世はすべてこともなし ちびクラ妄想
ジュリアス様の設定は学生時代のを流用してますが、この妄想におけるジュリアス様邸宅は聖地からそのままついてきた執事が万事取り仕切ってたりとか。
クラヴィス様専属ナニーとして、闇の館から侍女長がついてきてたりとか。
あちらとはちょっと違いがあります。
光の館でも闇の館でもアイドルだったちびクラちゃんの面倒を見たい人はいっぱいいたけれど、熾烈な競争を勝ち抜いたのが闇の館侍女長、さすがでございます。
そして私としては珍しいことに、彼らの名前もぽこっと浮かんできたので、この妄想の中での執事はパトリック50代ロマンスグレー渋いおじさま、元侍女長現ナニーはマーサ、40歳前後体型はややふくよか上品かつ温かい人柄でクラヴィス溺愛ただししつけはきっちり、ということになりました。
1. ちびくら妄想の始まり
「世はすべてこともなし」のちびクラがとてもかわいくてたまらなくて、大人の闇様はもちろん素敵なんだけど、ちびがちびのままでいてくれたら、果たしてどんなことになるかしらと妄想したりしています。
聖地で光様に育てられながら2年。
何ということでしょう。首座のサクリアが衰え始めて、とにかく次代に引き継ぎをしなくてはいけないということで、それに関しては粛々と準備が進められておりました。
しかし困ったのがようやく4歳になった闇の守護聖の処遇でございます。
すっかりジュリアスパパになついていて、他の人が代わりを務めるなんてとても無理。けれどもジュリアスは聖地を出なくてはならない。
いよいよその日が近づいて、ジュリアス様意を決して愛しい我が子にそれを伝えることに。
もちろんクラヴィスは大泣きです。泣いて泣いてさんざん泣きわめいてジュリアス様に抱きしめられつつ泣き寝入り。……したその次の朝、闇のサクリアは忽然と幼児の体を離れていたのでした!(わーご都合主義ー(笑))
こうしてめでたく二人揃って聖地を出ることとなったジュリアスとクラヴィス。
ジュリアスはクラヴィスの後見人として引き続き養育に当たるということになってめでたしめでたし。
とりあえず、幼稚園入園に向けて、準備を整えているところでございます〜。
みたいな。(笑)
保母さんも、クラヴィスの同級生となる園児のママたちも、金髪美青年な保護者の存在に大騒ぎでしょうね〜〜〜〜うふふふふ〜〜〜♪
ちびクラを連れて聖地を出た光様。とりあえず自分は仕事を始めるための準備期間として大学に籍を置いて、新しく友人関係を築いたりしている。
そしてクラヴィスはと言えば。女王陛下が自分の出身校に連絡を取ってくれて、スモルニィ女学院付属幼稚園に通うことになった。
入園式でクラヴィスは、ジュリアスがいるかどうか保護者席が気になって仕方なくて、しょっちゅう振り返ってはジュリアスの姿を探してたりなんかして。ほとんどの子がお行儀よく前向いて座ってるのに、きょろきょろ落ち着きがないクラ、ジュリアスパパが見えると嬉しくてたまらない。
「ジュリアスーー!」
なんて大きな声で呼ばれて盛大に手を振られて、周囲の注目を浴びて光様ほんのり赤面。唇に人差し指を当てて「静かに」なんてサインを出したって、興奮状態のクラヴィスが言うことを聞くわけもなく。
「なんでー? なんでなのー!?」とさらに騒がれて、ジュリアスはついに下を向いた。
話せるようになったのは良いが、こういう場で騒がれるのは困る……。
とばかりに困惑。
「クラヴィス君、おしゃべりしないでこっち向きましょうね」
と優しそうな女の先生に言われて、ようやく前を向いてくれて、ほっと安堵の息を吐き出すのだった。
周囲からは最初「この人、幼稚園の保護者席にいるなんて場違いじゃないの?」と驚きの目で見られていたけれど、どうやらあの黒髪の子どもの関係者らしいとわかって、なんとなくみんなが微笑ましく見ていた。
式のあと、子どもの写真を撮るのにかこつけて、周囲のママたちがジュリアスの姿をカメラに収めていたのは言うまでもない。
幼稚園に通うクラヴィスの送り迎えは、ナニーのマーサとジュリアスとが交代でしている。
本当はジュリアスが全部引き受けたいところだったのだが、大学の講義と重なってできないときはマーサが行くことになっている。
ジュリアスは基本、車でクラヴィスの送迎をしているが、時間があるときには手をつないで歩く。
最近のクラヴィスのお気に入りは、タンポポの綿毛を飛ばすこと。途中にある小さな空き地にタンポポが群生していて、放っておけばいくつも摘んではいつまでもふーっと吹き続けるので、
「もう幼稚園が始まってしまうぞ」
とクラヴィスを抱え上げて連れていくこともある。
