女王陛下が内密の話があると闇の守護聖を呼び出した。とっておきの笑顔でクラヴィスを出迎えた陛下、相手の顔色を見つつ切り出す。
「ねぇクラヴィス……あなたジュリアスと二人でちょっとお休みを取る気はない?」
「……?」
「あのね、私いま温泉っていうものにとっても興味があって行ってみたくてたまらないのよ。でもロザリアが例によって『いけません陛下、辺境の温泉なんて……どんな危険があるとも知れませんのに!』って怒るの〜。だから危険がないってことを確かめてきてもらいたいの」
にっこり笑って『ほかほか温泉ガイド』とかいう本を指し示す女王にクラヴィスげんなり。
「その役目がなぜ私とジュリアスに回ってくるのだ? 筆頭守護聖が出て行かねばならぬ任務とも思えぬ」
「クラヴィスったらわかってないのねー。ロザリア以外で一番うるさいのはジュリアスでしょ。だからジュリアスに頼むの! ジュリアス本人が行って危険がないことを確かめてきてもらって、ロザリアを説得してほしいんだもん」
「それならばあれ一人が行けばよいこと。私までついていく必要はなかろう」
「だって一人きりじゃジュリアスだって寂しいんじゃない? あなたがついていくのを嫌がりはしないと思うんだけど」にこ〜っ。
この女王、どこまでわかっているんだかわかってないんだか、よくわからないところが恐ろしい(笑)。
「…仕方のない…。女王陛下の言うことに我々が正面切って反対できないのを知ってのことか。まったくとんでもない女王陛下だ…」
嫌そうに言いつつ、実は喜んで女王の依頼を承諾したクラヴィス、視察という名目でジュリアスと温泉旅行をすることになった。
二人がやってきたのは宇宙の端っこの小さな星系に属する惑星、その中でもひなびた田舎の温泉旅館である。引き戸の玄関を開けると民族衣装をまとったメイドらしき女性がいらっしゃいませ〜と出迎えてくれる。上がりかまちのところに立て札があった。
「ここではきものをおぬぎください」
この土地の風習に慣れない外人向けということなのか、ひらがなばかりで書いてある。そこまでするならローマ字にするとか、英語にするとか、宇宙共通語にするとか、あと一工夫欲しいところである。
ジュリアスは「きもの……とは服のことであったな」と呟くと(さすがと言うべきか、ど田舎の言語の読み書きまでできるらしい)、着ているものを脱ぎ始めた。クラヴィスは靴を脱いでさっさと上がっているのだが、服を脱ぎ始めたジュリアスを見て目を見張った。
「…何をしている」
「その札に着ているものを脱げと書いてある」
言いかけて、ジュリアスは何かを思い出したらしい。
「まさか……この次の間では体を清めろなどと言われ、そのまた次の間では体にクリームをすり込めなどと言われ、またさらに次の間では耳にも忘れずにクリームを塗りましたかなどと言われ……我々は料理されて食べられてしまうのか?」
この「視察」は目的が目的だけにお忍びだ。二人は一般旅行者としてこの温泉宿に泊まることになっている。守護聖の長として以外の立場で外界に出たことがない首座殿、緊張のあまりか妙な方面に頭が回る。
「それは…『注文の多い料理店』ではないか…。いつの間にそんな本を読んだのだ。あれは単なる物語だ。ここは普通の温泉旅館ゆえそのような心配は要らぬ。
それから…その札にはおそらく『靴を脱げ』と書いてあるのではないか(←ジュリアスほどに勉強熱心ではないので読めない(笑))。この辺りでは家の中に入るときに靴を脱ぐのが一般的だからな。そのことを注意しているのであろう。お前、資料を読まなかったのか? 余計な本を読んでいる暇があったら視察先の慣習を調べておくべきだったな」
「……資料には目を通したのだが……うっかり失念していたようだ……そうか、『ここで はきものをぬいでください』……靴を脱げばよいのか」
この時点でジュリアスが脱いでいたのはコートだけだったので、私ストリップなんかしてませーんって顔で靴を脱ぐ。内心は「この私としたことがとんだ勘違いを。しかし人目のあるところであれ以上脱がなくてよかった」と胸をなで下ろしつつも今さらのように羞恥に悶えていたのだが、動揺を表に出すようなヤワな神経では首座は務まらないのだ。
でもクラヴィスはそんなジュリアスの心なんかお見通し。
あのままもうしばらく勝手に脱がせておけばもっと楽しめたかもしれぬ。あれの慌てた顔を見ることほど楽しいことはないからな。…だが他の者にジュリアスの素肌を見せるなど我慢ならぬ。後で私一人が見ればよいことだ…。
今夜の楽しみを思い、表情は変えないまま浮かれているクラヴィスであった。