近著卒読(少し前のも含みます)


71.東野治之(とうの・はるゆき)『遣唐使』(岩波新書1104、岩波 書店、2007.11.20、700円)

 最新の研究を踏まえた、遣唐使の概説書。モノや書物を通じた中国文化の選択的受容という、前近代日本の文化交流のあり方を規定した現象として、等身大に 捉える必要性を強く主張している。(2008.3.23)


70.馬場章(ばば・あきら)編『上野彦馬歴史写真集成』(渡辺出版、 2006.7.1、2,800円)

 日本における写真の開祖と言われる上野彦馬が残した作品を高精細デジタル化したものを収録。写真を歴史資料として扱うための議論も合わせて収める。 (2007.6.10)


69.林達也(はやし・たつや)廣木一人(ひろき・かずと)鈴木健一(す ずき・けんいち)『室町和歌への招待』(笠間書院、2007.6.1、2,200円)

 応仁の乱以後、安土桃山時代までの約100年、天皇・公家・武家・僧侶など様々な人々の詠んだ和歌作品を拾い出し鑑賞する。一般向けを意識して、わかり やすい記述であるが、川田順・井上宗雄・米原正義などの先行研究を概観する文章があってもよかったのではと思う。(2007.6.10)


68.東京大学教養学部国文・漢文学部会編『古典日本語の世界 漢字がつくる日 本』(東京大学出版会、2007.4.16、2,000円)


 古代から近代に至る日本文学・中国文学の教員が、それぞれの専門から見た古典日本語・日本文学における漢文・漢字の役割を述べる。教養学部における講義 に基づいたもので、です・ます体により、わかりやすく説明されているが、内容は高度である。(2007.5.2)


67.田中良昭(たなか・りょうしょう)編『禅学研究入門〔第二版〕』(大東出版社、 2006.12.15、3,600円)


 1994年刊の第一版の増補改訂版。中国・チベット・韓国(朝鮮)・日本の禅宗についての研究文献、原典読解のための参考文献についてコンパクトに解説 したもの。第一版に比べ、日本禅宗史に関する記述が、文学・美術関係を含め大幅に増補されている。(2007.5.1)


66.塩村耕(しおむら・こう)『こんな本があった! 江戸珍奇本の世 界』(家の光協会、2007.4.1、1,800円)

 西尾市岩瀬文庫と いう古典籍の珍本の宝庫を悉皆調査する中で発見した、文字通りユニークな書物を、図版入りで紹介する。江戸時代の人々の豊かな心に触れることが出来る。 (2007.4.15)


65.宇野哲人(うの・てつと)『清国文明記』(講談社学術文庫 1761、講談社、2006.5.10、1,200円)

 清末の1906年から1908年にかけて、北京を中心に、黄河・長江流域を汽車と馬車とで回った見聞記。義和団事件と辛亥革命に挟まれた時期の社会情勢 を点描しつつ、悠久の歴史に思いを馳せる。この時期各地に作られた学堂(教育機関)に多数の日本人が招聘されていたことを初めて知った。末尾にある中国論 は、中国を本質的に民主主義国家と捉える興味深いもの。(2006.9.26)


64.柏木如亭(かしわぎ・じょてい)著・揖斐高(いび・たかし)校注 『詩本草』(岩波文庫・黄280-1、岩波 書店、2006.8.17、660円)

 江戸後期の詩人による、日本全国の美味をその地の思い出と共に語る書。『太平詩文』に連載されていたが、改めて全体を読んでみて、回想録的な色彩が強い ことに驚いた。漢文で書かれているが、丁寧な注解で無理なく読める。(2006.9.3)


63.鈴木健一『知ってる古文の知らない魅力』(講談社現代新書 1841、講談社、2006.5.20、700円)

 徒然草、源氏、平家、枕草子、奥の細道、伊勢物語と高校の教科書の定番教材を、最新の研究を踏まえて解説する。同時代的状況の中での読みと後世(特に江 戸時代)における変容とを押さえているところが著者らしい。(2006.6.11)


62.池田温(いけだ・おん)編『日本古代史を学ぶための  漢文入門』(吉川弘文館、2006.1.20、4,200円)

 日本古代史を中心に、中国史・日本文学の研究者も共同で執筆した入門書。漢文史料の具体的な読解の例や、日本で読まれてきた漢籍の紹介、研究のための参 考文献などを収める。このような試みは、各時代にわたって行われるべきであろう。文学研究者にも参考になる。今後、文学を中心にしたこのような書物ができ ればと思う。(2006.4.16)

目次:私と漢文、日本古代の漢文史料、日本古代史研究と漢籍、漢籍を読むための基本的な参考文献、漢字の字体


61.鈴木健一(すずき・けんいち)編『江戸の詩歌と小説を知る本』(笠 間書院、 2006.3.25、1,700円)

 俳諧・川柳・和歌・狂歌・漢詩・仮名草子・浮世草子・読本・草双紙といった江戸のさまざまな文芸ジャンルについての入門書。図版多数で興味を誘われる内 容になっている。(2006.3.30)


60.京都大学国文学研究室・中国文学研究室編『京都大学蔵実隆自筆 和 漢聯句訳注』(臨川書店、2006.2.28、3,000円)

 研究の余り進んでいない和漢聯句(連歌と漢聯句とが融合したもの)について、日中両文学の研究者の共同討議により行われた訳注。豊富な用例により連想の 機微を探ろうとしている。冒頭に「中国の聯句」(川合康三)「和漢聯句略史」(長谷川千尋)を冠する。(2006.3.26)


59.高橋博巳(たかはし・ひろみ)『画家の旅、詩人の夢』(ぺりかん 社、 2005.12.20、2,800円)

 上方詩壇・画壇を核としながら、その周辺に位置し、旅にその才能と感覚を養って作品を残した人々のつながりを描く。田能村竹田・菅井梅関・蠣崎波響・頼 山陽・菅茶山・武元登登庵らが主な登場人物である。(2006.3.26)


58.小林ふみ子(こばやし・ふみこ)ほか『江戸見立本の研究』(汲古書 院、2006.2.14、7,500円)

 『甚孝記』(数学書『塵劫記』)『絵本見立仮譬尽』(貝の絵本)『通流小謡万八百番』(小謡集)『百人一首和歌初衣抄』(百人一首注釈書)の4点の注 釈。それぞれ括弧内に示したような、当時よく読まれた書物をもじった内容で、安永・天明の雅俗交雑の文藝の精髄とも言えるもの。解題がもう少し詳しいとよ かったように思う。(2006.3.26)


