あなたに夢中
「これが何本に見えますか?」
呆れた声と、目の前に突き出された指。
「二本。…失礼だな、そこまで周りが見えてない訳じゃないよ」
「そうですか?少なくとも独房に来てくだらない話をする程には、見えてない様ですけどね」
実の兄からの言葉とも思えない、辛辣な言葉にも僕はへこたれはしない。
問題にならなかった。
何故なら。
長い間片思いし続けてきた人が、漸く僕の気持ちを受け入れてくれたから。
どこの誰から聞いたやら、成歩堂さんは僕が兄貴に会った事を聞きつけて来た。
「まさかと思うけど、牙琉に余計な事話してないよね?」
そう言ってニット帽の下で冷たい笑みを向けてくるけれど、少し前までだったら恐いと思えた筈のその凍った笑みですら、照れ隠しにしか見えなくなってしまっているのは、何かが確実に終わっている証拠だろうか。
理屈が分かっていようがいまいが、彼が愛しいという事に変わりはなくて。
「自慢しかしてないよ?」
わざとらしい程にこやかに笑ってみせる。
「…自慢じゃないだろう。牙琉と僕は憎み合ってただけだよ。私には関係ありません、とか言われなかったかい?」
「そういえばそんな捨て台詞があった気もするけど、忘れたな」
この人は、知らない。
兄貴が、この人を憎む傍らで、この人に思いを寄せていた事を。
それは恋とかではなくて、執着だったかも知れないけど。
何にせよ、この人と兄貴は繋がらなかった。
繋がったのは――、僕だ。
7年前、僕はこの人の無実を守れなかった。この人から弁護士としての未来を奪った。
だからこそ、この人の笑顔を守る義務があるのだと、そう思っている。
二度と、兄貴なんかに邪魔される事のない様に。
そんな僕の決意を何一つ分かっていない成歩堂さんは。最初は僕を煙に巻くばかりで、思いを信じようともしてくれなかった。
シュミレート裁判後に、7年前の思い出が美化されてそんな事を言っているだけだと、取りあおうとはせずに、ただそう決めつけて。
『はいはい』
幼い子供をあやす様な口調で言われて、どれだけ僕は悔しい思いをしただろう。
何度も違うのだと言ったけれど、その度に意味が違うんだよ、とか言われて。
それ位分かってる。
憧れとかの好きと恋愛感情がどれ程違うかなんて、分かり過ぎる位分かっているのに。
女の子相手は慣れていた僕だけど、そこで使っていた手管がまるきり通用しなくて、その勝手の違いに何をどうすればいいのかさえ分からなくなってしまった。
結局ただ好き、と愚かにも言い続けるしか方法が見つからなくて。
僕がどうやら本気らしいと気付いてくれたのは、どんなタイミングだったんだろう。
そしてそれに真剣に応えようと思ってくれたタイミングは。
いつからか分からないけれど、いつしか成歩堂さんは真剣に聞いてくれる様になっていた。
『ありがとう。気持ちはすごく、嬉しいよ』
『…可愛い女の子、周りに沢山いるんだから、そっちにすればいいのに』
そんな言葉にさえ喜びを見出して。
『何度言えば分かってくれるんだい?可愛い女の子より、誰より、アンタが好きなんだよ』
一層、言葉を尽くして。
そして漸くこの間、彼はその思いを受取ってくれたのだ。
いつもの様に事務所に行って。これまたおデコくんの目を盗みながら、成歩堂さんに食事にいかない?と誘えば、思いがけず彼がいいよ、と言ってくれたので、思わず僕はおデコくんの存在すら忘れて大声を出してしまった。
普段僕が注意している事に対してのお返しのつもりなのか、煩いですよ、などと注意されて、そういえばここには有難くない第三者がいるのだったと反省し、それからもう一度成歩堂さんに向き直って聞き返せば。
『ご飯でしょ?行くよ。…これから少しずつ君のお気に入りの場所とか、教えてもらいたいし』
などという可愛い返答が返ってきて。
信じられない、とばかりに彼の顔をまじまじと見つめてしまったのだ。
よくよく思いを確認すれば、いつの間にか僕の事を好きになっていたと言ってくれたのだけど、余りの衝撃に、残念ながら詳しい言い回しは思い出せずにいる。
それを確認しようとすれば、恥ずかしがって彼は何も言ってはくれないし。
ともあれ。
やっと口説き落とせた彼が、僕は凄く愛しくて。
誰彼構わず自慢したくて。
だから、密かに彼に思いを寄せていた兄貴に自慢しに行ったのだ。
関係ないと言い、くだらない話だと言いながら兄貴は威圧的な視線を投げてきて、やはり、と思ったのだけど、それを成歩堂さんに言う気にはなれない。
知って欲しくないから。
僕だけを見て欲しいから。
「だいたいさ。人に言いふらせる関係じゃないのは分かってるよね?どういうつもりなのかな?」
そう言ってまたも、凍った笑顔。
見る人が見れば怖く感じるんだろうけど、今の僕には通じない。
「それでも言いたいんだよ。一生片思いを続ける覚悟までしてたからね」
彼の笑顔に負けない位に、にこやかな笑顔を僕は崩さない。
僕のそんな表情と台詞に、溜息を吐いた成歩堂さんは、笑みを取り払って一変、困った顔つきで聞いてきた。
「なんで君はそんななの?法廷じゃクールに決めてるくせに、さ」
そう言ってからもう一度溜息を吐いてくるのにも構わず、にこやかな笑顔を絶やさぬまま、僕は言いのけて見せる。
「なんでも何も、アンタに夢中になってるからだよ」
溜息すら吐く事を忘れて、ただ呆けた様に僕を見上げる彼の唇に、触れるだけのキスをして。
この人の中に再び浮かんでいただろう兄貴の顔を、僕は打ち消す事に成功したのだった。
思いもかけず、最近響ナルが読めて嬉しいですvv 響ナルですよね? これで違うなんて言ったら、当方のも響→ナルって表記を直さなくては(笑)
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