プレイボーイの懊悩


ジュリアスと恋仲(と周囲が思っている状態)になって以来、(それ以前と比べれば)非常に機嫌よく元気で人生に前向きだったクラヴィスが、なぜだか最近また元気をなくしている。
リュミエールが心配して、「どうかなさいましたか」と尋ね、手を変え品を変えその理由を探ろうとしても、一向にはかばかしい回答が得られない。もともと口数の少ない闇の守護聖であったが、今回の不調の原因に関しては貝のように口を閉ざしっぱなしだ。ジュリアスも無論心配してあれこれ尋ねてくるが、クラヴィスは首を横に振るばかりだった。
そのココロは。

ジュリアスは運命の相手だ。となれば、なすべきことはひとつ。
結婚だ!

しかし、ここでハタと困る。自分は男、ジュリアスも男。
結婚とは、確か男女でするものであったな…。
ということに気がついたからである。もうずっと前から思いつめてきた、運命の相手との結婚。
自分に安らかな眠りをもたらしてくれる人=運命の相手と、自分は結婚するのだと長年夢見てきた。けれども(傍目から見て)千人斬りを果たしたというのに、運命の相手は一向に姿を見せない。そんな相手は永遠に現れないのかと諦めかけた頃、ついにその相手が見つかった。ただし、男。だが当初そんなことはすっかり頭から飛んでいってしまった。何年ぶりかで手に入れた熟睡できる夜にすっかり舞い上がっていて、満ち足りた眠りが得られるというそれだけで幸せで、「結婚」のことを思い出したときにはジュリアスと半同棲状態になってから早くも数ヶ月が過ぎていた。

運命の相手だったのだと喜んだというのに、いきなりの挫折である。その相手がよもや同性だなんて、まったくの想定外だったのだ。思い切ってこの件についてジュリアスと話し合ってみたところで、事態が好転するとはとても思えない。第一何をどのように告げたらよいものか。結婚に至るにはまず相手を愛し、愛されるところから始めるべきだという一般常識は持っている。だがジュリアスと自分は数ヶ月たった今でもそのような関係にはない。もっともオリヴィエに言わせればクラヴィスはジュリアスに恋をしているとのことなので、第一関門はクリアしているかもしれない。愛だの何だのを置いといても、ジュリアスは人生の必需品なのだし。自分にとっての運命の相手であることは確定である。けれどもジュリアスの気持ちを確かめたことはなかった。それに、どう考えてみても、

普通の男であるあれが、男を恋愛の相手に選ぶとか、ましてや生涯を共にする相手として考える――などということは、天地がひっくり返ってもあり得ない気がする…。

というごく常識的な結論に至る。ジュリアスに何を聞かれても、結婚のケの字も出せず、口をつぐんで首を振るしかない。

男のジュリアスにプロポーズ……って、どうしたらいいのか。
とてもじゃないがジュリアスは承諾してくれそうにない。って言うか、結婚自体がそもそもムリって言うか。
現在の半同棲状態でも、夜の睡眠はバッチリ確保できる。ならば当面このままでも、と思わないでもない。
だが根がマジメな質であるクラヴィスの心は、面倒なことに「同棲というのはよろしくない」という方向に傾いていた。運命の相手と出会ったからには、やはりきちんと結婚すべき。ところがその相手が男。八方ふさがり。そんな考えにすっかり支配されていて、打開策のなさに元気をなくしているという次第だった。

そうしたわけでリュミエールやジュリアスが親切に尋ねてくれても、
「…いや、何でもない」
と言葉を濁し続け、オリヴィエと過ごす爪のお手入れタイムにもついついため息がこぼれてしまう。

「あんた最近どーしちゃったのさ? 元気ないじゃん。大事な大事なジュリアスとケンカでもした?」
にんまりと、茶化すような笑みとともに尋ねられた。クラヴィスは憮然として答えた。
「そのようなことはしない」
「うまく行ってるんだ」
クラヴィス、無言でうなずく。
「じゃあなんでそんな暗いカオしてるワケ?」
そもそもクラヴィスがジュリアスに恋してるなどと晴天の霹靂なことを言い出したのはオリヴィエだった。悩み始めるきっかけとなったのがその発言だった。つまりこの男が元凶と言えなくもない。では問題発生の源となったこの男なら、何か打開策を授けてはくれないものか。恋愛の場数は相当に踏んでいそうだから、頼るべきはこの男かもしれない。わらにもすがる思いでクラヴィスは口を開いた。
「結婚したい…」
オリヴィエは目を見開いてまじまじとクラヴィスを見つめ、たっぷり3秒ほど間をおいて、
「ケッコン?」
とつぶやいた。相変わらずの口数の少なさで、途中経過をはしょっていきなり核心部分を口にした相手に、オリヴィエはまあ待ちなよとばかりに肩に手を置いた。これは順を追って話をしないと、ね。
「ケッコンって、誰と? 好きな女でもできたの? ジュリアス以外に?」
「そうではない。相手はジュリアスだ」
「だったら納得だけど」
と言った直後にオリヴィエは眉を寄せた。
「ケッコンなんて言い出すから、女がほしくなったのかって勘ぐっちゃったよ」
オリヴィエの言うことがいまいち理解できない。女のどこがそんなにいいのか。ジュリアスという得難い抱き枕をすでに手にしているクラヴィスにとって、男だろうが女だろうが他の人間なんか論外だ。だが頼った手前、一応はその意見も考慮してみることにした。