車で行ったほうが面倒がないと言えばそうなのだが、子どもの目線で自分の住む街を見るのは新鮮な体験だ。だから時間のある限りクラヴィスに付き合ってしまう。
昔の自分からは考えられないことだとジュリアスは思う。
子育てというのは手間暇のかかるものだ。効率だけではうまくいかない。
マーサは自転車派だ。近所への買い物に行くのも、幼稚園の送り迎えも、自転車が便利だと愛用している。いわゆるママチャリというもので、後部に子ども用の座席がある。
クラヴィスは、マーサに自転車に乗せてもらうのも大好きだ。
そしてあるとき、ジュリアスに言った。
「ジュリアスは自転車乗れないの?」
「何の話だ」
「マーサは自転車の後ろに乗せてくれるけど、ジュリアスはしてくれない」
「うちにはマーサの自転車しかないからな」
「じゃあ、ジュリアス自転車乗れる?」
「……乗ったことがない」
「なーんだ、やっぱり乗れないんだ」
がっかりした顔のクラヴィスに、ジュリアスの負けん気がむくむくと頭をもたげた。
「そこまで言うのなら、練習する」
「ほんと!?」
目を輝かせたクラヴィスに、力強くうなずくジュリアスであった。
それからしばらくたって、ママチャリにクラヴィスを乗せて幼稚園の送り迎えをするジュリアスの姿が時たま見られるようになった。
園庭で顔を合わせる園児ママたちと子育てについて語り合ったり、すっかりなじんでいる元首座。ただ、プライベートなことはほとんど話さないので、周囲にとっては依然として謎の美形パパ(?)なのであった。
ジュリアスに手を引かれて幼稚園に行く途中、タンポポの綿毛に夢中になってしまったクラヴィス。
遅れそうだからとジュリアスが抱き上げたときにはまだ両手に一つずつタンポポを握ったままだった。
ジュリアスが歩き出したので、あわてて手に残ったタンポポをふーっと吹いて、綿毛を飛ばした。
高いところから見ていると、遠くまで飛んでいく様がよく見えてクラヴィスご満悦。
しばらく目で追っていたが、ふと自分を抱いているジュリアスを見ると、黄金の髪に綿毛がひとつひっかかっていた。
このままつけてたらタンポポが生えて、わたげになるのかな。
その様を想像してみて、クラヴィスは嬉しくなった。
わたげがついてることはジュリアスには言わないでおこう。
タンポポが生えてきたら、わたげをふーってさせてねってジュリアスにたのむんだ!
ジュリアスから生えたタンポポなら、きいろじゃなくて金いろかも。
もうすぐ母の日が来るというある日のこと。幼稚園で、先生が「おかあさんの絵を描きましょう」と言った。
クラヴィスが描いたのは、水色の長い髪の人。
おえかきをしたことのない子どもにとって、きちんと人の顔を人の顔らしく描くのはかなり難しいことだ。
丸やら線やらを描いて何やらその上に色を重ねて塗りたくっていたりと、何であるのか判別不能な絵も多い。ところがクラヴィスの絵がかなりしっかりと、人の顔らしく描けていることに先生は驚いた。そしてそれよりも先生を驚かせたのは、その髪の色。絵自体がしっかりしているわりに色遣いがおかしい、と先生の目には映った。髪が水色だなんて。水の惑星に住む人々には珍しい色ではなかったけれど、他の惑星の人間ではまず見かけない。先生はそんな髪の色の人間が実際にいることすら知らなかった。
「クラヴィス君、とても上手に描けているけど、髪の毛の色が水色なのはどうしてなのかな?」
「だってほんとにこんな色なんだよ」
そう言えばこの子は両親がいなくて、ジュリアスという超絶美形青年が後見人なのだったと思い出した先生。母がいないので、身近な大人を描いたのかもしれない。長い髪、そこまではジュリアスも同じだが、彼は見事な金髪だ。
「じゃあ誰の絵を描いたのか、先生に教えてくれる?」
そうしたら急にクラヴィスが下を向いた。じっと黙っていたかと思うと、ぽたぽたっと水滴が落ちた。いつも元気なクラヴィスが急に泣き出して、先生びっくり。
「どうしたの!?」
「うわーーーーーーん」
一気に大泣き。お母さんの絵なんかこの子に描かせようとしたのはいけなかっただろうかと悩んだ先生は、この件を園長先生に相談したのだった。
園長先生から連絡を受けて幼稚園に行って話を聞いたジュリアスは、自宅に戻ってからクラヴィスが描いたという絵を思い出して嘆息した。ジュリアスには、クラヴィスが描いたのはリュミエールだとすぐにわかったからだ。
聖地を出てかれこれ数ヶ月になる。クラヴィスはリュミエールやほかの守護聖のことも大好きだった。
絵を描きながら聖地を思い出して、急に恋しくなったに違いない。
そしてやってきた幼稚園の母の日イベント当日。
園児のお母さんたちの中にローブ姿で水色の髪の美しい人が混ざっていた。背が高いことも相まって、スーツやワンピース姿のお母さんたちの中でその姿は異彩を放っている。
