良夜
「今宵七時、公園の噴水で会いたい。ジュリアス」
それを見たクラヴィスの瞳に不安の影が射した。
ジュリアスがなんで僕にこんなカードをよこしたんだろう。
噴水のところは落ち着くから好きだけど…何か用事かな?
お返事書いておいたほうがいいかな。
ジュリアスはきちんとしてないといやがるから。
「わかったよ。待ってるから。クラヴィス」
自分の書いたカードをしばし眺めていたが、クラヴィスはそれを執務机の引き出しの奥にしまいこんだ。
こんなことしか書けないと、またジュリアスに怒られるような気がした。
7時になった。
月明かりの夜。
公園の噴水。
昼間はあまり行かない公園だが、日が落ちてからなら散策することもある。
闇の館の者達は「おやめください」と言うけれど、少女のような優しい顔立ちの闇の守護聖は顔に似合わず頑固だった。
反論するでもなく、ただ自分のやりたいようにする。
最近では館の者たちも、闇の守護聖は闇が好きなのだろうと諦めて何も言わない。
ジュリアスは執務の息抜きによく散歩してるけど…。
輝く黄金の髪がまぶしい。真っ青な空のような瞳が美しい。
ジュリアスには昼間の公園がよく似合う。
そしてクラヴィスは太陽の申し子のようなその姿と昼間の公園で相対するだけの勇気が出ない。
…僕は…ジュリアスには怒られてばっかりだ。
怒らせたくなんかないのに。
どうしてジュリアスは僕を見ると怒るんだろう?
怒られても、ジュリアスには何を言っていいかわからなくて、僕は黙ってる。
するとジュリアスはますます怒る。
でも何か言っても怒らせてしまう。
だからまた僕は黙る。
いつもそうだ。
* * * * *
クラヴィスはなぜいつも何も言わぬのだろう?
あれが黙っている時間が、長い。
耐えられなくなる。
そして私は口を開く。
出てくるのは叱咤する言葉ばかり。
私が言いたいのはそのような言葉ではないのに。
クラヴィスは私のことをさぞうるさくていやな奴だと思っていることだろう。
だが、自分でもどうしたらよいのかわからないのだ。
私はただ…クラヴィスと……くなりたいだけなのに…。
どうしたらクラヴィスと普通に話ができるようになるのだろう?
私が怒ることなく。
あれがおどおどすることなく。
* * * * *
夜の公園は見慣れたいつもの風景とは違って見える。
ジュリアスは初めてそのことを知った。
歩き慣れた道に長く伸びた影が揺れて、少し怖い。
けれども怖くなどないと自分に言い聞かせて、噴水まで歩いた。
黒い衣をまとった黒髪の少年が待っている。
噴水の縁に腰掛けていた小さな姿が、ジュリアスに気づいて立ち上がった。
私が呼び出したのだから、私の方から何か言わねばならないのだろうな。
しかし、何を言ったらよいのだろう?
「…ジュリアス……。手紙読んだよ。…何?」
呟くような微かな声。
昼間はジュリアスを苛立たせるその声が、なぜか夜の闇の中では
この上もなく優しく、心地よく響いた。
「特に用事はない。ただ…」
私は、『ただ』どうしたかったというのだろう?
言うべき言葉がなかった。
そのまま天を仰ぐ。
月が美しかった。
そして、言うべき言葉を見つけた。
「そなたと共に…今宵の月が見たかったのだ。」
クラヴィスは微かに笑った。
嬉しそうに、にじむように、笑った。
そして夜空を見上げる。
白銀の月が二人の子どもを見下ろしていた。