Guardians
冬休みのある朝のこと。
アンジェリーク・リモージュ（大学生、19歳）は暇を持て余していた。
いいお天気…でもなーんか気分が落ち込んでるし、ドライブにでも行こうかな…。
ロザリア誘った方がいいかも。一人で出かけたってつまんないもん。
でも、ロザリアんち行くときっていつもリムジンで連れてってもらうから、道順がよくわかんないや。
…そうだ！ こういうときこそ、あれを使わなきゃね。
「あれ」とは、新システム搭載カーナビゲーションシステム『ガーディアンズ』である。
ぴっ。
「お嬢ちゃん、今日も笑顔がまぶしいぜ。…で、どこへ行くんだ？
まさかとは思うが…この俺以外の男のところへ行くなんて言い出さないでくれよ。」
流れてきたのは乙女心をくすぐる魅惑の声、ガーディアン『炎』である。
最近はお気に入りの彼がまず登場するように設定してあるのだ。
「違うってば、オスカー。←正式名称は『炎』なのだが、アンジェリークが愛称をつけた
女の子のとこよ。ほら、あんたも知ってるでしょ、ロザリア。」
「ああ、あの美人のお嬢ちゃんか。俺に目の保養をさせてくれようってんだな、すまんな。」
アンジェリーク、ちょっとふくれっ面。
「何よう、私じゃ目の保養にならないって言うの？」
「いやこれは失言だった。そういう意味じゃない。お嬢ちゃんは最高さ。
だが美しい花は美しいと称えたくなるもんなんだ…それがたとえよその花でもな。」
「…調子いいこと言って…。ほんとに仕方のない人。」←人じゃないぞ
「嘘じゃない。俺にとってレディは君だけだ。俺の目を見てくれ、真剣だろう？」
「…………………………オスカー…あんた、目ないからそれ、ムリ。カーナビなんだから。」
「…………………………………………………………………………………………。」
さすがの『炎』も返す言葉がないのか、カーナビが黙りこくってしまった。
あ、いじけちゃった…。しばらくの間他の誰かに頼もうっと。
ぴっぴっ。
「なんだなんだ？ 朝っぱらから叩き起こしやがって。オレをつかおーなんて、ふてー女だ。」
「ごめんゼフェル。オスカーがすねちゃったのよ。しばらくお願い。」
「しゃーねーな。しばらくだぜ。」
「うん、約束。指きりげんまん。」
「…オレ、指ねーよ。」
「あ、そっか。ごめ〜ん。」
「いーってことよ。で、どこ行くんだ？」
「ロザリアんち。」
「あー？ ロザリアだぁ？ …わりーな、オレあの女苦手なんだ。別のヤツ使ってくれ。」
言うなり、『鋼』は引っ込んでしまったようだ。
ホントにこのカーナビって勝手で困るわ…そこが面白いけどねっ。
ぴっぴっ。
「おはようございます〜。快晴、外気温12度、冬としてはまあまあってとこですねー。どっちにしても車の中はあったかですけどね。…えーっと、今日は何のご用ですかー？」
カーナビを使うってことは道を教えてほしいの！ そのぐらいわかってよね。それに前置きが長いったら！
「ロザリアんちに行きたいのよ。」
「ロザリア…ですかー。設定しますからねー、ちょっとお待ちくださいね。」
「ルヴァ、なるべく早くお願い。」
「わかっていますよー。」←その割には作業が遅かったりする
「ルヴァってば！」
「もうできますからねー。こういうことは、きちんとしませんと…。はい、完了しました。」
はあ…やっと。この人と話してると、テンポずれててなんかワケわかんなくなっちゃう。
悪いけど切り替えちゃお。
ぴっぴっ。
「…私を呼んだのはお前か…？」どよ〜〜〜ん。
余計にふけーきな人出しちゃった…。
「あの、別にあんたを呼ぶつもりってわけじゃなくって…切り替えてたら自然に…」
「では…私には用はないのだな…」どよ〜〜〜ん。
「ええまあ…ごめんねクラヴィス。」
「別にかまわぬ。…ではな。」どよ〜〜〜ん。
せーっかく楽しくドライブしようかってときにあの人じゃちょっとね…。悪い人じゃないけど。
今度…そうね、お葬式にでも行く時に使ってあげよっと。＜をいっ！
ぴっ。
「やあ！ おはよう！ 今日もいい天気だね。ドライブするには最高なんじゃないかな。どこへ行こうか？」
「ロザリアんちに行きたいの。」
「ロザリアの家、ね。じゃ行き先設定、と。………ゴメン、ロザリアって誰だっけ？どこに住んでるのかな？」
「ちょっとぉ、アドレス帳自分で検索してみてくれる？ あんたそれぐらいできるシステムでしょ？」
「どうしたらいいのか、よくわかんなくてさ。教えてくれないかな。」
んもう、面倒なんだから。…あれ？ 設定はさっきルヴァがしてたんじゃなかったっけ？
なんか、イマイチ信頼できないなあ…ランディはやめとこ。
ぴっぴっぴっ。
