小さなクラちゃん
1. クラちゃんは一年生
小さなクラちゃんは、小学校の一年生です。かわいいって評判の子どもですが、「なんか暗いよね」とみんなに言われています。
いじめられたり嫌われたりというこはないのですが、いつもひとりでぽつんと教室のすみっこにいるのでした。
そんなクラちゃんが最近よく行く遊び場所は、校庭の鉄棒の近くにある砂場です。砂場でしゃがみこんで砂をひとつかみ握り、さらさらとこぼれ落ちていく様をじっと眺めています。休み時間の間中同じことを繰り返します。
学校のお友達はみんな、そんなクラちゃんを敬遠しているようです。でもジュリちゃんはちょっと違いました。
「クラヴィス、なぜいつもそんなことをしている? それが楽しいのか?」
「…べつに。すごく楽しいわけじゃない」
「ではなぜ友と遊ぶこともせず、一人で同じことばかりしているのだ」
「前にうらなったら『学校で砂粒を楽しむと良いことがある』って出たから」
毎日毎日それを続けているところを見ると、クラちゃんにはまだ特に良いことは起こっていないようです。
闇様の占い、やっぱりあてになりません。
2. クラちゃん、歌う
♪あけま〜して〜おめでとう〜
♪ことしもどうぞ〜よろし〜くねっ
妙な歌が印刷室から聞こえてくる。
いったい何なのだ、あの歌は?
ジュリちゃんは不思議に思ってドアを開けて中をのぞいてみました。
中ではクラちゃんがハガキを手にしています。
歌っていたのはクラちゃんだったのでした。
「クラヴィス、いったい今の歌は何なのだ?」
「……今てきとうに節をつけてうたってみただけ」
「なぜそのようなことをしている。第一ここは一年生が入ってよい部屋ではないぞ」
「だって…」
うつむくクラちゃん。ジュリちゃんはクラちゃんのところまで行って顔をのぞきこみました。
「占いで…」
また、占いの話か。
「今度は何と出たのだ?」
「印刷室で年賀はがき100枚を歌うと良いんだって。まだあと83枚残ってるから、がんばらなくっちゃ…。
♪きんが〜しんねん〜
♪さくねんちゅうは〜いろいろとおせわに〜」
「クラヴィス、もうすぐ授業が始まる。このような場所で一人で歌っている場合ではないぞ」
クラちゃんの手を引いて、ジュリちゃんは印刷室を出ました。
きっとクラヴィスはまたあとでここに来て、年賀状に書かれていることを歌うんだろうなと思いながら。
先生に見つかって叱られなければ良いが……。
小学校の一年生のときから面倒見のいい苦労性のジュリちゃんなのでした。
3. ともだち
今日は、クラちゃんは自分の席にずっとすわったままです。
休み時間になっても砂場に行こうとしません。もちろん印刷室へも行きません。長いお昼休みも、うつむいたままですわっています。
ジュリちゃんは朝からクラちゃんの様子を気にしていたのですが、ついに思い切って声をかけてみました。
「どうかしたのか?」
「…なんでもない…」
「何でもないということはなかろう。朝からほとんどそこを動いていないではないか」
「…あのね、今日のはぜったいにむりだったの」
「何のことだ」
「占い」
またか、と思ったが、どうもクラちゃんはそれが生きがいらしいので、話を聞いてみることにしました。ジュリちゃん、同い年とは思えないくらいオトナです。
「今日も占ったのか?」
「うん。あさ、学校にくる前に」
「で、どうだったのだ」
「『ボウリング場で餌を受け取』らなきゃいけないんだ…。でもぼく、学校にこなきゃいけなかったし、学校がおわった後だって一年生がひとりでボウリング場に行けないし、だれから餌を受け取ったらいいのかもわからないし。ぼくんち、動物かってないし。ぼくの食べるものは餌って言わないし。…ほらね。何もかもぜんぶだめでしょ。むりでしょ…ぼくにはいいことなんか起こるはずがないんだ…」
ついにはクラちゃん、涙ぐんでしまいました。
「そんなことはないぞ、クラヴィス。そなたには友がいないだろう? そんな風に占いのことばかり気にしているから、友ができないのだ。だから私が友達になって一緒に遊んでやろう。だから泣くな」
「…ほんと?」
「ああ。私はうそはつかぬ」
というわけで、クラちゃんはジュリちゃんと友達になりました。
毎日「学校で砂粒を楽し」んでいた効果が出たのかもしれません。それとも、「年賀はがきを100枚歌」ったのがよかったのでしょうか。
どっちにしても、よかったねクラちゃん。
4. うそ