57.氏家幹人(うじいえ・みきと)『江戸老人旗本夜話』(講談社文庫う 51-1、講談社、2004.6.15、695円)

 天野弥五右衛門長重(1621-1705)という旗本が残した『思忠志集』という日記とも随筆ともつかない膨大な書物を読み解く。一般向けに書かれてい るので、現代の老齢化社会に重ね合わせて見ようとするところがあるが、むしろ、江戸前期、戦国から平和へと移り変わる社会を武士としていかに生きるかとい う、時代に即した考察が面白い。これも一般向けを意識して、引用文を主として現代語訳しているが、重要な部分は原文のままで、このさじ加減も手慣れた感じ である。(2006.2.19)


56.橋口侯之介(はしぐち・こうのすけ)『和本入門 千 年生きる書物の世界』(平凡社、2005.10.19、2,200円)

 古典籍を扱う古書業者である著者が、プロの世界のエピソードを織り交ぜつつ、平易に和本について述べる。歴史・調べ方、また特に江戸の版本についての見 方などが述べられ、まさに入門の名にふさわしい。(2005.12.3)

目次:和本とは何か、実習・和本の基礎知識、和本はどのように刊行されたか、和本の入手と保存


55.鐸木能光(たくき・よしみつ)『パソコンで文章がうまくなる!』(青春新書 INTELLIGENCE、PI-127、青春出版社、2005.9.15、700円)

 パソコン・ネット・ブログ時代の文章術とは何か。切り貼り・並べ替えなど、パソコンによる文章作成の利点を生かしながら、言いたいことを的確に伝える方 法を伝授する。具体例が面白くわかりやすい。啄木・芥川・直木らの文章がなぜ悪文かを分析するところも納得できる。(2005.12.2)

目次:あなたの文章は「何型」か?、ブログはパソコン文章術の道場だ、文章は「書く」から「作る」へ、文豪たちの悪文に学ぶ、プロはどう書いて、どう直し ているのか、即効ワンポイント文章術


54.一海知義(いっかい・ともよし)編『一海知義の漢詩道場』(岩波書 店、2004.3.25、2,800円)


 南宋の詩人陸游の詩を読む会「読游会」における、道場主と弟子とのやりとりを臨場感を残しつつ文章にまとめたもの。一首一首の詩の味わいはもちろんのこ と、他の詩人の詩を読む際にも大変有益なアドバイス(日本語で言えば副詞や助詞・助動詞の類のニュアンスの取り方、詩特有の語句の転倒や言い換えなど)を 多く含む。(2005.11.30)

53.小林信彦(こばやし・のぶひこ)『テレビの黄金時代』(文春文庫こ -6-17、文藝春秋、2005.11.10、638円)

 著者がテレビ番組の企画・台本などに関わった60年代の、主にバラエティ番組を通してみた、テレビ業界と芸能界の貴重な記録。失われてしまった数々の番 組とそのスタッフ・出演者が冷静に描かれる。いくつかのコントの紙上再現がうれしい。その一方、80年代以降の番組への批判と絶望も。 (2005.11.22)

目次:「イグアノドンの卵」、テレビジョンことはじめ、時代の入口の人々、パイオニアの大きな実験、黄金時代ひらく、青島幸男の波紋、植木等と「明日があ るさ」、東京オリンピックとダニー・ケイ、「九ちゃん!」の内側、〈坂本九〉の作り方、「ジェンカ」の年、難航する「植木等ショー」、ドリフターズとコン ト55号、萩本欽一の輝ける日々、「ゲバゲバ90分!」への道、なぜ、〈黄金時代〉か、五十年後の荒野


52.津田真弓(つだ・まゆみ)『江戸絵本の匠  山東京山』(日本の作家33、新典社、2005.11.1、2,520円)

 兄の京伝の名声に隠れて、あるいは馬琴の残した悪口や鈴木牧之(『北越雪譜』著者)信奉者の偏見によって不当に貶められていた京山の生涯と著作を概観す る。叔母や娘に大名家の側室がいて、その子が藩主になっているなど、町人である京山と武家との深い結びつきが作品にも反映されていること、『北越雪譜』出 版に到る牧之と京山の共同作業が京山の創作活動にも影響を及ぼしていることなど、伝記と作品が有機的に結びつけられている。また、京伝以後の草双紙の変遷 を知る上での入門書的な内容にもなっている。(2005.11.20)

目次:江戸を語る人、生い立ち、天明期、寛政期、享和期から文化初頭、文化期、文政期、天保期、弘化期以後


51.『肥田せんせいのなにわ学』(INAX BOOKLET、INAX出版、2005.6.15、1,500円)

 同名の展覧会(大阪・名古屋・東京のINAXギャラリーを巡回)の図録。大阪文化の研究者であり体現者である肥田晧三氏のコレクションと解説によって、 江戸から明治・大正、そして戦前の大阪が紙上に再現される。夢のような、というと言い過ぎかもしれないが、この豊かな文化を滅ぼした戦争の恐ろしさを思わ ずにはいられない。様々な芸能が出てくる中で、文楽が取り上げられていないのは、ご本人の好みによるものか。(2005.11.6)
〔追記〕東京の展示を見に行った。文楽についても子どもの頃から見に行っていたとのことであった。なお、氏の著書『上方風雅信』(人文書院、1986年) にも触れられている。(2006.1.5)

目次:肥田せんせぃの特別講義 第一日・大阪の芸能、第二日・近世子どもの遊び、対談(佐伯順子、阪口純久、黒田清〈再録〉、福島理子)ほか


50.ローレンス&ナンシー・ゴールドストーン著、浅倉久志(あさくら・ひさし)訳 『旅に出ても古書店めぐり』(ハヤカワ文庫NF248、早川書房、2001.2.15、720円)

 小説家同士の夫婦が、お互いの誕生日プレゼントのために古書店に初めて訪れてから、英米文学の初版本を中心とする古書の世界に魅せられていく様子を、上 質のユーモアを交えて描いた『古書店めぐりは夫婦で』(ハヤカワ文庫NF234)の続編。稀覯書を多数所蔵し、毎年の寄贈本から不要のものを一般に即売す るというピークォット図書館を描く第2章、ブルームズベリー・グループの簡潔な紹介を含む第3章、サザビーズのオークションの様子を描いた第9章、などな ど皆興味深い。40ページの「ビーネック図書館」は「バイネッキ図書館」のこと。257ページに、古書店で本を買うときの会話で店主が「税金が助かるよう に郵送しようか?」というのはどういうことなのか(消費税が州によって違うからか?)、もう少し注が欲しい。(2005.10.31)


