記 念 日


クラヴィスとジュリアスの二人が守護聖を降りて、一緒に暮らし始めてひと月が過ぎようとしている。

古い家並みの街に二人の住む館はあった。男の二人暮らしだが、館の中は花だらけだ。窓辺にも、テーブルにも、飾り棚にも、たくさんの花瓶や一輪挿しが並び、色とりどりの花が飾られている。クラヴィスが毎日のように小さな花束を買ってくるのだ。きれいなものは嫌いではない。だからジュリアスは受け取るたびに笑顔を見せ、「ほう、これは美しいな」などと言いながら花瓶に活けるのを常としていた。しかし同時に不思議にも思っていた。
クラヴィスはこのように花の好きな男だったのだろうか? 聖地にいた頃にはそのような素振りを見せたことなどなかった……。
「そなたそれほどに花が好きであったか? そう言えば花の咲く木の名もよく教えてもらったものだが…」
ジュリアスのその発言に、クラヴィスは固まった。
「………お前、私が花を買う理由に気づいておらぬのか?」
「何の話だ」
「いつも喜んで受け取るのでてっきりわかっているものと思っていた…」
「だから何を?」
クラヴィス茫然。

私がこんなに大事に思っていることを、ジュリアスは覚えていない…。
どよどよどよ〜〜〜〜〜〜〜〜ん。

一気に暗さを増したクラヴィスに、ジュリアスもつられて真っ青。
「私は何か重大なことを失念していたのか?」
こくん、うなずいて、そのままずぶずぶと悲嘆の海に沈んでいこうとするクラヴィスにジュリアスはますます慌てた。必死で考えるが、どんな大切なことを忘れていたのかさっぱりわからない。
「……すまぬクラヴィス。思い出せぬ私を許してくれ。何であったのか教えてくれたら今度こそ忘れぬと約束する。だから……頼むから機嫌を直して教えてくれぬか?」
クラヴィスの目をのぞき込み、必死の面もちでかき口説いた。半ば溺死体のような様子であったクラヴィスだが、ジュリアスの声に引き寄せられて現世へ戻ってくる気になったようだ。フッと自嘲的に笑うと「記念日だ…」と答えた。

記念日? 何の? それに花を買ってくるのは毎日ではないか。毎日が記念日だとでも言うのか? …わからぬ。

クラヴィスは納得が行かない顔のジュリアスに説明を始めた。
「1月28日は私たちが聖地で出会った記念日、いきなり怒鳴りつけられて恐ろしかったものだ…。1月29日は二人で初めて昼寝を一緒にした記念日…お前の寝顔は昔から天使のようだった。1月30日は二人で初めて視察に出た記念日…あの視察の時もお前に叱られたのを覚えている。1月31日はお前が乗馬をしようと誘ってくれた記念日だ…私は断ったのだがな…。2月1日はお前が一日私のことを怒らなかった記念日、2月2日は」

出会った日からのあれこれを並べ立てていくクラヴィスに、今度はジュリアス茫然。この調子で記念日が増えていってはたまったものではない。
「待てクラヴィス」
「…ん? まだまだあるのだが?」
「わかった、もうよい。それと前言撤回だ。……覚え切れぬ」
「先程の約束を破るというのか」
「約束も何も! そのようにたくさんの記念日があるなど、今の今まで知らなかったのだ! それを忘れていたと文句を言われても、私としては承服できかねるものがある!」
ジュリアスの言いようにクラヴィスは暗い目をした。
「そのような言い方をせずともよいではないか。私にとっては何より大切な記念日ばかりだというのに…。それに私とて365日分全てを覚えているわけではない。ここに…書き留めてあるのだ…」
365日分!! 本当に毎日が記念日なのか?
小さな手帳を見せられて、ジュリアスはそれを手に取ってぱらぱらとめくってみた。細かい字で○○の記念日がびっしりと書き込まれているのだった。場合によっては○○記念やら◎◎記念やら、いくつもが重なっている日もある。

この几帳面さを執務に発揮していてくれれば、私もあれほどいらいらさせられずに済んでいたものを……。

ジュリアスはため息をついたが、クラヴィス言うところの「記念日」に添え書きされたメモを見ているうちにあれこれの思い出が蘇ってきた。それはほのかに甘いものであったり微かな痛みを呼び起こすものであったりと様々だったが、間違いなく二人が共有してきた歴史だった。長く共にあった二人だけが知っている記憶の数々。クラヴィスはそのひとつひとつをこれほども大切にしてくれていたのだ。
「そなたは……」
「…フッ…呆れたのだろう…わかっている」
うつむくクラヴィスに「いや」と答え、ジュリアスは微笑むと軽く唇を触れるキスをしながら囁くように言った。

そなたを、愛している。





■BLUE ROSE■