夜明けのコーヒーをあなたと


アンジェリークの行くところ、必ず闇の守護聖の姿あり。
闇の守護聖クラヴィスは女王候補アンジェリーク・リモージュにぞっこんだ。
……とまあ、飛空都市ではそのように噂されている。
確かにそういう噂が立つのも当然と言えるほど、クラヴィスは女王候補を誘ってはデートしていた。

それもこれも…。
はあああああ……とクラヴィスはため息をこぼす。恋が順調に進展を見せている男にあるまじき態度だ。むろん、アンジェリークが嫌いなわけではない。好意を持っている。だからデートにも誘う。怠惰の守護聖と異名を取るほどめんどくさがりの彼が、わざわざ嫌いな相手をデートに誘ってどこかへ出向いたり話をしたり笑顔を作ったりという手間ひまをそうそう好むとは思えないではないか。アンジェリークといると、ほっこりと暖かい気分になってそれはそれで悪いものではない。心地よい時間を共にできる相手がいるのは嬉しい。だがそれは決して世間で言われている「恋」ではないことをクラヴィスは自覚していた。

だいたい、あれが鈍すぎるのが悪いのだ…。
闇の守護聖が「あれ」と呼ぶ相手は一人だけだ。言わずと知れた光の守護聖ジュリアスである。つまり、ジュリアスがあまりにも恋心に疎いと嘆いているのである。ずーーーーーーーーーっと前からジュリアス一筋のクラヴィスの気持ちなんか全然知らないジュリアスは、てきぱきと仕事をこなし、クラヴィスが協力的でないと言っては説教をたれ、女王陛下への忠誠心はないのかとなじり、挙句にオスカーとは超親密だ。
はあああああ…。
オスカーなんかよりもずっと早くからそばにいるというのに、なぜ私とは仲良くしてくれないのだ、ジュリアス!!
オスカーなんぞが聖地に来たから悪いのだ!!
てな具合にオスカーに逆恨みなクラヴィスなのである。いつもぬぼーっとしているように見える闇の守護聖だが、これでもいろいろ悩みがあるお年頃(笑)。

今回の女王試験だって「面倒な…」と思っただけだった。またジュリアスに叱られるタネが増えるだけのこと、なんともうっとうしい、やりきれないと思いながら飛空都市へとやってきた。だが彼の意に反して、金の髪の女王候補は闇の守護聖にひとときの安らぎを与えてくれたのだ。
試験にも女王候補にも積極的にかかわる気などさらさらなかった。けれども、他の守護聖たちが女王候補の育成に熱心に協力し、女王候補と親密度を上げていく中で、ひとり闇の執務室に閉じこもるクラヴィスにジュリアスが檄を飛ばしたのだ。
「そなたも女王候補ともっと親密にせよ!!」
はあああああ…。私の気持ちなんかちっとも知らないで、酷なことを言う奴だ、とジュリアスをうらめしげに見ても、相手は動じない。
「そのような目で見ても無駄だ。これは職務の一環なのだ。女王候補と親しくなれ、よいな!」
高圧的にジュリアスは言うと、これで仕事は済んだとばかりにさっさと闇の執務室を後にした。
どうしても親密にならなきゃいけないんだったら、どうせだったら少しでもジュリアスに似ているところのある方がいい。金色の髪を見ていれば気もまぎれるだろうかという程度の気持ちからアンジェリークに声をかけたのだが、意外にも共に過ごしていると気持ちが安らぐ。これは得がたい相手だ、と会えば会うほどに思うようになった。そして、あまりにも長い年月ジュリアスを想ってきて、でも相手は全然そんな気はないのがわかっていて、なんだかもうどうでも良くなっちゃったクラヴィスは、ついに決心したのである。

ジュリアスへの想いは今さら断ち切ることなどできない。
あまりにもしっかりと根付いてしまった彼への想いを忘れることは生涯ないだろう。
だが、相手がそんな気にはなれない人間だとわかっている以上、他の場所に安らぎを見つけてもよいではないか。
幸いアンジェリークは私を慕ってくれている。…求婚しよう。
だが…できれば結婚の前に、寝室でうまく行くかどうか確かめたい(<クラヴィス様のえっちぃ)。
けれども相手は女王候補、そんな…婚前交渉(<死語)…なんてまずいかも。