いつもと違って教室が華やいだ雰囲気で、子どもたちは自分の母親を見つけてニコニコ。クラヴィスもまた、懐かしい姿を見つけて目をぱちくりさせた。と、いきなり席を立って駆け出し、飛びついた。
「リュミエール!! 来てくれたんだ!」
リュミエールは目を細めてクラヴィスを抱き上げて、
「クラヴィス様、お元気そうでよかった。少し大きくなられましたね」
と微笑んだ。
「私の絵を描いてくださったのだとお聞きしましたが」
「うん」
こくこくと何度もうなずいて、
「あれだよ」
と得意げに後ろの壁に張られた絵を指差した。リュミエールは嬉しそうに絵を眺めた。
「とても上手に描けましたね。前よりも上達なさったように思います。今も絵は描いていますか」
「うん!」
聖地で、リュミエールが絵筆をとる傍らで、クラヴィスも一緒に絵を描いていたのだ。
「リュミエールの顔思い出していっしょうけんめいかいたよ」
「そうですか。ありがとうございます」
リュミエールはクラヴィスの額にそっとキスした。
「さあ、お席にお戻りなさい。おともだちはみんなちゃんとすわっているでしょう?」
クラヴィスを下におろして、「皆様、失礼いたしました」と周囲に頭を下げた。クラヴィスは自分の席に戻りながら心配そうに振り返った。
「リュミエール、帰っちゃわない? まだいる?」
「ええ、私はここにいますよ」
クラヴィスが席に戻って行ったあとで、ジュリアスが後ろのドアから静かに入ってきて、リュミエールを手招きした。
「すまぬな、リュミエール。無理を言った」
「いえ。私も思いがけずクラヴィス様やジュリアス様にお会いできて、本当に嬉しゅうございます」
「これもそなたが来ることを許してくださったあの方のおかげだ。今日は一緒に午後のティータイムを過ごしてから戻ってくれ。そのくらいの時間はあるのだろう? 何しろこのままそなたを帰らせるなど、クラヴィスが承知すまい」
「あの方からもくれぐれもよろしくとのことでした。お二人のご様子も聞かせてほしいと」
周囲をはばかって、二人とも女王陛下という言葉は口にしない。リュミエールはくすっと笑った。
「本当はあの方ご自身がいらっしゃりたかったようですよ」
「クラヴィスが描いたのがそなたで助かった。さすがにあの方においでを願うわけにもいくまい」
「さようでございますね」
「クラヴィスはずいぶんとそなたに会いたかったらしく、幼稚園で大泣きしたと聞いた」
「そこまで思っていただけて、幸せなことです。『母』なのは少々不本意ですが」
ひそひそと、そんな会話を交わす二人。周囲は、クラヴィス周辺の謎の人物たちに目を奪われっぱなしである。とにかく二人そろって麗しさが普通ではない。超弩級、神とも見紛うほどの美しさ。さらにリュミエールに至っては着ているもののせいもあってか男性なのか女性なのかすら判然としない。
その後、ジュリアスと親しげなところから、あの水色の髪の人は女性で、きっと二人は恋人なのだという噂が飛び交ったとか。
それはまだ幼稚園が夏休みに入る前のことだった。クラヴィスが「プールに行きたいんだ」と言い出したのである。
「プール?」
ジュリアスに聞き返されて、クラヴィスは大きくうんとうなずいた。
「クラスの女の子がね、この前ママといっしょに行ったんだって。それでね、すっごいたのしかったって!」
「ならば私が行っているスポーツクラブのプールに行ってみるか?」
「うん!!」
そして大喜びでジュリアスに連れられてスポーツクラブに行ったクラヴィスだったが、「ここだ」と示されたプールを見て表情がくもった。ジュリアスはしゃがんでクラヴィスと目線を合わせて尋ねた。
「どうした?」
「すべり台は…?」
ジュリアスは面食らった顔をした。
「滑り台は公園にあるものだろう?」
「だってシンディが言ってたもん。すごく大きなすべり台があって、川みたいに流れるプールもあって、大きいのや小さいのやいっぱいいろんなプールがあるって」
そこでようやく気がついた。クラヴィスが話を聞いて行きたがったのは、競泳用の何の変哲もない四角いプールではなく遊戯施設であったのだ。
「そうか……。ここにはこのプールしかないのだ。だが今日はせっかく来たのだから、ここで泳いで行けばよい。リュミエールに泳ぎは習ったのだろう?」
「…うん」
「そなたの言うプールにはまた別の日に行こう」
「ホント!?」
ジュリアスは微笑んだ。
「ああ、約束だ」
「わーいジュリアス、ありがと!」
首っ玉にかじりいて、ほっぺたに盛大にキス。こうして機嫌を直したクラヴィスは、その日さんざんプールで泳ぎ倒した。リュミエールに泳ぎを仕込まれたクラヴィスは泳ぐこと自体も好きだったので、ウォータースライダーその他は次回のお楽しみということで、今回は泳ぐことを堪能して帰ったのだった。
