プレイボーイのキス


半同居状態の筆頭守護聖たち、相も変わらず「帰れ」「お前も共に来るのなら」と同じ言葉のやり取りを連日繰り返していた。夜毎それを聞かされる光の館の者たちはいい加減慣れっこになって、「またいつものあれが始まった」「毎日同じことを言い合っていてお二人はあきないのだろうか」「本気のケンカには到底見えないから、あれも恋人同士の会話のうち」と苦笑し、日々は過ぎて行く。

二人は半同居と言うよりもむしろもうほぼ同居、一日のうちクラヴィスが自邸に戻るのは執務を終えた後の夕刻1〜2時間程度という生活となっている。闇の館に戻ると気に入った夜着だとか飲みたい酒だとかその他お泊まりに必要なあれこれをうきうきした面持ちで用意し、夕食前にはいそいそと光の館へと赴く。首座の帰宅はたいがいクラヴィスの訪れよりも遅いのだが、主の不在を気にする気配は一向になし。「私のことはかまわずともよい」とエラそーに執事らに言い、館の主が帰っていようがいまいが主の私室に我が物顔で陣取ってくつろいでいる。いくら構うなと言われたって使用人側では本当にほったらかしておくわけにも行かない。お茶程度は出す。それを飲んだりしながら帰りを待って、帰ってくれば嬉しそうに出迎えて、着替えを済ませた主と晩餐を楽しみ、お決まりの「帰れ」「お前も共に」を一通りやってその後はまた私室までついていって、中に入って扉を閉めて二人っきり。誰が見たって恋人にぞっこんの男にしか見えない。
しかし、「お部屋にこもったお二人はきっと……」と想像をたくましくしている館の者たちには悪いが、二人の間にあやしいことは何もなかった。持ち帰った書類を読んでいるジュリアスのそばではクラヴィスが手持ち無沙汰気味にカードを繰ったり書棚の本を適当に手に取ってみたり、持参の酒を飲みながらジュリアスにも勧めてみたり、と至って健全に過ごしている。交替で浴室を使った後は仲良くベッドに入ってジュリアスを抱きしめて熟睡。爽快な朝の目覚めを迎えたクラヴィスは、ジュリアスの顔を眺めて幸せでとろけそうな微笑みを浮かべる。ほんの少しだけ使用人たちの想像が当たっているのは、いつの間にか習慣化したおはようのキスだけだ。ただしそれは唇にではない。ほっぺたにちゅっ、程度の実にかわいらしいものである。

それでも初めて寝起きにキスをされたときのジュリアスはどっきりして、
「何をする!」
と思わずきつい口調でなじるように言ってしまったのだが、
「…いけなかったか? むかし…母がしてくれたのを思い出してな…」
なんて当時を懐かしむ瞳で表情を和ませて、ほのぼのしたことを言われてしまうともうお手上げだった。一緒に寝るようになって、クラヴィスが見かけによらず子どもっぽいところを残していることがわかってきていたため、それ以上怒ったり、ならぬと禁止したりする気が失せた。
「別に……いけないということはない。したければしてもかまわぬ」
母親のキスを思い出しての朝のあいさつくらい取り立てて騒ぐほどのことでもないと、つい許してしまったのだ。
冷たいほどに整った美貌で威厳に満ちた首座は、実は情にもろくほだされやすい。職務の上では厳しいことも言うが、個人としての彼は必ずしもそうではない。特にクラヴィスは「好き」な相手なので、さまざまなことに関しての許容範囲が無意識のうちに広くなっている。

