プレイボーイのネイリスト


オリヴィエはクラヴィスがお気に入りだった。
きれいなものに目がないオリヴィエにとって、美形ぞろいの同輩がいる聖地は、その側面だけを見れば理想的な環境と言えた。まわりはタイプの違う美形だらけでどっちを向いても目の保養。化粧をしたり、似合う衣装を考えたりしたい逸材が目白押し。ただし残念なことに、オリヴィエの理想像の実現に協力してくれる相手はほとんどなかった。
美形だからといって必ずしもオリヴィエのように派手な化粧や衣装を好むとは限らない。夢の守護聖のいでたちは男性としては特異なので、その彼から「私のデザインした服、着てみてくれないかなァ」なんて持ちかけられても、そんな風になるのはゴメンだとばかりに皆逃げていってしまう。いくら「あんたに合わせたデザインだから」と主張しても疑いの目で見られるばかりなのである。そうしたわけで、私にプロデュースさせないなんてホントみんな見る目がないよとぼやきながら、自分の頭の中だけでああしてこうしてと考えているのが関の山だ。そんな中にあって、いつもぼーっとしているクラヴィスは理想中の理想だった。何しろオリヴィエが何をしても文句を言わない。唯一、おとなしくされるがままになってくれる得難い人材なのである。

爪のお手入れさせてねという名目で勝手に専属ネイリストとなり週に一度クラヴィスとのお楽しみタイムを設けているオリヴィエは、居眠りしている(と見える)クラヴィスにあれこれと化粧を施してみたり、髪をさまざまな形に結い上げてみたり、これまでけっこう好き放題に楽しんできた。途中で目を開いていつもと違う有様の自分を鏡の中に見出してもクラヴィスは「フッ」と小さく笑うだけで、やめろと遮ったり怒ったりすることなく、心ゆくまで楽しませてくれる貴重な存在だったのだ。
それがこのところ居眠りをしてくれなくなってしまって、化粧して悦に入るという楽しみがなくなった。させてくれと頼めばおそらくある程度のことは許してくれるのではないかと思うが、それは言わないままだ。なぜなら、しっかり目を覚ましているクラヴィスと会話をするという別の楽しみができたからだ。これが思いのほか楽しい。クラヴィスの声は耳に心地よくて好きだし、これまではほとんどの間伏せられたまぶたに隠れていた深い紫色の瞳は神秘的な光を湛えた宝石のようだ。それを間近に見られるだけでもかなりトクした気分になれる。
そうしてお楽しみタイムのたびに言葉を重ねるうち、無表情で無口で無愛想であらゆることに無頓着だと思っていた男は、案外素直でかわいいということに気づいた。プレイボーイだという巷の評判は、オリヴィエにとってのクラヴィスの価値を左右するものではない。彼にとってはクラヴィスは、単にきれいでおとなしいマネキンだった。マネキンの中身にまったく興味がないわけでもなかったのだが、如何せん相手はいつも寝ている(と見える)。だから見た目をいじることに専念してきた。だが、目を開いているクラヴィスは自らあれこれ話すということはないものの、こちらから話をふれば言葉数が少ないなりにきちんと答えが返ってくる。答える前に真剣に思案している様も何だかかわいらしくて、この新たな発見をオリヴィエは楽しんでいた。いわゆるギャップ萌え、というのが近いかもしれない。

きれいでエキゾチックでミステリアス、しかも実はカワイイって、クラヴィスってば最強かもしんない!
そりゃ女も落ちるわ。モテてたのは当たり前っちゃー当たり前か。

一言で言えばクラヴィスは「すれていない」、それに尽きた。それにしてもあのプレイボーイで鳴らしたクラヴィスがすれてないって、一体どーゆーことなのさ? とオリヴィエは非常に不思議に思った。同じくプレイボーイの誉れ高いオスカーとも飲み友達で悪友だが、彼はお付き合いのあるレディについて饒舌に語ってくれる。二人で話している時の話題は豊富で、オスカーは女の話ばかりしているわけではない。だが他の話題同様に、女のことについても嫌味なく語る。自慢というわけではなく、とにかく語る。今愛でている花がいかに魅力的ですばらしいか、男友達なんかに聞かせず直接本人に言えばいいのにという勢いで語る。まあおそらくオスカーは当のレディに対しても同じかそれ以上に賛美の言葉を聞かせているに違いないので、その点は心配無用かもしれない。
というのはさておき。数週間かけてクラヴィスにあれこれ問いかけてポツリポツリと返った答えを総合してみても、どうやら本当に芯から純粋で、少年のような心根の持ち主であるらしいということがわかっただけだ。25歳にして千人斬りを達成したという、いわば伝説のプレイボーイのくせにそれを自慢するでもなく、女談義に持っていこうとしても空振りばかり。言わぬが花という主義でそういう話にはあえて乗らないというよりは、わかっていない、よく知らないのだとしか思えない。
これでどうしてプレイボーイなんて言われてたんだか、と嘆息したくなる。