帰宅後、クラヴィスが寝入ったあとにジュリアスはプールのことをネットで調べて、嘆息した。
約束した以上は連れて行かねばならぬが……どうも私の趣味に合いそうにない……。
いつ行けるのかとわくわくしているクラヴィスの顔を見ていると、あまり先延ばしにもできず、結局次の週末にジュリアスは「子連れで巨大レジャー施設に赴く」を敢行した。
そこで偶然にも幼稚園のママさんたち&園児たちに出会ってしまった。
「あっ! デレクとキャシーだ! シャロンもいるよ!」
クラヴィスはと言えば、出会った友達とさっそくはしゃぎまわっている。顔見知りのママたちとあいさつを交わしている間も子どもたちの歓声は響いてくる。
「あっちのプール行こうよ! 波があるんだって!!」
ひときわ高く、クラヴィスの声が聞こえて、ジュリアスはあわてて止めた。
「待てクラヴィス。ひとりで行くのではない」
「ぼく泳げるよー」
泳げる泳げないと関わりなく、水の事故は起こる。目を放すわけにはいかない。
「すまぬが向こうへ行きたがっているようなので」
と断って、クラヴィスの手を引いて去っていくジュリアス。名残惜しげに後ろ姿を見送って、ママ達はため息をもらした。
「……素敵ねえ」
「そうねえ」
目がハート(笑)。ママさんたち、ダンナさんのこと忘れちゃいけませんって。
「せっかく出会ったから御一緒したかったけど……そこまで親しいわけじゃないものね」
デレクとキャシーとシャロンが母親のところに戻ってきて、
「ねえ、クラヴィスは?」
と尋ねた。
「パパと二人で向こうのプールに行っちゃったのよ」
「なーんだ、いっしょに遊べるかと思ったのに」
不満そうに口をとがらす子どもたちに、母親は、
「同じプールに来てるんだから、また会うかもしれないでしょ。そのときは一緒に遊べばいいじゃない」
となだめた。
その頃ジュリアスとクラヴィスは。
「友達と遊ばなくても良かったのか?」
「ジュリアスと来てるからジュリアスと遊びたいんだ」
「私とか?」
おかしそうにジュリアスは笑った。
「同じ年の友達のほうがよいのかと思っていたが」
ごく当たり前のことを言うと、
「あのね、友だちと遊ぶのはたのしいんだけどね。ジュリアスがいちばん好きだから、ジュリアスといっしょにいるのがいちばんなんだ」
と殺し文句を言われた。思わず頭をなでて、
「私もそなたが一番だ」
と答えると、大きな笑みが返った。下調べ段階では自分の趣味に合いそうにないと思っていたレジャー施設。けれども自分のことを一番好きと言ってくれるかわいい子どもと一緒ならば、十分に楽しめるということを実感した夏の休日だった。
次の週の初め、大学で顔を合わせたジュリアスの年若い友人たちは「その日焼け、どうしたんですか!」と驚くこととなった。
「子どもをプールに連れて行ったので」
なんて、つい本当のことを答えて、
「え? 子どもって……」
「ジュリアスさん、結婚してたんですかーーーっ!!」
「えーうっそーーー!」
と周囲から悲鳴が上がったのは言うまでもない。
「いや結婚はしていないのだが……」
「じゃあ何? 同棲してて子どもまでいるんですかっ!!」
「事実婚?」
「奥さんってどんな人!?」
なんていう阿鼻叫喚が起こったということも、余談ながら付記しておく。
ジュリアスの大学での愛称は「プリンス」だ。ジュリアスと同じ経済学部の女子学生たちがそう呼び始めたのがすっかり定着してしまった。ジュリアスが「それはやめてもらいたい」と言ったので本人を前にしてそう呼ぶことはないが、彼のことが話題に上るときにはプリンス呼びが当たり前。
経済学部の女子に限らず、大学の女の子たちはプリンスがどうしたこうしたとしょっちゅう噂している。
ジュリアスは大学で友人を作りたいとは思っていたが、若い女性は苦手でどう接したらいいものかよくわからないために、ほとんど女子とは接触がない。男子学生との交流はあり、比較的親しくしているグループもあるにはあるが、そんな学生相手でもジュリアスがほとんど自分のプライベートに関して語らないために、学内での噂話には多分に想像が含まれているのは言うまでもない。
ところがそんなジュリアスに関しての特大の秘密が公開されたのである。
「プリンスは子持ち」
最初にそれを聞いたのは、何気なく日焼けについて尋ねた男子学生グループだったのだが、ジュリアスの発言に驚いて学食で大声で「ジュリアスさん、子どもいるんですか!!」と騒いだためにあっという間に知れ渡った。
