プレイボーイの初体験


以前はベッドに入って横になればクラヴィスに抱きしめられ、その状態で特にすることもないというか何もできないので、目を閉じてさっさと就寝というジュリアスだったが、最近はすこーしばかり様子が違う。
「友としてクラヴィスと語り合いたい」という彼のひそかなる野望を実現するには、ベッドの中が手っ取り早いということに気がついたからだ。

判で押したような生活をしてきたジュリアスの習慣は強固だった。平和を満喫しているこのご時世だというのに、いまだに特に急ぎでもないのについ持ち帰った書類と遅くまでにらめっこしている。そのためクラヴィスが光の館に居つくようになってからずいぶん経つ今に至るまで、友達らしく言葉を交わすきっかけがつかめなかった。特別に時間を設けて改めて面と向かい合っていざ話を、というのが大仰すぎるのはいかなジュリアスとてわかっている。何しろ、クラヴィスと交わしたいのは要は他愛のない雑談なのだ。ところが、光の守護聖ジュリアス様は「友人との雑談」というものをしたことがなかった。どんな雰囲気でどういうテーマで話したものやら皆目見当がつかない、ここが最大のネックだった。以下、ジュリアスによる雑談シミュレーション。

〜シミュレーション開始〜
時は夕食後、私室にて。
まずは椅子に腰かけた状態で、コーヒーテーブルをはさんで向き合うことから始めるべきか(軽い雑談をしようというのに、なぜ卓をはさんで相対さなければならないのか、そのあたりはジュリアス様でなければわからない)。
雑談なのだから、「まあ楽にしてくれ」と声をかけてクラヴィスを座らせた後、自分も背筋伸ばしてぴしっと座って、双方が位置についたところで、おもむろに第一声。
 「そなたと、友として語り合いたい」←ごくごくマジメな顔で
 「…ん? 語り合う? 何を?」きょとん。
 「……それが……特に話すことがない」←困惑した様子で
 「話すことがないのに、何を話そうというのだ?」←当然の疑問
 「う……む。話にならぬな……」がっくり。
〜シミュレーション終了〜

正攻法すぎて、玉砕。会話になる以前の問題であるということは容易に想像がつく。これ以外にうまい方策も思いつかず、毎晩通ってくるクラヴィスとろくな言葉も交わさないままだったが、あるときふと「就寝前でくつろいだ気分の寝床の中ならばうまく行くのではないか」と思いついた。遅すぎの感がなくはないが、気がついただけでも良しとしておこう。何しろあの仕事一筋のジュリアス様だ。他のことにあまり気が回らなくても仕方あるまい。

そうしたわけで、今宵もまた以前よりは少しだけ早めに仕事を切り上げて、夜着に着替えていつ眠ってもかまわない体勢を整えてからクラヴィスと仲良くベッドイン。夜具に包まれて身を寄せ合って、と言うよりも、寝るにあたって人の体温を求めるクラヴィスに抱きしめられて見つめ合う。すぐに目を閉じるとクラヴィスもそのまま眠ってしまうから、ここで目を閉じないということが肝要だ。そうしてようやく眠りに入るまでの僅かな時間、貴重なおしゃべりタイムが訪れる。

男ふたりがベッドで抱き合って見つめ合うという妖しげな状況で、見た目大人なくせに中身お子様なクラヴィスが話してくれるのは、幼い頃の思い出が大半だった。それでもそんなふうに彼の生い立ちを聞いたことがなかったジュリアスは、興味深く聞いていた。もともと口数の少ないクラヴィスのことでもあり、しかもジュリアスとひっついていればものの数分もあれば寝入ってしまうので、一度に話してくれるのはごくごく断片的なことでしかない。しかしそれが毎夜続けばある程度の輪郭は見えてくる。相変わらず自分から語るべきことはほとんどないが、寡黙なクラヴィスがなぜかこの状況では自発的にぽつぽつと話をしてくれるのでそれに相槌を打てばいい。話に耳を傾けていて思いついたことがあればそれを口にして、二人の夜毎の会話は何となくいい感じで続いていた。
彼の幼い頃の暮らしぶりや母への思慕を聞かされることで、より一層クラヴィスという男への愛しさが増した気がしている。愛しさと言っても、ジュリアス本人は「この気持ちは、友というよりは弟への愛情に近いのかもしれぬ」と思っている。もしも弟がいたなら、このように愛おしく守ってやりたいような存在であったかもしれない。クラヴィスの口からこぼれる言葉は、話しぶりこそ大人だがその内容は年端の行かぬ子どもの話を聞くようで、何だかくすぐったく、それでいて温かい気持ちにさせられるのだ。

