初  恋


我々はこの地に長くいるが、この先いつまでいられるのかはわからないのだ。
打ち明けぬままどちらかが去らねばならない時が来てしまったら……。
そう思ったとたん、いても立ってもいられなくなったクラヴィスは決心した。
長年の間秘めてきた気持ちを打ち明けよう。

職務怠慢って言うか(愛の告白は職務じゃないけど)、めんどくさがりって言うか、良く言えば気の長い彼ではあったが、このまま自分が何の動きも見せなければ絶対にジュリアスをものにすることはできないという点に改めて思い至り、まことに遅れ馳せながら行動を起こすことにしたのだ。
何しろ相手が相手だ。目が痛くなるほどにきらきらにまぶしくて美しく、ほっといたら引く手あまたかと思いきや、神々しすぎて誰も接近しない。これは彼のまじめ過ぎる性格にも問題があると思われるが、クラヴィスとしては好都合だったのだ。無理に自分のものにしなくても、彼は誰のものにもならないかに見えた。「光の守護聖とは仲の悪い闇の守護聖」という立場を堅持してきたのは、そういう安心感からだ。
それに今までの関係も気に入っていないわけではなかった。何と言ってもジュリアスをからかうのは楽しい。好きな相手ほどいじめたいという、あの子どもっぽい感情なのかもしれない。常に冷静な首座の怒った顔やうろたえた顔を見るのは、闇の守護聖の生きがいと言ってもいい。人前で感情的になることなどないジュリアスから、自分だけがその表情を引き出すことができるという快感。
けれどもいい年をした男としては、別の楽しみもほしくなってきた。自分がジュリアスを好いているという自覚はある。だから、「からかって怒らせて楽しむ」以上のものを求めたくなったのだ。
相手が同性だというのは、クラヴィスにとっては一向に問題ではなかった。が、ジュリアスが同性からの愛の告白をすんなり受け入れるとは到底思えない。その点をものすごく問題にするだろうとは思ったが(相手が自分を愛していることに関しては、なぜかクラヴィスは自信があるらしい(笑))、そのときのジュリアスの顔を見るのもまた一興、と、長年の恋心を告白するにはいささか軽薄過ぎると思われる、うきうきとした心持ちでクラヴィスは行動を開始した。……一見したところ表情はいつもと変わんないけど。

夜も遅い時間だったにもかかわらず(いやむしろ、夜こそが彼の領域なのだが)即座に馬車の支度をさせると、クラヴィスはその足で光の館へと赴く。ジュリアスは驚きながらもクラヴィスを迎え入れた。
「人払いを…」というクラヴィスの要請に従って、客間で二人きりになったところで、ジュリアスが切り出した。
「このような時刻にどうした? 職務怠慢なそなたがわざわざ出向くとは、よほど重大な案件とみえる」
時ならぬクラヴィスの訪問は仕事がらみだろうと思い込んでいる。
「その通りだ。これ以上はないというほどの重大なものだ」
「もったいをつけず、早く言わぬか」
どんな大変なことが持ち上がったのかとジュリアスの表情は厳しく引き締まった。全身を耳にしてクラヴィスの言うことを聞こうという態度である。その彼の耳に飛び込んだ「重大な案件」とは。