ジュリアス本人は、子どもについてははっきりと「母親をなくした子どもを引き取った。血縁ではないが故あって自分が育てている」と親しくしている学生には言ったのだ。だがそんなやりとりの詳細を学内中に発表したわけではないので、当然ながら噂は拡大した。
ついには、ジュリアスが若くして結婚して子どもができたが、出産の際に妻がなくなり、以後ひとりで忘れ形見を育てている、というところまで話ができあがった。女子学生たちは「お気の毒なプリンス」と涙ながらにその話を広めて、何やら収拾がつかなくなってきつつあった。
そんな大騒ぎになっているなんて、ジュリアスは知る由もない。プールに連れて行った週末からしばらくして、幼稚園も大学も夏の長期休暇に入ってすぐの頃。
ジュリアスは大学図書館で調べたいことがあって、出かけようとしていた。
「ジュリアス、どこ行くの?」
クラヴィスに尋ねられて、
「少し、大学にな」
「えー? ぼくもジュリアスと一緒に行きたい」
「そなたのような子どもの行くところではない」
「だってせっかくの夏休みなのに、まだ一度もジュリアスとあそびに行ってないよ!」
ジュリアスは苦笑した。
「大人と子どもでは休みの過ごし方は違うのだ。マーサに遊んでもらえばよい」
と、ジュリアスはクラヴィスのナニーの名を出した。
「マーサとはいつもあそんでるもん。今日はジュリアスがいいんだもん」
クラヴィスはぷうっとむくれた。
「……では、ドライブがてら大学まで行くか? ただし着いたら私は用事がある。そなたと遊んではやれぬが、それでもよいか」
「うん、いっしょに行く!」
大学には職員向けの保育室が併設されていて、一時預かりも可だと聞いていた。言い出したら聞かないクラヴィスを置いて出ることの面倒を考えて、とにかく連れて行って預かってもらえるか尋ねてみようと思ったのだ。だめならだめで今日は図書館は諦めて、大学構内でしばらく遊ばせて、自販機の飲み物でも買ってやれば満足するだろう。
そんな考えでクラヴィスを連れていった大学だったが、案の定保育室では急なので対応できないと言われた。
「せめていらっしゃる前に電話してもらっていればねえ」
と気の毒そうに言われたが、ダメ元で尋ねてみたのだ。こうなれば計画その2、大学構内でクラヴィスを遊ばせると実行すればいいだけのこと。
「事前にご登録いただいたうえで、利用日の前日までにお問い合わせくだされば確実です。登録メンバーなら、直前でも空きがあればお預かりできますよ」
と言われて、今後利用する可能性も低いが念のためと登録だけして、そのあとは学内を仲良く手をつないお散歩。図書館まで来て、「ここに用事があったのだがな」と言ったジュリアスに、「じゃあその用事すませたらいいじゃない」とクラヴィスは言った。
「この中にはそなたは入れないからな。また日を改めてくるからよいのだ」
と頭をなでた。暑い中を歩いて疲れた二人は、休憩できる場所を探したが、いくつもある学食はみな閉まっていた。が、学外の人も利用できるカフェテリアは開いていたので、そこでクラヴィスにアイスクリームを注文してやり、ジュリアスはアイスティーを飲んでいた。本人無自覚に、クラヴィスにはとろけるような笑顔を向けて幼稚園の話などするのを聞いていたところ、同じクラスの女子に見つかった。
「ジュリアスさ〜ん!」
と呼びかけられて、ジュリアスはびくりとした。休み中なので、まさか知り合いに会うとは思っていなかったのだ。とっさに返事ができずに固まっていると、
「ジュリアス、呼ばれてる」
と指摘したのはクラヴィス。
「そうだな」
知らぬふりもできそうにないので、覚悟を決めてゆっくりと振り返ってみた。満面の笑みの女子学生数人がぱたぱたと駆け寄ってくる。
「お休みなのに、会えるなんて思っていませんでした!」
それはこちらの台詞だ。知り人もいるまいと思って連れてきたのに。
とジュリアスのほうでも思ったが、それは口に出さなかった。今更仕方がない。
「あの、こちらの子どもさんは?」
決して彼女たちが嫌いなわけではない。だが、こんな形でプライベートに踏み込まれることになるのは予想外だった。けれども大学で大学生に会ってもそれは当然のことで、子どものほうが場違いなのだ。ジュリアスはひそかにため息を吐き出した。
「……クラヴィスだ」
見上げてくる深紫の瞳に微笑みかけた。
「ご挨拶は?」
「おねえさん、こんにちは!」
元気に言って、ぺこりと頭を下げたクラヴィスを見て、「かわいい〜」と女子大騒ぎ。
「これが噂のお子さん?」
「噂……」
ジュリアスは不審げに眉をひそめた。
「ジュリアスさんのお子さんのこと、有名なんですよ!」
きゃらきゃらと女の子たちは嬉しそうに笑った。噂のプリンスの子どもにこんな接近遭遇したのは、きっと自分たちが最初だ。なんてラッキー!
