4. お人好しの地の守護聖、闇の守護聖を見舞いに行き、気の毒にもとんでもないものを見せつけられる
翌土の曜日の午前中。ルヴァが闇の館にクラヴィスを見舞いにやってきた。寝室の扉の外に立った執事からルヴァの来訪を告げられたクラヴィス、「よいからここへ通せ」と答えた。
以前はほとんど人の寄りつかなかった闇の館だが、守護聖は共に宇宙の存亡に関わる役目に携わっていてしかも人数が限られているだけあって、いざってときには結束が固い。日頃疎遠だろうが何だろうが、入院騒ぎを起こした後は様子が気になると見えて、毎日のように誰かが訪ねてくるのである。
クラヴィスは誰が見舞いに来ても寝室に入ってもらっていた。なんてったって「体が弱っていて動けない」ってのが自邸で療養続行の表向きの理由だったし。ちゃんと着替えて、別室へしゃきしゃきと歩いていって面会なんてことはそもそも「できない」ことになっていたのだ。退院して数日が過ぎた今も寝室での面会は続いている。人間、楽な方へと流されるものなのだ。
だが今朝はいつもとは少々事情が違う。昨夜来ジュリアスが滞在中であるはずだということを承知の執事は「…よろしいのですか」と遠慮がちに再度のお伺いを立てた。主人に言葉を返すことなどほとんどない執事だが、主人がジュリアスとどういう一夜を過ごしたのかよく分からない以上、そこへさらに地の守護聖を通して良いものかどうか一応気になったのである。謹厳な執事氏は「愛欲に溺れる闇の守護聖と光の守護聖」なんかを想像していたわけではなかったのだが、どういう形であれ主人や客に恥をかかせるようなことがあってはならないので、彼の立場としては確認が必要だったのだ。そして、主の返答は「かまわぬ」。
外野は「本当にかまわないの? まずいんじゃないのー!?」と思うしまたそう忠告もしたいところだが、我々から闇の守護聖にそう忠告する術はない。それにたとえ忠告されたって聞く耳など持ってはいまい。要は、クラヴィスは見せびらかしたいのである。相手が年少者だったらせめて次の間で会おうか、とか考えたかもしれないが、ルヴァにだったら見せつけたってまあいいやみたいに思っちゃうあたり、ちょっと人間性を疑いたくもなるところだ。
だがこれについては、クラヴィスにも言い分があった。ルヴァが自分たちの不仲に心を痛めてきたのは知っている。だから「仲直り」を見てもらうのも悪くはないだろうという彼なりの配慮なのである。むろん、惚気半分、恋人自慢半分、配慮ちょっぴり(つまりほとんど全部が自慢)というのが本音だ。二人の新たな関係を他人にばらしてしまうことをジュリアスがどう考えるかはこの際どうでもよかったらしい。ジュリアスに怒られればまたそれはそれでからかって楽しめるし、ってのもまた本音。
愛を得た男は強い。報われぬ恋に疲れて精神的に追いつめられた挙げ句、危うく死ぬところだったのが嘘みたいに彼は変わった。少々恋人の機嫌を損ねたって大丈夫、なんと言ってもジュリアスは私に夢中なのだからな、みたいな、根拠のない自信に満ちあふれている。
ルヴァがやってきたのは10時頃だったのだが、ジュリアスにしては珍しいことにその時間帯に眠りこけていた。なぜって、一晩中寝かせてもらえなかったから。謹厳な執事氏が想像することを遠慮した「愛欲に溺れる…」だが、実際はそれに近い状態であった(ってゆーかなんてゆーか、はっきり言うのははばかられるような)一夜はジュリアスを疲労困憊させていた。
クラヴィスの方は不摂生も徹夜も平気の平左だけど、普段規則正しい生活のジュリアスにこれはこたえた(注:寝る間も惜しんで仕事をしていそうな首座は、実際は「守護聖たるもの健康管理はきちんと!」という方針に則って、適度な運動適度な食事、酒は飲んでも飲まれるな、何があろうと最低限の睡眠は確保等々、規則正しく健康的な生活を心がけている)。慣れない徹夜+慣れない恋愛沙汰という、ダブル慣れないことをやっちゃったので、疲労は最高潮。怠惰に生きてこれまでため込んできたエネルギーを大放出したかのようなクラヴィスの情熱に一晩つき合ったが、ついに襲い来る睡魔に抵抗できなくなってことんと眠りに落ちたのが明け方だった。それからずっと爆睡中で、執事がルヴァの来訪を知らせに来たのだって全然知らずに夢の中にいた。
執事がルヴァを待たせている客間へと戻っていってしまうと、クラヴィスは無防備に眠りこける恋人(おお、何とも胸が高鳴るこの響き!(笑))の顔をながめた。日頃の堅いガードのかけらもない寝顔は食べちゃいたいほどにかわいい。かわいいかわいいと見とれているうちに見るだけじゃ当然飽き足らなくなり、顔に乱れかかる金の髪をそっと払いのけて、額にくちづけた。滑らかな肌に触れているうちに何だかもうたまらなくなって、まぶたに、目尻に、こめかみに。ついでに耳朶を軽く喰むと「ん…」なんて色っぽい声が上がって、ますます勢いづいて唇を吸った。夢うつつのうちにくちづけを返してくるジュリアスが愛しくて、ルヴァを通していいなんて言ったこともすっかり忘れて夢中でキスしているうちにノックノックノック。
「ルヴァ様でございます」