ところがこの画期的なおしゃべりタイムのせいで、ジュリアスにはまた新たに困ったことが増えた。発端はクラヴィスの記憶から拾い上げられた母の思い出。
話しているうちにいろいろと思い出すこともあるのか、連日のように語ってもクラヴィスの話は尽きない。その夜は、母がおはようのキスだけでなく、眠りに就く前にはおやすみのキスをしてくれたのだとベッドの中で懐かしそうに語った。
「ほう、そうであったのか」
と聞いていたジュリアスに、
「なぜ今まで忘れていたのだろう。毎朝のくちづけと同じように、毎夜してもらっていたのに…」
と本当に不思議そうにクラヴィスは言った。さらにその夜の話の仕上げとばかりに、「おやすみ」という甘い囁きと共に優しく頬に触れてきた唇に、ジュリアスの心臓が跳ね上がった。
耳元でやたら官能的に響く声がいけないのか、それとも不意打ちのキスが悪いのか。
朝のほの明るい寝室ではなく、夜の闇の中、燭台からの頼りない明かりが揺らめく部屋のベッドでのキスは、ジュリアスを狼狽の淵へと追いやったのである。
「なっ……何を……」
クラヴィスは幸せそうに微笑んで「おやすみのあいさつだが、それが何か?」といつも通りの様子で答えた。

たったそれだけのことに何で自分がこんなにうろたえているのか、よくわからない。けれどもとにかく朝のキスよりも格段にドキドキして、頬に血が上ってくるのがわかる。朝のごあいさつにだって未だ慣れなくてドキドキから解放されないというのに、いきなりその何倍ものドキドキに見舞われて、血液がえらい勢いで体中を駆け巡っている。ただのあいさつに過ぎないものに、こんなにうろたえる自分のほうが間違っているのかもしれない、と頭のどこかで感じてはいる。

でも現実にうろたえている身としては、この波立つ心を何とかしたい。
息苦しいほどにドキドキしているのを静めたい。
けれど、どうしたらいいのかわからない――。

おろおろと、ジュリアスらしくなく視線が泳いだ。
「何か…困ったことでも?」
ジュリアスの様子に、それまでのクラヴィスの笑顔が困惑した顔に変わった。

クラヴィスに他意はない。
今のは単なるあいさつなのだ。

ジュリアスの胸の真ん中で無駄に鼓動を早める心臓は無視して必死で自分にそう言い聞かせて、
「いや……何でもない」
と答えて何とか笑顔を作って見せた。
「そうか」
困惑顔は安堵の表情へと変わり、そして宣ったのだった。
「私にもしてほしい…」
この言葉にまたもや激しく胸をドキつかせ、心臓静まれ落ち着け自分と叱咤しつつ、クラヴィスの白い頬に乱れかかった幾筋かの黒髪をそっと払って、キスを返した。

闇の中で二人きり。
これ以上ない密着度。
そこでおやすみのキスを交わして。
ドキドキドキドキ。ときめきが止まらない。

これはいわゆる淫靡な雰囲気というものなのではなかろうか……。

などと光の守護聖らしくないことを考えて軽く首を振って、その考えを頭から追いだそうと努めた。クラヴィスと自分の間に淫靡な雰囲気なんて。あり得ない。(いや実際、単におやすみのキスだし)
クラヴィスは幸せそうに口元を緩めてもう一度おやすみとつぶやくと、あっという間に爆睡タイムに入り、対してジュリアスにはなかなか眠りが訪れなかった。


いささか寝不足気味でジュリアスが起き出した翌朝、目覚めスッキリのクラヴィスは例によって嬉しそうにおはようのキスをしようとした。
昨夜のことを思い出すとまたドキドキしてしまうジュリアス、クラヴィスが唇を寄せてくるのにどきりとして身じろいだところ、頬に触れるはずだった唇が、唇を直撃した。もちろん、軽く触れるだけのキスだったのだけれど。

びっくーん。
ジュリアス、硬直。

クラヴィス、顔を離すと今しがたジュリアスにキスしたばかりの自分の唇に指で触れて目を瞬いた。
くちびるって。
「…やわらかい」
プレイボーイの誉れ高いクラヴィス、25歳にして初キス。生まれて初めて触れた他人の唇の柔らかさに感動中。
「な……」
何が柔らかいのかと尋ねようとして、瞬時にその答えを悟ったジュリアスは開きかけた口を閉ざした。事故だ今のは事故だ単なるアクシデントだ偶然だと自らに言い聞かせて、何とか平静を保とうとしている彼に追い打ちの一言がかけられた。

「もう一度…触れてみてもよいか?」

ええええええ〜〜〜!?
それって唇を触れ合わせるってことデスカーー!?
事故は仕方がないですケド、自覚してのくちづけはっ!!
いやそれはちょっと、って言うか、まずいんじゃないデスカ?
男同士だしーーーー!!

