ひな祭り


-2011ひな祭り企画-


3月3日午前中のこと。
「今日はひな祭りだから、お昼は私の部屋に来てね!」
という女王からの招待状が守護聖全員に届いた。

昼休みに入って、女王の執務室を訪れる守護聖たち。控えの間に通されて、皆一様に目を見張った。七段飾りのおひな様がどどーんと鎮座していたからである。
「急な呼び出しでごめんねー。でもきれいでしょ? 私がみんなに見せたくなる気持ち、わかるでしょ?」
はしゃぐ女王の傍らで、ロザリアが複雑な笑みを浮かべている。
「陛下がどうしてもとおっしゃって取り寄せたのですが……飾り付け、大変でしたのよ」
今度はこれを片付けなきゃいけないのよね、という疲労感が透けて見える。
「ま、いいじゃなーい。ちゃんとできたんだから」
「ところで陛下、ひな祭りとは具体的にどのように行うものなのですか?」
首座からの質問に、アンジェリークはにっこり。
「みんなでおひな様を鑑賞しながらお食事するのよ。ひな祭り用のお菓子やなんかも用意したから、みんなくつろいで楽しんでいってね!」
と、食べ物や飲み物が所狭しと並べられたテーブルを指さした。見たことのない食べ物が盛られた器のそばには、「ひなあられ」とか「菱餅」とか「甘酒」とかいった小さな名札が添えられている。
「立食パーティなの。好きなもの食べて」
と言われてもなじみのない食べ物にはなかなか手が出にくい。マルセルはとりあえずといった感じでひなあられを口にしてみて、気に入った様子だ。ランディ、ゼフェルは無難そうな唐揚げやサンドイッチへと手を伸ばし、博識な誰やらは、
「おやこれは、ちらし寿司ですね〜。少しいただいてもいいですかー?」
なんて、嬉しそうである。
オスカーは甘酒に手を出してみて、噴き出しそうになった。
「何だこの甘ったるさは!」
「だからー、『甘酒』って書いてあるでしょ」
アンジェリークがくすくすと笑った。
「それとねオスカー、それアルコール入ってないから」
「何だ、つまらん」
「子どもたちもいるこのような場で、あなたの気に入るようなお酒が置いてあるわけがないことくらい、おわかりになりませんか」
炎の男に対して、すかさずちくりと刺のある言葉を投げかける誰かさん。
「まあまあ、お祭りなんだから、ケンカしないの」
とオリヴィエがさりげなく二人の間に入った。

そして年長組の動向はと言えば、筆頭守護聖二人は歓談中。珍しく、和やかなムードを醸し出している。そして最初ちらし寿司に興味を示していたルヴァは実は段飾りにも興味津々、でも珍しい菓子類も気になるといった風情で何やら落ち着かない様子で、テーブルに心を残しながらとりあえず段飾りを仔細に観察する方へと傾いたようで、そちらへと足を向けた。
「いやー、すごいものですねー。ひな人形って本物を見るのは初めてですけど、壮観ですねー。道具類もみごとなものです」
と、しきりに感心している。
「おや〜?」
「どうしたの、ルヴァ?」
地の守護聖の様子をうれしそうに見守っていたアンジェリークが声をかけた。
「いえね、あのおひな様がクラヴィスに似てるかなーなんて思いましてー」
「あ、ルヴァもそう思った? 実は私もなのよね。箱から取り出したときそう思ったのよ〜」
「えー? クラヴィスだとちょっと肉付き悪すぎない? もー少しほっぺたふっくらさせたら……きれいな黒髪だし、あー確かに似てるかも☆ それにこのゴーカな衣装、クラヴィスに似合いそう」
何やら目をらんらんと輝かせ始めた某守護聖なんかも加わって。「何の話?」と皆がわらわらと寄り集まって、わいわいがやがや、いっそ衣装取り寄せてクラヴィスに生おひな様やってもらうってのどう? なんてところまで話が広がった。
そこへ差した黒い影。
「お前達、勝手なことばかり言うな。第一私が女装などしたら、どれほどの大女になると思っている…」
「あ、別にダイジョーブじゃない? スーパーモデルなんか、背が高くて当たり前だしー」
「とにかく私は御免被る」
不機嫌に吐き捨てると、女王陛下への礼儀もへったくれもなくクラヴィスはさっさと退室してしまった。

それまで成り行きを静観していたジュリアスだが、
「そなたたち、悪乗りが過ぎたな」
と苦笑した。オリヴィエは不可解そうに首をかしげた。
「何なのさ、あれ。クラヴィスってあんなキレやすかったっけ? もーちょっと、なんてゆーか、ヨユーって感じで笑って聞き流すヒトだと思ってたけど?」
「どうも虫の居所が良くないようだ」
ジュリアスは答えて、小さくため息をついた。
「なになにー? 何なのさ? なんかワケあり?」
途端に興味深そうなまなざしになって、オリヴィエは追及にかかった。
「いや、大したことではない」
「ってーことはジュリアス、あんたやっぱり何か情報握ってるね」
「少し昔の思い出話などしていたのだが」
「思い出話ぃ〜? あんたたち二人が? ……そういやさっき、二人で話し込んでた?」
ジュリアスはうなずいた。
「何話してたのさ?」
「幼い頃クラヴィスは可愛かった、と。その程度だ」
「へ? それだけ?」
「ああ。すると『お前に言われたくない』と機嫌が悪くなった」
「それはまた。何がそんなに気に触ったんでしょうねー、クラヴィスは。それに、あなた以外でクラヴィスにそんなこと言える人はいないと思うんですけどねー。誰にだったら言われてもかまわないんでしょうかねー」
のんびりと、ルヴァが口をはさんだ。
「何でも『黒歴史だ』などと言っていたが。意味がわからぬ」
オリヴィエがとたんにけたたましく笑い出した。
「そっかー、黒歴史かー! きゃはははははっ!!」
そのタイミングで女装話で盛り上がったもんだから、不機嫌になっちゃったんだねー。案外カワイイとこあるじゃん、クラヴィスも。
「そこまで笑わずとも。ところで黒歴史、とは?」
「よーは、思い出したくない恥ずかしい記憶、ってトコかな」
「なぜだ。可愛いと言ってはいけなかったのだろうか」
「理由はわかんないけど、クラヴィス的にはダメだったんだろーね。ま、あんま気にしなくてもイイんじゃない?」
「可愛いクラヴィスですかー。私も見てみたかったですねー」
「私も」
とリュミエールも同意を示した。俺はそんなもん見たくもないぜとつぶやく赤い髪の男もいたりする。
「ところでさージュリアス、あんた小さい頃の写真とか持ってない? 実際のところどれほどカワイかったのか、見てみたいなァ」
「悪いが門外不出だ。あれ以上機嫌を損ねられては困る」
「ふぅ〜ん。ジュリアスってば案外クラヴィスに気ぃ使ってんだ」
「案外、ということは、私はまったくあれに気を使ってなどいないように見えていたということか」
「細かいこと気にしないの! でも残念〜。おひな様の衣装着せるのはムリでも、せめて可愛かった頃の写真くらいって思ったんだけどなー」
なおも食い下がるオリヴィエに、ジュリアスは無言で微笑み返した。

私の大切な思い出の写真を、やすやすと見せてたまるか。
可愛いクラヴィスは私だけのものだ。



【memo】首座様、意外と独占欲強い人でした〜。





■BLUE ROSE■