などということまで考えてしまいさんざん悩んだが、そちらの相性は夫婦生活における最重要事項である、よって事前確認は欠かせないという結論に達し、確認作業を試みることにした。これはストレートに言い過ぎては品がない。婚前交渉の同意を求めるためにクラヴィスが選んだ言葉は「夜明けのコーヒーを私と共に飲まぬか?」であった。アンジェリークは一瞬目をみはり、そして固唾を呑んで待ち構えるクラヴィスに、にっこりと頷いた。
「うれしいです、クラヴィス様!」
あまりにもあっさりとアンジェリークが承諾したので、拍子抜けの闇の守護聖。その彼に向かってアンジェリークが言ったのは、
「じゃ、私明日の朝5時過ぎくらいにお館にうかがいますね。…クラヴィス様、ちゃんと起きてくださいね」
という、クラヴィスにしてみればはなはだピントのずれた言葉だった。
「夜明けのコーヒー」ではアンジェリークにはクラヴィスの意図するところは全然伝わらなかったのである。

はあああああ…。
アンジェリークには私の気持ちは伝わらなかった。<はっきり言わないのが悪い
やはりアンジェリークをジュリアスの身代わりにしようとしたことが間違いだったのだ。
…もう何もかもどうでもよい…。<虚無的
もともと、アンジェリークに熱烈に恋をしているというわけではなかったので、悩んだ挙句の言葉を受け止めてもらえなかったことで初心にかえったクラヴィス、翌朝やってきたアンジェリークを、「体調が悪い」と言って追い返してしまった。
やはり私は満たされぬ想いを抱いて生きて行くしかないのか…。
なんて悩みの淵に沈みこんでいたのだが、そうこうするうちに「夜明けのコーヒー」ってどのくらいの人がわかってくれるのかが急に知りたくなった。
どうでもいいことなのだが、俄然興味が湧いたからにはリサーチの開始だ。次々に守護聖たちに声をかけてみることにした。

まずはルヴァの執務室を訪ねてみた。
「夜明けのコーヒーを私と共に飲まぬか?」
「コーヒーですかー? そうですねぇ、私の今の気分はコーヒーよりはお薄ですねー。ちょうど、いいお干菓子が手に入ったところなんですよ。いかがですクラヴィス、ご一緒しませんか?」
「今の話をしているのではない。『夜明けのコーヒー』だ…」
「…夜明けのコーヒー…夜明けのコーヒー…なんだかそんな流行歌があったような気がしますね……。夜明けにコーヒーを二人で飲むとかいう。つまりは夜を共に過ごして朝を迎えるというような歌だったような。そうそう、あれはキンピラーズとかいう歌手の持ち歌でしたねー」
さすが地の守護聖。ものすごくどうでもいいことまで知っている。と、ルヴァの眉がくもった。
「……あの〜クラヴィス、私にそんなことをおっしゃるのは…もしかして、その…誘っているんですか〜?」
かすかに頬を染め、微妙に目線を外しながら尋ねてくる。
フッとクラヴィスは笑い、「この言葉の意味を解するものがどれほどいるか、リサーチをしているに過ぎぬ」と答えた。ルヴァはほっとしたように息をついた。
「いやぁ〜安心しました〜。私には男性とどうこうという趣味はありませんのでね。でも相手があなたとなると、無下にお断りして心を傷つけてもと心配になりますし。……ところでリサーチって、何のためのリサーチですか?」
「…単に、好奇心だ」

地の執務室を出て手元の紙に何やら書きつけていると、ランディが通りかかった。ちょうどいいので彼にも尋ねてみることにした。ちょいちょいと手招きすると、ランディは「何ですか?」と近寄ってくる。
「夜明けのコーヒーを私と共に飲まぬか?」
「コーヒーですか? 俺は朝のロードワークのあとにコーラが飲みたいです!」
元気に答えるランディに「そうか、ならばよい」もう行けと手を振って、新たな情報を手元の紙に記入する。

ジュリアス  
ランディ ×
リュミエール  
オスカー  
マルセル  
ゼフェル  
オリヴィエ  
ルヴァ

今度はゼフェルに声をかけた。
「夜明けのコーヒーを私と共に飲まぬか?」
「あー? コーヒーだぁ? オレはうまい水のほうがいいからな。他のヤツに声かけろよ」
「…そうか」
ゼフェルの項にもバツ印がついた。

「マルセル、夜明けのコーヒーを私と共に飲まぬか?」
「あの……ぼくはココアのほうが好きなんです」
「ならばよい。行け」
マルセルもバツ印。
やはり年少者には通じぬようだな。アンジェリークが意味を解さぬのも道理か……。

だが今や目的はアンジェリークがどうこうというところにはない。クラヴィスはリサーチを中断することはなかった。リュミエールの奏でるハープを聞きながら、もちろん彼にも訊いてみた。
「夜明けに? クラヴィス様はその時間帯はお休みになっていらっしゃるではありませんか。大丈夫なのですか? でしたら喜んでお付き合いいたしましょう。…できれば私はハーブティーをいただきたいものです」
「いや…冗談だ…」
「クラヴィス様もお人の悪い…。それがおできになるのでしたら、私も毎朝こちらにお誘いに伺わなくても良いかと思いましたが」
リュミエールはクラヴィスを遅刻させないためにこれまで涙ぐましい努力を重ねてきたのである。
やはりこの者も喜んで私の世話を焼いているわけではないのだな、と妙に虚無的な気分になりながら、クラヴィスは「それでは明日の朝はハーブティーを用意させておく。私が起きるまでそれを飲んで待っていてくれ」と答え、リュミエールが帰ったあと、用意の表にバツ印を書き込んだ。