「いつの間にそのような話が広まったのだ」
まあ、いろいろと、ね。
などと女の子たちはあいまいに言ってはにこにこしている。
「クラヴィスちゃん、今日はパパと一緒に何してるのかな?」
「パパじゃないよ。ジュリアスだよ」
「あら? パパじゃない?」
「うん」
女子学生全員の目がジュリアスに集まった。
「養子縁組はしていないので、父というわけではない」
「じゃああの噂って」
「どの噂だ」
言いにくそうに一人が小声でぼそぼそと答えた。
「あの……奥様がお亡くなりになってお一人で子育て、って」
「どこからそのような話が……」
絶句。もう苦笑するしかない。
「私は結婚したことはないし、それは事実ではない」
休み明けにはまた新たな噂が広まっているのだろうかと頭痛がする思いで、ジュリアスは言った。
そしてジュリアスの懸念通り、長期の休み中であるにも関わらずこの接近遭遇が元となった新たな噂が学内に広まっていたのだった。
曰く。
「未婚のプリンスは絶世の美少女(=クラヴィス)を引き取って育てている。もしかして、将来花嫁に!?」
「育てばプリンスとはお似合いの美男美女間違いなし! ただし年齢差がちょっと……」
すっかり女の子に間違えられているクラヴィス。いつも冷静な顔を崩さないジュリアスの、クラヴィスに向けた表情の甘さたるや! これが実の親子であればプリンスってば良いパパねぇで済んだのだろうが、血縁ではないと明言している。最愛の人を見る目だったという女子学生の証言もあり、クラヴィスはジュリアスの花嫁候補だそうだ。
「ねえねえ、クラヴィスんとこのパパってすっごくカッコイイよね!」
幼稚園で同じクラスの女の子にいきなり背後から話しかけられて、クラヴィスはビックリ目で振り返った。
「何さ、いきなり」
「まえにプールで会ったじゃない。ママたちがあのあとすごかったんだよ」
キャシーはいたずらっぽい笑顔になった。
「うちのママもデレクのママもシャロンのママも、みーんなで『すてきだ、すてきだ』って大さわぎしてたの」
「だから何」
「クラヴィスのとこって、ママいないよね」
「うん」
「わたし、クラヴィスのパパのおよめさんになりたいな〜」
「……え? いみわかんない」
「まえは、じぶんちのパパのおよめさんになりたいっておもってたけど、クラヴィスのパパのほうがカッコイイんだもん!」
そりゃージュリアスは何やってもかっこいいけどさ…。キャシーがおよめさんだなんてダメだよ。
だって。
「およめさんなんてダメ。ぼくがジュリアスをおよめさんにするんだから!!」
キャシーは(・o・)という顔になった。そのあと大爆笑。
「クラヴィスってば! パパはおよめさんになれないよ!」
クラヴィスは不満顔である。
だってまえにかあさんが言ってたもん。
ずっといっしょにいてもらいたい人にはおよめさんになってもらいなさいって。
でも別にキャシーにそこまで説明する必要も認めなかったので、クラヴィスは不満顔のまま黙った。
そんなことがあった日の晩。
クラヴィスはその憤懣をジュリアスにぶつけた。
「キャシーがひどいんだ。ぼくはジュリアスにおよめさんになってほしいのに、ジュリアスはおよめさんになれないって言うんだ」
それは至極もっともな言い分であるとジュリアスが思ったのは言うまでもない。
「それのどこが問題なのだ?」
「ええええええーーーーー? ジュリアス、およめさんになってくれないの!?」
そう言えば昔聖地にいた頃に、何やらゼフェルがそんなことを言っていたような……。
『クラヴィスはさー、ジュリアスをヨメにしたいんだとよ!』(ネタ元:世はすべてこともなし番外「こどものかんがえること」)
その時の様子をまざまざと思い出したジュリアスは、やはりあの時にきちんと言って聞かせておくのだったと少し後悔した。
「キャシーの言ったことがひどいとそなたは言うが、その子は何も間違ったことは言っておらぬぞ」
「えー?」
クラヴィスはむくれている。
「私は男だ。男は嫁にはなれぬ」
えっ!?とばかりに目を見開いたクラヴィスに、ジュリアスは嘆息した。
「結婚というのはな、男と女がするものだ。そなたは男の子だから、母君は『お嫁さんをもらいなさい』と言ったのであろうが……」
今度はクラヴィスは真っ青になった。
「じゃ…ぼく…ジュリアスとずっといっしょにいられないってこと…?」
大きな瞳に見る見る涙の粒が浮かんだ。
「クラヴィス」
ジュリアスは今にも泣き出しそうな子どもを膝の上に抱き上げた。
「私を嫁にしたいというのは、私とずっと一緒にいたいからなのか?」
ジュリアスの胸に押しつけられた黒い頭がこくんと頷いた。
「ならば心配することはない。私はそなたが私の元を離れたいと言わない限りはずっと共にいる」