うやうやしい口上と同時に扉が開かれて、「おはようございます〜、調子はいかがですか〜」とルヴァが入ってきた。カーテンが引かれたままの薄暗い部屋の中、目に飛び込んできたのは寝台で誰かさんに覆い被さって熱烈なキスの真っ最中の闇の守護聖だった。
「……ええっと……あの〜……お取り込み中申し訳ないんですけど。クラヴィス〜? 私、今お伺いしてもよかったんでしょうかー?」
言いながら救いを求めて振り返ったが、扉は閉ざされ、何かを察した執事はとっとと逃げ出した後だった。ジュリアスの目が完全に覚めていればここで大騒ぎになったことだろうが、疲労困憊の極にあった彼は、クラヴィスが身を離すとまた泥のように眠り込んでしまっている。
クラヴィスは体を起こすと長い黒髪をかき上げながらルヴァを見た。
うはぁ、いろっぽいですね〜。
同性であっても何だかどきどきするような色香にルヴァはひたすら感心した。上半身には何も身に着けておらず、色白の肌と黒髪の対比が艶めかしい。どうも恋人と一緒であるらしいところを見れば、当然下半身も、と推察できる。つい妄想をたくましくしてしまったルヴァはどぎまぎと赤くなりながら謝った。
「あの……こんなつもりじゃなかったんですよ。ちゃんと執事の方にお尋ねしたんですけどねー。申し訳ないことをしました」
「…フッ…私があの者に通してもかまわぬと言ったのだ。気にするな」
「と言われましてもねー。やはり……この状況に乱入はまずかったですね〜」
「これはお前とも知らぬ仲ではないしな、気にすることなどない」
今まで申し訳なくて寝台の方をよく観察できなかったルヴァだったが、知らぬ仲ではないと言われて思わずじっと見てしまった。クラヴィスの背後に見え隠れするのは見慣れた黄金の髪。薄暗くたって見間違えるはずもない、豪奢な金。それに気づいて何だかわけもなくおろおろしながら辺りを見回せば、長椅子の上には純白の衣装がきちんとたたまれた状態で置かれており、誰のものかよく知っているサークレットなんかの装身具一式もその横に置かれている。さてその持ち主はと言えば。
「あのー、あのー、まさかそこにいるの、ジュリアスじゃないですよねー?」
「ジュリアスが私の恋人だと何か問題があるのか?」
見せびらかしたがったのは自分のくせに、クラヴィスはルヴァに妙な嫉妬心を燃やした模様だ。まるでルヴァが「私だってジュリアスが好きだったのにずるいですよー」と宣戦布告でもしたかのように、独占欲丸出し。一気に剣呑な光を帯びた紫水晶の瞳にびくびくしながら、ルヴァは必死の言い訳をした。
「いえいえいえいえっ、そんなことはないですよ。てっきりお相手は女性だと思いましたので……少し驚いただけです〜。お気遣いなく」
思わぬ事態にうろたえてルヴァは妙なことを口走っている。
「……でも、あのー、あなたたちがそんな風に接吻をする仲になったなんて。すっかり仲直りもできたようで、本当によかったですねぇ」
「ああ、お前にも心配をかけたが、おかげでこの通りだ」
ここでもう少し、ジュリアスは自分の恋人であることを強調しておこうとでも思ったのだろうか。
なでなでなで。愛おしそうにジュリアスの髪に触れるクラヴィス。そしたら「んん」なんてまた色っぽい声を上げて隣を探るジュリアス。でもって「…ここにいる」とか何とかつぶやきつつ、振り返って肘をついて軽くくちづけるクラヴィス。さらには腕を上げてクラヴィスの首に回してくちづけを返すジュリアス。
入ってくるなり熱烈なキスシーンにあてられ、クラヴィスのしどけない姿に何だかくらくらさせられ、その上延々といちゃいちゃを見せつけられているルヴァはゆでダコのように真っ赤な顔になっていた。地の守護聖、とんでもない災難に見舞われたものである。
ああもう、見ていられませんねー。これじゃ私は完璧にお邪魔虫ですね。
「あの、クラヴィス、私はそろそろ失礼しますねー。いやそれにしても、これを知ったらカティスも喜ぶでしょうねぇ。ありがとうございます〜」
カティスがここまでの「仲直り」を期待していたかどうかは疑問の残るところだが、話の流れ上重要な部分ではないし、気にするほどのことでもない。それよりカティスに代わってルヴァが礼を言うというのも妙な話ではある。というのは書き手の感想だが、クラヴィスもそう思ったか、キスの合間に返答。
「お前が私に礼を言うことではないと思うのだが…」
「まあいいじゃありませんか。あなたたちの完璧な仲直りが嬉しくてお礼を言いたい気分なんですよ。……お元気そうなのは充分に拝見しましたから、私はこれで失礼しますね〜。ジュリアスによろしくお伝えください。では〜」
そのルヴァにクラヴィスは背を向けたまま手でひらひらと挨拶をしながら(もしかして、帰れと追い払っているのかも?)キス続行、唇がふさがっているので言葉による挨拶はない。ルヴァは苦笑しつつ早々に寝室から逃げ出した。
それにしても、クラヴィスにとんでもないものを見せつけられながらも穏やかににこやかに会話を続けられる地の守護聖はなかなかの大物である。「いやーよかったですねー、仲良きことは美しき哉、ですよねー。うんうん…」と独り言を言いながら、機嫌良く闇の館を辞したのだった。
ちなみに、この後しっかり目覚めてからルヴァからの「よろしく」を伝えられたジュリアスがどんな反応を見せたのか、それはヒミツ。