朝ごはんの時間です。クラちゃんは食べるのが遅くて、食も細くて、いつもお母さんを心配させていました。
「クラちゃん、もっとたくさん食べないと、大きくなれないわよ。
それにあんまりのんびりしていると、遅刻しちゃうわよ。」
「もぐもぐもぐ」
口にものが入ったままなので、ちゃんとお返事ができません。
「早く食べてしまいなさいね」
お母さんはにっこり笑いました。
クラちゃんはお母さんが大好きです。だってやさしくってあったかくって、お菓子を焼くのが上手で、緑の目がきらきらしてて、おまけにふわふわの金髪。お母さんの名前は「天使」っていう意味です。何もかもが素晴らしすぎます。
「あ、そうだ。……かあさん、今夜は電気料金の書いてある紙をかしてくれる?」
「えっ!? 何でそんなものがいるの?」
「ちょっとしゅくだいで…明日学校にもっていくんだ…」
「そうなの。じゃあ用意しておくわね。さあ早く学校に行きなさい」
その夜。約束どおり、お母さんは電気使用量の通知の紙を渡してくれました。
クラちゃんはうれしそうにそれを受け取って、「ありがとう。おやすみなさい」と挨拶して、寝室に入りました。
ベッドに横になると、電気料金の紙を高く掲げて眺めます。
「これで『寝室で電気料金を見上げる』ことができたから、きっと明日はいいことがあるよね…。それと、かあさん、ごめんなさい…」
何となく、占いにこっていることはお母さんに言いたくなくて、電気料金の通知書を学校で使うとうそをついてしまったのがちょっとだけ後ろめたいクラちゃん。
せめて、クラちゃんの願いどおりに良いことがありますように。
5. 泣き虫とおこりんぼ
小学校の鳥小屋の金網をつかんで、クラちゃんが中をのぞきこんでいます。登校してくるなり鳥小屋に直行してずっとそうしているので、ジュリちゃんが呼びにきました。
「クラヴィス、もうすぐ授業が始まるぞ」
「……うん」
「もう行かなくては」
「……うん」
そう答えるものの、クラちゃんはそこから動こうとしません。ジュリちゃんはクラちゃんの指を金網から外させようとしました。と、そのとき。うつむいたクラちゃんの顔から、ぽたぽたぽたっと水の雫が落ちていきました。どうやら泣いているようです。
「どうしたのだ、どこか痛いのか? 誰かにいじめられたのか?」
クラちゃんはううん、と首を振ります。
「うさぎ……」
小さな小さな声で答えが返ってきましたが、それだけでは意味がわかりません。鳥小屋にはうさぎもいますが、それがどうかしたのでしょうか。
「もう少しはっきり言ってもらわねばわからぬ」
「フィットネスクラブでうさぎをゆでるなんて…できないよ…。フィットネスクラブはかあさんが行ってるから行けるけど……こんなかわいいうさぎ……」
ぐすぐすぐすっ。
ハナをすすっています。また占いに振り回されているらしいクラちゃんです。
「そなたの言っているその占いは、いったいどういう占いなのだ?」
こんな、小さくて気弱で泣き虫のクラヴィスにうさぎをゆでさせようとするなんて。
とジュリちゃんはジュリちゃんで憤っています。
「闇様の占いっていうの……」
いかにも怪しげなその名称に、ジュリちゃんは眉をしかめました。
「そんな変な占いなんか、もうやめればよい!」
「でも…」
急に怒り出したジュリちゃんにびっくりして涙が引っ込んだクラちゃん。ジュリちゃんは「もう行かねば遅れる」と、クラちゃんの手をつかんで、校舎へと走り出したのでした。
ふたりは授業に間に合ったのかな?
6. よめない
今日の占い、よめなかったの…。
「窓で」はわかった。
「珠里亜須を」「罵倒」……よめない。意味もわかんない。
だから字をうつしてきた紙を見せてかあさんにきいてみたの。
「珠里亜須はどう読むの?」
「見たことないわねぇ。…しゅ…り…あ…す…かしらね? 何かの当て字かも。暴走族の落書きみたいね」
って言って、ちょっとかあさんは笑った。
しゅりあす……かあ。え? それってもしかして、ジュリアスのことかな。
「じゃあ罵倒って何?」
「それはバトウって読むのよ。ひどいことを人に向かって言うこと。何でそんなことが知りたいの?」
かあさんはちょっと心配そうな顔してぼくを見たの。ごめん、かあさん。よみ方も意味もわからなかったから聞いてみただけなんだ。
でも「窓で珠里亜須を罵倒する」って、ぼくがジュリアスにひどいことを言わなきゃいけないってことなのかな……?
