プレイボーイのライバル


最近ジュリアスは物思いに沈むことが多い。執務はいつも通りにこなしているし、傍目には以前と何も変わらないが、首座も人の子、悩みがないわけではないのだ。クラヴィスの抱き枕でいることが少々辛く感じられる昨今、執務中でありながら思わずため息をついちゃったりもする。光の執務室での話の途中でそれを聞きとがめたオスカー、
「……どうなさいました?」
と控えめに尋ねてみた。このところジュリアスがふと見せる表情は、どう見ても恋に悩む人のそれだった。

そのため息の何と雄弁なことか!
他の誰も気づいていないかもしれないが、お側にいる俺にはわかる。

オスカーとジュリアスは、対クラヴィスの同志であったはずなのに。突然に筆頭守護聖たちが恋人同士になって、誰よりも驚愕したのはオスカーだったかもしれない。以来何とも複雑な気持ちを抱えながら、相変わらずてきぱきとジュリアスの補佐を務めていた。
何が複雑かって?

聖地でプレイボーイとしての人気を二分する存在であったクラヴィスが一人に的を絞ってくれたおかげで、今や聖地一のプレイボーイは文句なしにオスカーだ。どんな女も選り取りみどり、そっち方面ではウハウハ状態だ。が、なぜかそれが虚しい。ふとした拍子に心をよぎるすきま風。目の前にいる素敵なレディは理想的な恋の相手なのに、以前ほど燃えない。枯れるにはまだ早い、一体俺はどうしちまったんだと考えていて、気がついた。強力なライバルが忽然と消えてしまったのが虚しさの源だ。あの腹立たしい男の存在あってこそレディとの交際にも力が入っていたらしい。要するに、一人天下はつまらないのだ。今となっては、何であんな顔以外取り柄のないような奴が俺とタメ張れるんだという苛立ちさえもが懐かしい。そういう苛立ちや不快感までも含めて、あれはあれで充実した日々だったのだ。

さらに。オスカーの敬愛する光の守護聖に恋人ができて、何と言ったらいいのか、大事なものを取られたような? 何だか寂しいような心持ちがしてしまうのである。しかも、かっさらっていったのがライバルのクラヴィスだ。

ジュリアス様があの方にふさわしいすばらしいレディと恋をなさったというのなら、盛大に祝福もしよう、だがよりによってあの怠惰の塊、闇の大魔王だぜ!(←最近はきちんと執務に勤しんでいることは棚上げ)。
だが蓼食う虫も好き好きという。恋は他人が強要できるようなものじゃない。だから……はなはだ不本意だが百歩譲って相手があの男でも仕方がないとしよう。けれどもそれは、幸せな恋をなさっているという条件を満たしている場合に限りだ。誇り高いこの方がこんな悩ましいため息をつくような恋なんて。それもあの男を思ってのことだなんて、許せるものか!

ジュリアスが恋をするのにオスカーの許しは必要ないと思うが、そんなことは頭に血の上ったオスカーには関係なかった。なぜお二人が、という解せない気持ちと、腹立たしさ、正体不明の悔しさが入り交じって、レディ争奪戦からリタイアしたクラヴィスに対して相変わらず含むところ大ありだ。いやむしろ以前の10割増くらいにはなっているかもしれない。だがそれを分かち合う同志であったジュリアスは、相手方に取り込まれてしまった。
炎の守護聖、もやもやもやもやと何やら不完全燃焼な気持ちがくすぶりっぱなしなのである。

それでもジュリアス様さえお幸せならば、俺は黙っていよう。と、男らしく何も言わず静かに見守っていたわけだが、最近とみにジュリアスの表情が冴えないのが気がかりだ。しかも腹立たしいことにクラヴィスは以前と比べれば元気ハツラツと言っていいくらいに元気。
あの闇の大魔王が俺の大切なジュリアス様を悩ませているとしたら、ただでは置かん!!
という心の中でめらめらと燃え上がる炎を慎重に隠して、この日ついに恋に悩むジュリアスを気遣う言葉を口にしたのである。「どうなさいました?」と。問われて、ジュリアスは目を上げた。
「どう……とは?」
ため息をついていたことに気づいていないらしい。
「何か気になることでもおありですか。ため息をついていらっしゃいましたが」
「私が? ため息?」
「はい」
「……いや。特に対処に困るような案件があるわけでないとそなたも知っていよう」
「俺が申し上げているのは職務上のことではありません。失礼ながら、何かプライベートでお困りのことでもあるのではありませんか」
恋人とうまく行っていないのかとあからさまに尋ねるには、首座は謹厳に過ぎる。しかしこの問いにジュリアスは彼としては過敏なほどの反応を見せた。