「私はお前を愛している。昔からずっとだ。…お前は私をどう思う?」

しーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん。
長い沈黙が落ちた。ジュリアスは何を言われたのかわからず、目を白黒させている。全身お仕事モードに入っていたジュリアスには、クラヴィスの言葉は、耳には入ったもののまるでどこか異国の言葉で唱えられた呪文のように、音の羅列としか認識できなかったのである。仕事モードのジュリアスに、愛の告白を受けつけるような神経は存在しないのだ。かろうじて耳に残ったクラヴィスの言葉は「私をどう思う?」だけ。ジュリアスの神経は、ゆっくりとだが耳に残ったその言葉に反応し始めた。
「…そなたのことを…どう思うか……? 職務怠慢で……職務怠慢で…職務怠慢…だな」
ぼんやりと職務怠慢と言い続けているうちにだんだんに先ほどの呪文の意味が脳に浸透してきて、今度は怒り始めた。
「そなたは無気力で職務怠慢、執務室でも会議でも居眠りばかりしている。筆頭守護聖にあるまじき態度だ。…そして何より…いつも私を小ばかにして! さては今宵も私をからかうために来たのだな? 重大な案件だと言いながら、私を愛しているなどとからかって何が楽しい? 存分に楽しんだか? 楽しんだのならば帰ってくれ!!」
クラヴィスはジュリアスの表情が変わっていく様を無表情な彼なりに楽しそうに眺めていたが、今日はそれが主要な目的ではなかったことを思い出した。実際のところ、ジュリアスのその表情を見られただけでも充分楽しかったのではあったが。
「…落ち着け。私は冗談でこのようなことを言いに来たわけではない。愛は重大なことではないのか? お前を愛しているから…お前にも愛してほしいから、この気持ちを告げに来たのだ」
さらなるクラヴィスの言葉に、ジュリアスはまた目を白黒させた。仲が悪い闇の守護聖が愛の告白をしに来るなんて、悪夢の中にでも迷い込んだような心地である。
けれどもクラヴィスはいつになく真剣な様子に見えなくもない。だけどやっぱりからかわれているような気もする…。
「私を…? 本当に?」
半信半疑といった面持ちでジュリアスは呟いたが、そんなことはあり得ないという方向に考えが固まったらしい。
「…そのような言葉が信じられるかッ! 常に私に忠実なオスカーの告白ででもあったならばいざ知らず、そなたときたら私の言うことになど耳を貸そうともしないで、たまに口を利いたかと思えば私を怒らせることしか言わぬ。そしてひとり闇に閉じこもって…私の気持ちを知りもせず…」
そこまで言ってジュリアスははっとした顔をした。
私の気持ち…私はどういう気持ちだったのだ?
口ごもったジュリアスに、クラヴィスは微笑した。
「ではお前も…私のことを愛していると言うのだな?」
クラヴィスの決めつけにジュリアスは大あわてにあわてた。ここで否定しておかないと、何がなんだかわからないうちに大変なことになりそうである。具体的にどういう「大変なこと」が起こるのか、ジュリアスにははっきりつかめていなかったのではあったが、死に物狂いで防戦を始めた。
「待てっ! そうは言っておらぬ! …第一だな、そなたも私も男なのだぞ。そのような…………あ、あ…愛して…いる、など…おかしいではないか」
急に自分の心がわからなくなって(いやむしろ急に自分の心を知ってと言い換えるべきか)先ほど怒っていた時には大声で「愛している」という言葉を言ってもへーきのへーざだった誇り高き男は、今回はその単語を口にするのに多大な努力を必要とした。らしくもなく声を落としてしどろもどろな上、どもっちゃったりもしている。
「ひとがひとを想う気持ちに男も女もない。私はお前が愛しいと思うからそう言った。…お前の答えは?」
「………………………………………………」
無言のままジュリアスは穴のあくほどクラヴィスを見つめていたが、ふいと顔をそむけた。耳まで赤くなっている。その様子を見てクラヴィスは自分の勝利(?)を確信したものの、告白したからには相手からもそれなりの返答がほしい。
「答えは?」
「…知らぬ」
「お前の気持ちを問うている。己の気持ちを知らぬのか?」
くく、と笑われて、ジュリアスはぱっと振り返り、クラヴィスをにらみつけた。
「知らぬと言ったら知らぬ! そなたと違って私は忙しいのだ。そのようなことにかまけている暇はない。
考えてみたこともない。……れれれれれれれ恋愛…など…それも、同性となど…」
「今まで考えてみなかったのなら、今考えてみよ。…どうだ?」
ジュリアスはまたそっぽを向き、一気に言い放った。
「………嫌いだ。このように重大なことへの答えを性急に求めるそなたなど、大っ嫌いだ。 長年の間私をからかい、いらいらさせ続けてきたそなたを、この私が好きになるはずがなかろう!? これほど簡単なこともわからぬ愚か者だったとは知らなかった。ますます嫌いになった」
「…ジュリアス」
静かな声に、あらぬ方を向いていたジュリアスがクラヴィスを見る。
「それが本心ならば、私の目を見てもう一度言ってみるがよい。言えるか?」
「と、当然だ…」と答えた割には、そのあとが続かない。見つめ合ったまま、どちらも無言。しばしの沈黙ののち、クラヴィスがおもむろに口を開いた。
「お前は…昔から変わらぬ。何でもはっきり言う。職務の上でも判断はすばやく的確で、それを自信に満ちて言葉にすることができる。エスプレッソが好きだとか、馬が好きだとか、自分の趣味嗜好についても、な。
だが…こと自分の心の深い部分にかかわることとなると……素直ではないのだ。お前の先ほどの言葉は、愛の告白と変わらぬ…」
そんなむちゃくちゃな!! と、ジュリアスは真っ赤になって怒り狂った(図星さされて怒ってるだけだけど(笑))。必死になってなけなしの威厳をかき集めつつ、否定の言葉を投げつけようとする。
「だだだだだだだだ誰がそなたなどっ!!!!」
だが「だだだだ」とどもっている間にクラヴィスはジュリアスを抱き寄せ、「などっ!!!!」と叫び終わった時点でクラヴィスの唇がジュリアスのそれをふさいだ。相手の腕から逃れようとしていたジュリアスの抵抗が徐々に弱くなり、唇が離れるとクラヴィスにぐったりともたれかかってあえいでいる。唇を合わせるだけの軽いキスだったのだが、清廉潔白な光の守護聖様は未だ知らなかった甘い感触に、我知らず感じてしまったようなのだった(笑)。好きな相手じゃなかったら感じなかっただろうけど(ってゆーか、嫌悪だけ?)、恋心を自覚したばかりの相手にいきなり奪われて、夢心地。始まりは悪夢だったけど、今はスウィートドリームになってるかもしれない。そしてスウィートドリームに酔っているジュリアスの耳元で、駄目押しのように甘い声が囁く。
「ジュリアス…答えは?」
「そなたのこと…………………嫌い………ではない…」
クラヴィスの頬に笑みが浮かんだ。どこまでも素直になれないジュリアス。それはお堅い光の守護聖の精一杯の愛の告白だった。どうやら二人は犬猿の仲から一足飛びに恋人になれたらしい。初キスも済ませた。しかも勢いに乗って2度目に突入しようとしている。

けれども。闇の守護聖の苦闘は始まったばかりだって気がする。





■BLUE ROSE■