クラヴィスはジュリアスにしがみついた。
「ほんと? ほんとにずっと一緒?」
「ああ、ずっと一緒だ」
背中を撫でてやりながら、ジュリアスは答えた。
子どもの言うことだ。いずれは独立したいと言い出すに違いない。
好きな女の子でもできれば、私とずっと一緒にいたいなどと言ったことも忘れる。
不意に浮かんだその思いが胸に突き刺さった。一方的になつかれて半ば強制的に父親役をさせられたジュリアスは、これまで子どもを手放す将来については考えてもみなかった。毎日が新たなチャレンジで、この子どもを育てるのに必死だったからだ。
だが、子はいずれ巣立つ。子どもを育てるというのはそういうことだ。
そう改めて胸に刻んで、この愛しい子どもと過ごす時間を大切にしようと心に誓った。
なんでみんなジュリアスのことをぼくのパパって言うんだろう。へいかもよく「クラヴィスのパパってば、ほんっとにお固いわよね!」とかってよく言ってた。パパなんかじゃないのに、へんなのって思って、
「パパじゃないです、ジュリアスです」
って言ったら、
「そんなの知ってるわよー。冗談よ、冗談。『冗談』って、わかる? クラヴィスはまだよくわからないかな」
って笑ってたけど。へいかはおかしが好きでお茶会しょっちゅうやってて、あそぶことやおもしろいことが好きで、いつもニコニコしてて大好きだったな。
でも! ジュリアスのことをパパって言うのがなんでそんなにおもしろいのか、ぼくにはさっぱりわかんなかったよ。
ジュリアスは「そなたがむくれるのを面白がっていらっしゃるのだろう」なんて苦笑いしてたけどね。
パパってお父さんってことでしょ。
ジュリアスはお父さんじゃないって自分で言ってる。ジュリアスはうそはつかないから、それはホントのことなんだ。
せいちを出て、ジュリアスやパトリックやマーサといっしょに住んで、ようちえんに行くようになったら、またまわりの人たちがジュリアスのことをぼくのパパだって言う。友だちもみんなそう思ってる。
せいちでは、みんなちゃんとジュリアスがぼくのお父さんじゃないってことわかってた。
『冗談』でジュリアスのことパパって言ってたけど、ぼくのパパじゃないってことみんな知ってた。
だからせつめいしなくてもよかったんだけど、ようちえんで会うひとたちはぼくたちのこと知らない。
あたらしくできた友だちなんかにパパじゃないってことをせつめいしようとしたけど、みんなわかってくれないんだ。
それにせつめいしなきゃいけない相手が多すぎる。めんどくさくなっちゃったから、せつめいするのはやめにした。
パパじゃないですって言ってすぐにわかってくれる人ならいいけど、ようちえんの友だちはパパもママもいない家ってのがわかんないみたいだから、もういいんだ。
みんながどう思ってたってぼくたちには関係ないもん。
ジュリアスがぼくのパパだって思ってるのはみんなのかってだけど、ぼくはぜったいにジュリアスのことパパなんて呼ばない。
ジュリアスはジュリアスだから。
せいちにいたころに、一度だけパパって呼んでみたら、ジュリアスものすごくびっくりした顔してた。
あのときのジュリアスは「そなたにパパと呼ばれたくない」って口では言わなかったけど、そう思ってるのがわかった。
もともとぼくだってジュリアスがお父さんだなんて思ってなかったしさ。みんなしてジュリアスのことをパパだって言うから、そうなのかなと思ってためしにそう呼んでみただけ。
ジュリアスの顔を見て、パパって言っちゃいけないんだ、パパじゃないんだってわかったんだ。それでなんか安心した。ジュリアスはぼくにジュリアスって呼ばれるほうがいいんだってわかって、なんでかわかんないけど良かったなって思ったんだ。
*
その時のことはジュリアスも鮮明に覚えていた。最初なぜかゼフェル以外とは口を利かなかったクラヴィスが、ぽつりぽつりと他の人間とも言葉を交わすようになった頃。
いつもジュリアスの姿を見れば駆け寄って抱っこしてくれと両手を差し出してくるクラヴィスが、様子をうかがいながら近づいてきて、自分の前に立つとためらいがちに見上げて「…ぱぱ」と言ったのだ。
衝撃だった。6歳の頃から共に聖地で育った相手に、いくら今は幼児化しているからといって「パパ」と呼ばれるとは。
激甘パパだの何だのと周りからからかわれ続けて、他の誰に何を言われようが今更もうどうでもいいが、クラヴィスにそう呼ばれるのだけはなぜか我慢ならなかった。
自らクラヴィスの父親代わりであると認識しているにも関わらず。
その微妙な心理状態は自分でも理由がわからないが、とにかくそれだけは勘弁してくれと思った。