ぎくっ。
困っている。それも大いに。

まさか執務室でオスカーからそのようなことを言われるなどとは思っておらず不意打ちを受けたために、非常に珍しいことに内心の動揺をあらわにしてしまった。首座の表情にオスカーは、
「やはり何かあるのですね」
とたたみかけ、
「なくはない……」
という答えに思わず、
「クラヴィス様があなたに無理難題を言っているのではありませんか!? あなたの意志を無視して勝手をするとか!!」
と厳しい口調で言い募った。クラヴィスの名を出されて、ジュリアスの混乱は増した。確かにクラヴィスのわがまま勝手に付き合わされている状態で、ジュリアスの意志はほぼ丸無視。最初にうっかり許容するような発言をした自分にも原因があったと思っているので、あまりきついことも言えずにいたというのが実状だ。そして、好きだと気がついてしまってからはジュリアス自身は無自覚のうちによけいに態度が甘くなっている。するとお子様なクラヴィスにますます甘えられる、という悪循環に陥っている。それにしても。
「なぜここであれの名が出るのだ」
「なぜって、有名ですよ! あなたとクラヴィス様がこい……」
恋人同士だってのは! と勢い込んで言いかけて、すんでのところでオスカーは口をつぐんで、言い直した。
「クラヴィス様が毎夜あなたの館を訪れることは皆知っています」
「……そうなのか」
なぜだかわからないがクラヴィスの訪問は周知のことらしいと知って、少し疲れたような声でジュリアスは答えた。隠してはいないのだから、知られていても不思議はない。このことは紛れもない事実だったから否定する気も起きなかった。何しろ首座様、二人は恋人同士だと周り中から誤解されているなんて、とんとご存じない。男同士で恋人だと思われるなんて、彼の想定の範囲外なのだ。
しかし、忠実なる副官はそうは捉えなかった。ジュリアスが否定しなかったことで、「やっぱりお二人が恋人だっていう噂は事実だったんだな……」とさらに誤解を深めた。
「クラヴィス様が毎夜いらっしゃるのを……その、ご負担に思われるのならば、少し距離をお置きになったらよろしいのではありませんか」
あんな怠慢男捨てちまってかまいませんよジュリアス様! あなたにふさわしい相手ではありません!
心の中で力説しているそれらの言葉はさすがに口にはできない。
「それは私も思う。しかし……あれがなかなか承諾しないのでな」
「あなたが優しくすればつけあがるだけです!」
「だが」
眠れないでいるのはかわいそうだと思うと、きっぱりと突き放すことができぬ。
それに、きちんと眠るようになって執務状況が劇的に改善したという事実に加えて、できれば親しく語り合いたいという私自身の希望もあり、それがようやく少し叶いつつある状況だからな……。

そんなことを思ってまたもため息をついたジュリアスを、オスカーは痛ましそうに見た。

あんな男にひっかかって、さぞご苦労なさっていることだろう。薄情にも何百人ものレディをとっかえひっかえして顧みることのなかった男が、何をとち狂ったかジュリアス様にここまで執着するとは。お二人が執務時間中に控えの間で、という噂を聞いたときにはまさかそんなことがと信じられず、あの男の誘惑に乗るなどジュリアス様らしくもないと思った。だが、こんなことになるのなら一度限りの戯れであってくれた方がずっとマシだ。
何とかあの男の毒牙から救ってさしあげたいものだが……ジュリアス様のほうでも相当に入れ込んでいらっしゃるご様子。どうしたものか。今は恋に目がくらんでいらっしゃるのかもしれないから滅多なことは言わないほうがいい。恋ってものは反対にあえばかえって燃え上がったりするからな。
今は俺がジュリアス様の味方であるとだけお伝えしておけばいい。

「ジュリアス様さえよろしければ、俺はいつでもご相談に乗ります。それをどうかお忘れなく」
「ああ……ありがとう。覚えておこう」

微笑で答えたジュリアスを見て、炎の守護聖オスカー、敬愛する首座のために一肌脱ぎたいという思いを新たにしていた。少なくとも彼の意識の上では、私心なくあくまで首座のためを思っているのだ。その結果としてクラヴィスがジュリアスと別れてレディ争奪戦線復帰を果たしてくれれば、またあの充実した日々が取り戻せる! と、彼がそこまでを考えていたかどうかは定かではない。





■BLUE ROSE■