一気に熟れたトマトのように赤い顔になったジュリアス、硬直したまま声も出ない。顔色の急激な変化にクラヴィスが驚いて、
「顔が赤い。熱でもあるのか?」
と唇ではなく今度は額をくっつけてきた。キスではないものの顔面の近接度はキスと変わらない。
「…別に…熱はないようだな…」
と離れていく顔を眺めながら、ジュリアスの気が遠くなった。いきなりくったりと力をなくしたジュリアスにクラヴィスはあわてた。
「おいっ……ジュリアス! しっかりしろ!」
薄れていく意識の片隅で、ジュリアスは自分を呼ぶ声を聞いていた。

ぴたぴたと頬を叩かれ名を呼ばれ、何とか正気づいたジュリアスは、間近にクラヴィスの顔を見てまたもやどっきり。不安そうに瞳をのぞき込まれ、よかった、とつぶやいたクラヴィスに力いっぱい抱きしめられて、そんなに心配させたかと申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「すぐに気がついてくれてよかったが…大丈夫か? 医者を呼ぶか?」
なんて本人無自覚な悩殺ヴォイスで囁かれて、またしても気が遠くなりそうだったが、何とかこらえた。二度も気を失ったりしたら今度こそ病院送りだ。クラヴィスとの唇の接触事故で頭に血が上って気絶したなんて医者に話す羽目になった日には、羞恥で死ねる。自分を見つめる心配そうなアメジストの瞳にドキドキしながら、安眠を約束する抱き枕が不調だとクラヴィスも心配なのだろうか、などと自嘲気味な思いが脳裏をかすめてあわててその考えを振り払った。とにかく、こんなふうに抱きしめられているとドキドキは治らないし顔の赤みも引かないままだ。また気を失う危険もある。
「何でもないから……もう放してくれ」
何とかそれだけを口にした。大好きな幼なじみ兼大切な抱き枕の言葉に、しぶしぶといった様子でクラヴィスは従ったが、それでもジュリアスの乱れた髪を整えたり、まだ赤い頬に触れてみたりとスキンシップは続く。
火照った頬に、ひやりと清涼感を運ぶ手のひらが心地良い。思わずほぅっと息をついて目を閉じたジュリアスに、クラヴィスは問いかけた。
「お前…疲れてでもいるのか?」
そうとも言える。この何ヶ月か、主に精神的に。それでもジュリアスは気丈に答えた。
「大したことはない」
「きちんと休まなくては駄目ではないか」
誰のせいで寝不足になったと思っている!
……八つ当たりだな。昨夜のくちづけも単なるあいさつだったのだ。それを済ませれば大人しく寝てしまうクラヴィスに何の罪科があるわけでもない。
すべては私の心のありようの問題だ。
「気をつけるとしよう……」
疲れた声でジュリアスは言った。自分のキスのせいだなんて、クラヴィスはちっともわかっていない。

こうした経緯で、二人の習慣に新たに「おやすみのキス」が加わることになった。唇の触れ合う感触を知ってしまった今となっては、気を抜くと気絶させられるほどの威力があるキスだ。それが朝晩の習慣となったので、結局のところジュリアスがどう気をつけてみても疲れはいや増すばかりなのである。


+ + +



思いがけず触れてしまったジュリアスの唇。一瞬だけだったが、しっとりと柔らかくて、もっと触れたい気持ちになった。
「もう一度触れてもよいか」と、あの時は何も考えず、ただ思ったことを口にした。柔らかいから触れたい、もう一度あの感触を確かめてみたい、純粋にそれだけの意味でしかなかった。
だが考えてみれば自分たちは男同士なのだ。同性の唇にキスしたがるのって、それって……もしかして、いわゆるひとつの禁断の恋?

ジュリアスともっとくちづけがしたいなどと思った私は…どこかおかしいのだろうか…。

昔から好きだった幼なじみ――子ども同士における、なかよしのおともだちといった意味合いで――にして、大切な抱き枕であるジュリアス。彼と毎夜一緒に寝るのは、自分が眠るために必要だからだ。それ以外の理由はなかった。そんな彼との関係についてこれまで疑念を持ったことなどない。あの朝のできごとをふと思い返してみて初めてクラヴィスは自分の気持ちを不思議に思い、ジュリアスとの関係について考えてみることになった。唇へのキスが初体験なら、執務に関すること以外で頭を悩ませたのも初体験だ。
ジュリアスと一緒に眠るようになるまでは、何とか最低限の睡眠を確保しようという努力で忙しく、青くさい悩みなんかに囚われている暇がなかった。ジュリアスに看破された通り、クラヴィスの情緒は長い間お子様のままで停滞していた。長年の極端な睡眠不足のせいで青春すっとばして、傍目にはとてもそうは見えなかったけど執務のみに生きてきた闇の守護聖クラヴィス。25歳にしてようやくの思春期の到来、かもしれない。




【2010年ジュリアス様お誕生日に寄せて】
おめでとうございますジュリアス様。お祝いに、もっともっとラブラブにしたかったけれど、このシリーズでは所詮こんなものです。闇様、奥手すぎ(笑)。
初体験、期待はずれでしたらごめんなさーい。←誰に向かって謝っているのかいまいち分からん
とにかくこれでようやく、双方が「相手への自分の想いが特別」であることに気がついてくれたはず。
奥手でウブで可愛い二人の仲がもう少し進展したらいいなと思っています。





■BLUE ROSE■