やっぱりジュリアスの言うとおりに闇様の占いはやめたほうがいいのかな……。
せっかくジュリアスが友だちになってくれたのに、ひどいことなんか言いたくないよ。
そんなことしたら、絶対にいいことなんか起こらないような気がする。闇様の占いって、やっぱりインチキなのかなあ……。
悩み深いクラちゃん。さてどうする?
7. うしろむき
今日も今日とて闇様の占いの結果を気にしているクラちゃんです。
さっき占ってみたらね、「自宅でミニブタをきくといい」って出たの。
ミニブタを飼って、鳴き声をきいたらいいのかな。
でもね前にね、ホームセンターにいった時にペットのコーナーで見たミニブタって、ぼくよりも大きいくらいだったんだよ。
あんなの、うちじゃ飼えないよ。ハムスターくらいだったら飼ってくれるかもしれないけど。
かあさんに「ペットがほしいの」って頼んでいいわよって言ってもらっても、「ミニブタ飼いたい」って言ったらきっとびっくりされちゃう。
今日の占いのもぼくにはできないよ…。
ぼくなんか…ぼくなんか…いいことってないんだ、たぶん…。(しょんぼり)
ぜひ、何事にも前向きなジュリちゃんの心意気を分けてやってほしいものです。
8. クラちゃん、美容院に行く
クラちゃんはいつもお母さんに散髪してもらいます。
「ちょっとそろえるだけだから、カンタンなのよ〜」ってお母さんは言って、ささっと整えてくれるのです。
でも、次は。
お母さんが美容院に行く日にぼくもいっしょについて行きたいな。
そう思って、お母さんにお願いしてみました。
「クラちゃんが学校に行ってる間に行ってこようと思ってたんだけど、一緒に行きたいの?」
「うん」
「髪の毛はこの前切ったばっかりじゃないの」
「かみは切らなくてもいいの。いっしょに行きたいの」
「じゃあ次の土曜日に一緒に行きましょうか♪」
土曜日になりました。
お母さんと手をつないで、クラちゃんは美容院にやってきました。
「あらークラちゃん、大きくなったわね」
美容院のサラお姉さんがびっくりした顔をしています。
「小学生なのよ」
お母さんはにこにこしておしゃべりしています。
クラちゃんがもっとずっと小さかった頃は、お母さんはよくクラちゃんを連れて美容院に来ていたのでした。だからサラお姉さんはクラちゃんのことを知っているのです。
「今日はクラちゃんもカットなの?」
「ううん」とお母さんは首を振りました。
「なんでだか、今度はついて来るっていうから連れてきたの。そういえばクラちゃん、なんで一緒に来ようって思ったの?」
クラちゃんはちょっと困ってしまいました。サラお姉さんに用事があったのです。
「おねえさんにお願いがあるから…」
うつむいて、小さな声でぼそぼそ。
「あらっ、私に?」
こっくり、クラちゃんはうなずきました。
「じゃあこっそり聞かせて」
身をかがめたお姉さんの耳元で、クラちゃんは「ラブラブフラッシュつけたいの」と言いました。
ラブラブフラッシュっていうのは、その美容院でしか扱っていない、特別の香りなのです。
恋が成就するというので評判の、サラお姉さん特製のフレグランスでした。
「あらまあ。クラちゃんにはちょっと早いんじゃない?」
お姉さんは笑って頭をなでてくれました。
「そうなの?」
ガッカリした顔のクラちゃん。
「占いで、美容院でラブラブフラッシュをつけるといいことがあるって出たから」
「ああ、そういうこと。だったらちょっとだけ、特別につけてあげる」
お姉さんはスプレーを取り出すと、「仲良しになりたい人のことを思い浮かべてね。いい?」
うん、と答えたクラちゃんにしゅーっとひと吹き、スプレーをかけてくれました。
「いいにおい…」
「でしょ。これできっといいことがあるわよ」
お姉さんは自信たっぷりです。
クラちゃんはうれしくなってお姉さんにお礼を言いました。
きっと、いいことがあるはず。
9. タコ
クラちゃん、悩んでいます。今日の占いの結果は「町でタコをこねる」。
タコと言えば某お笑い芸人が思い浮かびます。木曜日の夜7時からやっているクラちゃんのお気に入りテレビ番組によく出演する芸人さんです。
海にもぐって魚介類をゲットしてくる、野生的な人です。マッサルとかいう名前です。
そのマッサルくんの好物がタコ、「タコ、獲ったどーーーーー!!」と雄叫びを上げる勇姿が目に浮かびます。そしてまた、とある事故も思い出されました。
タコっていうのはなんかぐねぐねした生き物です。3匹のタコを捕えたマッサルが、頭に1匹をのせて、両手にも1匹ずつ持って「獲ったどー!」をしていた際に、頭の上のタコがマッサルの額にかじりついたらしいのです。「いてっいてっいててててて!! このタコ!」のように騒ぐマッサルの姿を思い出して、クラちゃんは青ざめました。
さてこのあとクラちゃんはどうするのでしょう?