49.佐藤忠男(さとう・ただお)『映画の中の東京』(平凡社ライブラ リーさ・8・1、平凡社、2002.3.6、1,400円)

 江戸から東京へ、戦前から戦後へ、移り変わる東京の姿をその時々に捉えている映画によってスケッチする。小津・黒沢・成瀬の比較論などはそれぞれの作品 を自家薬籠中のものにしている著者ならではのもの。最終章、新潟から上京してきた頃の思い出を語った文章も興味深い。(2005.10.24)

目次:東京の顔―映画監督と東京、江戸から東京へ―時代と東京、山の手と下町―東京の都市構造と性格、盛り場の変遷―浅草・銀座・新宿、アジア的大都市 TOKYO―外国映画の中の東京、映画の東京名所、出会いと感激の都―私と映画と東京と


48.小島毅(こじま・つよし)『中国思想と宗教の奔流』(中国の歴史 7、講談社、2005.7.20、2,600円)

 華麗なる唐代の陰に隠れて地味な印象を持たれる宋代の歴史を、近現代に通じる大きな変革期として捉え、政治はもちろんのこと、思想・文化・科学技術・経 済・国際関係など、多角的に描き出す。王安石の新法とそれに反対する旧法党の駆け引きや、宋学の形成と言った、理念的・思想的な動きが、社会・経済の現実 と連動して語られている。(2005.9.13)

目次:宋朝の誕生、宮廷の運営、動乱の世紀、江南の安定、宗教の土着化、士大夫の精神、技術の革新、文化の新潮流、庶民の生活、中華の誇り


47.田渕句美子(たぶち・くみこ)『物語の舞台を歩く  十六夜日記』(山川出版社、2005.4.25、1,800円)

 弘安2年(1279)、所領訴訟のため京から鎌倉に下った阿仏尼の旅日記の記述に沿いつつ、文学と歴史に関する説明を織り込みながら、豊富な図版によっ て作者の旅を追体験し、その心情に迫る。最後の写真が息子為相の墓であるのは象徴的だ。(2005.5.19)

目次:都―争いの始まり、下向の旅―東海道を鎌倉へ、鎌倉―待ち続ける日々


46.齋藤希史(さいとう・まれし)編『日本を意識する 東大駒場連続講義』(講談社選書メチエ327 講談社、2005.4.10、1,700円)

 2004年度東京大学教養学部において行われたテーマ講義の活字化。西欧・中国・日本の歴史・言語・文学・思想などさまざまな専門家が、日本人が日本を 意識するとはどういうことなのか、あるいは外国人による日本観察について、様々なテクストの分析を通じて説く。(2005.5.15)

目次:日本のすがた、外からの日本、日本の自意識、開かれる日本


45.国文学研究資料館編『古筆への誘い』(三弥井書店、 2005.3.31、2,300円)

 2004年秋に国文学研究資料館で行われた特別展「古筆と和歌」に展示された古筆切(古写本の断簡)と柿本人麿信仰関係資料の図版と解説、それと同時期 に開かれた「古筆切研究の現在」というシンポジウム(久保木秀夫、佐々木孝浩、別府節子の三氏)の記録、及び古筆切研究者のコラムを収める。初めて公にさ れた個人蔵の古筆切を多数含み、資料的価値が高いが、それだけではなく、急速に進んできた古筆切研究の現状をよく示していて、文学・美術両方の研究者に とって良い入門書となろう。(2005.4.27)

目次:第一部 古筆と和歌―図版と解題―、第二部 古筆切研究の現在


44.金文京(きん・ぶんきょう)『三国志の世界』(中国の歴史4、講談 社、2005.1.14、2,600円)

 事実は小説よりも奇なり、とはよく言ったもので、『三国志演義』にさまざまに加工・改変されて描かれた後漢末から三国時代の歴史を史実や最近の発掘成果 に基づいてダイナミックに描く。同時に『演義』のめざしたものを様々な角度から照射する。また、宗教や学問・文学、国際関係(倭をめぐる興味深い記述も含 む)についても、現在の中国や東アジアの原型がこのとき形成されたとして新鮮な視点を提供する。著者の幅広い知識と興味が十分に活かされた一書といえよ う。(2005.1.27)

目次:華麗なる乱世、斜陽の漢帝国、群雄割拠、三分天下、三帝鼎立、三国の外交と情報戦略、かげりゆく三帝国、三教鼎立の時代、文学自覚の時代、邪馬台国 をめぐる国際関係、三国時代と現代の東アジア


43.永井義男(ながい・よしお)『濡れ衣 詩魂の剣士・生田嵐峯』(祥 伝社文庫な11-7、祥伝社、2004.12.20、600円)

 もと漢詩人にして、長崎で西洋剣法を身につけ独自の流派を創始したという主人公が、18年ぶりに江戸に戻って、かつての出奔の原因となった濡れ衣を晴ら すという筋立て。江戸の風俗、天明から寛政の江戸詩壇(山本北山・市河寛斎・大窪詩仏・菊池五山・小島梅外・中井董堂らがよく描き分けられている)の雰囲 気を見事に捉えて、厚みのある時代小説になっているなお、54頁に引かれる漢詩は菊池五山の「深川竹枝」(『五山堂詩話』巻三所収)のうちの一首。うまく 取り込んでいる。それに加えて、推理小説的要素もあって、ぐいぐい読ませる。また、殺陣のシーンはこれまでの時代小説とは一線を画すリアルな描写である。 この世界ではすでに定評のある作家のようだが、ある人に勧められて初めて知った。開高健賞受賞作の『算学奇人伝』(同文庫所収)も面白いが、小説の出来栄 えとしてはこちらが格段に良い。(2005.1.10)


42.杉下元明(すぎした・もとあき)『江戸漢詩 影響と 変容の系譜』 (ぺりかん社、2004.8.30、7,600円)

 著者長年の研究をまとめた一冊。研究の出発点となった木下順庵門下の祇園南海・室鳩巣・新井白石らの文学(特に詩集の成立や推敲に関して)、後期漢文学 の多様な展開(特に俗文芸との関わり)、成島柳北・中野逍遙・斎藤緑雨ら幕末明治の文人と漢詩文など多彩な内容が並ぶ。(2004.12.14)