幼いクラヴィスがその時のジュリアスの態度に何を感じたのか、それまでおずおずした様子だったのが「ジュリアス!」と満面の笑みで飛びついてきたのが忘れられない。
それ以後パパと呼ばれることはなかったので、勘の鋭いクラヴィスには自分の気持ちがわかったのだろうと思っている。
今年はクラヴィスの誕生日は月の曜日にあたっていた。そこで幼稚園の友達を招いてのパーティは前倒しで土の曜日に済ませた。特に仲良くしている子ども数人とそのママたちを招いてマンションのパーティルームを借りて、ケータリングで食事を頼み、大きなバースデーケーキも用意した。
友達からプレゼントをもらい、ゲームをしたり短いアニメ映画を見たり、果ては幼稚園でやっているのと同じくあちこち駆け回ったりと土曜の午後を楽しく過ごした。
誕生日当日は普通に通園して普通に帰って来て、その後普通に友達とちょっと遊んで、何の変哲もない普通の一日だった。
夕食を食べながらジュリアスが、
「パーティは今日のほうがよかっただろうか」
とぽつりと洩らすと、クラヴィスは首を振った。
「土の曜日にみんなといっぱい遊んだから、今日はパーティはなくてもいい」
「だが今日がそなたの誕生日だからな」
「いいんだってば。ジュリアスがいるから」
というよりもむしろクラヴィスは、うまく言えないがジュリアスと二人でいつものように食べる夕食のほうをより嬉しいと思っていた。パーティは本当に楽しかったのだけれど。それはそれ、これはこれ。
「今夜のデザートはマーサが特別に焼いてくれたケーキだそうだ」
パーティ用にケーキ屋で注文した大きなバースデーケーキとは違って、小ぶりのかわいらしいケーキに「ハッピーバースデークラヴィス様」と文字が入っている。
「すごーい! これ、マーサが焼いたの!? ケーキ焼けるって知らなかったよ!」
切り分けられたケーキをほおばったクラヴィスは「これ、ほんとにおいしいよマーサ!」とさらなる賛辞を呈してマーサを笑顔にさせていた。
「ねえ、パトリックもマーサもいっしょに食べようよ。まだケーキ半分残ってるよ」
とクラヴィスが言い出したのを聞いてジュリアスも、
「それは良い。クラヴィスの誕生日だ。年に一度のことなので一緒に祝ってやってくれ」
と二人に頼んだ。
ふだんだったら絶対に主たちと一緒にテーブルにつくなどということはしない二人だったが、「今日は特別な日だから」「ぼくの誕生日なんだから、ぼくのおねがい聞いてよ」と口々に言われて、ついにお相伴をすることになった。
クラヴィスはニコニコだ。
「友だちとパーティはすごーくたのしかったよ。けど、うちの人だけでケーキ食べるのって、なんかすごくうれしいな」
パトリックは日頃の執事然とした顔が、つい「おじいちゃん」の顔になってクラヴィスを見ていて、ジュリアスの心を和ませた。
「そなたもそんな顔をするのだな」
「何のことでございましょう」
いつもの顔に戻って尋ねるパトリックに、
「いや、良いのだ。気にするな」
と微笑むジュリアスである。
日付も変わった夜中のこと。何か違和感を感じて目覚めたジュリアスは、クラヴィスが隣にもぐり込んで眠っているのに気がついて苦笑した。
最近はクラヴィスに自室のベッドで一人で眠るようにさせている。相変わらずジュリアスがそばにいて寝かしつけてやらないと寝ようとしないが、寝入ったのを確かめるとジュリアスは子ども部屋を出ていた。けれどもいまだに、夜中に勝手にジュリアスのベッドにやってくることも多い。この甘ったれは直らないのだろうかと思いながら、クラヴィスの寝顔を眺めた。
5歳になったからといって急に変わるものでもあるまい。
と嘆息しながら、それでもどこか安堵している自分がいる。幼児化したばかりの2歳の頃よりは確実に成長したものの、まだまだ子どもだ。ようやく自分たちが聖地で出会った頃の年に近づこうとしている。自分ではいっぱしの守護聖のつもりで、子ども扱いする周囲に苛立っていたジュリアスだったが、あの頃の自分たちはこんなにも子どもだったのだと今にして知った。
今は自分のことを一番好きと言ってくれる、世界中で一番愛しい存在。けれどもいつか、こうして夜中にベッドにやってくることもなくなるのだろう。クラヴィスの成長が待ち遠しいような、惜しいような、複雑な気持ちで愛し子の髪をなでていると、突然クラヴィスが目を開いてどきりとした。宇宙の深淵を思わせる不思議な色の瞳。表情が妙に大人びていて、大人だったときのクラヴィスと重なった。
「…ジュリアス」
ほにゃりと笑ってジュリアスの名を呼んだ顔はいつもの愛しい子どもだった。また目を閉じて寝息を立て始めたクラヴィスの顔をじっと見つめ、子どもらしいふっくらした頬にそっと触れて、ジュリアスも目を閉じた。