こんな調子で何をしてもあまり咎められないのをいいことに、闇の守護聖は光の館に住み着いたも同然の生活をしていた。やってくる度に着替えやら何やら少しずつ自分のものを持ち込んで、気がつけばジュリアスの私室にはクラヴィスの私物が増え、クローゼットの一部はクラヴィスの衣服に占拠されている。すっかり「主の恋人」として館の中でも認められてしまっているので、使用人もクラヴィスの着替えをそこにきちんと納めて、不自由のないようにしてくれているのだ。
朝まで寝室を共にする主の客、と言うか、恋人(であろうと見なされている人物)に朝食を出さないわけには行かない。よってクラヴィスは光の館で朝食を一緒に食べて、そのままジュリアスと同じ馬車で出仕ということになる。そうすることで必然的にクラヴィスの遅刻も防げるので、これについては好都合だとジュリアスは思っている。そして彼にはクラヴィスと共に出仕するのを隠そうとかいうような気はさらさらない。大っぴらにふれ回りはしないが隠さなければいけないことだとも思っていない。彼自身にやましいことは何もない以上、こそこそしなければならない理由など見当たらないではないか。
二人が恋人だという噂は聖地中に広まっているが、さすがにそんなうわさ話は当人の目の前でできるものではない。光の守護聖に面と向かって事実関係を確認しに行った者ももちろんないし、自分がそんな色っぽい噂の中心人物になっているなんてことをジュリアス様はちっともご存じなかった。クラヴィスに毎晩一緒に寝に来られるのにはいささか困っているが、遅刻は防げるししっかり執務をするようにもなったし、悪いことばかりでもないとあくまでも前向きなのである。

私は長いこと本当のクラヴィスを知らなかったのだな。有能であるはずだというのはわかっていたが、きちんと仕事をするようになってそれはより一層明らかになった。クラヴィスはとても優秀で、実に有能な男だ。
これまでも、遅刻や欠勤が多く書類仕事は遅れ気味、会議では居眠りばかりという状態でありながら、仕事の質そのものは高かった。難しい仕事を割り振っても、進捗状況にさえ気をつけていれば安心して任せていられた。能力は十二分に持ちながらあれほど怠慢なのはなぜなのか、なぜもっとしゃっきりして働かぬのかと腹立たしかったものだが、それが睡眠不足のせいであったとは。しっかり眠れるようになってようやく本来の力を発揮し始めたクラヴィスはなかなかに頼もしいと思う。

その反面クラヴィスは、何と言うか、とても……幼い。それはもう呆れるほどに幼い。こうしてよく知ってみれば、体こそ大きくなったものの子どもの頃からあまり成長しておらぬのではないかという気さえする。長年あの外見と物言いに欺かれてきたが、いい年をした大人が添い寝をする人間を求めるということ自体がその幼さを象徴しているようにも思う。あれはなりの大きなだけの子どもなのだと考えれば、私の館に通ってきて共に寝るくらいのことは目をつぶってやらねばならぬのかもしれぬ。多少困ることもあるが、それはクラヴィスがしっかり働いてくれることで帳消しとしてもよい。
一緒に寝てほしいなどとてらいなく言い、それを実行してしまうあたり、あれは子ども以外の何者でもないのだ。
そして、クラヴィスがそうなったのも無理からぬことかもしれぬとも思う。極端な睡眠不足が続いた歳月は、あれから成長する機会を奪っていたに違いない。これも最近わかってきたことだが、クラヴィスはどうやら元来真面目な質であるらしい。あれでも職務の優先順位を最上位に置いてきたようなのだ。まともに頭を働かせることのできる時間全てを職務にあてていて仕事の面では有能な大人となったが、他の面を成長させている暇などなかったといったところだろう。
闇の守護聖は子どもだなどとふれ回るつもりはないが、あれの心はまだ子どもなのだと私自身の認識は改めたほうがよい。……となると、友としての付き合い方にも悩むところだ……。当分は抱き枕に甘んじるしかないのであろうか。

なんてことを考えてため息をついていらっしゃる光の守護聖様、ご自分にも抜けている部分があることにはお気づきでない。頬へのバードキスで毎朝どきどきしてしまうジュリアスも十分にお子様だ。 そんなお子様が、クラヴィスが好き、に気がついたのは画期的なできごとだったと言えるかもしれない。そして彼の目下の一番の悩みは、「私にも…」とクラヴィスからおはようのキスをおねだりされることだったりする。クラヴィスはごく自然にしてくれるが、そういうことに慣れないジュリアスは平然とした仮面の下でどきどきしながらクラヴィスの頬に唇を寄せる。ジュリアスからのキスを受けて幸せそうな顔をしているクラヴィスを見ると、胸キュン。どきどきも増すばかり。
なぜ私はこれほどうろたえているのか? と疑問に思う毎日なのである。

クラヴィスの言動や要求にどきどきしたりせつない思いをしたりするのは、ただの好きとか単なる友情とは話が違うという点に気がついて、恋をしている自覚が芽生える日がくるのか、それは神様だけが知っている。





■BLUE ROSE■