世はすべてこともなし ちびクラ妄想
11. どんぐり
「ジュリアス、見て見て!」
ジュリアスが大学から戻って来たとたん、クラヴィスが四角い缶を抱えて出迎えた。それはクッキーが入っていた缶だった。
「何なのだ?」
「今日ね、ようちえんでどんぐり拾いをしたんだ。こんなに拾ったよ」
得意げに缶のふたを開けて見せられた中にはどんぐりがたくさん入っていた。
「これは持って帰ってくるのが大変だっただろうな」
マーサが横から、
「幼稚園のかばんいっぱいにどんぐりを詰めておいででした」
とその時のことを告げた。帰ってくるなり、
「マーサ、これ見て!」
とかばんいっぱいのどんぐりをカーペットにぶちまけられて、クラヴィスと一緒に拾い直したのだ。それを聞いてジュリアスは微笑した。
「以前もそんなことがあった」
「え? いつ? それっていつの話?」
ジュリアスは遠い昔を思い出す瞳になって、ついうっかり言ったのだ。
「そなたが確か……7歳の頃だっただろうか」
「ええええー? ぼく今5さいだよ。7さいってまだ先じゃん」
思わずマーサと目を見交わして、ジュリアスはゆっくりと口を開いた。
「すまぬ、勘違いだ。私が子どもだった頃に知っていた別の子であったかもしれぬ」
「ふーん。どんぐりって食べられるのかな?」
クラヴィスの興味が別のことに移ってにホッとしながら、ジュリアスは答えた。
「普通は食べないと思うが」
「やっぱりそうなんだ。ようちえんの先生にもきいたけど、食べないって言ってた」
せっかくいっぱい拾ったのに、と残念そうなクラヴィスを見て、ジュリアスは額にキスをした。
「コマを作って遊んでみるか」
「コマって…回すやつ?」
「うむ」
「ジュリアスもいっしょにあそんでくれる?」
「まあ……よかろう。ただし」
と言われて、何?と見上げてくる瞳に、
「全部は多すぎる。コマにするものをいくつか選んでおくがよい。後で一緒に作ろう」
と答えた。
マーサが少し驚いたような顔をした。
「ジュリアス様、そのようなことをよくご存知ですね」
「昔、な。地の守護聖から教わった」
クラヴィスと拾ったどんぐりをコマにしてくれた懐かしい人の顔を思い出しながら答えたジュリアスに、マーサもまた、そういうことがあったのかと納得の表情になった。
「もうすぐ夕食だろう? クラヴィス、手を洗ってきなさい」
「コマつくるのは、そのあと?」
「そうだ」
「わかった!」
走っていったクラヴィスの背を見ながら、ジュリアスはマーサに言った。
「残りのどんぐりは、折を見て適当に処分してくれるとありがたい」
「クラヴィス様の拾われたものですのに?」
「放っておくと虫がわく」
マーサはひっと息を飲み込んだ。
「昔のことだが。執務室の引き出しにクラヴィスがため込んでいたどんぐりから虫がわいて、女官たちが悲鳴をあげていた」
「そうなのですか。わかりました、クラヴィス様がお忘れになった頃を見計らって処分いたします」
「頼む」
クラヴィスが拾ってきたどんぐりで蘇った思い出。ジュリアス自身、すっかり忘れていた。地の守護聖はどうやってコマを作っていたかと遠い記憶をたどりながら、ジュリアスも洗面所へと足を向けた。
*クラヴィスのバースデーパーティが行われた日の、ジュリアスとママ友さん(笑)との会話
子どもたちが仲良く遊び始めたところで、ようやく大人は一息ついて、ティータイムとなった。
「あのー、ジュリアスさんは大学に通っていらっしゃるんでしたよね」
「ああ、そうだが」
「うらやましいわぁ。学生の頃ってほんとに自由でしたものねー」
他のママさんたちも大きくうなずいた。
「と言ってもジュリアスさんはお子さん育てていらっしゃるから」
「私たちが学生だった頃のお気楽さとはまた違うんでしょうけど」
