第1回 連載再開(2002年4月15日)

 

 日本貿易振興会アジア経済研究所の佐々木智弘です。今日から、私の中国に対する見方を紹介するこのコーナーを再開します。「再開」、初めての方は何のことかと思われるかもしれません。実は、私は1998年3月から2000年3月まで北京大学に客員研究員として滞在していた時、このHPの主催者である福田氏に頼んでHP上で、「北京からの『熱点追踪』」というコーナーに、北京で見たり聞いたり、考えたりしたことを紹介する文章を連載をしてきました。この連載は、昨年暮れに同名タイトル『北京からの「熱点追踪」―現代中国政治の見方』(日本貿易振興会アジア経済研究所)という本にまとめました。

 北京から戻ってきて2年間、バタバタ日常の業務に追われてきましたが、そろそろ情報発信しようかなあと思い、連載を再開することにしました。といって、私には中国のことを語ることしかできませんので、政治を中心に、中国について私の見方を紹介していきたいと思います。

 今年は、5年に1度の中国共産党の全国代表大会(通称「党大会」)が開かれる年であり、江沢民の去就を中心とした人事に注目が集まっています。どのくらいの頻度で更新できるか、見当がつきませんが、がんばって更新していきたいと思います。ご意見、ご感想などHPの掲示板にいただければ幸いです。

 また、中国は日韓共催のサッカー・ワールドカップに出場します。中国のサッカーについても、歴史や政治と絡めた視点から、紹介していきたいと思います。

 それでは、今回は第1回目ということで、すでにご案内しています拙著の紹介をさせていただきます。(『アジ研・ワールドトレンド』2002年4月号からの転載)

 

この本を目にされた方々から「『熱点追踪』ってどういう意味?」という質問をよく受ける。「熱点追踪」、この聞き慣れない言葉は中国語で「注目されている問題(ホットイシュー)を追跡する」という意味である。1998年3月から2年間、私はアジア経済研究所の海外派遣員として中国・北京に滞在し、その間ホームページ上で中国の「熱点」を「追踪」する文章を連載してきた。この本はそれらを再構成し、まとめたものである。

 経済発展に伴う中国社会の変化はこれまで多くの書物や映像で紹介されてきた。現在の中国の「熱点」はとかく変化の部分に偏りがちである。確かに中国の変化は大なり小なり挙げればきりがない。他方、中国で生活し、日常的に中国の人と接する中で、彼らの行動に陰に日向に影響を与えているのが、共産党の存在であることを私自身常に感じてきた。その背後には中国共産党による一党支配体制という変化しない政治システムがある。

1999年10月、中華人民共和国は成立50周年を迎えた。それは共産党による一党支配が50年間続いたことを意味している。「共産党による一党支配はどのように維持されているのか」、この変化していないものこそ、現代中国政治の解明されるべき命題の一つである。

この本を単なる変化を伝える現地滞在記にしないために、私はこの命題の答えのヒント、変化していないことの意味を変化の中に見い出し、この本で提示しようと試みた。そして、変化は共産党の一党支配を弱体化させる側面だけでなく、強化させる側面ももっていることを伝えようと考えた。そのために、北京大学、選挙、日中関係、中国共産党という4つの舞台を設定した。

第1章「歴史と現実に翻弄される北京大学」では、1998年5月に創立100周年を迎え、これまで歴史上の政治運動のリーダー的役割を担ってきた北京大学が現在、市場経済化の波にもまれ、教師や学生、職員らが翻弄されている姿を描いた。大学経営には独立採算制が導入され、金儲け主義が蔓延している。学生は自らの将来に関心を持つだけで、現状肯定意識、利己主義、変化の速さに対する脅迫意識から政治に無関心である。これもエリートゆえの処世術と言える。この本で紹介する大学生の政治意識に関するアンケート調査の結果は興味深い。市場経済化の中で、学生が自らの価値観をどこに定めたらいいのか、揺れ動く様子が結果にはっきりと表れている。

第2章「政治改革はどこまで進んだか―選挙分析を中心に」では、村民委員会主任(村長に相当)の選挙と地方人民代表(地方議会議員に相当)の選挙を紹介した。こうした選挙は、人々が直接投票するという点で、一党支配体制の中国における民主の萌芽として注目されて久しい。しかし、経済発展の進み方により選挙に対する人々の認識や選挙の実施状況にはバラツキがある。また選挙制度自体に不透明な部分も多い。四川省歩雲郷で実施された中国初の郷長直接選挙についても詳しく取り上げた。なぜ当地で、しかも一度だけの実験として実施されたのかを資料で跡づけてみた。また、「郷長直接選挙は違憲である」という当局の見解は、法治かそれとも民主かという中国の政治改革のあり方に一石を投じた。現時点での法治主義は共産党による一党支配に有利に働いている。

 第3章「成熟した関係にならない日中関係」では、国交正常化から30年が経つにもかかわらず、ギクシャクする日中関係を取り上げ、両国がなぜ理解し合えないのかを考えてみた。歴史認識問題と台湾問題は現在も日中間の争点となっている。これらの問題は、抗日戦争の勝利と台湾との統一が共産党の一党支配を正当化する根拠であり、愛国主義の高揚にも利用されており、今後も争点となり続ける。また日本研究者の言論もこの政治体制下では客観的にはなり得ない。他方、日本研究者など知日派だけでなく、マクロ経済学者や国際関係学者など日本を相対的に見ようとする人たちが中国における対日政策決定のアクターとして台頭してきていることには注視しなければならない。

 第4章「中国共産党の現状と展望」では、現在共産党の一党支配を支えるものは何かなど共産党そのものについて考えてみた。「党の指導」を定めた憲法の存在、軍隊や人事任免権などの権力資源だけではなく、潜在的な共産党支持勢力が存在する。現体制に取り込まれた官僚、経済的な豊かさを維持したい一般の人たち、本来批判勢力であるべき現状肯定に走る知識人たち、商業主義が蔓延するマスコミなどである。共産党自身変わろうと努力していることは確かだ。しかし、こうした潜在的な支持勢力がいる限り、共産党による一党支配に揺るぎは見られない。