事故直後現場に入った張徳江副総理の姿が全く見られない。温家宝の温州での行動にも全く姿を見せていない。

 

20110730】温家宝の記者会見を再考

 7.23列車事故の死亡者への賠償金額が91.5万元に増額された。もともと、善後策工作グループが「鉄路交通事故応急救援、調査処理条例」と「鉄路旅客偶発障害強制保険条例」に基づき、50万元と決定したものが、なぜ増額されたのか。その理由を次のように説明している。

「『鉄路運輸人身傷害賠償紛糾案件審理の法律適用の若干の問題に関する最高人民法院の解釈』に基づき、賠償権利人は権利侵害責任法に沿って賠償要求を選択する権利を有する。善後策グループは遺族、負傷者家族らの意見を真剣に聴取し、人を基本とすること、高い方に合わせ低い方に合わせないという原則の基づき、家族らとのさらなる意思疎通と協商を進め、7.23列車事故救援善後策総指揮部が「権利侵害責任法」に基づき損害賠償基準を確定する主要な根拠を決定した」。

 

事故発生直後からキチンとプロセスを踏んでいなかったという理由を挙げている。ただそのプロセスを踏むことで約2倍の金額に増額されたことは、単にプロセスの問題ではなく、その金額が政治的に決定されたものであり、もっともらしい理由付けをしたということにしか思えない。

この突然の増額は、温家宝が温州に入り、記者会見を行った効果といえるだろう。それを機に、本気で事態収拾に向けて動き出したということがいえる。

 

その28日の温家宝の記者会見について再考したい。それは「鉄道部門や関係方面がこの点(人命を救う−佐々木注)をやっているかどうかについては、群衆に実事求是の回答をしなければならない」(鉄道部門有関方面是做到這一点,要給群衆一個実事求是的回答)という私がキーになると思った発言について、ニュアンスがよく分からないことが気になっていたからだ。私は昨日29日のブログで「温家宝が鉄道部を突き放した」と書いた。しかし、この発言が、中国語として、鉄道部批判なのか、そうだとしたらどの程度のニュアンスなのかがもう一つよく分からなかった。それで、こうした中国語のニュアンスのわかる意識の高い方に、そのあたりのことを聞いてみた。

その方によれば、「温家宝は鉄道部が人命を救うということをちゃんとやっていないと思っている。だから鉄道部は、ちゃんとやったというのならば、そのことを具体的にみんなに示せ、という意味の発言。この発言から、温家宝は鉄道部を切ったということが読み取れる」とのことだ。これはニュアンスというよりも、前後の文脈からの解釈の問題だ。

それは次の発言から推測できるという。「病床に11日間伏せていた」という発言と、「私はこの(事故の)情報を聞いて、すぐに鉄道部に長距離電話をかけた。私が実証できることは、ただ2つの話、2つの文字、つまり救人(人命を救え)と言っただけだ」という発言は、「私は、『人命を救え』と言っただけで、11日間事後処理には全くタッチしていなかった」と、不満の大きい事後処理への責任回避し、すべて鉄道部に責任を擦り付けたことを意味しているのだという。

この方の解釈が、正しいかどうかは分からない。しかし、なるほどなぁと納得させられる。病を押して現地入りし、人命を第一と考えている温家宝を「すばらしい」などと思うほど、中国政治は甘くない。

確かに、この記者会見は温家宝自らが事態収拾に乗り出すシグナルとなった。それで賠償金も大幅に増額された。少なくとも遺族や負傷者家族らはこれで事後処理への批判を収束させなければいけないと感じ取っただろう。彼らも現実に戻るタイミングを計っていただろうから、そのための大義名分を探していたかもしれない。当事者が行動、抵抗を止めれば、事態収拾に向かうだろう。これからは、鉄道部をどうするかという争点は政治マターになる。

しかし、温州という沿海地域で発生した、中国の発展の象徴ともいえる高速鉄道の事故は、所得や学歴の高い、別の言い方をすれば意識の高い社会階層の関心を、いつも以上に集め、彼らは鉄道部への強い批判を展開しており、これまでの自然災害などとは異なる様相を呈しているという印象を私は持っている。そのため、当事者ではない、意識の高い社会階層が、この後どう対応するのか。所詮政治に対する意識は変わらないよと、これまでどおり総理クラスの登場で彼らも「矛」をおさめるのか。それとも今回はさらに鉄道部批判、さらにはもっと上の方への批判まで展開していくのか。私はここに注目している。