「それにしても独身でまだ若いのに、よく子どもを引き取る決心なさいましたね」
決心がどうのという問題ではなかったのだ。
と、ジュリアスは心の中で反駁した。気がつけば異様になつかれて、クラヴィス自身がほかの人間を受け付けなかったというのが正確なところだ。
「クラヴィスに妙になつかれたので……まあ、こう言っては語弊があるかもしれないが、仕方なくという部分もあった」
「仕方なくっておっしゃるわりには、かわいがっていらっしゃるじゃありませんか」
ママ友さんたちは楽しげに笑った。ジュリアスの溺愛ぶりは傍目にも明らかだ。
「可愛くないわけではない」
ジュリアスは微笑した。
可愛くないわけではない、というのは相当に控え目な言い方だ。この世の誰よりも可愛くて大切な「我が子」。長年共に育ってきたクラヴィスとは折り合いが悪かったのが信じられないくらいに、今の自分たちは互いにとって大切な人間だ。
「ところで」
「話は変わりますけど」
「ジュリアスさんって、お付き合いなさっている女性なんかは……?」
ジュリアスはむせそうになった。
「いや、特には」
「あらーもったいないー」
と、モッタイナイの大合唱。
「もったいない、とは? なぜ?」
困惑したように言うジュリアスに、
「そんなに素敵なんだから引く手あまたでしょうに」
「たとえお子さんがいらしても、クラヴィスちゃんいい子だし」
「本当にご結婚とか、考えていらっしゃらないんですか」
と口々に言う。
ふだん園庭で言葉を交わしているときには、ここまでプライベートに踏み込まれたことはなかった。実は前々から聞きたくてうずうずしていたママ友さんたち、パーティに招かれたこの機会に是非とも聞いてみようじゃないのと結託したものらしい。
正直なところ、ジュリアスは結婚なんて微塵も考えたことがなかった。今は勉学と子育てに忙しいので、女性とそういった意味で付き合ってみようなどという気も起こらない。というよりも、もともと恋愛というものにあまり興味が持てない。昔からそうだった。女王候補との会話でもそんな話題があったと思うが、彼の答えは常に「興味がない」だった。
だから「結婚は考えていないのか」という問いに対する答えは「考えていない」一択だ。けれどもママさんたち相手に、そういう切って捨てるような返答の仕方はよろしくないようなのはこれまでの経験から悟っていた。そこで、
「今はまだ学生なので……」
と言葉を濁した。
そこでまたモッタイナイの大合唱。資産家なんだから学生だって全然OK、私がもうちょっと若ければとか、もっと美人だったらとか、子どもがいなかったらとか、ダンナさえいなかったらとか、ママ友さんたちは思ったとか思わなかったとか(笑)。
そしてその会話の間中ずっと傍らに控えていた執事氏、「奥様方、ジュリアス様がご結婚を真剣にお考えになるようもっと強力プッシュをお願いいたします。私はジュリアス様の真にお幸せなお姿を拝見するまでは、そしていつの日か実のお子様をこの手に抱くまでは、死んでも死にきれません!」と執事然とした無表情の陰から必死に念を送っていたとか。
【memo】ジュリアス様のこの時の服装:ざっくり編んだ生成りのセーターとチノパン、なんてのをイメージしております。ついでにギャルソンのエプロンみたいなのつけてたりして、料理や飲み物をかいがいしく運んでたりしたら、萌え〜かもしれない。
執事氏に「そのようなことは私共がやりますので、ジュリアス様はどうぞおかけになっていてください」って押しとどめられつつ、「たまにはこういうことも楽しい」とか言って案外器用に運んでいる様なんかをちょっと想像してみたり。
ファッションに疎いもので、どういうのが素敵なのかいまいちわからないっていうのが困りどころ。
気がつけば12月、幼稚園ではクリスマスとサンタクロースの話題でもちきりだ。
