新宇宙の女王誕生秘話



満ち足りた眠りの後のさわやかな目覚め。その朝もジュリアスにはいつもながらのすっきりとした目覚めが訪れた。が。
自分の趣味とはおよそかけ離れたピンクに統一された部屋が目に入り、一瞬の狼狽ののち、これは夢なのだ、私は目覚めていないに違いないと確信してもう一度目を閉じた。

何度か寮を訪ねているから知っている。ここはアンジェリークの部屋だ。
私がアンジェリークの部屋に寝泊りするはずがない。ということは夢を見ているのだ…。

そこへノックの音。
「アンジェリーク、まだ寝ているの? 今日は審査がある土の曜日よ。早く支度なさい!」
ロザリアの声がする。

これは…まことに夢か?

むりやり夢を見ているのだと思い込もうとしてはみたものの、実のところしっかりはっきりすっきり覚醒している気分だ。ただ、周囲の様子だけがジュリアスをして「まだ目覚めていない」と確信させたのであって、それ以外はいつもながらの速やかな覚醒ぶりとなんら相違ない。ベッドの上で起き直って再度周囲を見渡してみる。どう見てもここはアンジェリークの乙女チックな部屋だ。自分がここで寝起きするなんて、そんなことはあり得ない。あり得ないはずだがなぜか自分はここにいる。ジュリアス茫然。
一面ピンクの部屋の中でご丁寧にも淡いピンクのレースのフリルつきパジャマを着てアンジェリークのベッドを占領していることに気づいたジュリアスの茫然自失度はいや増した。もうこれ以上は茫然とできないってほどに頭の中はまっしろだ。だが扉の外にはロザリア。彼女に見つかったら!? 茫然としている場合ではない。藍色の髪の少女は返事がないことに少しいら立っているようだ。
「何をしているの? 遅れてしまってよ! 守護聖様方を待たせる気なの? …入らせていただくわ。」
かちゃり。ドアノブが回った。ジュリアスの背を汗が伝う。パニック寸前のジュリアス様である。実際にアンジェリークとそういう関係だったとしたら、誰かに見つかりそうになる事態もあらかじめ想定して、対処法も考えてあったはずだ。ジュリアスに手抜かりのあろうはずがない。心の準備さえできていれば弁の立つジュリアス、何とでも言い抜けようはあるだろう(ピンクのフリルのパジャマはともかく)。ところがジュリアスはなぜ自分が女王候補寮のアンジェリークの部屋で寝ているのかわからないのだ。いきなりそんな状況に放り込まれたまじめ一方な男がパニックに陥らない方がおかしい。

私は……アンジェリークとそのような仲だったろうか…?
そのような…部屋に寝泊りするような…ふしだらな関係であった覚えは全くない。
それに万が一そうだったとして(いやそのようなことはあり得ないが)、この私がなぜピンクのフリルつきパジャマを着て寝ていなくてはならぬ!?
大体だな、アンジェリークはどこへ行ってしまったのだ!? …いやアンジェリークと同衾しているところへロザリアに入ってこられたら今以上に困ることは確かだから、彼女がいないのは幸いなのかもしれぬ。だがロザリアに何と言えばよいのだ? それよりいきなり悲鳴を上げられたら…。
万事休す。寮母殿にかけつけられでもしたら、申し開きのしようがない。
何も覚えておらぬなどと言ってみたところで誰も納得などしないであろうな。

真っ青になって一瞬のうちにそれだけのことを考えながら開きつつあるドアを見つめていた。頭の中は無駄に回転を早めているが体が動かない。隠れる暇もあらばこそ、ロザリアが姿を見せた。

なぜかアンジェリークがこの部屋にいないのだけが救いと言えば救いだが、私がここにいるのを見られたら!?

ところがロザリアはそんなジュリアスの当然過ぎるほど当然の焦りをよそに、ジュリアスの姿を見て目を合わせても平然と「まだそんな格好でいるのね」なぞと言いながらベッドに近寄ってくる。
「ほら。手伝ってあげるからさっさと着替えて!」
かいがいしく着替えの世話を焼き始める。

待て待て待てっ! 私は男だ。そなたのような乙女がそのようなことをっっ!!!!

と思う間もなく着ていたパジャマを脱がされて(ロザリアってば素早い)、スモルニィの制服を差し出された。下着姿になったジュリアスを目にしても相変わらず少女は平然としている。ジュリアス一人がおたおたしているだけかもしれない。ロザリアは、目の前の人物はアンジェリークだと信じて疑っていないようなのだ。

私はロザリアの目にはアンジェリークとして見えているのだろうか?

