放たれた恋心 【躊躇いを撃ち抜いて・2】
構えて、撃って、引き上げる。
工程はたった三つだけだが、ワン・ツー・スリーと三秒で終了する訳ではない。
ターゲットを待って、一昼夜石像並みに固まったまま過ごすなんて事も多々ある。
今回は、比較的楽な現場と言えよう。
潜伏場所が屋根付きだったのでそぼ降る雨にも濡れないで済んだし、予定を二時間オーバーしているが、後一時間もすればターゲットが現れるとの情報も入ったし。
ただ。
コンクリまで氷の塊にしてしまう寒さには、内心閉口していた。
いざという時身体が動きませんでしたなんて間抜けな事にならないよう、耐熱・耐寒の装備は欠かさないが、高性能なそれをもってしても。
『まずい、な…』
冷気が忍び込み、左の鎖骨から肩へかけての筋肉へ突き刺さる。完治した筈の疵が、引き攣れを伴って存在を主張し始める。
単なる古傷ではあるものの、そして絶え間ない疼き自体は意志の力で抑え込む事ができるけれど、ファントムペイン(幻痛)は現実の神経を圧迫して痺れをもたらす。
修行僧もかくやという精神集中と、フェザータッチが必要不可欠な仕事故に、この状況は打開しなければならない。
ゴドーは、左手をゆっくり開き、ゆっくり閉じた。
何時間も同じ体勢でいると身体は強張ってしまうから、それを解きほぐすのは至って自然な事。
周囲に溶け込む事が要求される任務ならともかく、動ける環境に在るのに、わざと身体を痛めるつける必要はないだろう。
指を握る際に、爪を皮膚に食い込ませて鈍った感覚を蘇らせようとする。
血が滲む寸前まで突き立てると少しだけ痺れが薄れ、場所を変えて二・三度繰り返す。
「……まるほどう?」
指先以外は全く微動だにしなかったのだが、ゴドーのその動作が切っ掛けになったかのごとく、隣で同様にじっと待機していた成歩堂が突然身を起こした。
不審げな呼び掛けには応えず、成歩堂は専用のジュラルミンケースを引き寄せると、またゴドーの傍らに戻った。
ゴドーと成歩堂は、任務時にそれぞれ仕事道具を収めたケースを持ち歩いている。ゴドーのそれは当然ライフルが主なのだが、成歩堂のケースに何が入っているのかはゴドーもよく知らない。
しかし、密かに『ドラ○もんケース』とゴドーが名付けている位に、ケースの中身は充実している。欲しいな、とゴドーが思ったものでそのケースから出てこなかった例が一度もないのである。
今夜は、普段のケースよりワンサイズ大きいものだった。特殊な道具が必要なシチュでもなかろうに、とゴドーは口には出さなかったものの不思議に感じていたが。
成歩堂が取り出したのは。
「換えて下さい。今回は、こちらにしましょう」
ライフルの台座や、スコープ。サイレンサーに付属品諸々。まじまじと成歩堂の顔を見遣った後は、スポッターに促されるまま理由を聞く事なく付け替えていく。
その途中で、気が付く。
どれもが、今日ゴドーが用意した部品と比べて、左腕に負担をかけない仕様になっている事に。
それから成歩堂がゴドーに渡したのは、一種のサポーター。左肩の大半を覆う形になったそれは単独で装着できるタイプではなかった為、成歩堂が手際よく嵌め、スナップを止めていく。
「きつくありませんか?」
「あ? …問題ねぇぜ」
しなやかな指がゴドーの身体の表面を辿り、位置を微調整しながら聞いてくる成歩堂の髪の毛がゴドーの目先で揺れていて、その指にも髪にもキスしてぇな、と不埒な方向に意識を反らしていたゴドーは適当に返答する。
とはいえ、成歩堂がゴドーの為にするセッティングで却下をする事は皆無と言っていい。
今も、腕を廻して一応確認はしてみたけれど、きっちりフィットしているのに無駄な圧迫感はゼロだ。
麻痺の方も、気にならない程度まで沈静化した。
このサポーターとハーネスの中間のような代物には、覚えがある。事故後のリハビリで試作品だと着けさせられたものだ。しかしサポートどころか、痛いし苦しいし動けないしと三重苦の使い勝手にゴドーがキレて、『てめぇの身体で試してみるかい…?』と凄んで強制的に違うモノを持ってこさせた位の酷さで。