「クラヴィスはサンタさんに何おねがいするの?」
「えっ? 何?」
「もうすぐクリスマスじゃん」
友達は笑った。
「あ。そうか。クリスマス、おいわいするんだ…」
クラヴィスは12月にはおおはしゃぎで私室を飾りつけていた陛下のことを思い出した。
「ここではみんなクリスマスをおいわいするの?」
「クラヴィスんちではしないの!?」
反対にビックリした顔をされた。
聖地ではクリスマスは祝わないのが慣例だった。光の館も闇の館も、他の守護聖の館も、もちろん宮殿も、どこにもクリスマスの飾りなんか見当たらなかった。女王陛下の私室を除いては。
そしてプレゼントも、女王陛下と補佐官が「サンタさんから預かってきたわよ」と、こっそりとお菓子の詰め合わせとちょっとしたおもちゃをくれたくらいだった。
サンタさんって何と尋ねたクラヴィスに、クリスマスには良い子にプレゼントをくれる人だと教えてくれた。そんなことを思い出して、クラヴィスはつぶやいた。
「うちではやったことないや」
「うっそー! かわってるね、クラヴィスんちって」
クラヴィスの家はパパもママもいない家で少々変わっているとは思われていたが、子どもにとって、家族にとっての(そして適齢期の若者たちにとっての)一大イベントであるクリスマスを祝わない家なんて、その友達はいまだかつて聞いたことがない。
「うーん、今まではやったことないけど、こんどやるかどうか、ジュリアスに聞いてみる」
クラヴィスは笑顔でそう言った。
家をきれいに飾りつけて、ケーキを食べたりプレゼントをもらったりしてクリスマスを祝う、それは素敵な思いつきかもしれない。
聖地にいたころは、女王陛下が部屋を飾るのを手伝ってワクワクしたものだ。ツリーにきらきらする飾りをつけたり、いろんな色の電気がピカピカするのをつけたり、金銀のきらきらなモールで部屋を飾った。とてもきれいだと思った。どうして他の守護聖の館ではやらないのか聞いたら、「聖地じゃ、ほんとはしちゃいけないんだって」といたずらっぽい笑顔で女王陛下は宣った。
「でも私はクリスマス大好きだから、こっそりやってるの。ナイショよ」
と言う女王陛下は、ひっそりこっそりクリスマスを楽しんでいるつもりだったが、宮殿内では公然の秘密だった。そして聖地で一番偉い女王陛下でさえ大々的にはできなかったクリスマスは、ここではみんながおおっぴらにお祝いするらしい。だったらうちでもやってもらったらいい!
その夜さっそくジュリアスにクリスマスのことを言ってみた。
「クリスマス?」
不思議そうな顔をしたジュリアスに、クラヴィスは、
「いま町じゅうがクリスマスのかざりだらけじゃん! ジュリアス、気がつかない?」
と不満そうな声を上げた。
もちろんジュリアスだって街やデパートの飾りには気がついている。少々むっとして、
「無論知っている」
と答えた。二人のやりとりを見ていて笑いをかみ殺しているのは執事のパトリックである。
「ジュリアス様、この家でもクリスマスをやりたいとクラヴィス様はおっしゃっているのですよ」
僭越ながら、とクラヴィスのための助け船を出す。
「それは……かまわぬが」
「やったー!」
クラヴィスは大喜びだ。
「ぼく、飾りつけするよ! 陛下とやってたから知ってるよ!」
「クラヴィス、それは内緒だと陛下はおっしゃっていなかったか」
と、ジュリアスが言った。女王陛下の秘密のクリスマスは、つまりジュリアスにも知られていたわけで。そんなことには頓着なく、クラヴィスは、
「あ、そうだった。ごめんなさい陛下」
とぺろりと舌を出してこの場にいない女王陛下に謝ったのだった。
「とりあえずのところ、必要なのはツリーと部屋の飾りと、ああ……リースというものもいるのだったか。そして当日はケーキと豪華な晩餐だな」