…確かに…オリヴィエの言うことにももっともな点はある。結婚は女とするものなのだから結婚相手を求めるならば女を探したほうが手っ取り早いのかもしれぬ。だが、これからまた熟睡させてくれる女を求めて、毎日毎日違う女に声をかけ続ける? 何年も続いたあの暗黒の日々を過ごすのか? もう二度とあんな思いはしたくない…。
「今更よく知らぬ女とどうこうしたいなどとは思わぬ」
その返答にオリヴィエははーっとため息をついた。
「あんたの一途さには敬意を表するけど、ジュリアスは男だよ。ケッコンは難しいってか、無理なんじゃない?」
クラヴィスは首をうなだれた。
「だから…困っている…」
と言った後、心底困った風に見上げてくるクラヴィスの瞳は、オリヴィエの心臓を直撃する破壊的な威力があった。
「ああっもうっ! そんな目で見ないでくれる?」
きょとん。
そういう音が出そうなほどにきょとんとしたクラヴィスが不思議そうに「どういう目だ…」と言った。
「あんたね、いい加減自分の魅力に気づきなさい! 同僚にコナかけてどーすんの! つってもあんたにはその気まるでナシなのはわかってんだけど」
わかってても落とされそうになっちゃうほどヤバいくらいの目力があるんだよ! とオリヴィエは心の中で突っ込んでおいて、顔はひきつり気味にニッコリ。この相手には、そういうこと言ったってさらにきょとんとされるだけだ。言うだけムダムダ、という心境からの「ニッコリ」である。
「あのねークラヴィス」
「何だ」
「世の中ゲイのカップルってのもけっこうな数いるワケ。同性同士で愛し合うそういう人たちがケッコンしようと思ったら、代替手段として養子縁組するってテがあるんだよね」
クラヴィスの瞳がきらきらと輝いた。
そうか、手段がないわけではないのか!
にしても、養子縁組?
「しかしそれは……結婚とは全く別物ではないのか?」
「別物は別物だけど、法的にちゃんと家族になるって点はイッショでしょ。相続とかもできるわけだし〜」
「なるほど」
クラヴィスの表情は目に見えて明るくなった。
「ところであんた、肝心かなめのプロポーズはしたんだろーね?」
「…いや」
ずっと一人で悩んでいて、ジュリアスにはまだ何も言っていない。っていうか未だ恋愛関係にすらない。
どよ〜ん。またも暗く沈むクラヴィス。
「何さ、何落ち込んでんの。あんたたちラブラブでしょーが!」
オリヴィエは二人の関係の実態を知らない。現状でもある意味ラブラブと言えなくもないが、結婚云々と言った意味でのラブラブには程遠いという二人の状態を。
「気恥ずかしくて…これまでそのような話をしたことがない」
ほんのり頬を染めてぷいと横を向いたクラヴィスが、なんかもう異様に可愛くて「もー、イイ加減にしてくんないかな可愛すぎてヤバいってば!」的にオリヴィエの心をまたしてもかき乱しているが、例によって本人にはまったくその自覚がない。オリヴィエはため息をついた。
「気恥ずかしいってね……。しっかりしなよ! とにかくまずはジュリアスにプロポーズ。そこをきっちりやらなきゃ何も始まんないでしょ!」
バンと背中をどやしつけられ、せき込んで涙目になるクラヴィスであった。

爪のお手入れタイムも終わって闇の執務室に戻ったクラヴィスは、オリヴィエとの会話を思い返していた。
結婚とは違うが、ジュリアスと家族になる手段があることはわかった。だが結婚であれ養子縁組であれ相手の同意は不可欠である。ジュリアスにプロポーズ(?)することを一人もんもんとしながら想像して、クラヴィスは恥ずかしさのあまり真っ赤になった。今まで一度もそういう状況に置かれたことがない彼としては、どう話を進めるべきなのかさっぱりわからない。友人からそういう話を聞かされた経験もなく(そもそも「友人」と呼べるような関係の相手がほとんどない)、恋愛小説も読んだことがない、そういうシーンのある映画も見ない。何しろ長年にわたって睡眠確保のための努力で忙しかったのだ。そんなことに費やしている時間なんかなかった。オリヴィエに「さっさとプロポーズしろ」とけしかけられ、そこを通過しなければ二人の未来はないことは理解した。が、何をどうしたものか。
ことのついでだ。プロポーズの仕方もオリヴィエに伝授してもらうべきか……。

物知りのルヴァに尋ねるか、あるいは女たらしのオスカーに尋ねるか。そういったことも一瞬心をよぎったが、彼らに新たに事情を説明するのも面倒だ。それに そんなこと話すの、ものすごく恥ずかしいし。と、クラヴィスは赤い顔になりっぱなしである。
今現在、クラヴィスの頭の中では、

前途多難。

その四文字がぐるぐるしている。





■BLUE ROSE■