目次:元禄〜享保の漢詩文―木門を中心に、江戸後期漢詩文の諸相、漢詩表現が俗文芸にあたえた影響、幕末から近代へ


41.松野陽一(まつの・よういち)『書影手帖 しばしと てこそ』 (笠間書院、2004.11.30、2,500円)

 第1部は、伊地知鐵男から和本調査の手ほどきをうけて各地へ訪書し始めた大学院生時代から、和歌史研究会同人として参加した島原松平文庫ほか九州におけ る合同調査、東北大学時代に自らが中心人物の一人として関わった八戸市立図書館ほか東北各県の調査を概観する。個人史と戦後の国文学史が見事に重なり合っ て、国文学研究資料館の存在意義が自ずと浮かび上がってくる。第2部は師友の思い出。旧稿も交えて鮮やかなポルトレがならぶ。谷山茂、ジャン=ジャック・ オリガスが 印象深い。第3部は旅と趣味のエッセイ。第2部の岩津資雄の思い出に、氏の趣味の広さを述べているが、ここは著者のそれが披瀝されている。若き日の中村真 一郎への傾倒が、下町の早熟な文学青年の面影を偲ばせる。第4部は専門の和歌研究に関連するものも含めた集書の開陳。第5部は『国文学研究資料館報』に載 せた随想を中心に、館の仕事を紹介する。
 和歌史研究会がいかに画期的な存在であったか、当事者ながら客観的な叙述は歴史の証言として貴重である。また、様々な人々との出会いと本を通じての深い つながりが、国文研における事業(調査収集・展示・講演・和本寄贈受入など)という実りとなっていることを改めて認識させられた。 (2004.11.30)

目次:和本を尋ねて、昔の庭、折々の手帳、玩物喪志記、戸越だより


40.清登典子(きよと・のりこ)『蕪村俳諧の研究 江戸 俳壇からの出発の意味』(研究叢書321、和泉書院、2004.11.20、9,500円)

 若年期の江戸俳壇との関わりや江戸俳諧からの影響から、蕪村俳諧の位置と特徴を考えようとする前半と、「趣向」の立て方に注目しながら作品を読み解いて いく後半に分かれる。この両面からバランスのとれた考察を行おうとする姿勢は、他ジャンルの研究にも参考になる。(2004.11.30)

目次:蕪村と江戸俳壇、蕪村俳諧と江戸俳諧、蕪村俳諧の表現と方法


39.小島毅(こじま・つよし)『東アジアの儒教と礼』(世界史リブレッ ト68、山川出版社、2004.10.25、729円)

 中国における礼は、漢代において国家の存立を支える重要な役割を果たすことになる。宋学による再編成を経て、前近代の中国を支配してきたこの観念と儀礼 を簡潔に叙述、周辺国として朝鮮・ベトナム・琉球・日本の受容の差異にも説き及ぶ。日本近代における儒教倫理の深化など、近年の日本思想史の成果も取り込 む。(2004.11.30)

目次:「礼」ということば、儒教の成立、儒教の拡がり、礼教の浸透、東アジアのなかの朱子学


38.小林信彦(こばやし・のぶひこ)『おかしな男 渥美清』(新潮文庫 こ-10-39、新潮社、2003.8.1、667円)

 著者の青年時代、テレビ番組に関わりつつ小説家を目指していた頃から、スタッフとして、またエンターテインメント評論家として客観的な立場から、才能あ るコメディアン・俳優として注目し、また関わり続けてきた渥美清(あるときは本名の田所康雄)についての私的回想録。若い頃、「〈狂気〉を抱いて〈孤立〉 する」ところに共感した場面が急所であろうか。森繁久弥、伴淳三郎、フランキー堺、ハナ肇などの好悪とりまぜた横顔も興味深い。それにしても「ぼくは金が なかった。四万三千円の家賃(現在だとすれば約十倍と考えてもらえばいい)を月末に払うと、ほとんど金がなくなり、妻とともに上野動物園で一日を過ごした こともあった。」という1965年、四谷左門町に住んでいた頃の回想は、業界人として都心に住まなくてはいけない事情があるにせよ、世界が違うという感じ だ。(2004.11.23)


37.谷知子(たに・ともこ)『かきやりし黒髪 恋歌への招待』 (Ferris Books 7、フェリス女学院大学、2004.10.29、700円)

 小町・式部の歌と伝説に始まり、伊勢・源氏・新古今歌人における「みやび」と「艶」、式子内親王の空想上の恋歌、説話に現れる女性の執念、などをわかり やすく説く。なかでも建礼門院右京大夫は、注釈(明治書院刊・和歌文学大系)を手がけただけあって思いのこもった内容になっている。 (2004.11.23)

目次:美女と恋、禁断の恋、戦火に消えた恋、空想の恋、恨み深き女


36.久保田淳(くぼた・じゅん)『富士山の文学』(文春新書404、文 藝春秋、2004.10.20、830円)

 上代から現代まで、富士山を扱った文学を取り上げて、日本人・日本文学にとっての富士山の意味を考える。中世・近世の和歌、近代短歌の富士山が興味深 く、たとえば阿仏尼が煙の立たない富士山を詠んだことをめぐって、歌では煙が立つことを詠むべきだという『源承和歌口伝』の言説は、和歌あるいは歌枕につ いて考えさせる。(2004.11.4)


35.国立歴史民俗博物館編『中世寺院の姿とくらし 密教・禅僧・湯屋』 (歴博フォーラム、山川出版社、2004.2.25、2,500円)

 2002年秋の企画展示と連動して行われたフォーラムの記録。ここ20年の中世仏教研究の成果をコンパクトにまとめた内容で、文学研究にとっても全体を 見渡すのに役立つであろう。執筆者、井原今朝男・上川通夫・永村真・福島金治・山岸常人・高橋一樹・村井章介・下郡剛・藤井恵介・永嶋正春・羽田聡・青山 宏夫・平雅行。(2004.10.26)

目次:総論、第一部 報告 中世寺院の実像、第二部 論考 中世寺院の広がり、第三部 討論 中世寺院の生活と文化


34.紀田順一郎(きだ・じゅんいちろう)『翼のある言葉』(新潮新書 047、新潮社、2003.12.15、680円)


 いわゆる名言集ではあるが、書物について多数の著書のある氏の、読書遍歴をふまえ、自己の軌跡を織り交ぜて語る内容には、幅広さと深みがある。斎藤秀三 郎、南方熊楠の言葉に心引かれるものがある。(2004.6.7)