「プレゼントってもらえるのかな?」
わくわく、といった顔でクラヴィスは言った。
「サンタさんっていう人からプレゼントもらえるんだって! 友だちが言ってた」
ジュリアスは執事の顔を見た。
「サンタさん……? そなたは知っているか」
「承知しております」
執事は外界で成長し、志願して厳しい審査を経て聖地に入ることを許され光の館に勤めるようになった人物だった。よって、クリスマスの基本的知識は持っている。その点、5歳で聖地入りしたジュリアスとは違う。
「そういう行事は昔と大きく違ってはいないと存じます。きちんと調べて万事滞りなく運ぶようにいたします」
と、ジュリアスに向けて答えた後、クラヴィスに尋ねた。
「クラヴィス様はサンタさんに何をお願いなさるのですか」
「それは…これから考える。それでね、おてがみかいたらいいんだって。デレクがおしえてくれたんだ」
「さようでございますか」
にこにこと、優しい笑顔でパトリックは言った。
クラヴィスが一生懸命に書いた手紙はジュリアス、パトリック、マーサによってひそかに回覧され、ジュリアスが調達係となって望みの品を用意した。
クリスマスの朝、クラヴィスが自分の部屋に置かれていたプレゼントの箱に歓声を上げたことは言うまでもない。
そして、クラヴィスは興奮気味に「ぼくね、寝てるときにサンタさん見たんだよ!」とプレゼントの箱を抱えて言ったものだ。パトリックはどっきり。その『サンタさん』は、実はわざわざサンタの衣装を着こんでクラヴィスの部屋にプレゼントを置くためにに忍び入った執事だったことを、クラヴィスは知らない。
「サンタさんってもっと太った人かと思ってたよ」
パトリックの体型は、残念ながら人々がイメージするサンタクロースのイメージからはかけ離れている。
「ぼく、ねむかったからちゃんと見てなかったかも。来年はがんばってちゃんと起きてるようにする」
夜中まで起きて待たれていてはたまらない、とばかりにいささかあわてた執事氏、
「クラヴィス様、サンタさんは起きて待っていても来てはくれません。ちゃんと眠っている良い子のところにプレゼントを持ってきてくれるのです」
ともっともらしく教えた。ジュリアスは珍しい執事のあわてぶりにくすっと笑いを洩らした。
今日は大晦日。何となくあわただしかった12月も終わり、明日からは新しい年になる。
その日を迎えるにあたってクラヴィスは、
「12月のさいごの夜は、夜中までおきてるんだ! それでテレビでやってるカウントダウン、いっしょにやるんだ。あたらしい年になったらジュリアスにいちばん初めに『おめでとう』って言うんだ!」
と宣言していた。
普段の日ならそんな夜更かしなど許さないジュリアスだが、特別な日だからとクラヴィスにねだられて、許すことにした。
その当夜、ジュリアスもアイドル達が歌い踊るショーに付き合わされていた。9時までは子ども向け人気アニメの特別番組があってそれを見ていたクラヴィスだったが、それが終わった後にチャンネルを変えたのだ。クラヴィス自身は特にアイドル達に興味はなかったが、夜遅くまで起きているにはこれを見ているのが一番だと幼稚園の誰かに入れ知恵された模様。
ソファに二人で座って画面を眺めて、それなりにショーを楽しんではいたのだが、気がつけばクラヴィスは10時過ぎにはダウンしていた。
くったりと体を寄せてきたクラヴィスを見て、ジュリアスの口元が緩んだ。
やはりな。
夜中まではとてももつまいと思っていたが、予想通りのようだ。
それでも律儀にジュリアスは寝入ったクラヴィスを傍らに最後までショーを見て、カウントダウン手前で声をかけてやった。
が、熟睡している子どもは起きる気配もない。クラヴィスの額にそっとキスをすると、抱き上げて寝室に連れて行こうと立ちあがった。