その頃はまだ成歩堂と出会っておらず。どういう経路でこれを成歩堂が知り、入手し、しかも一度のフィッティングもなしで劇的改造をしてのけたのかゴドーには見当もつかない。
それから、ただ左手を開閉しただけという一動作で、ゴドーの不調を見抜いたのかも。
シンクロが既に始まっていて、違和が成歩堂に伝わってしまったとの憶測はできるが、本当の所は成歩堂にしか分からない。
けれどゴドーには、『訳』など些末な事。
凍り付いていた芯が、じんわり成歩堂という熱で解される。その事実だけで、いい。
「なぁ、まるほどう」
交換した付属品を、テキパキと『四次元ケース』に収納している成歩堂を呼ぶ。
「何ですか?」
手は休めなかったが、それでも成歩堂は顔をゴドーの方へ向けて応対した。そんな小さな事すら楽しくて、ゴドーはクッと喉の奥で笑った。
「前々から、思ってたんだが。……アンタ、世話女房みたいだな」
「なっ!?」
成歩堂は手にした部品を取り落とす程、動揺を露わにした。顔の色が一瞬で濃くなったのは、きっと赤面した所為に違いない。
しかしゴドーのからかいは日常茶飯事だったから耐性もついていて、赤みは抜けないものの、すぐに復調する。
「僕の任務は、ゴドーさんの補佐です。世話をするのは当然でしょう?」
いつもの、防衛線。
取り繕われる、余所余所しさ。
あくまで仕事をしているだけだと、そこに特別な意味は含まれていないのだと殊更事務的に告げる。
しかし成歩堂の行動と言えば、とても『仕事』で片付けられるものではない。
大体、成歩堂がゴドーのスポッターについた事からして、不自然なのだ。
確かに成歩堂の能力を完全に生かし切るレベルの狙撃手は、組織の中でもほんの数人。けれど、成歩堂ならそれなりのレベルの者を、数段階高い任務をこなせるまでに引き上げられる。それだけでも充分な需要となり、組織に入った当時はかなり期待されていたのだという。
それなのに、成歩堂は相手のレベルに合わせる事もせず、ステイタスを最高位に吊り上げた要求ばかりして次々とチームを解散に追い込んだ。挙げ句、『自分よりレベルの低いスナイパーとは、仕事ができません』と上層部にきっぱり宣言したらしい。
このままでは宝の持ち腐れになると危惧した組織が、ゴドーと引き合わせたのは、苦渋の選択だった。
何故ならチームを組ませたかったbQのスナイパーが長期の任務で居らず、bRは全治半年の怪我で戦線を離脱しており。
そして、本来なら最初に組ませる筈のbPは、『金輪際、スポッターなんてつけるんじゃねぇ』と憚りなく公言して、単独行動に終始していたのだから。
スポッターに対する信頼をマイナスにさせたゴドーに、成歩堂が示した献身と努力と辛抱強さを思い起こす度、ただの『仕事』でできる事ではないとゴドーは断ずるのだ。
しかも、その後の甲斐甲斐しさといったら!
やる事成す事全てで、『好きです』と叫んでいるようなもの。
だから、いくら成歩堂がビジネスライクな態度で盾を張り巡らせようと。
もどかしくて可愛らしい盾毎、髪の毛一本すら残さず喰っちまいてぇ、としかゴドーは感じない。
「照れ屋なコネコちゃん、いい加減ヨメに来ちまいな。大切にするぜ!」
「意味不明な呼び方はやめて下さい! それに、僕は男です。嫁にはなれません」
「なら、俺が婿に入るかい?」
「いやいや、そういう意味ではありませんって!」
毛を逆立てて近寄るなと威嚇するコネコみたいに、成歩堂は必死でゴドーに反論するが。
『まだ寒いから、暖めてくれよ』と左腕を差し出せば。
ぐぅ、と詰まって。物言いたげに、ゴドーの狡さを咎めるように見上げた後。
先に座って横を指し示したゴドーの左側に腰掛け、隙間なく寄り添って左腕を抱え込んだのである。
一度発射された弾丸が、二度と元の位置に戻らないように。
放たれた想いは、真っ直ぐに相手へと向かう。
届くのは、いつ?
「さっさとくっついちまえよ、お前ら」という話になってしまいました…。ええ、これでもまだ両想いじゃないんです(笑) そしてちょっと油断すると、すぐエロ親父が出現(汗)
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