33.大西廣(おおにし・ひろし)・太田昌子(おおた・しょうこ)・三戸 信惠(みと・のぶえ)企画構成
   『歌を描く 絵を詠む 和歌と日本美術』(サントリー美術館、2004.2.3-3.21企画展図録)


 和歌を中心に、文学作品と絵画との交流を探った企画展の図録。詳しい解説とコラム、大岡信・高階秀爾の対談などをふんだんに盛り込んだ、ユニークな内容 になっている。(2004.2.25)


32.金文京(きん・ぶんきょう)・玄幸子(げん・ゆきこ)・佐藤晴彦 (さとう・はるひこ)訳注、鄭光(チョン・クヮン)解説
   『老乞大 朝鮮中世の中国語会話読本』(東洋文庫699、平凡社、2002.2.25、3,100円)


 14世紀の初め頃、元の支配下にあった高麗において作られた、中国語会話の教科書。改訂を重ねて18世紀頃まで使い続けられた、極めて優れた内容のもの である。高麗の首都王京(現在の開城)から元の首都大都(現在の北京)まで、馬や織物などを売りに行く商人が、中国人を道連れに旅をするさま、大都におけ る取引の様子などをリアルに再現している。本書は最近発見された原態に近いテクストの訳注であるが、16世紀初めに出されたハングル訳本(こちらは明代の 中国語に合わせて改訂されたテクストをもとにしたもの)の中国語部分も収められ、比較対照できるようになっている。日本語訳を読むだけでも実におもしろい が、少しでも現代中国語をかじったことのある人には、中国語部分も興味深いだろう。(2004.2.25)


31.水田紀久(みずた・のりひさ)解説『松江近体詩』(太平文庫51、太平詩屋、2003.10、7,000円)


 江戸時代中後期、丹後国久美浜にいて回船問屋を営み、大坂にも別荘を持っていた豪商小西松江(こにし・しょうこう)の詩集の影印。清新派の影響を受けた 平明な詩風で、絶句に見るべきものがある。本書の特色は寛政年代当時の京阪諸名家による序跋(自筆版下)や詩文を多数収録している点で、文学史の一資料と しても貴重。水田氏の解説の他、序跋の翻刻・訓読、書誌(初版と再版がある)、人名地名索引、久美浜の地誌なども付している。(2003.11.4)


30.大島正二(おおしま・しょうじ)『漢字と中国人―文化史をよみとく ―』(岩波新書(新赤版)822、岩波書店、2003.1.21、780円)

 漢字の発生から説き起こし、辞書・字書・韻書の生成と展開、清末以降のローマ字化や字体簡略化について述べる。平明で整理された記述によって、中国人と 漢字との関わりの深さが語られる。革新的な辞書類が、異民族や庶民的な文化との接触から生まれてきたという指摘は興味深い。副題に「文化史」と入っている のもそのあたりを意識してのことだろう。(2003.10.16)

目次:漢字は誰が造ったのか、古語を現代語訳する―義書、形で分類す る―字書、表音文字として使う―韻書と韻図、簡略化・ローマ字化を試みる


29.石川透(いしかわ・とおる)『奈良絵本・絵巻の生成』(三弥井書 店、2003.8.22、9,800円)

 著者がここ数年取り組んでいる、形態的な分類、筆跡や絵様の同定、表紙裏反故紙の調査、などによる奈良絵本・絵巻の制作過程(いつ、どこで、だれが、ど のように)に関する研究をまとめたもの。デジタル化や展示などの、保存・普及活動についても触れる。(2003.9.9)

目次:奈良絵本・絵巻総説、浅井了意筆奈良絵本・絵巻類、朝倉重賢筆 奈良絵本・絵巻類、太平記絵巻筆奈良絵本・絵巻類、奈良絵本・絵巻の制作時期と制作者、奈良絵本・絵巻の展示とデジタル化


28.陳捷(ちん・しょう)『明治前期日中学術交流の研究―清国駐日公使 館の文化活動―』(汲古叢書46、汲古書院、2003.2.28、16,000円)

 江戸時代、長崎を通じて日本は継続的に中国明清の文化を取り入れてきたが、明治になり、正式な国交が開かれると、第一流の文化人同士の接触が可能にな り、中国古典籍の研究を軸とした、さまざまな学術・文化の交流が行われた。本書は初代何如璋・二代および四代黎庶昌・三代徐承祖とその館員(楊守敬・姚文 棟ら)による、古典籍収集活動や研究・出版、日本人学者との学問的交流、漢詩文の応酬や筆談の様子などについて、日中双方の多種多様な資料を駆使して描い ている。ほとんどの引用文は日本語に訳されており(注に原文を載せる)、通読の便が図られている。(2003.9.9)

目次:清国駐日公使館の設置、清国公使館の文化活動と日本人、古典籍 の中国への流出と清国公使館の訪書活動、


27.管宗次(すが・しゅうじ)『京都岩倉実相院日記 下級貴族が見た幕末』(講談社選書メチエ263、講談社、2003.3.10、 1,500円)

 京都北郊、岩倉にある天台宗寺門派門跡寺院の実相院で最近発見された幕末の坊官(寺の経営を担当する地下貴族)の日記を読み、京都の世相と坊官というユ ニークな存在を描く。暗殺など、血なまぐさい事件の詳細を風聞も含め書き留めているところは読ませる。ただ、図版も掲載しているところに限ってだが、資料 の翻刻に誤脱がまま見られるのが惜しい。(2003.7.22)

目次:京都岩倉実相院、幕末の京都、日記に見る貴賤の人々、夜明け前の実相院


26.中村春作(なかむら・しゅんさく)『江戸儒教と近代の「知」』(ぺりかん社、2002.10.30、2,800円)

 前近代日本研究の中でもっともグローバル化(?)が進んでいると思われる、江戸儒学に関する最近の研究動向を知るのに便利な一冊。とはいえ思想史研究は むずかしい。 (2003.7.22)

目次:第1章 いま、「儒教」を論じるということ 第2章 「知識人」論の視界 第3章 「均質な知」と江戸の儒教 第4章 変容する「儒 学知」・「国民」像の模索 第5章 「国民」形象化と儒教表象―一九三〇年代日本における


25.西尾市岩瀬文庫(にしおしいわせぶんこ)編『西尾市岩瀬文庫 常設展示案内』(西尾市岩瀬文庫、2003.4.1、1,000円)