「新年おめでとう。今年もそなたにとって良い年であるように」
心からの祈りを込めて、ジュリアスは低い声で囁いた。
ジュリアスに時間の余裕がある曜日は、歩いて幼稚園に行くのが習慣だ。そんな時は車通りの多い大通りではなく裏道を通る。道の端に土がのぞいていたり、草の生えた空き地があったり、通りに面した家の庭を眺めながら歩くだけでも楽しい。
普通なら歩きで行く曜日だが冷え込みのきつかった朝、車で行こうかと言ったジュリアスに、クラヴィスは元気に「歩いてく」と答えた。ジュリアスはひそかに嘆息した。寒い中を遊びながら歩いて風邪でも引き込まれてはやっかいだし、オトナ的には暖房の入った車内のほうが好ましい、のだが。
いつもの道を半分スキップでもするような足取りでクラヴィスは歩いていた。小さな子どもは寒くても元気なものだ。
「さむいね!」
と言いながらはーっと白い息を何度も吐いては面白がっている。舗装の途切れている道の端をわざと歩いていて、「あれ?」という顔をしてクラヴィスがかがみ込んだ。
「どうした?」
ジュリアスに尋ねられて、
「なんかざくざくって音がしたんだ」
と熱心に地面を眺めている。見れば霜柱がびっしり。
「なんだろ? 土がういてるよ。白っぽくてほそい棒みたいなのがいっぱい」
クラヴィスが熱心にのぞきこんでいるあたりを見やったジュリアスは、
「霜柱だ。今朝は寒いからな」
と教えた。
「しもばしら?」
「寒さで土の中の水が凍ったものだ」
難しい説明は省いて簡潔に答えたジュリアスに、「ふぅん、氷なの」と返してクラヴィスはなおもザクザクと霜柱を踏みつけている。
「ジュリアスもする!?」
という声に思わず微笑がこぼれた。自分ばかりが楽しんでは悪いとでも思ったものか。心遣いはありがたいが、大人はそのようなことはしないものだ。
「いや私はよい。そろそろ行くぞ」
「うん」
ジュリアスに手を引かれてまた歩き出したクラヴィスは、帰りはマーサと一緒に霜柱で遊ぼうと思っていた。
そして午後、帰る頃にはすっかり溶けてしまった霜柱。ザクザクができなくて、クラヴィスはがっかりすることになるのだった。
2月14日、バレンタインデー。
近年、バレンタインデーには女性が意中の男性にチョコレートを贈るというのが主星でも主流となっている。そこから義理チョコ友チョコなどが派生して、とにかくこの日には恋人は言うに及ばず友人上司同僚およそ日頃交流のある人の間でチョコレートを贈り合うのがトレンドだ。
そして恐ろしいことに幼稚園にまでその波は押し寄せており、クラヴィスは初めてその洗礼を受けることとなった。
聖地にいた頃から周囲に溺愛されてのびのびと育ったクラヴィスは、素直で人当たりが良くて、そのくせどこか大人びていてちょっぴりミステリアス。しかも見目麗しい園児であるクラヴィスは、女子からの人気絶大で、当然ながら山ほどのチョコレートを受け取ることになった。
こういう風潮が低年齢化して幼稚園にまで広がり始めた当初、園側はそういうやりとりを禁じていたのだが、結局は母親同士が渡したり受け取ったりと実質何も変わらなかったので、大目に見るようになったのだ。
かばんに入りきらないほどのチョコレートをもらったクラヴィス、迎えに来たマーサに、
「クラヴィス様、こんなにたくさんのチョコレートをどうなさるんですか」
と驚かれた。
「ぜんぶ一度には食べられないから、おやつにちょっとずつ食べるよ。ジュリアスにもあげるんだ。マーサやパトリックにもね!」
と嬉しそうだ。
「まあ、ありがとうございます。ジュリアス様もきっと喜ばれますね」
ジュリアスは甘いものがあまり好みではないと知っているマーサも、クラヴィスの嬉しそうな顔を見ると思わずそう言ってしまったのである。チョコレートそのものはともかく、人に分けようとするその気持ちをきっとジュリアスは喜ぶことだろうし、「ジュリアスが喜ぶ」はあながち間違いでもいない。
