小説書きさんに100のお題



13. コンタクトレンズ

オリヴィエと賭けをした。「次の月の曜日にジュリアスが遅刻するか否か」という、どう考えても賭けになりそうにない内容だった。
そんな賭けなどするつもりはなかったのだが、オリヴィエの軽口に乗せられていつの間にか「じゃあ賭けようじゃないの」と言われて頷いていたのだ。
「モチロン私は遅刻しないほうに賭けるからね。あんたは遅刻するほう」
勝負は決まったも同然とばかりにオリヴィエが微笑む。
「さっきの話の流れからすると、あんたの主張だとジュリアスだって遅刻くらいするってことになるよね。私はそれに反論してたんだから、賭けはトーゼンこーなるよね」
「…仕方あるまい。その代わり、私が勝ったらお前は相当に損をすることになるぞ」
「そんなこと起こるわけないじゃない。それよりあんたこそ、覚悟しといてよね。こりゃー月の曜日が楽しみだ」
じゃあ、と手を振って、オリヴィエはヒールの音も高々とその場を去っていった。
「やれやれ…つまらぬことになったものだ…」
けれども万が一クラヴィスが勝てば、オリヴィエ秘蔵の青い貴石をもらうということで話はついている。それに対して自分の提供するものは金銭的にはまったく懐は痛まない。少し我慢をすればいいだけなのだから、悪い賭けではない。

その週末は金の曜日の晩からずっと月の曜日の朝までクラヴィスは光の館に居続けた。普段ならばそこそこのところで留めておく夜のお楽しみも、連夜ノンストップな暴走機関車ぶり。
月の曜日の朝、普段の日よりもやや遅い起床になってしまったと、気だるい体を叱咤してジュリアスが起きようとしても、絡みついてなかなか離れない。
「いい加減にせよ!」
と相当にきつく叱って、クラヴィスはようやく離れた。
「今回限りだ、許せ」
「何だ、何か理由があるのか」
夜中のノンストップ暴走機関車に理由があったとして、それが何なのか想像もつかないが、言い訳があるなら聞こうと手早く身支度を整えながらジュリアスは言った。だがそこまで言われても、クラヴィスは「成り行き上仕方なく」などと口ごもる。普段より遅くなったと急いでいるジュリアスは、二人分の朝食を部屋に運ばせておいて、それ以上追及することなく自分一人さっさと食事を済ませ、遅刻することなく出仕していった。
「そなたもきちんと出てくるように」と釘をさして。
ベッドの上でいったんは起き上がってテキパキと動くジュリアスを眺めていたクラヴィスだったが、その姿が視界から消えると同時にぼふんと枕に顔を埋めた。
だいぶ頑張ったのだが…やはり、あれを遅刻させるのは無理だったな…。
その日かなり遅れて出仕したクラヴィスは、「遅れたの、あんたの方じゃん」とオリヴィエに笑い飛ばされ、「ジュリアスはバッチリいつもどーりだったよ。ふっふふ〜ん、この勝負、私の勝ちだね! 覚悟はいいね!?」と高らかに勝利宣言を受ける破目になった。


そしてさらに次の週末のこと。金の曜日に光の館に泊まりに来たクラヴィスは、土の曜日は珍しいことに「用事がある」と午前中から出かけていった。ジュリアスはジュリアスでいつものように王立研究院に行くこともあり、いつにないクラヴィスの行動を深く追及することもなく右と左に別れたのだった。

クラヴィスの行き先は言わずと知れた夢の館。オリヴィエは、賭けの賞品を受け取ろうと手ぐすね引いて待ち構えている。ため息をつきながらの到着から約2時間後、夢の館の大きな鏡がある一室で、化粧を施され、普段着ないような衣装を着せられたクラヴィスがそこにいた。
「う〜ん、カ・ン・ペ・キ☆ ビジュアルだけならNo.1ホストだね。ホスト界の帝王ってフンイキ」
「ホストか」
クラヴィスは苦笑した。
「じゃあモデルとでも言っとこーか。あんた、サービス精神皆無ってカンジだから、どっちにしてもホストはまずムリ」
「…そうでもない」
「え? そーでもないって、何がなの?」
「サービス精神とやらだ。相手は選ぶが」
オリヴィエは吹き出した。
「ホストってのはね、お客様にサービスを提供する側なんだよ。ホストの方でお客様の選り好みしてどーすんの!」
ではやはり私には無理そうだなとクラヴィスは笑った。

日も傾きかけた頃ようやくクラヴィスは光の館に戻ってきた。
「案外と時間がかかったのだな」
ジュリアスはどことなく不機嫌だ。自分が昼には戻ってくるので、何となくクラヴィスもその頃には帰ってくると思っていたところが、思いの外遅かったためらしい。
「退任後の仕事のあてができた」
「それは一体どういうことだ」
「オリヴィエと約束があって夢の館に行っていたのだが…言われたのだ、No.1ホストのようだと」
「ホスト?」
「店で女性を楽しませる職業らしい」
「女性を……楽しませる?」
「まあ、水商売だな。見た目だけならば、売れっ子のホストのように見えるのだそうだ」
ジュリアスはまじまじとクラヴィスを見た。
「見目は悪くない。……だが」
「だが、何だ?」
「その目は?」
「ああ、賭けに負けて少しオリヴィエに遊ばれた」
クラヴィスの地の良さを損ねない程度にアイメイクを施されており、しかも瞳の色が青。カラーコンタクトをつけさせて、オリヴィエは言ったものだ。
「やっぱ思ってた通り、すっごいイイよ! あんたってちょっと見ないくらいの美形だけど、パッと見が黒髪黒目でふつーなんだよね。黒髪に青い瞳、神秘的でいーわ!」
賭けの賞品なんだから写真も撮らせろと言われて、衣装をとっかえひっかえ色々とポーズを取らされて一体どれほどの枚数撮影されたことか。
だが賭けに乗ったのは自分だから仕方がないと延々続く撮影会につきあって、ようやく解放されたのがつい先程。
「使い捨てのカラコンだから、テキトーに処分して」とオリヴィエが言ったので、遊ばれついでにジュリアスの反応を見ようと、メイクやカラーコンタクトはそのままで光の館に戻ってみたのだ。

そのままの姿でクラヴィスがキスをしようとすると、ジュリアスは困惑の表情で顔を背けた。
「瞳の色が違うと……まるで別の男からくちづけをされるようで落ち着かぬ。さっさと外してくれ」
外してこないとキスもさせてもらえないらしい。
ジュリアスに言われて、「ではついでに化粧も落としてくる」とクラヴィスは洗面室へと入っていった。

賭けに乗ったのは、オリヴィエに見せられた、お前の瞳のようなあの青い石が欲しかったから。
ピアスにすればさぞお前に似合ったことだろう。
結果は負けで散々に遊ばれたが、不思議と悪い気分ではない。

何となく、頬が緩む。
それはジュリアスの言葉が、「クラヴィス以外の男など受け付けない」と聞こえたからかもしれなかった。





■BLUE ROSE■