1. 果敢に本物のタコに挑戦する
2. お母さんにたこ焼きを焼いてもらって食べちゃう
3. ジュリちゃんと一緒に粘土でタコを作って、それをこねる
お好きな結末をお選びください。
10. 学校で陛下のお言葉を落とす
「あれー? おかしいな。れんらくちょうがない…」
クラちゃんは一生懸命ランドセルの中を探しました。
さんすう、こくごの教科書やノート、じゆうちょう、いろえんぴつ、いろんなものが入っていますが、連絡帳は見当たりません。
お母さんに「先生にお手紙を書いたから渡してね」って言われているのに。
先生に渡すのを忘れないようにと思って、右手にしっかり握ってきたのです。ランドセルの中に入っているはずがありません。どこかで落としたのでしょうか。クラちゃんは泣きそうになりました。
「クラヴィス、どうしたのだ?」
タイミングよくジュリちゃん登場。
「れんらくちょう、ないの」
「なくしたのか?」
「わからない……」
「ランドセルに入れていたのか?」
「ううん」
クラちゃんは首を振りました。
「手に持ってた」
「登校中も?」
「うん…」
「ではどこかで落としたのかもしれないではないか。まだ時間があるから、校門まで戻ってみよう。途中に落ちているかもしれぬし」
ジュリちゃんに手を引かれて連絡帳を探しに行くクラちゃん。でも結局見つかりませんでした。
しょんぼりしてしまったクラちゃんを、ジュリちゃんは一生懸命なぐさめます。
「クラスや名前は書いてあるのだろう? 誰か親切な人が拾ってくれたら、届けてくれるかもしれぬから、そう気を落とすな」
「うん……」
ぐすぐすぐすっ。涙と鼻水が一緒に出てきそうになって、クラちゃんはハナをすすり上げました。
「泣くな。ほら、私のハンカチを貸してやるから」
ジュリちゃんは、真っ白なきれいなハンカチで涙をふいてくれました。ハンカチからはいい匂いがします。
「それは今日一日、そなたに貸してやる。連絡帳もきっと見つかる。だからもう泣くな」
「…うん」
その日のお昼休み、担任のルヴァ先生がクラちゃんを呼びました。
「あのー、校庭でこれを拾ったっていう4年生がいて、届けてくれたんですよー」
それはクラちゃんの連絡帳でした。
「お母さんにお返事書いておきましたからねー。今度はなくさないように持って帰ってくださいねー」
やさしいルヴァ先生は、クラちゃんの頭をぽふぽふと撫でて連絡帳を返してくれました。
「よかったな、クラヴィス。やはり誰かが拾ってくれていたのだな」
ジュリちゃんも一緒に喜んでくれました。
「うん。ハンカチありがとう。母さんに洗ってもらって、明日かえすね」
クラちゃんもすっかり元気を取り戻しました。
その夜のクラちゃんの家の食卓は、珍しく早く帰ってきたお父さんもいました。
「クラヴィス、今日は何か面白いことはあったか?」
実はクラちゃん、お父さんのことがちょっぴり苦手なのです。エリートビジネスマンでいつも忙しく働いてて、滅多に顔を合わせることがないのが幸いというか、いつもいないせいでなじめないのか、本当のところはわかりませんが。
「面白いことはなかったけど、なくしたれんらくちょうが見つかった…」
「あらクラちゃん、その話はお母さん聞いてないわ」
クラちゃんは今日のできごとをお父さんとお母さんに話したのです。するとお父さんは、
「女王陛下のお言葉を落とすなんて、うっかり者だな」
と言って笑いました。
「女王へいかって?」
クラちゃんが尋ねると、お父さんは「お前のお母さんはな、世界一ステキなレディで、俺の大事な女王陛下なんだ。陛下のことを粗末にするんじゃないぜ」と言うのでした。
クラちゃんのお父さんの名前はオスカーっていいます。
「クラちゃんにあんまり変なこと言わないでくださいね」
お母さんが少し赤い顔をして抗議するのでした。
11. タコ2
「また、タコ…?」