 新装オープン成った西尾 市岩瀬文庫 に設けられた展示スペースの内、常設展示部分の図録。岩瀬文庫および創設者岩瀬弥助について、書物の形態や歴史について、岩瀬文庫の蔵書の特色について、 などをわかりやすく説明している。(2003.4.24)



24.石川透(いしかわ・とおる)『慶應義塾図書館蔵 図解 御伽草子』(慶應義塾大学出版会、 2003.4.20、2,400円)

 質量共に世界有数のコレクションである慶應義塾図書館の御伽草子(奈良絵本・奈良絵巻)のなかから10点を選び、その挿絵を全てカラー図版で収めたも の。形態(巻子本・大本〈袋綴じ・列帖装〉・横本)、書写年代(室町後期から江戸前期まで)にバラエティを持たせた選択で、ことに『四十二の物あらそひ』 はほれぼれする美しさである。(2003.4.24)



23.高橋博巳(たかはし・ひろみ)解説『詞筵一粲』(太平文庫50、太平詩屋、2003.3、7,000円)

 文化3年(1806)、岡山の梅花吟社という漢詩結社によって刊行された詩集の複製と解説。色とりどりの料紙を用い、美しい飾り枠のなかに作者それぞれ の自筆詩稿をそのまま版に起こしてある原態をできるだけ再現しようと、複製は五色の料紙を用いて片面・二色刷りにしてある。別冊の解説「岡山吟社の人々」 は、本書に登場する武元登々庵・小原梅坡ほかの人々の伝記と、ここを往来する全国の文人達との交流を語って倦まない。巻末に翻刻を付す。 (2003.3.18)


22.小川剛生(おがわ・たけお)『南北朝の宮廷誌 二条良基の仮名日記 』(原典講読セミナー9、臨川書店、2003.2.1、2,400円)

 文和2年(1353)、後光厳天皇の美濃小島への逃避行から足利尊氏に奉じられて都へ帰るまでを描いた『小島(をじま)のすさみ』、興福寺神木の 入洛と帰還を題材とした貞治5年(1366)成立の『さかき葉の日記』、康暦2年(1380)の内裏法華懺法講を扱った『雲井の御法(みのり)』の3点を 読み、二条良基の立場から南北朝時代の政治史を描く。公家が政治的・経済的に弱体化する中で、良基が足利義満という理解者を得て朝儀復興(すなわち王権回 復)を果たそうとしていく努力をすくい上げている。扱っている作品が、物語と日記のあわいにあり(「宮廷誌」とは著者の命名)、歴史叙述と文学的虚構ある いはレトリックの融合したような作品であるのを、近年の歴史学研究における鎌倉・南北朝期の政治史・社会史研究の成果を十分に咀嚼し、かつ中世源氏学研究 に代表されるような日本文学研究のトレンドも取り込んで、犀利な分析を行う。南北朝時代の通史としても読めるし、中世仮名文学研究に新しい視点を提供した ものとも言えよう。(2003.2.12)



21.瀬戸川猛資(せとがわ・たけし)『夢想の研究 活字と映像の想像力 』(創元ライブラリー070 29、東京創元社、1999.7.30、1,000円)

 (以前読んだものだが、読み返してみて改めて面白かったので紹介する)映画と文学の両方にわたる該博な知識をもとに、いわゆるエンタテインメント の中に潜む人間の想像力のすばらしさと恐ろしさを導き出してくる。「市民ケーン」と『Xの悲劇』の類似、西洋文明にとってナイル川のもつ意味、アメリカ文 化に影を落とす南北戦争で消え去った幻の国「南部連合」、などなど話題は幅広く、興味は尽きない。解説・丸谷才一。(2003.2.5)



20.横井清(よこい・きよし)『室町時代の一皇族の生涯 『看聞日記』の世界 』(講談社学術文庫1572、講談社、2002.11.10、1,400円)

 伏見宮貞成(さだふさ)親王(1372-1456)の生涯を、その日記『看聞日記』を通して描く。将軍足利義持・義教、後小松・称光天皇らとの関 係がドラマチックに叙述される点が本書の特色だが、点描される経済的困窮、管絃・連歌などの催し、伏見の自然などが魅力的である。1979年に刊行された 『看聞御記―「王者」と「衆庶」のはざまにて』(そしえて)の改訂版。(2003.2.5)



19.柳家小三治(やなぎや・こさんじ)『もひとつ ま・く・ら』(講談社文庫や-44-2、講談社、 2001.5.15、733円)

 鎌倉、横浜、博多など、定期的に行っている独演会その他の落語の録音から、マクラ部分だけを起こして集めたもの。同じ文庫オリジナル版『ま・く・ ら』の続編(正編はまだ読んでいない)。趣味のバイク、音楽、俳句や、修業時代の思い出、名人達のエピソード、などなど、なかにはほとんど一席の落語に等 しい長さと筋立てを持ったものもあり、あの声と顔を思い浮かべながら読むと一層味わい深い。(2003.1.27)



18.池澤一郎(いけざわ・いちろう)『江戸時代 田園漢詩選』 (人間選書246、農山漁村文化協会、2002.11.30、2,000円)

 江戸中後期、宋代の田園詩を手本にして詠まれた、自然の風物や農村の風景などの詩を丁寧に鑑賞し、江戸漢詩の魅力的な一側面を明らかにする。特に 長篇詩(杉岡暾桑「大堰渡夫歌」、大沼枕山「狭山茶歌」、草場珮川「観捕鯨行」など)を取り上げて紹介している点が興味深い。(2003.1.6)

目次:日常、郊行、旅、農耕、養蚕、釣魚・捕鯨、天災・憂国



17.森川昭(もりかわ・あきら)『俳諧とその周辺』(翰林書房、2002.9.20、2,500円)

 俳諧を中心に、近世文学全般にわたるエッセイ・小論文を集め、古稀の自祝としたもの。手の中にある芭蕉、東海道、茶の湯は勿論のこと、西鶴や近松 に描かれた女性主人公たち、光悦・宗達・大雅・蓮月尼らの人となりについて切れ味よく描いた小品なども読みごたえがある。巻末に略歴と著作目録を付す。 (2002.9.26)


16.藤原克己(ふじわら・かつみ)『菅原道真 詩人の運命 』(ウェッジ選書12、ウェッジ、2002.9.28、1,200円)