疑念と共にジュリアス様、無言で衣類を受け取った。
「赤い顔をしてどうしたと言うの? 毎朝わたくしがこうして手伝ってあげないといけないなんてほんとにとろい子ね。ぼーっと突っ立ってないで、早く服を着てくださらない?」
高飛車に言われて機械的に体を動かして制服を着込んだ。白いブラウス、赤いミニスカートにボレロ。どういうわけだかサイズはぴったりだ。

見慣れたものではあるが、まさかこの私がそれを身につけることになろうとは考えてもみなかったな…。

ジュリアスはぼんやりした頭でぼんやりとそんなことを思った。
(そりゃそうでしょうとも。そんなことをちらっとでも考えたことがあるとしたら、女装癖のある怪しい奴だ)
正真正銘男性であり、しかも宇宙一誇り高い男でもあるジュリアスとしては、スモルニィの制服を身につけた自分の姿なんて死んでも見たくないのに、鏡に映っているのが見えてしまった。
うわあああああああっ!
あまりにも衝撃的なその映像に、これ以上はないほどに茫然としていたはずのジュリアスは、さらに茫然とした。
「そこにすわってちょうだい。髪は私がしてあげるから。」
衝撃のあまりぼーーーーーっとしながら指さされた椅子にすわると、ロザリアがジュリアスの長い髪を梳き下ろし、いつもアンジェリークがしている形に赤いリボンを結んで仕上げた。
「さ、これでよくってよ。なんだかあんたの髪、伸びたみたいな気がするけど…。それにしてもきれいな髪ね。ほれぼれしてしまうわ。」

なぜ!? なぜこの私が女王候補寮にいてロザリアに指示されながらスモルニィの制服を着て赤いリボンをつけられているのだ!?

うずまく疑問に思考力の大半を吸い取られ、今のジュリアスはただロザリアに言われるままに動いていた。ロザリアに促されて共に朝食をとり、もう一度身支度を整えて定期審査の場へと向かう。
女王候補の二人は守護聖たちが居並ぶ中へと足を踏み入れた。

守護聖たち…私はあちら側にいるはずの人間ではないか。何がどうなっているのだ。

ぐるぐるぐる。思考が空回りする。しかしパニックに陥っているのはジュリアス一人だけで、他の連中はごく当たり前の顔をしてそこにいる。

それでは光の守護聖の立つべき場所には……いったい誰が…?

どきどきどきどきどきどき。
こわごわそちらの方を見ると、案の定というか何と言うか、アンジェリークが光の守護聖の正装をまとってそこにいた。彼女(彼?)は「アンジェリーク、何をおどおどしている」と厳しい目でジュリアスを見た。ますます混乱。
私はいまアンジェリークでアンジェリークはいま私ででも私の目に映る光の守護聖はアンジェリークの姿のままで私は私のままで男のままで女王候補でスモルニィの制服を着て赤いリボンをつけてそれでもやっぱり男…でも他の皆の目には私がアンジェリークに見えるのだろうかそうなのだろうか私は女性になったのだろうかいやそのようなはずはない…。

思考はぐちゃぐちゃ、審査どころじゃないって感じ。


その日の審査は、堂々としたロザリアに守護聖たちの票が集まり、おろおろおどおどしていたジュリアスは惨敗した。その結果ジュリアスの負けじ魂が頭をもたげた。

私は長年宇宙とかかわってきた守護聖だ。女王候補とはいえたかが17歳の少女ごときに遅れを取ってなるものか。
(今は自分だって「たかが17歳の女王候補」の立場にあるわけだが、そんなことは彼にとってはどうでも良いことのようだ。とにかく負けるのはプライドが許さないらしい)

なぜ自分が女王候補になっちゃったのかはよくわからないが、女王候補である以上は女王候補として試験に最善を尽くすべきだという彼なりの論理に従って現在の状況に対処することにしたのである。女王候補としてのエリート教育を施されてきたロザリアではあったが、本気で育成に取り組む大ベテランかつ有能な元・光の守護聖ジュリアスに敵うはずがない。圧倒的優位にあったロザリアは見る見るうちに追いつかれ追い越され、ジュリアスが女王になるのは確実といった様相を呈し始めた。ただしジュリアスの苦手な分野がひとつあり、その方面ではロザリアに大きく水をあけられている。ロザリアだってそちら方面が得意分野というわけではないのだが、ジュリアスと比べればずいぶんと柔軟に対応できているのだ。