今回の占い結果は「川原でタコを練習する」と良いのだそうです。
「そういえば、ぼくの前に占ってもらってたおばちゃんは『エレベーターで体を鍛えるのね』って言ってたけど、『タコを練習する』よりはやりやすいんじゃないかなあ…(←ちょっとうらやましい)
でも川原は人のいないとこ選べるけど、エレベーターの中って人がいること多いかもしれないよね。人がいっぱいいたらやりにくいかなあ…がんばってね、おばちゃん」
ひそかにエールを送ったクラちゃんでした。
さて、クラちゃんのお家から歩いて10分ほどのところに川があります。当然ながらクラちゃんは川原に来ています。犬を遊ばせている人や、サッカーをしている子どもたちからは少し離れたところまで行くと、クラちゃんは寝転がってみました。
転がったまま手足をくねくねと動かしてみますが、タコみたいに動けているかどうかわかりません。でも誰かに見せて「ねえねえタコみたいになってる?」って尋ねるのも恥ずかしい気がします。
それにタコを練習すればいいのであって、タコに似ているかどうかは問題ではないので、まあいいかと思いながら、しばらくくねくねしてみました。
そうしたら、聞きなれた声に呼ばれたのです。
「クラヴィスか? 何をしているのだ?」
ジュリちゃんでした。ジュリちゃんはお父さんと一緒に川原に犬のお散歩に来ていたのでした。何かが遠くで動いていると思って、気になって近づいてみたらクラちゃんだったのです。
「妙な格好をして、どこか痛みでもするのか?」
心配そうです。クラちゃんは赤くなりました。
「タコのまねをしてただけ…」
「一人で遊びに来たのか?」
「…うん」
「ではうちの犬と一緒に遊ばないか? とてもかわいいのだ」
クラちゃんは動物が好きです。家ではペットを飼っていませんが、ジュリアスの家の犬と遊ばせてもらえるなら万々歳です。
今回は闇様の占い、ちゃんといいことがあったようです。
12. クラちゃん、変なものをかわいがる
今日の占いの結果は「お風呂でお弁当をかわいがる」といいことがあるかもしれない、でした。そこでクラちゃんはお母さんに尋ねてみました。
「ねえ、かあさん。ぼくがようちえんに持っていってたお弁当ばこ、まだある?」
「あるわよ。なんで?」
「ちょっと見せてほしいの」
お母さんはキッチンの棚の奥から、小さなお弁当箱を取り出してきました。
デフォルメされたかわいい恐竜の絵がついた、クラちゃんのお気に入りだったお弁当箱です。幼稚園に入る前、お母さんと一緒にスーパーに買いにいったなつかしいお弁当箱です。
「捨てちゃったと思った? 遠足なんかのときには使えるかなと思ってちゃんと置いてあるわよ」
「よかったー」
「ついこの間まで使ってたのよね。小学校は給食があるから、毎日は使わなくなっちゃったけど」
「あのね、これ……おふろに持って入ってもいい?」
「えー? おもちゃにしちゃダメよ」
「あそぶわけじゃないの。持って入るだけ」
前からクラちゃんはときどき変なことをお母さんに頼むことがあったので、またなのねと思ったお母さんは、「持って入るだけなら、いいけど」と言ってくれました。
その日、お母さんと一緒にお風呂に入ったクラちゃんは、湯船に浸かっているあいだお弁当箱をなでなでしていました。一生懸命、「お風呂でお弁当をかわいが」っているのです。
何してるのかしら、この子。
お母さんはとっても疑問に思いましたが、自分の子どものことなので少し変わったところのあることはわかっています。オスカーが帰ってきたら話してみようと思って、クラちゃんには何も言いませんでした。
男の子のことってよくわからないわ。
やっぱりお父さんに訊いてみるほうがいいわよね。
おそらくお父さんにだって理由はわからないはず。
こいつ、誰に似たんだか。俺の子とは思えないぜ、なんて思っているかもしれません。
- いちおう、打ち止め -