クラヴィス、さらにターゲットを探して徘徊していた際に回廊で行き会ったオリヴィエを呼び止めた。
「夜明けのコーヒーを私と共に飲まぬか?」
「えー? 夜明けにコーヒー? 朝はゆっくり寝たいんだよね、私。お肌のためにも睡眠はたっぷり取らなきゃ。あんたもあんまり夜更かしばっかしてるんじゃないよ。もう大して若くないんだから。きゃははっ!」
クラヴィスのほうから用は済んだから行けと言うまでもなく、オリヴィエはさっさとその場から去っていった。もう若くないなどと言われぽつんと取り残されて、表にはバツ印が増えて、何となく寂しい心持ちになるクラヴィスであった。

オスカーにも尋ねた。
「夜明けのコーヒーを私と共に飲まぬか?」
オスカーは最初驚いた顔をし、それからにやりと笑った。
「クラヴィス様…。ずいぶんとまた古い言い回しを。だいいちそれはレディに言うべき言葉でしょう。俺なんかに誘いをかけてどういうつもりなんです?」
オスカー、まる。
クラヴィスは呟くとそれ以上は何も口にせず、立ち去った。何しろオスカーはクラヴィスにとっては仮想恋敵なのだ。なるべくなら口を利きたくないのである。残されたオスカーは「…なんだったんだ、今の…」とあっけに取られてクラヴィスの後姿を見送っていた。

こんな具合に順繰りに尋ねたのだが、結局のところ意味を理解してくれたのは物知りのルヴァと女たらしのオスカーだけ。その上オスカーには古いと笑われた(オスカーはクラヴィスのことを嘲笑したりはしなかったのだが、クラヴィスとしては「笑われた」という被害妄想的な受け止め方をしていた)。それはともかく、これで残るはジュリアスだけとなった。
そう、ジュリアスである。大本命中の本命、光の守護聖ジュリアス様である。
「夜明けのコーヒーを」と尋ねて回るのは単なるリサーチだったはずなのだが、その言葉の意味するところを思うと、ジュリアスにだけは気軽に尋ねることができない。
クラヴィス、もんもんもんもん…。
何日も逡巡し、せっかく表が完成に近づいているのだから、と勇気を出して光の執務室にいるジュリアスに尋ねに行った。

「そなたの方からこちらへ来るなど、珍しいことがあったものだ。して、用件は?」
ぼそぼそぼそぼそぼそぼそ。
ものすごく小さな声でぼそぼそ言われたので、まったく聞こえない。何度問い返しても結果は同じ。
「何だクラヴィス、はっきり言わぬか!
ジュリアス様、爆発寸前である。
すぅ。
クラヴィスは大きく息を吸い込んだ。
「夜明けのコーヒーを私と共に飲まぬか!?」
クラヴィスらしからぬ大きなはっきりした声。執務室の外まで響きそうだ。ジュリアスは卒倒しそうな顔をして、あわてて立ち上がるとクラヴィスの口をふさいだ。そうして、小声で叱りつけた。
「そのようなことを大声で言うものではなかろう!」
え????
「昼間の執務室で大きな声で言って良いことと悪いことがある。どうせなら…その…もう少し気の利いた場所で 言って欲しかったのだが…」
クラヴィスはジュリアスの手をもぎ離して尋ねた。
「なんだと?」
「なんだと、とは何だ。誘ったのはそなたの方だろう? 夜明けのコーヒー……」
言いかけてジュリアスは真っ赤になり、小さな声でやわらかく答えた。
「…うれしかった」

ひょうたんから駒、ジュリアスはクラヴィスの誘いを完璧に理解して、しかも信じられないことにクラヴィスの気持ちを受け入れたのである!!
今までクラヴィスに対してあれこれと小言を言ってきたのも、他に声のかけようがなかったからなのだと言う。
少しでもクラヴィスと話がしたかった。けれども何を話していいのかわからなかった。
私もずっとそなたのことを想っていた…。
ジュリアスの口からそう言われてもにわかには信じがたい。でもどうやら真相はお互いに片思いだと思っていた、ということらしかった。
クラヴィスは心の中で表を完成させた。
「ジュリアス、二重まる」

その夜二人がどうしたかは……あなたの心の中で。





■BLUE ROSE■