 一般向けにわかりやすく書き下ろされた道真伝。最新の歴史学の成果を踏まえて、平安前期の政治・社会情勢を背景にした道真の出自や政治的立場を説 きつつ、詩の読解に重点を置き、詩人かつ鴻儒(大学者)という中国文明における理想像の日本における実践と挫折を見る。著者の詩人的資質が道真の詩の美し さ、繊細さをすくいあげている。巻末に「全国の主要天神・変わり天神社」(佐々木和歌子)を付す。(2002.9.24)

目次:時代の流れ、文章博士になるまで、讃岐守時代、栄光と没落の軌跡



15.広岡裕児(ひろおか・ゆうじ)『皇族』(中公文庫ひ-25-1、中央公論新社、2002.1.25、800 円)

 1923年、フランス遊学中の北白川宮成久王(維新後伏見宮家から新たに分立された宮家の二代目)が運転する自動車が事故を起こし、成久王は死 亡、同乗していた妃房子内親王(大正天皇の妹)、朝香宮鳩彦王(成久王の従兄弟)が重傷を負った。この事件を焦点として、幕末維新期の朝廷と幕府、薩長の 動向に始まり、戦後の皇籍離脱にいたるまでを対象に、皇族たちの姿を描く。フランス現地の資料や、事故関係者(およびその家族)への取材が興味深い。大正 デモクラシーのもと演出され、しかし一方では進んでその役割を引き受けた「デモクラチック・プリンス」が、戦後の皇室像の原型であるとの指摘は重要であろ う。(単行本、1998年、読売新聞社刊)(2002.8.16)

目次:プランス・キタ、デモクラチック・プリンス、インペリアル・ファミリー



14.阿部秋生(あべ・あきお)『増訂復刻 河村秀根』(『河村秀根』増訂復刻版刊行会、2002.6.28、 2,800円)

 昭和17年に刊行された同著の復刻に、「河村秀根の学問」(鈴木淳)「河邨秀根蔵書目録」(長友千代治)「解題」(神作研一)および研究文献目録 と人名・書名索引(加藤弓枝)を付したもの。日本書紀の注釈者として名高い秀根の評伝であるが、その「典故癖」と「合理癖」の徹底がむしろ非合理的注釈の 侵入をゆるしているさまを、著者自身あるいは当時の国文学界の問題として手厳しく批判しているのは注目される。(2002.7.31)



13.田中善信(たなか・よしのぶ)『書翰初学抄 江戸時代の手紙を読むために 』(貴重本刊行会、2002.7.23、1,500円)

 国文学界における手紙読みの達人による書簡解読入門。江戸前期、初心者向けの手引書として刊行された『書翰初学抄』の文例全文に翻字と注を付した もの。書簡用語のいろいろと手紙特有の崩し字が同時に学べる。惜しむらくは短文ばかりなので、時候の挨拶などが長々とあったり、尚々書きが延々と続くよう な実例も付けたらよかったと思うが、これは著者があとがきで述べるように、各自各種影印本に就いて学べばよいのだろう。そのあとがきでは、臨模の必要性も 強調している。確かに、解読には字形だけではなく筆の動きを知ることが重要である。(2002.7.8)



12.四方田犬彦(よもた・いぬひこ)『日本映画史100年』(集英社新書、集英社、2000.3.22、720 円)

 冒頭にまず、既成の芸術ジャンル、特に伝統演劇からの影響(日本的側面)と、ハリウッド映画からの影響を強く受けた文化的ハイブリッド性(非日本 的側面)という、相反するふたつの性格を持っていることを指摘し、それをふまえて、初期の活動写真から北野武まで、見事な手さばきと冷静な翻訳調文体で叙 述しながら、香港・台湾・韓国・中国との同時代的文脈に参加しようとしている現在の動きに希望を見出している。(2002.7.8)



11.竹田篤司(たけだ・あつし)『物語「京都学派」』(中公叢書、中央公論新社、2001.10.10、 1,800円)

 京都帝国大学の創設に始まり、西田幾多郎・田辺元を中心にした、哲学のいわゆる京都学派が形成されまた崩壊していく様を、全40章の緩やかな連関 を持った物語風叙述により描く。東大への対抗意識、しかし案外盛んだった人的交流、京都人以外の人間が作った京大、といったことが興味深い。戦争責任に関 して、著者はむしろ陸軍の暴走を止めようと海軍と連携していたことを描いて同情的だが、同時に戦中の今西錦司の痛烈な批判の手紙も引用している。最近の京 都学派再評価とも関わる重要な問題であろう。関係者の回想録のほか、田辺元の書簡・来簡、下村寅太郎の日記をたびたび引用している。それにしても、哲学青 年というのはどこに行ってしまったのだろうか。(2002.6.13)



10.三好行雄(みよし・ゆきお)『近代文学研究とは何か 三好行雄の発言』(『近代文学研究とは何か』刊行会 編、勉誠出版、2002.5.20、5,800円)

 戦後の日本近代文学研究を主導した一人、三好行雄の、既に刊行されている著作集(筑摩書房)に未収の論考から、研究状況や方法論に関わるものを選 び、理解を助けるための注を施したもの。同時代の文学・評論とも対峙しながら、近代文学研究の自立を求めて苦闘したその軌跡がよくわかる編集になってい る。古典文学の研究者にとっても、自分を省みるよい手がかりとなろう。(2002.6.6)

目次:研究の自立に向けて、「文学史」を求めて、「作品論」の射程、「作者」とは何か、研究の多様化の中で



9.堀川貴司(ほりかわ・たかし)『瀟湘八景 詩歌と絵画に見る日本化の様相  』(原典講読セミナー8、臨川書店、2002.5.30、2,300円)

 国文学研究資料館において毎年夏に行われるセミナーの講義録(ただし内容は大幅に書き直している)。詩歌を中心に、日本漢文学研究の立場から瀟湘 八景の受容および「○○八景」の生成を考察したもの。(2002.5.24)



8.池田利夫(いけだ・としお)『かたい話てんでん』(鶴見大学日本文学会、2002.3.25、非売品)

 鶴見大学退職を記念して作られた小冊子。久松潜一とともに、鶴見女子大学創設時に赴任し、以来文学部長・図書館長などの要職を務め、大学院創設に 尽力しながら、源氏物語・浜松中納言物語・更級日記などの王朝文学、蒙求和歌・唐物語やその典拠である蒙求などの日本漢文学についての基礎的研究と考証・ 注釈にゆるぎない功績を残した著者の小文を集めたもの。回想・エッセイ中心だが、本と本文に対する学問的敬虔さが伝わってくる、読み応えある一冊になって いる。それにしても、天の時・地の利・人の運に恵まれた教員生活であったなあ、とうらやましくなる。(2002.4.18)