家に戻ってわくわくしながらジュリアスの帰りを待っているクラヴィスに、
「おやつにそのチョコレートのどれかを開けますか?」
とマーサが尋ねると、クラヴィスは首を振った。
「もらったのぜんぶ、ジュリアスに見せたいの」
読者の皆様ご推察通り、夕方帰ってきたジュリアスもまた、袋いっぱいのチョコレート持参だった。当分の間チョコレート攻めという、おチビのクラヴィス的には夢のような日々が続くはずである。
金の曜日の晩のこと。
クラヴィスの誕生日を祝って、テーブルは普段より美しく飾られていた。
シェフの出張サービスで素晴らしいディナーをお腹いっぱい食べて、最後のデザートを口にしながらクラヴィスは思案げな顔で言い出した。
「…今日はぼくのたんじょう日だから、こんなことしてくれたんだよね?」
ジュリアスは目を見張った。
「そうだが、それが何か?」
「うん…すごくおいしかったし、うれしいし、ジュリアスにはいっぱいありがとうって言いたいんだ」
何を言い出すのかと驚いていたジュリアスは、微笑した。
「どういたしまして」
「でもさ、ジュリアスのたんじょう日のとき、ぼくは何もできなかったよ」
「そのようなことはない。カードをくれたではないか。今も書斎に大切に置いている」
目を細めて、ジュリアスは言った。
「うん知ってる」
ジュリアスの書斎の机にそのカードは開いて立てて置かれていた。
「でも…」
と言いかけて黙ってしまったクラヴィスが何を考えているのか、ジュリアスには手に取るようにわかった。自分はジュリアスがしてくれることに見合うだけ返せていない、言葉にすればそんなところだ。それを気にしているに違いない。まだ幼いというのに。大人であった頃この男はこれほどに義理堅いそぶりは見せなかった。
しかし子どもに返ったクラヴィスを育てながら、まじめで律義である意味自分に似たところがあると、そう感じることが多々あった。今にして思えば、おそらくあの頃も本質はこうだったのだろう。それを見せることはなくても。
ときおり突拍子もないことをしでかして大人をあわてさせるのは記憶の通りだったが、同年齢だった時には見えていなかった面が、今のジュリアスには見える。
「クラヴィス、私はそなたがいてくれることが嬉しい。その大切なそなたが生まれた日を祝いたいのは、私の気持ちだ。そなたが心をこめて書いてくれたカードは、私にとっては何よりも素晴らしい贈り物だった。だから何も気兼ねすることなどないのだぞ」
妙に大人びて義理堅い部分はあってもまだ子どもであるクラヴィスには、その存在そのものが育てる者にとっての喜びであるとまでは理解できないのだろう。
ジュリアスは見返りなど求めていない。あえて言うならば、心を尽くして育てていることに対して、心が返ってくればそれが何より嬉しい。
その点クラヴィスは、実の子でもこれほどに自分を慕ってくれるだろうかと思えるほどの愛を向けてくれる。たとえ年齢差はあっても、その意味でクラヴィスとの関係は対等なものであり、どちらかが負い目を感じる必要などさらさらないとジュリアスは思っていた。
「いずれそなたも大人になるだろう? その時には私の誕生日に食事をふるまってくれ。楽しみにしている」
「うん! 約束だよ! 大人になって仕事してお金をもらえるようになったら、ジュリアスに一番にごはん食べさせてあげる!」
実のところ、守護聖を長年務めたクラヴィスはすでに一生かかっても使いきれないほどの資産を個人で持っている。が、まだ幼い彼にはそんなことは関係ないし、そのことはまだ教えていない。そして資産のあるなしに関わらず、この先しっかり成長して人の役に立てる大人になってほしいとジュリアスは心から願った。