その分野とは。守護聖とのデートだ。
ジュリアス様、弱冠17歳の女王候補の分際で、守護聖様相手につい長々とお説教をしちゃったり、何でも知りすぎてたりとかわいげがない。特に年少組には評判が悪かった。
マルセルは怯えてしまって、アンジェリークの姿を見るとこそこそと逃げ出す。
ランディは「アンジェリーク、変わっちゃったね…」と元気がない。
ゼフェルなどは「ちっ!アンジェリークとデートしたってちっとも楽しくなんかねー。あいつってなんか小ジュリアスって感じで全然女の子と話してるって気がしねーよな」と公言している。
さもありなん。「小ジュリアス」どころか、本人なのだ。ジュリアス相手にデートしているような気分になるのも当然至極、だってその通りなんだから。

今回の異変で不思議なのは、ジュリアス以外の誰も彼とアンジェリークが入れ替わっていることに気づいていないらしいことだ。さらに、ジュリアスの立場にいるアンジェリークはどうやら意識もジュリアスらしい。
体はアンジェリークのまま、でも立場と意識は光の守護聖のアンジェリーク。
片や体と意識はジュリアス、でも立場は女王候補のジュリアス。
どっちがより気分的に楽かは……作者にもわかんない(笑)。
なので、ちょっと光の守護聖のほうの様子ものぞいてみよう。

私は光の守護聖ジュリアスだ。私は確かに男であるはずだ。今まで25年間男だったのだから、間違いない。
それなのに……なぜ急に女性の体になったのだ? しかもよりによって顔見知りの女王候補の体に!?
どういうわけか他の者たちは私がアンジェリークの体になっていることにも気づいていないようだが…。
他の者の目には私はジュリアスのままに見えているのだろうか?
それにしても、これではゆるりと入浴をすることもできぬ。自分の体なのだが何やら今までと違う部分が気になって気になって気になって気になって気になって気になって(エンドレス)……困った…(赤面)。

アンジェリーク@光の守護聖様、表情を変えない鉄面皮の下ではずいぶんとかわいらしい悩みをお持ちなのだった。だけど体は若い娘のままで意識だけ若い男性になっちゃった彼女としては、大困惑も当然だろう。かわいそうなアンジェリーク…。


* * * * *



最近のアンジェリークは変だよねぇという周囲の声の中、女王候補になったジュリアスは育成をきっちりと進めて女王位を手にする寸前、という状態にまでなった。育成それ自体ではアンジェリーク(ジュリアス)が優位、だが守護聖たちの間での人気ではロザリア。さてどちらが女王になるのか、と周囲はやたらにかしましい。

ここに至ってジュリアスは悩んでいた。悩みに悩んでいた。多分しばらく待てばこの異変も終わって元に戻るだろうと高をくくっていたのに、全然事態は好転せず、自分が女王様になっちゃいそうな勢いだ。「女王」は彼にとって忠誠を捧げる対象であって、決して自分が女王になりたいなどとは思っていない。 そんな恐れ多いことは考えてみたこともない。今の状態だって望んでそうなったのではなく、試験にまじめに取り組んだ結果が、女王即位目前という苦境なわけだ。

そもそも男の私が「女王」になれるか? なれるわけがないではないか!!
このままの状態が続いて万が一私が女王になったら、そのときは「王」と呼んでもらわねば困る…。
まずはそこから改革せねばならぬ!

あれこれ悩んでるうちに悩みの袋小路にはまりこんで、わけのわかんないところで悩んでたりするジュリアス様なのだった。


これほどにジュリアスとアンジェリークを悩ませている異変の犯人は、実は宇宙の意思であった。宇宙の意思は、アンジェリークもロザリアも新生宇宙の女王としては物足りないと感じたらしく、現生人類の中で一番信頼できる、有能で仕事熱心なジュリアスに自らを委ね、さらに守護聖の首座としてのジュリアスをも確保するための暴挙に出たらしい。
つまりジュリアスを二人にする手段として今回の立場及び意識入れ替えがなされたようなのだ(そんなバカな)。宇宙の意思は人じゃないもんだから、人の心がわからない。入れ替えをされた二人の微妙な心理まではケアできず、悩み深い状態のままに二人はほうって置かれることになったのである。

ということで、宇宙の意思の後押し(というよりはゴリ押しと呼ぶべきか)を受けて、大陸の中央の島にジュリアスの民が到達した。周囲はアンジェリークだと思い込んでるけど実はジュリアスである新女王(性別:男)の誕生だ。
「私は女王にはなれません、なれるわけがない!」とものすごく強硬に主張し固辞し続けても筆頭守護聖に諭されなだめられ、何が何でも引き受けなくてはいけない状況に追い込まれ、「謹んでお受けします」と答えながら内心引きつっていた新女王の苦衷を知るものは…一人もいない。

新宇宙と新女王に幸あれ。