プレイボーイの初恋


最近、おかしい。
急に心臓が動悸を速めて、息苦しく感じたりする。
心臓に何か問題があるのだろうか。

そんな心配をしてしまうくらいに、胸に変調を感じている。
長年悩まされた不眠については、対処法がはっきりしていたので医師に相談する必要を認めなかったクラヴィスだったが、今回はわけが違う。こんなことは今までに経験がない。定期的に行われる健康診断以外で医者に診てもらおうだなんてこれまで考えたこともないが、この変調にはいささか不安を感じ、生まれて初めて自らの意思で医療センターに行って、相談してみた。
以前の健康診断の結果を引っ張り出してきて確認した医師は、
「前回までは特に変わった所見はございませんでしたが、急な不調ということでしたら検査をしてみましょう」
と言った。問診後いろいろ診察をされて、心電図を取ってみたりもした。
「別に気がかりなところはありませんねえ。クラヴィス様は健康の見本のようなお体でいらっしゃいます」
と、医師のお墨付きももらった。医学的に憂うべき状態ではないことがはっきりしたのは良かった。でもやっぱり変なのだ。誰が何と言おうと、検査の結果が非常に良好で、「クラヴィス様はみごとな健康体でいらっしゃいます」と何度言われようが、本人的にはおかしいと感じているのだから、どこかがオカシイに違いない。

そうしたわけで執務中と言わず休憩時間と言わずため息をもらしていた。週に一度の爪のお手入れタイムにもクラヴィスは思わず知らずため息をついていて、オリヴィエに突っ込まれた。
「なーにため息なんかついちゃってんの。幸せが逃げてくよ!」
クラヴィスはいささか憂鬱そうな笑みを浮かべた。
「どうもな……このところ調子が悪いのだ」
「調子が悪いって、どこが?」
「胸のあたりなのだが」
オリヴィエはしげしげとクラヴィスを眺めた。
いつも通り、と見える。いやむしろ最近クラヴィスは艶やかさを増して、目を奪われる美しさだ。彼の控え目だった美が突然に花開いたかのように。陳腐すぎる表現だが、サナギが蝶になるように。今の憂いを帯びた表情なんか、同じ男の自分でも思わず生唾ゴックンもの。
これが女の子相手だったら、「最近急にきれいになったけど、恋でもしてる?」なんて軽口のひとつも叩きたいところだ。
と思ったところでふと、もしかしたらそれが真相かもしれないとオリヴィエの目がきらり〜んと光った。

ジュリアスとラブラブなカップルになってもう数ヶ月は過ぎたはずだ。でもクラヴィスが急にきれいになったのはここ最近のこと。数ヶ月もたてば恋愛当初の情熱も冷めてくる。ではプレイボーイの病が再発して、誰かに浮気でも? これは面白いことになるかもよ?
「あんたのその症状、も少しくわしく聞かせてくれないかなァ」
と、内心のワクワクを押し隠して、私は別にどーでもイイんだけどねといったふうを装って、オリヴィエが尋ねた。
「医療センターに出向いて検査もしたのだが、何も問題ないと言われた」
「でもあんた自身は異常感じてるんでしょ? それを教えてって言ってんだけど」
「…どきどきする」
「つまり、前は感じなかった動悸がするってことかな」
「そうだ」
「それはどういう時?」
クラヴィスは思案する瞳になった。
自邸に戻ってその日のお泊りセットを用意していると、なんだかどきどきそわそわする。光の館へ向かおうと馬車に乗り込めば、とくとくとっくん、と心臓が妙なリズムを刻んだりする。
ジュリアスの部屋で主の帰りを待っているときも、やたらと鼓動が速まる気がする。
ジュリアスが帰ってきて、「また待っていてくれたのか」と言われると、動悸最高潮。やたらとどきどきして、思わずこくこくうなずいて、「何なのだ、子どものようだな」なんてきれいな笑みを見せられると、痛いほどに胸が高鳴る……。

これってつまり。彼の動悸にはジュリアスが関係している、ということで。クラヴィスはオリヴィエに問われて考えてみて、今初めてそのことに気がついたのである。
「ジュリアスだ」
「んー? なんだって?」
「ジュリアスのことを考えたり、ジュリアスの声を聞いたり顔を見たりすると…おかしくなる」