「あんたさー、あれだけ女の子たち誘って、今まで何してたの?」
「…寝ていた」
「うん、それはまあ知ってるけどさ。ほーんと、フシギ。あんたみたいな男が日替わりで女誘ってたなんて、何か信じらんないってカンジ。で、どうやって首座様クドき落としたの?」
「口説き落とした?」
きょとんとして首をかしげる様がまたかわいい。問いかけてくる瞳がきれいに澄んでいて、その瞳に真摯に見つめられて何だかドッキリしてしまう。
「毎晩ジュリアスんトコに通ってるって評判だよ」
「…ああ…そのことか…」
「ホントなの?」
「ああ」
と答えて、クラヴィスは実に幸せそうな、とろけるような笑顔になった。何だか見ている方が照れるほどの幸せ満開な笑みに、オリヴィエは目を奪われた。ついでに心も奪われそうになって、いけないいけない、気をつけなくっちゃと気を引き締める。
「あれは…特別なのだ…」
うっわー、クラヴィスってば素直ってゆーか。のろけるのもストレート!
「あのお固い首座様がよくあんたの女遍歴許したねェ」
クラヴィスはまた首をかしげた。
「ジュリアスとあんた、寝てるんでしょ」
「…その通りだが」
「自分以前に寝た相手が千人超えてるような男、ふつー敬遠されるんじゃない?」
「別に…ジュリアスは何も言わなかった…。ああ、済んだことだからもうよい、とは言ったか…」
女たちとただ眠っていただけと知り、長年クラヴィスの行状を憂えてきた自分の思いはどうしてくれる、みたいな話に一度はなりかけたが、今更それを蒸し返したところで仕方ない、それはもうよい、と。確かにジュリアスはそう言った。しかし要点のみのピンポイントで、その言葉が出るに至った経緯を端折ったクラヴィスの返答は、当然ながらオリヴィエにはまったく別の意味に捉えられた。
「へー! ジュリアス、太っ腹ー! あいつが男と寝てるってだけでオドロキなのに、そこまでサバけた男だとは知らなかったよ」
クラヴィスは夢の守護聖を驚愕させるに足る純粋さを持ち合わせていたが、世の中には同性で愛しあうという恋愛も存在することは一応知っていた。が、自分は現在それとは全然関係ないところにいるために、オリヴィエがどういう誤解をしているのか理解できていなかった。だから自分が女たちを抱き枕にして眠っていただけだとか、ジュリアスは特別な抱き枕なのだとか、いちいち説明する手間を省いて最低限のことしか言わなかった。しっかり目覚めていても、口数の少なさは以前と大差ないのだ。第一ジュリアスとは本当にただ一緒に眠っているだけなので、それについて自分からあれこれと言い訳をする必要など感じなくても当然かもしれなかった。オリヴィエがなぜそれほど騒いでいるのか、何がそんなに問題なのか。何だかよくわからないままにクラヴィスは曖昧に微笑した。幸せでとろけそうな甘い笑顔の次は、ミステリアスな微笑み。またしてもオリヴィエは目を奪われた。
「んもー、その笑い方、あんたってばキレイすぎっ!! 私もノーサツされちゃいそうだよ」
両刀のオリヴィエ、恋人のいる男に恋なんかするもんじゃないと自戒しながら、このくらいは役得だよねとちゃっかり頬にキス。クラヴィスは少し驚いた顔をして、
「悩殺…? お前も物好きだな」
なんて呆れたように言ったが、唇で触れられたことで人の肌の温度をふと思った。

今宵もジュリアスを抱きしめて眠る至福の時間が待っている――。

またも夢の守護聖を悩殺する幸せそうな微笑を浮かべたクラヴィスに、
「ホント、あんたって罪な男だね」
とつぶやいて、オリヴィエはもう一度そっと頬にキスをした。





■BLUE ROSE■