7.近田春夫(ちかだ・はるお)『考えるヒット2』(文春文庫ち・4・2、文藝春秋、2001.7.10、590 円)

 『週刊文春』連載中のコラム1998年分を収めた単行本の文庫化。奥田民生を論じるときの「引用」「同一性」「質感」「連続性」(「ひとつの勢 い」「一筆書きの趣」)「ひとつひとつの要素が(略)互いに響き合って、矛盾さえ抱え込めるほどの、大きな世界を作り上げてしまう」といった視点と用語は もはや文芸批評である。しかも、プロデュースから歌詞や音の細部までを対象にしており、その批評の全体性は結果的に文明批評的な意味を持つことになる。
 巻末に収録されている著者と小室哲哉の対談で、小室が「上を向いて歩こう」について、洋楽的でありながら分析不可能な何かを持っていて、そういう曲は自 分には作れない、世代の違いから来る、洋楽の影響の「ねじ曲が」り、あるいは「フィルターの通り方」の違いではないか、と語るところは白眉であろう。外国 文化の受容、例えば五山文学などもこんな風に魅力的に語れたらと思う。(2002.3.28)



6.松原朗(まつばら・あきら)『唐詩の旅 長江篇』(現代教養文庫1612、社会思想社、1997.8.30、 1,000円)

 長江流域と嶺南地方(広東・広西)を、西から東へと辿りつつ、その土地土地で生まれた唐詩の名篇を鑑賞する。語法や、詩語特有の用法を丁寧に解説 している点、勉強になる。詩と詩人への思い入れが、解説と訳文に心地よい緊張と高揚をもたらしている。(2002.1.24)

 目次:蜀―万里橋と峨眉山―、三峡―白帝城懐古―、洞庭―岳陽楼に登る―、瀟湘―長沙と衡山―、嶺南―五嶺を越えて―、武漢―空し く余す黄鶴楼―、廬山―香炉峰の雪―、金陵―六朝の興亡―、揚州―青楼薄倖の名―、呉越―蘇州と紹興―



5.松本肇(まつもと・はじめ)『唐宋の文学』(創文社中国学芸叢書10、創文社、2000.9.30、 3,000円)

 様々な話題を取り上げながら、中国文学の普遍性(現代性と言ってもよい)を「真実」「魔力」「快楽」をキーワードに語る。中唐における社会の変化 を受けた文学の変質が宋代につながっていくことをいろいろな観点から論じているところが、日本漢文学研究にも参考になる。(2002.1.16)

 目次:詩と真実、文学の魔力、快楽としての文学 



4.長友千代治(ながとも・ちよじ)『江戸時代の書物と読書』 (東京堂出版、2001.3.5、4,000円)

 近世出版史・読書史を専門とする著者の新著。もともと勤務先の通信教育部のテキストとして編まれたもの。「春本の読書」など、本格的な論文も収め られているが、個別の興味深い資料を取り上げた短編(『日本古書通信』の連載など)が面白い。(2002.1.4)

 目次:本屋と読者、出版と受容、読書知識と書誌


3.若島正(わかしま・ただし) 『乱視読者の帰還』(みすず書房、2001.11.20、3,200円)

 英米文学(近現代小説)を中心とした評論集。「長い講義の途中では、聴衆を退屈させないために、ところどころでこういう芸人的なハッタリというか ケレンも必要なのである。(中略)そういう遊び心のある大学人というものは、そう多くない」(210頁)というウンベルト・エーコ評は、著者自身にも当て はまる。その「ハッタリ」をいくつか……

*絶対に読まなければならない本など、この世の中に存在しない。(81頁)
*本当に読める人間ならなんでも読めるということ、あるいはなんでも読める人間でないと本当にひとつのものを読めはしないということ(184頁)
*小説とは読者を暴力的に拉致する力のことだ(344頁)

「これを御記憶の方は、小説の細部に相当うるさい読者である」(261頁)といったおだてに乗れれば、気持ちよく読める。個人的には、「小林信彦さ んの名著『パパは神様じゃない』」(146頁)、ディスコンストラクション言説批判(163頁)、「簡単にまとめてしまえば、柳瀬尚紀は〈詩〉の人であ り、筒井康隆は〈小説〉の人なのだ」(166頁)、小林信彦の関西人観(192頁)、「フェリーニの『カサノバ』に出てくるビニール製の海が人工の極致の 海とするなら」(322頁)といった記述に共感を覚え、取り上げられている英米文学作品をほとんど読んでいなくても面白かった。(2002.1.4)

 目次:余は如何にしてナボコフ信徒となりし乎、失われた小説を求めて、魔法のお店、明るい館の秘密、一月に三冊、鏡の国のナボコフ


2.揖斐高(いび・たかし)『江 戸の詩壇ジャーナリズム  『五山堂詩話』の世界』(角川叢書19、角川書店、2001.12.25、 3,000円)

 江戸時代後期、大窪詩仏とともに時代の詩風を領導した菊池五山の『五山堂詩話』を縦横に読み、そのジャーナリスティックな性格を明らかにする。社 会や政治の状況との関わり、詩人同士の愛憎、など、詩話の何気ない記述からその背景までも読み取っていく。戯作や随筆、特に大田南畝の著作を補助線に使っ ていて、興味を引かれる。(2002.1.4)

 目次:ジャーナリズム批評の成立、『五山堂詩話』の出版、菊池五山という人、柴野栗山への視線、詩人の遊歴、勤番詩人たち、郷村風 景の発見、女流詩の環境、批判と諧謔、紙碑として、大江戸文人茶番劇、批評家の証明


1.後藤昭雄(ごとう・あきお) 『天台仏教と平安朝文人』(歴史文化ライブラリー133、吉川弘文館、2002.1.1、1,700円)

 平安時代の漢詩文に見える文人と天台僧との交渉、あるいは文人たちの信仰の様子をたどる。著者自 身の資料発掘・文献考証に裏打ちされた平易な叙述により、宮廷のきらびやかな世界とは異なった、もう一つの王朝漢文学が立ち現れる。(2002.1.4)

 目次:最澄、円珍、良源、橘在列=尊敬 出家した文人(一)、慶滋保胤=寂心 出家した文人(二)、性空、勧学会、讃



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