XOXO 〜直斗side〜



恋に落ちるとくすんだ世界に色が付く。
そう言った風な表現は、言葉を変え品を変え目にした事はある。
だから直斗は、恋が色付いてる世界をモノクロに変えるものだなんて成歩堂に会うまで知らなかった。
あの日、巴に後輩だという綾里弁護士とその弟子である成歩堂龍一を紹介されなければ。
人懐っこそうな笑みを浮かべた青年の瞳の奥に映る暗い青に気付いた時から。
その暗い青を明るくしたいと直斗は思った。
それはあの日から何年か経った今でも変わらず、寧ろ大きなものとなって直斗の胸の中に存在し続けている。
それは直斗が成歩堂に「好きだ」と告白した回数に比例していた。


直斗は自分の仕事部屋に繋がる長い廊下を歩いていた。
苛立ちを隠そうともせず歩く様子は、普段の彼の胡散臭いまでの爽やかさも相俟ってすれ違う人達を怯えさせていた。
最近の直斗は焦っていたし、怒ってもいた。
怒っている事。
それは彼の愛する人である成歩堂龍一を傷つけた奴らが居る事。
また、とある『怖い人』に成歩堂の事で反発してしまったばっかりに、「ちょっとそこまで」どころか「ちょっと外国に」レベルでつい最近まで左遷され(その怖い人に言わせれば『キャリアを積む為だよ。』とにこやかに言い放つだろうが、直斗にとって愛しい人に会えない時間は拷問でしかなく従って左遷、と銘打ちされていた。)とそいつ等から守れなかった自分に腹を立てていた。
成歩堂を傷付けた奴らがのうのうと成歩堂の周りをうろつき、挙句口説いていることに関しては怒ってもいたし焦ってもいた。
直斗はそいつ等に言いたかった。
どの口で『愛してる。』なんて囁くのか、あんなに傷付けて置いて、と。
自分がやっとの思いで帰国した時には、彼はあんなにも耐える事が断罪であるかの様に微笑んでいたのに。
実際、帰国後彼らと顔を会わす度に何度も言いそうに成ったが、其れを言っても成歩堂が傷付くだけなので耐えた。
代わりに直斗は成歩堂をハグして口説いた。
成歩堂の魅力的な所を挙げ、最後に必ず『愛してるよ。』と伝えた。
ハグは大丈夫だよ、と伝える為に。(勿論、彼自身の下心もほんの少しあったが。)
伝わってるかどうかは分からないが、元々スキンシップ過多である為すんなり受け入れられてそれで終了した。
成歩堂の周りに蔓延る奴らとは毎回言い合いの喧嘩に発展したが。
それでも続けているうちに、彼の瞳の奥に少しずつではあるが光が戻って行ってる事に気付いた。
その優しい光は誰に対してなのか分からない。
自分かも知れない、でも違うかも知れない。
その気持ちが直斗を焦らせていた。


歩きながらそれらをつらつらと考えていると色々な感情で頭の中の整理が追いつかず、直斗はついに廊下の真中で奇声を上げてしゃがみ込んだ。
そんな彼に怯えて人が蜘蛛の子を散らしたように去って行く。
誰にも声を掛けてほしくない状況だったので正直直斗は助かった、と思った。
しかし、そんな直斗に近寄り、声をかけようとするある意味勇敢な人が一人だけその場に存在した。

「直斗さん?どうかしたんですか?」

直斗の頭の中をX年越しで占めている、成歩堂龍一本人だった。
直斗は呪った。自分の迂闊さを。
自分を海外に飛ばしたあの例の『とある怖い人』を呪ったレベルと同じくらい呪った。
そして仕方なく言った。

「……違います、罪門直斗じゃありません。赤の他人ですよ、龍一くん。」

「…じゃあ僕も罪門直斗さんの知り合いの成歩堂龍一じゃありません。天の声さんですよ。」

「…ソウデスカ。」

「そうなんです。だから、『罪門直斗さんのそっくりさん』何か悩み事があるなら、どうぞ。
 知りあいじゃない人の方が言いやすいかも知れませんよ。」

成歩堂の持つ、こういった優しさや気配りが好きだった。
相手に気負わせず、中に入り込む。それで自分が傷付いても止めない強さに似た優しさが好きだった。
だから直斗は自分が情けない気持ちになりながらも白状した。
此処で黙る事は彼を傷付けると思ったからだ。
…しゃがみ込んだまま俯いて話すのまでは許して欲しいと思いながらも。

