Unlimited:2




「なら、詳しい経緯を教えてもらえるんだろうね」
「経緯っていう程でも・・。僕は、雷が苦手なんだよ」
「雷が? そんなの、初耳だよ」
「言ったコト、ないし」
「・・・・・」
 一見無邪気な単語が、ザクザクと響也の心をも引き裂く。
「で、さっきすごい雷雨があってさ。思わずオドロキくんに抱きついちゃって。そのまんま寝たみたいだね〜」
 オドロキくんすっごく暖かいんだもん、などと三十路男には似つかわしくない語尾で小首を傾げるが。年齢が気にならない所か、その仕草が可愛いと感じてしまう若者二人。
「いくら苦手だからって、誰彼構わず抱きつくのはどうかと思うんだけどさ。たまたま側にいるのが御剣検事やゴドー氏だったら、どうするんだい?!」
 想いをはっきり表面化できない王泥喜は、まだいい。しかし響也とくっついた後でも、平然と図々しく成歩堂への恋慕を表明し、隙を窺っているゴドーと御剣だったら王泥喜と違ってただ添い寝するだけでは済まない筈。
 警戒心を持つか、響也の存在を自覚してくれと、かつてない悋気も露わに口酸っぱく言っているのに。
「背に腹は代えられないよ」
 成歩堂は半眼に伏せた瞼の奥から不可解な眼差しを投げ、そう嘯くのだ。
「アンタって人は・・!」
 今ここでギターを持っていたら、弦を力任せに掻き鳴らしていたし。
 マイクがあったら、最大ボリュームでシャウトした筈。
 胸の内に吹き荒れる切なさやもどかしさを、何とか視覚化して、鈍感で残酷でつれない恋人に突き付けてやりたい。
 こんなに複雑で掴み所がなくて、響也だけを想ってくれない恋人は、過去に類を見ない。ふらふらとして、響也を平気で踏みつけにする態度は、正直腹立たしくて全てを投げ出したくなる時もある。
 けれど。
 易々と手放したりは、しない。
 響也はカツカツとブーツを打ち鳴らしてテーブルへ近付くと、そこに置かれていた成歩堂の携帯を取り上げた。許可も得ずに操作し出し、終了すると画面を開いたまま成歩堂に渡す。
 袖から水滴がポタリ、と落ち、テーブルへ丸い染みを作る。
「ゲリラ豪雨メールの受信、設定したから。成歩堂さんが受信したら、ボクの携帯にも転送されるようになってる」
「・・・・・」
「可能な限り、駆けつけるよ。最大限、努力する。だからもし間に合わなくても、他の人に頼らないで欲しいんだけど?」
 100%なんて望めないのは、分かっている。成歩堂を自分1人に向けさせるだけのモノは、まだないと。だからといって、成歩堂の思惑には乗らない。
 成歩堂は、ともすると身を引こうとする。響也の想いに応えた事が、そもそもの間違いだったと言わんばかりに。響也の将来を思っての行動なのだろう。大切だからこそ、という事は響也にだって伝わる。
 しかし、響也は成歩堂と居たいのだ。モノグサで、茫洋としていて、強かで、狡くて、しかし幾重もの覆いの下には真っ直ぐな心を隠している成歩堂が欲しいのだ。
 何度だって、突き放せばいい。
 何度試されたって、響也の取る行動は決まっている。
 何度だって、成歩堂が好きだと高らかに歌い上げるだけ。
「・・・ずぶ濡れじゃないか。風邪ひいちゃうよ」
 成歩堂はしばらく、例の感情が読めない双眸を響也にあてていたが。ふい、と視線を逸らしたかと思うと、初めて気付いたかのように指摘した。
「シャワーでも浴びた方がいいね」
「成歩堂さん・・」
 のそりと立ち上がり、受け取った携帯をパーカーのポケットに仕舞った成歩堂が、そのまま響也の冷たい手を引いて歩き出した。
 素っ気なくて、デレの部分など殆どない成歩堂でも。その手だけはいつでも暖かくて、芯まで冷えた響也には心地よかった。




「響也くんの好みには合わないと思うけど、これで我慢してくれるかな」
 帰るまでに乾きそうにないからと扉の向こうで声をかけられ、シャワー室から顔を覗かせた響也が目にしたのは、いかにも着古されたスウェットの上下。
「成歩堂さんが着ていたものなら、喜んで☆ でも・・その前に、成歩堂さん自身に温めて欲しいな」
「ち、ちょっと、響也くん・・」
 濡れて顔に張り付く髪の間からウィンクを決めると、響也は成歩堂が抵抗する前に、降り注ぐお湯の下へ成歩堂を引き摺り込んだ。
 成歩堂は忽ち濡れる服に眉を顰めていたけれど、響也の悪戯自体には文句を付けようとはしない。それを良い事に、響也は久方ぶりの成歩堂を味わう事にした。
「次に雷が鳴った時には、雷なんて気にならなくしてあげるから、さ」
「・・・それもどうかと思うな・・」
 水滴よりも多いキスを受けながら、成歩堂がボヤく。
 まだまだ素直にならない成歩堂が、素直に響也を呼ぶかどうかは分からないものの。
 響也の本気を一つ見せる事ができたのと。
 ライバルになる可能性大の王泥喜に響也と成歩堂の仲を見せつけられただけでも、ブランド物の革製洋服を一着ダメにした甲斐はあったと、響也はどこまでも前向きに思っていた。

                                          


現実にゲリラ豪雨メールが転送できるかどうかは、分かりません(笑) きっと、愛の力で送信するのでは・・。