「こんにちは！ 久しぶりだね。きみに会えなくて、ぼく…さびしかった。どうしてぼくのことあんまり呼んでくれないの？」
そーゆーとこがちょっとうっとうしいのよね、このコ。
「ごめんねマルセル。」
「…今日はどこへ行こうか？ お花がいっぱいの公園？ それともおいしいお菓子を食べられるケーキ屋さん？」
「えっとね、まずロザリアんちへ行こうと思ってるの。」
「…ロザリアかぁ…ぼく、あの人ちょっと怖いんだ。なんだかぼくのことばかにしてるみたいなしゃべり方するし…」
「そんなのマルセルの気のせいだって。…お願い。連れて行って。」
どうして機械にこんなに気を遣わなきゃなんないのよっ！？
『緑』に対して下手に出ているうちにばかばかしくなってきて、アンジェリークはまた切り替えた。
ぴぴぴぴぴぴぴっ。
「私をお選びいただいてうれしいですよ。どちらへご案内いたしましょう？」
「ロザリアんちへ行きたいんだけど。」
「かしこまりました。私にお任せいただければ水が高いところから低いところへ」
「ストップストップ、その台詞は聞き飽きたわ、リュミエール。」
「これは失礼をいたしました。先日もそのように言われておりましたのに…申し訳ございません。」
そこまで謝られると、ちょっぴり罪悪感。声の調子も妙に悲しそうだし…そこがよけい罪悪感を感じさせるって言うか。
この人の常套手段よね、こういうの…。←だから相手は人じゃないって
アンジェリークはアクセルを踏んだ。
「じゃあ頼んだわよ。」
「この道を直進してください。２つ目の信号で左折です。」
「おっけー！」
運転を始めちゃえばリュミエールもまあいいんだけど。あとはあのとろい所が治ったら完璧。
「ああーっ！」
ほらきた。
「どうしたの、リュミエール？」
「左折したすぐあとの横道へ、また左折しなくてはならなかったのですが…」
「それの指示を出し忘れたって言うんでしょ？」
「…はい…」←蚊の鳴くような声
「いいわよ、もう。何とかなるから。」
言いながらアンジェリークはため息をついて切り替える。
ぴっぴっぴっぴっぴっぴっ。
「無沙汰であったな。」
相変わらず偉そうなんだからっ。
「はいそうでございますことね。ロザリアさんのお宅へ向かっているんですが。」←妙に丁寧
「ロザリアの家……………………。←目的地を確認中
ふむ。あいわかった。」
「それでですね、リュミエールが…と、違った、『水』がちょっと誘導を間違えちゃって…。」
「それも承知している。」
「あの、ジュリアス様、そこまでおわかりだったら、どちらへ進めばいいのか、教えていただけませんこと？」
「そうであったな。…この先の三叉路で左折するがよい。最近のそなたは言葉遣いも丁寧になってきた。それでこそ大学生、これからも努力を怠らぬように。」
「はいはい。」
「返事は一度でよい。」
「はい…」
はぁ〜この人相手だと肩が凝るったらないわ。
機械相手だっつーのに敬語まで使わなきゃならないなんて…。
ぴぴぴぴぴぴぴっ。
「ハァ〜イ☆ 元気してるぅ？ おや、ドライブ中だね？」
「ロザリアんち行くところなのよ。誘導お願い。」
「この私に任しときなって！」
「オリヴィエはさばけてるし、頼りになるから好き。」
「聞き捨てならんな。」←急に割り込む『炎』
「きゃ、オスカー！うれしい！機嫌直ったの？」
「フッ、もともと俺は機嫌なんか悪くしてないぜ、お嬢ちゃん。」←そうか？
「ちょっとちょっとぉ、今はこの私が誘導を受け持ってるんだよ！ 勝手に入ってこないでよ。」
「悪いが『夢』、俺は最初からずーーーーっと、このお嬢ちゃんと一緒にいるんだ。
ちょっと音声機能に問題があって、しばらく沈黙を守らざるを得なかったってだけだ。」←すねてただけ
「わかったよ…私はどうやらお邪魔虫のようだから、消えるとするか。
じゃあね。気が向いたら、また呼んでおくれよ☆」
「お嬢ちゃん…いや…俺のレディ…。やっぱり俺が一番だろう？
他の奴らは俺ほどに君のことをわかってないってことにいい加減気づいてくれ。」
私、オリヴィエはけっこう好きなのよね。だけどそんなこと言ったらまたすねちゃうかも。
「ええオスカー。もうあんた以外は使わないわ。他のは消去しちゃってもかまわない。オスカーのこと、大好き！」
ふふっ、この人相手だと私もノリが軽くなっちゃうみたい。
「…俺もだ。君を愛してる。二人きりのドライブだ、楽しもうぜ。」
車はスピードを上げてロザリアの家へと向かう。
二人きりって…ロザリアんちに着くまでの間だけなんだけど…。
それにしても、なんで急にオスカーが割り込んできたのかしら？ 確かに切り替えたはずよね…。
ま、いっか、細かいこと気にしなくても。相手はキカイなんだから…バグかな？
でもねオスカー、たとえ機械でも……大好きよ！