これは! 浮気かと思ったけど、ジュリアスに恋してるだけじゃん!!
ニンマリとオリヴィエは笑った。
「あんた最近、新しいカノジョとかできた?」
クラヴィスは眉をひそめた。
「彼女…何の話だ」
「あんだけとっかえひっかえ女の子誘ってたのが、最近ジュリアスにベッタリじゃん。そろそろあきたんじゃないかなー、なんて」
ベッタリなのはジュリアスが大切な抱き枕だからであって、彼がいなくては安眠できないクラヴィスにとってそれは飽きる飽きないの問題ではない。ジュリアスは人生の必需品だ。彼の生活に必要不可欠、なくてはならないものだ。
「ジュリアスに飽きる? そのようなことはあり得ぬ。あれは私の人生の必需品だ」
きっぱり言い切ったクラヴィスを少しまぶしげな瞳で見やって、オリヴィエは確信に満ちて言い放ったのだった。
「だとするとさー、あんた真剣に恋してるんだとしか思えない」
恋。その考えはなかった。
とクラヴィスは思った。だってオリヴィエにも言った通り、大事な抱き枕は人生の必需品であって、枕に恋をするかと言えば――普通それはない。それに。
「だが私もジュリアスも男だぞ」
「男同士が恋しちゃいけないって法はないでしょ。今更何言ってんのさー」
すんごいラブラブのアツアツな恋人だったくせに!とばかりに、きゃはははっとオリヴィエは笑った。
「あんたのこれまでの女遍歴はすごいけど、結局のところホントの恋のケーケンなかったってことだよね。クラヴィス、あんた恋してるんだよ」
「……恋?」
さっきも言われたが、何だか納得がいかない。
確かにオリヴィエの言うとおり、人は同性に恋することがあると知っている。けれども自分がそうだとは思っていなかったために、どうも腑に落ちない。
「何でそこまでジュリアスがいいのかわかんないけどさ、それが恋ってもんじゃない?」
いや、なぜジュリアスが良いかと言えばそれはあれが特別な抱き枕だからで…。
しつこいようだがクラヴィスの中で答えはそれしかない。だがそれとは別に、心臓がおかしいと思っていたのは実は恋をしているからなのかもしれない。現在患っている症状への新たなアプローチは、クラヴィスを深く考え込ませた。
「そんな深刻なカオすることないじゃん。あんたたち、すっかりできあがっちゃってる恋人同士なんだし! 自覚するの遅すぎって気もするけど、とにかくあんたはジュリアスにゾッコンってこと!」
バンと背中をどやされて、クラヴィスは軽く咳き込んだ。
「…何をする」
「ハッパかけてあげてるに決まってるじゃん。くだらないことで悩んでないで、恋を楽しめばいーの!」
恋を楽しむ。
恋とは楽しむものなのだろうか?
それより何より、自分のこれは本当に恋なのだろうか。
これまでの人生の大半を眠りを得るための努力に費やしてきたクラヴィスは、恋や愛とは無縁の生活だった。そのせいで、いい歳だというのにそれらの実態がどうもよくわからない。よって自分の今の状態が本当にオリヴィエの言うように恋をしているのかどうか、判断がつかないのである。

……困った。

ジュリアスと寝るようになって以来絶好調だったクラヴィスだが、ここ最近の胸の不調に加えて、オリヴィエと話したことで新たな問題を抱えることとなった。

その晩はジュリアスに不審な様子を見とがめられて、
「何かあったのか」
と尋ねられて、ドキドキドッキ〜〜〜〜ン!!!!
「少し…考え事をしていてな…」
とごまかしたものの、心臓バクバクである。
ジュリアスのきれいな青い瞳を見つめながら私はお前に恋をしているのだろうかと考えていた、なんてことはとても言えない。
少々顔を赤くしたクラヴィスは、
「何でもないのだ…もう寝る」
といつものようにジュリアスを抱きしめて、どきどきしながら目を閉じた。
「恋」なんてオリヴィエに言われて妙に意識したせいか、安眠を約束してくれる抱き枕をしっかりと抱きしめてもこの晩はなかなか眠りが訪れなかった。
眠れないままに考えていたのだが、そう言えば「自分に安らかな眠りを与えてくれる女性が現れたら、それは運命の相手だ。その女性と結婚する」と決めていたのだったと思い出した。

大変だ! ジュリアスはまさに運命の相手だったのだ!
最初にジュリアスと寝たときに、ようやく運命の相手に巡り合えたと喜んだのではなかったか、私は。
たまたまジュリアスが男だったために結婚など考えもしなかったが……この先ジュリアスほどの素晴らしい相手が現れるとは到底思えない。
というか、今更他のよく知らない女性と寝るなどまっぴらだ…。私はジュリアスがいい。
こうなった以上、ジュリアスと結婚するのが最善であることは明らかだ。
オリヴィエに言わせれば私はジュリアスに――恋、をしているらしいのだし。ならば結婚に何の不都合があろうか。

ここまで考えて、何だか居ても立ってもいられないような恥ずかしさのあまり、クラヴィスはくるりとジュリアスに背を向けて、と言っても背中はジュリアスにひっつけたままで、ひとりで真っ赤になっていた。

だが待て、男同士で結婚ができただろうか…?
それに私はジュリアスに求婚もしていなかった。あああああああああああこの先何をどうしたらよいのか、誰か私に教えてはくれないものか!

大切な抱き枕であるのは事実だが、それ以前にジュリアスは一人の人間で、自分の運命の相手。
そのことに改めて気づいて受けた衝撃と、この先に待ち受けているかもしれない困難に一人悶々としながら、その夜は更けていった。





■BLUE ROSE■