「……好きな子の気持ちが分からないんです。」

「へぇ。貴方の様な方ならより取り見取りでしょう。」

その言葉に若干凹みそうに成りながらも直斗は続けた。若干嫌味を交えながらも。

「そうですね、女の子なんてより取り見取りです。ちょっと微笑んで甘い言葉を掛ければいいんです。
 でも僕の好きな人は違うんです。甘い言葉を掛けても微笑んでも、返って来るのは『苦笑』か皆に見せる優しい微笑みだけです。
 それでも良かったんです。その子が笑ってくれるなら。その子が少しでも幸せだ、って感じてくれるなら。」
「………。」

「でも最近、気付いたんです。その子の心の変化に。
 いいんです、最悪僕じゃなくても。誰かの傍で『あぁ幸せだ。』ってその子が感じてるなら。僕はそれだけで幸せだ。
 ……って思ってた筈なんですけど。」

「……けど?」

直斗は情けなくへにゃりと崩れた笑顔で笑った。

「でも実際にそんな時が近付いて来たらそう思えなくて。
 誰よりもその子お幸せを願ってた筈なのに、こんなんじゃ駄目だね。
 相手の幸せを喜ばないと。」

「だってこんなにも俺に『好き』って気持ちと『幸せ』を教えてくれた子だから。」

そうだ、自分に色々なものを彼は教えてくれた。
『幸せ』も『愛する事』も『痛み』も『喜び』も。
もし彼が、自分以外の誰かを望んだら。
そして本当に幸せそうに微笑んで『今、僕すっごく幸せです。』と言ったなら。
根性と全理性とプライドを持って笑ってその幸せを喜ぼうと直斗は思った。
それくらいは出来る筈だと。
出来れば相手は自分が敵わない可愛くて優しくて元気で明るい女の子か美人で聡明でそんでもってやっぱり優しくって癒し系な女の人がいい。
そうじゃなくても喜ぶけど、なんか悔しいから。
そしてほとぼりが冷めた頃くらいに、あの怖いおっさんにもう一回くらい海外出向させて貰おう、とやや逃げ腰な事も考えた。

そこまで直斗が考えた時、頭上から小さい溜息が聞こえた。

「おまけのおまけ、ぎりぎり、『合格』です。」

「え?」

呆れを含んだそれでいてとても優しい声が紡ぐ、意味不明な言葉に直斗は思わず顔を上げた。
『合格』ってなんだ、と好きな子でとても上げるべき声で無い様な情けない音を直斗は上げた。

「ぇ?」

すると成歩堂は眉根を僅かに寄せて、仕方がないなとでもいう様に小さく溜息を吐いた。
そして、直斗と同じ目線になるようにしゃがみ込んで、やや呆れた様な笑顔で言った。

「案外、モノ分かり悪い方ですか?」

何が、と直斗が聞き返す前に成歩堂は笑顔を浮かべ言葉を続ける。

「直斗さんの事好きです、って事です。」

勿論、直斗さんと同じ意味でですよ。

満面の笑みでそう告げると直斗の唇に自分のそれを僅かに押し当て、直斗の頭の中が整理される前に颯爽と踵を返した。

慌てて直斗が追いかけると

「嬉しいけど、どうして俺?って聞いてもいい?」

「あれ?ご不満ですか?だったら…」

「いや、嬉しいんだけど。もの凄く嬉しいんだけど!男心としては!」

気になるんです、と末尾を濁しながら告げた直斗にもう一度満面の笑みを浮かべた成歩堂は言った。

「僕、『マゾ』でもなければ『ドM』でもないんで。」

「へ?」

「僕の事を初めから好意的に見てくれて、素直に好きって言ってくれたの直斗さんだけなんですよねぇ。
 だから、かな?」

「……それだけ?」

嬉しい、嬉しいが複雑だ。
やや不満そうな顔をする直斗に向かって成歩堂は首を傾げた。

「さぁ?」

含んだ笑いを漏らす成歩堂に、直斗はこれ以上教えて貰えないと悟り小さく溜息を吐いた。

「もう、いいよ。」

「あれ?怒っちゃいましたか?」

どこか楽しそうに聞いてくるその声は直斗が望んだモノ。
だから直斗は思った事をそのまま伝えた。

「違うよ。長期戦で頑張る事にしたんだよ。
 今までだって似た様なものだし?一応、龍一くんは『僕のモノ』になったんだからたっぷり時間を掛けて聞くのも悪くないよ。」

勿論、その間に増やしていくのもありだよね?と何時もの直斗に戻り茶目っ気たっぷりにウインクを飛ばす。

「そうですか?
 でも僕はあんまり長期戦って好きじゃないので早くして下さいね。あんまりしつこいと僕もちょっとうっとおしいなぁ、とか思うし?」

結構辛辣な言葉を吐きながら、出来たてほやほやの直斗の恋人は素敵な笑顔を見せた。






し、幸せすぎる…! 直ナルかつ、直斗さんより余裕のあるナルvv リクエスト以上のものを頂いて、直ナル妄想が止まりません(笑)